トレセン奇譚   作:ライト鯖

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魍魎跋扈‐陸

 

「さあ、第2ラウンドと行こうか」

 

宿儺の指を吸収した天候の呪霊は先程とは打って変わった余裕綽々の笑表情でカツラギエースとミスターシービーを見る。

 

「エース…」

「問題…ねえ…」

 

天候の呪霊は、二人を嘲笑う。

 

「ははははは!形勢逆転だ!」

 

一方、領域の外では──。

 

呪力反応が膨れ上がった?

その上、領域が…恐らくこれは、押し合っている。

 

"雷皇神威(らいこうしんい)"は雷の術式。

それを有するシンボリルドルフは空気中に呪力を纏わせた電気を走らせることで、通常の呪力感知よりも精細に呪力の動きを知覚出来るのだ。

 

2級以上の呪霊に取り囲まれることで、動きを制限されている彼女であったが、事態の急変に、決断する。

 

領域の押し合い、つまり、シービーと呪霊が領域で対抗しているということ。

 

そうであるならば、この機会を最大限利用する。

 

「領域展開」

"玉皇廟雷音(ぎょくこうびょうらいおん)"

 

シンボリルドルフは領域を展開し、自身を取り囲む呪霊群全てを包み込んだ。

 

彼女がこれまで数多の呪霊に囲まれながら領域を使ってこなかったのは、万一、天候の呪霊が領域の展開も可能で、シービーとエースが天候の呪霊の領域を引き出す事なく敗北するような事態となった時、シンボリルドルフだけが、領域後の術式焼き切れ状態で天候の呪霊と戦う事になる可能性があったからだ。

 

シービーやエースを信じていない、というわけではない。

ルドルフはしかし、トレセン学園の生徒会長である。希望的観測だけで戦略を立てるわけには行かなかった。

 

だが、呪霊の方も領域を展開したのであれば、結果はどうあれ、術式の焼き切れは発生する。

ならば、条件は同じ。そうなった以上、呪霊群に無駄に時間を使うほうが愚策である。

 

それ故に、呪霊群は、ルドルフの領域によって巨大な落雷に見舞われ、その身を焼かれるのだった。

 

「シービー…エース…。どうか無事で…」

 

同時刻

─トレセン学園寮─

 

「や、厄介だったね…」

「土如きにこうも苦戦させられるとは…まだ鍛錬が足りてないな…」

「まあまあ、皆を守れたし一先ず良かったじゃない。

それに、向こうはまだ終わっていない」

 

土を操る術式を持つ土石流の呪霊をどうにか祓ったヒシアマゾン、ナリタブライアン、フジキセキの三人は寮生の無事を確認し、一息付いた所であった。

 

「とりあえず向こうに増援へ行こう」

「ああ!アタシはまだまだ動けるよ!」

「特級らしきのもいた。急ぐぞ」

 

─トレセン学園屋上─

 

「厄介だったが…呪力切れが近そうだな…」

 

蝿の呪霊は結界でマーベラスサンデーを守るナイスネイチャと、ツインターボの満身創痍を見、ほくそ笑む。

 

「そいつさえ倒せば、俺達の優位が確定するんだ。…さあ、とどめを…」

 

ツインターボは呼吸もゼイゼイと苦しそうであり、既に限界を越えていた。

彼女の術式はシンプルに速度を上げるものである。

特段の条件はないが、それ故に呪力と体力の消費が激しい。

 

ナイスネイチャの方も結界による防御へ呪力の多くを割いているため、此方もギリギリであった。

 

だが、二人は慌てることも、絶望もせず、呪霊を見据えていた。

 

「そっちも随分お疲れみたいですケド」

「はっ!負け惜しみを。貴様らの方が余程…」

「いやいや。アタシらの役目はこうやってあんたみたいなのを消耗させることなんですよ」

「何?」

 

ナイスネイチャは呪霊の怪訝な声に合わせて、建物の下、地上へ聞こえる声で叫ぶ。

 

「アース!」

「任せたまえ。最高のフォルテッシモを届けよう」

 

サウンズオブアース。

術式は、"単独禁区(ソロソロキンク)"。

ここまでナイスネイチャやツインターボの稼いだ時間によって、準備は充分であった。

 

祝詞と舞を省略しないことにより、術式効果を底上げし、一定範囲にいる味方へ呪力の増幅等のゲームでいうバフを与える事が出来る。

 

「なんだ…?こいつら、呪力が…?」

「さあて、ターボさんや」

「うおおおお!!」

「そして…お待たせ!」

 

蝿の呪霊は、前方から飛び掛ってくるツインターボに気を取られていたが、直前、気付く。

 

後方の気配に。

 

「イクノ!」

 

アースの術式によって強化された呪力を纏い、呪具を装着したイクノディクタスが足を振り絞る。

 

ツインターボのキックとに挟み込まれる形で、蝿の呪霊は潰された。

 

「があっ…!」

「さて…知ってます?結界術って、こういう風にも使えるんですよ」

 

呪霊は足下に呪符の置かれている事を、薄れる視界で捉えていた。

 

─いつの間に…。

 

