「タキオンさん…アタシ…」
「大丈夫。大丈夫だよ。スカーレット君。君達は良く頑張った。これだけの数を相手に、本当に」
駆け付けたアグネスタキオンは、ダイワスカーレットに普段の彼女からは想像もつかないような優しげな笑みを浮かべる。
「増援ですか。しかし、この2級以上の群れを前に、貴方達はどの程度戦えるのでしょうね?」
「ギムレット君。二人に応急処置をしたい。…その間、任せるよ?」
「問題ない。いや、むしろ、ワタシ一人で
「スカーレット君をこれだけ傷付けた連中だ。本来は私も参加したい所だが、そんな暇もなさそうだしね。構わないよ」
アグネスタキオンの返答を受け、タニノギムレットはニヤリと呪詛師らに攻撃的な顔を向けた。
「貴様らは、ワタシの、俺の、
我が
「何を言っていますの…?」
倒れるウオッカにチラリと視線を向けた次の瞬間、タニノギムレットは呪詛師周囲を固めていた呪霊に、呪力をぶつけた。
バチバチッと電流が迸るような音が響き、同時に呪霊は感電したような様子で落下。
そのまま霧散する。
「なっ…!?電流の術式!?」
「いいや?今のは
帯電した呪力を放ち、呪霊達を退けたタニノギムレットは、呪詛師にも攻撃を向ける。
「っ!」
呪詛師はどうにか躱すも、先程までの余裕は一瞬にして吹き飛んでいた。
「術式じゃない?!嘘を言いなさい!じゃあこの電流は何なのよ!?」
「言っただろう。
まだ大量に残る呪霊をあしらい、タニノギムレットは呪詛師に再び攻撃を加えた。
「ぐうっ!!」
多少感電しながらもタニノギムレットの拳を防いだ呪詛師だったが、間髪入れずに呪力を腹に打ち込まれ、膝を崩れさせる。
「がはっ…」
「こんなものか?貴様の呪力量からして
ウオッカは自分達が手も足もでなかった呪詛師を一方的に追い詰めているタニノギムレットに見惚れていた。
「すげえ…ギム先輩…」
「本当に…あの呪詛師だって弱くなんてないはずなのに…」
ダイワスカーレットも呆然とした様子で戦いを見つめる。
「俺、あんなに強くなれんのかな…」
「術式を使わなくてもあいつを追い詰められる術師に…アタシは…」
二人は敗北と疲労から弱気になっているのか、ポツリとそう溢した。
だが、二人を反転術式で治療していたアグネスタキオンはそれを聞き逃さず、二人を安心させるような微笑みを浮かべ、ダイワスカーレットの頭に手を置きながら、言った。
「君達は私達よりも強くなれるさ。きっとね。
等級が上の呪詛師相手に数十分粘ったんだ。充分過ぎるほどだ。
ただ私達は、君達よりも少し長く術師をやっているだけに過ぎない。
素質は君達の方が上だと思うよ」
それに、と彼女は続ける。
「ギムレット君は特殊なんだ。
彼女の術式は、一度しか使えないからね」
「え…一度って…」
「どういうことなんですか?」
「ギムレット君の術式は"幻獣琥珀"。
一度発動すると、彼女の肉体は呪力が持つ力を最大限発揮させ、それが起こす現象を須らく実現させる為に作り変えられるんだ。
つまり、人間、ウマ娘でなくなる。
身体の全てが呪力に変換されてしまうと思えば良い。
だから、実質的には術式を使えないようなものなんだ」
アグネスタキオンの説明に、ウオッカは驚き、目を見張った。
「そんな!じゃあギム先輩がもし術式を発動したりしたら…!」
「うん。十中八九彼女は…」
「じゃ、応援に行かねえと!」
「まだ動けないだろう。それにウオッカ君。君も彼女の強さはよく分かっているはずだ。大丈夫だよ」
「でも…」
「万が一ってこともあるんじゃ…」
「そうなれば私達は負けだ。だから君達は大人しくしておくんだ。それに…私もいる」
低級呪霊二匹がいつの間にかタニノギムレットの追撃をすり抜け、三人に急接近していた。
「ギイええあああ」
「えおえええあ」
「ふっ!」
二匹の呪霊の顔面に掌を被せるようにして掴む。
途端に呪霊は最後の呻きをあげる間もなく、祓われた。
まるで水に溶かした溶剤のように、分解されるようにして。
「油断しましたわね!!」
祓われた呪霊の影から飛び出たのは、タニノギムレットと戦っているはずの呪詛師であった。
タニノギムレットの方にいるように見えていた呪詛師は揺らぎとなって、虚ろのごとく消え去ってしまう。
「
タニノギムレットは出し抜かれこそしたものの、全く慌てる様子はない。
呪詛師は、その様子に気を配ること無く、勝ちを確信した表情で叫んだ。
「治癒役の貴方から消えて頂きますわ!」
「おや?私に大した戦闘力はないと思っているのかい?」
アグネスタキオンは自身に向けられた呪詛師の手を掴み、唱えた。
「術式反転・
「は…?」
呪詛師の腕は、血すら出ることもなく、先程の低級呪霊と同じように、溶けるようにして消し飛んだ。
「な、に、を…?」
「私の術式は構築術式。今のは反転だ」
「あり得ません…!構築術式は呪力消費が莫大…その反転なんて普通は…っ」
「あいにく、私は呪力だけなら会長以上だ。気が付いていなかったかい?」