呪霊の身体を包み込むのでなく、より小さな範囲で結界が出現し、呪霊の身体を、貫く。

 

「ばかな…」

 

「さっすがカノープス!マーベラース!」

「はいはい。ありがとね」

「何だか、マーベラスな事が起きそうな気がしてきた★」

「そりゃあ、朗報、だね」

 

この屋上での勝敗が、大半の戦局、その趨勢を決した。

最早、マーベラスサンデーの術式を、呪霊達は止めることができず、それはとりもなおさず、彼等呪霊、呪詛師の目的達成からは遠ざかるということでもあるのだから。

 

「…ん」

「あ!!!!アヤベさん!」

 

ナリタトップロードは付近を警戒していたアドマイヤベガの名を叫ぶようにして呼んだ。

 

「そんなに大きな声を出さなくても聞こえるわよ…」

「あはは。すみません。でも、見てください!オペラオーちゃんが!」

「!…動いた?もしかして、目を…」

 

二人がまんじりともせずテイエムオペラオーの顔を見つめていると、彼女の瞼が、ゆっくりと開かれた。

 

「あれ…?ここは…」

「オペラオーちゃん!私がわかりますか?」

「……。!…トップロードさん」

「はい!アヤベさんもいます!」

「ボクは…確か…ドトウと補助監督さんを逃がそうと……」

 

オペラオーは苦しそうに呻いてから、暫く黙り込み、そして、彼女にしては珍しく、いや、恐らく誰にも見せたことのない青ざめた表情となっていた。

 

「オペラオーちゃん?」

「そうだ…ボクは、呪詛師に…」

「覚えていたのね。眠っているように見えてたけど」

「…うっすらとだけど、覚えているよ…」

 

ボクは…とオペラオーは項垂れる。

 

「なんてことを…。ボクが皆を…アヤベさんやトップロードさんにも、傷を…何とお詫びしたら良いのか…」

「オペラオーちゃん…」

 

しおらしいオペラオーを見かねたアドマイヤベガは、はあ、とため息をついてから、オペラオーへと歩み寄る。

 

「外れてるわよ。確かに、反省は必要かもしれない。それは貴方次第。

けれど、貴方はテイエムオペラオーなのだから、いつもみたいに高笑いしていなさい。

貴方が貴方であることを止めたら、それこそ無責任じゃない?」

「…!」

「テイエムオペラオーは、私達を引きずる位に身勝手で、堂々としていて、いつでも不敵に笑っている。…違う?」

「アヤベさん…」

「そうですよ!それにオペラオーちゃんは皆を守ろうとしたんじゃないですか!悪くないですよ!」

「トップロードさん……二人とも、ありがとう。

アヤベさん、そうだね。君の言う通りだ」

 

オペラオーは、目を一度閉じてから、ゆっくりと息を吸い込む。 

そして、スクリと立ち上がった。

 

「ボクはテイエムオペラオー。覇王たる、ウマ娘だ。…だから、連中にお礼をしにいこうじゃあないか」

 

いつもの不敵な笑みで、彼女はそう笑うのだった。

 

─再び、天候の呪霊の領域内─

 

「おおおおおおおお!鐡火(てっか)!」

 

カツラギエースの術式はしかし、虚しく呪霊の身体に消えていく。

 

天候の呪霊、彼だけは、元々の呪力の多さや術式の強力さに加えて、宿儺の指の呪力を取り込んだことによりマーベラスサンデーの因果の影響が最小限に留まっていた。

 

つまり、カツラギエースとミスターシービーは未だ定まらぬ運命の中、抗っているのだ。

 

「シービー!アタシが隙を作る!あんたはその隙に…!」

「危険すぎる!」

「でもやるしかねえよ!」

 

シービーもエースも簡易領域を独学で会得しており、それによってどうにか天候の呪霊に領域を奪われてもなお、立ち続ける事が出来ていたが、それでもジリ貧である。

だからこその賭けであった。

 

「私に聞こえているが?」

「どっちにしろ、領域内なんだから直ぐ気付けるだろ!」

「確かに。それで、どうするつもりだ?」

「あんたもうんざりしてるだろ?いい加減しつこいアタシ達に」

 

挑発的に口角を上げるエース。

天候の呪霊は、ハハッと可笑しそうに反応する。

 

「そうだな。お互い、面倒だ。ジリ貧でしかないというのに、いつまでも抵抗を続けられてはな」

「だから、勝負と行こうぜ」

「ほう?」

「アタシの炎で、てめえを焼き尽くす」

「なるほど。そういう。結果はどうあれ、お友達の術式発動の隙は作れる、というわけだな」

 

良いだろう、と呪霊は両手を合わせる。

 

「ならば私は"熱"で行こう。暑さ、灼熱の地獄。

乾燥。この二つの"天候"を掛け合わせれば、炎が生まれる。自然発火というわけさ」

「火力勝負だな」

 

二人は構える。

 

そして、同時にシービーは、エースの覚悟を無駄にしないよう、今直ぐにでも飛び出し、止めに行きたい衝動を抑え、簡易領域を解くと同時、術式反転を残る呪力の大半をもって撃ち込まんと準備を始めた。 

 

領域の環境効果は大したことなくて良かった。

この程度なら、数秒は耐えられる。

 

そそて──。

 

「"焦熱""乾燥"…"災火(さいか)"」

「…練炎操火 極の番 瞋炎(しえん)

 

二つの巨大な炎が領域内で衝突する。

爆発。

そして、超高温の熱。

もし、領域外であったならば、木々は焼け落ち、建物は熱でその形を歪ませていただろう。

 

当然、ミスターシービーも本来無事ではすまない。

だが、彼女はカツラギエースの背後に構えており、そして、彼女の準備していた術式反転の呪力。

これによってある程度は軽減されていた。

 

─エース。

 

炎幕が徐々に収まり、再び領域内は暗雲に包まれた薄暗さを取り戻していく。

 

ミスターシービーは、仁王立ちするカツラギエースの背中に、彼女の勝負服にある葛城栄主の文字を幻視していた。

 

─エース!

 

しかし、彼女が動くことは無かった。

 

「凄まじいな…」

 

押し負けたのだ。

カツラギエースは、完全に気を失っていた。

領域内で、無防備な姿を晒す。

これはつまり──。

 

させない。

 

シービーは即座に動き、エースが巻き込まれない場所へと飛ぶ。

そして、撃ち込む。最大火力を。

 

水嶺(すいれい) (みそぎ) (けがれ)(ひじり) 術式反転 出力最大!閼伽(あか)!」

 

シービーは余力の殆どを使った術式反転を天候の呪霊へと放つ。

 

「そう来るだろうよ!今度は私が賭ける番だな!」

 

天候の呪霊も、シービーの閼伽を凌ぎきれる自信があったわけではない。

しかし、エースの提案に乗ったのは、シンボリルドルフに勝つためには余力が多ければ多いほど確実性が増すからだ。

 

じわじわシービーとエースに疲弊させられては、勝てるものも勝てなくなるかもしれない。

それよりは、と選んだのだ。

 

エースとシービーは、では、ヘタを打ったのだろうか。

そうではない。

彼女達はルドルフを信じていたのだ。

呪霊が領域を展開した時点でそれに気付き、ルドルフも領域を展開して雑魚呪霊を一掃しているはずだと。

ルドルフの明晰を、責任感を信じたのだ。

 

そして、同じ条件下なら、ルドルフが負けるはずもない。

それは、彼女達が一番、間近で見せられてきた事実である。

 

だからこそ、下手に時間を浪費するよりは、と選んだのだ。

敵の目的がルドルフを倒す、以外の部分が絞りきれていない以上、時間が彼女達の味方とは限らないのだから。

 

時間は稼いだ。

多分、ルドルフは今頃。

 

激流が領域内を渦巻き、天候の呪霊へ正のエネルギーを運ぶ。

 

「ぐっおおおおお!」

 

それに、あたし達は、負けるつもりなんてない。

 

「く…そ…想定、以上、だっ…たな…」

 

半身をえぐり取られた呪霊が、苦しそうに、そして、恨めしそうに、シービーを睨む。

 

「エースの挑発に乗ったからだよ」

 

にっとシービーは笑う。

そう、エースの挑発に乗り、炎勝負に持ち込んだことで、天候の呪霊は余計な呪力を消費していたのだ。

 

水で抗すれば、余力をそれだけ残せたにも関わらず、だ。

これはエースの作戦勝ちと言えるだろう。

挑発に乗りやすいと、これまでの戦いで見抜かれていたのだ。

だからこそ、火力勝負に出るだろう、と。

 

その結果、シービーの術式反転に対する防御への余裕も奪われ、無様を晒したのだ。

 

その上──。

 

「領域を…閉じるしか…、ない、か…」

 

消耗の激しさと、回復に充てるために、呪霊は領域を解かざるを得なくなった。

 

「…後は、任せたよ。ルドルフ…」

 

シービーは、ゆっくりと片膝を付き、息を吐いた。

そして、そのまま一度、気を失うことになる。

領域から出た瞬間、辺りに広がる呪力で彼女は察したのだ。

そして、だからこそ、安心して託した。

 

「迅雷」

 

バリバリと迸る雷撃と共に、シービーとエースの身体は天候の呪霊の前から消える。

 

「二人とも、ありがとう。随分と奴を追い込んでくれたみたいだな」

「後は私が」

 

シンボリルドルフはそのまま再び呪霊の前へと姿を見せる。

 

「さあ、君の標的がここにいるぞ」

 

もう術式が回復している?

不味いな、と天候の呪霊は背筋に嫌な汗を浮かべていた。

 

ミスターシービーとカツラギエースの時間稼ぎは成功したのだ。充分過ぎる程に。

ルドルフが領域を展開するのみならず、その後術式が回復するまでの時間を、作り上げたのだ。

 

「君は相当長く領域を展開していたね」

「!…くっ」

「生徒達に、私の友人達に手を出したこと、後悔させてあげよう」

 

宿儺の指を取り込んだ筈の天候の呪霊は、しかし、自分よりも呪力量では劣るシンボリルドルフの"圧"に、気迫に、圧っされていた──。

 





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