呪詛師は、タニノギムレットの猛攻に気を取られ、アグネスタキオンを注視していなかった。
故に、今になって気付く。
先程まで戦っていたタニノギムレットよりも更に巨大な呪力に、彼女が包まれていることに。
「まっ…!」
情けない声を上げながら、宙へ弾き飛ばされた呪詛師。
その背後に、迸る雷。
「ぐあっっ?!」
タニノギムレットによる攻撃を受け、地面に叩き付けられた呪詛師はゴホゴホと咳込みながらヨロヨロと立ち上がる。
「さあ、貴様の
トドメとばかりに一際強力な一撃を放ち、それを受けた呪詛師は勢いそのまま、背後の大木に衝突し、ズルズルと崩れ落ちた。
「す…っげえ…」
「こんな、一瞬で…」
ウォッカも、ダイワスカーレットも、驚嘆を漏らし、余裕の表情で立つタニノギムレットを、そして、二人を支えるアグネスタキオンを見つめていた。
「さあ、ギムレット君。二人を保健室に運ぶ。手伝ってくれ」
「当然だ。
「まあ、会長もいるし大丈夫だろう」
それぞれウォッカとダイワスカーレットを抱え、保健室へと走るのだった。
「オペラオー!」
アドマイヤベガとナリタトップロードはテイエムオペラオーを止めるべく戦い続けていたが、中々押し切ることが出来ないでいた。
しかし、相変わらずテイエムオペラオーは術式を発動しない。
やはり、操っていると言っても術式を使わせることは出来ないようだと確信した二人は、攻撃の手を強めていた。
「トップロードさん。やっぱりオペラオーの術式は使えないみたい。だから、ここで決めるわ」
「!了解しました。アヤベさん」
ナリタトップロードはそれでアドマイヤベガの言わんとする所を了解した。
そのまま彼女は、術式、呪言を発する。
「"動くな!"」
呪詛師とテイエムオペラオーの動きが一瞬止まり、その隙を見てアドマイヤベガは掌印を結んだ。
「領域展開」
"
アドマイヤベガの領域、その効果は──。
「やあっ!」
呪詛師は突如として眼前に現れたアドマイヤベガ、否、その妹からの攻撃を受ける。
「なっ!…二人…!?」
彼女の領域、その効果は、"妹"の顕現。
ナリタトップロードは見逃さなかった。
呪詛師が体勢を崩した瞬間、テイエムオペラオーの動きが僅かに鈍ったことを。
「アヤベさん!やっぱり!」
「ええ。二人だとオペラオーを止めるので精一杯だったけど、これなら術師本人を叩ける」
「なら、あっちは任せて!!」
アドマイヤベガとナリタトップロードはテイエムオペラオーを、アドマイヤベガの妹は呪詛師の方に向かった。
アドマイヤベガとナリタトップロードは仮説を立てていたのだ。
術師を倒せば、テイエムオペラオーを操る術式を解除出来るのでは、と。
そしてそれは恐らく正しい。
「ええ。お願いするわ。三人なら、オペラオーを解放させられる」
彼女達の方針の正しさを示すように、呪詛師の頬には一筋の汗が流れていた。
「ウララさん!」
取り囲んでいた呪霊を全て祓い、ハルウララの探索に出ていたキングヘイローとトウカイテイオーは、林の中でハルウララの特徴的なピンク髪を見つけ、キングヘイローが名を呼んだ。
「あ!キングちゃーん!」
気が付いたハルウララがキングヘイローに向かって手を振る。
「良かった。無事だったのね」
駆け寄ると、木々の影に隠れていた為、二人はそこまで気付かなかったが、ハルウララの側に人影があった。
「!…誰…?」
警戒したキングヘイローだったが、影から出でたのはウマ娘であり、警戒自体は解かれた。
しかし、次に彼女を襲ったのは驚愕であった。
「オルフェーヴルさん?!」
「来たか。キングヘイロー」
オルフェーヴルの方はと言うと、普段と変わらぬ調子でキングヘイローとトウカイテイオーを迎え、待ちくたびれたと言わんばかりの様子であった。
「余は民草の元へ行かねばならん。此奴の保護者は貴様だろう」
どうやら、ハルウララを今まで守っていたらしい。
「一緒に待っててくれてありがとね!オルフェちゃん」
「ちょ、ウララさん」
臆することなく爛漫な笑みをオルフェーヴルに向けるハルウララに、キングヘイローはやきもきしていたが、オルフェーヴルの方は満更でもなさそうな表情で頷いていた。
「良い。民を守るのが王の務めだ。では、後は頼んだぞ。キングヘイロー…それに、トウカイテイオー」
「え、ええ。ありがとう」
「う、うん。任せて?」
二人とも唖然としている間に、オルフェーヴルは颯爽と駆けていき、恐らく彼女の臣下たちがいるのだろう方向へと消えていった。
「オルフェさんが助けてくれたの?」
「うん!一人でいたんだけどね、たくさんの呪霊に囲まれちゃってて、でもオルフェちゃんが全部パパパーって倒しちゃったんだ!」
「そう。また後で改めてお礼を言わないとね」
どうやらかなり危ない所をオルフェーヴルに助けられたらしい。
キングヘイローは安堵し息を漏らす。
「とりあえず、皆のとこに向かおう。キング」
トウカイテイオーに言われ、そうね。と気を引き締め直したキングヘイローは、二人でハルウララを挟む形で、各所の応援へと向かうのだった。