トレセン奇譚   作:ライト鯖

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織女星供

 

「あれ、もう一人いたのか」

 

絶望に顔を染め、駆け寄ろうとした彼女だったが、声に足を止めた。

 

「君もウマ娘か。トレセンの娘?」

 

チラリと向けた視界の端には、ニヤニヤと下卑た笑みの紫色の呪霊が立っていた。

 

「貴方が、カレンさんを?」

 

呪霊を警戒しながら、ゆっくりとカレンチャンの方へと近付いていく。

 

「ああ、その娘かい?安心しなよ。自分の術式で眠ってるだけだからさ」

 

(やっぱりコミュニケーションを...!最低でも準一級..!)

 

呪霊は、基本的に言葉を話さない。

話しても、人の言葉を真似している程度であり、コミュニケーションを取れることは殆どない。

コミュニケーションを取れる呪霊は、強い。

 

(それに、自分の術式?..どういう..)

 

考える暇は与えられなかった。

 

「錬土操!」

 

呪霊がそう唱えると、アドマイヤベガに足下の土が鋭利な刺となって襲いかかった。

 

「...!」

 

躱したアドマイヤベガは、空ぶった土の刺の大きさに、背筋を冷やす。

 

(土を操る術式..。あの威力。当たったらお仕舞いね..)

「天梭」

「英仙」(ペルセウス)

 

即座に反撃姿勢を整え、アドマイヤベガは。天梭によって練られた"メドゥーサの頭"を呪霊に向けた。

 

倒したメドゥーサの頭を用い、鯨に喰われそうになっていたアンドロメダ姫を救う為、鯨を石化させたというペルセウスの神話によるものである。

 

「鏡台反呪」

 

両手指を使い、四角形を形成、それを拡大するように広げた呪霊。

 

直後、アドマイヤベガの身体は動けなくなってしまう。

 

「..な..?!」

(これは、メドゥーサの能力..!)

 

アドマイヤベガの放った術式が、彼女自身に返ってきたようだった。

 

(術式を複数..?)

 

どうにか身体を動かそうとするが、それが無駄なことは彼女が一番分かっていた。

十秒間、何があろうと動くことが出来なくなるのだ。

 

「豪掌術!」

 

呪霊は、身体を動けなくしたアドマイヤベガに、呪力で彼の拳周辺に練られた巨大な拳を浴びせた。

 

「ぐうっ...!」

 

背後にあった木に衝突し、ずり落ちる。

直後、身体の硬直が解け、呪霊の二発目はどうにか躱した。

 

「気になる?俺が何の呪いか」

 

呪霊は、余裕そうに嗤う。

 

「.....」

 

アドマイヤベガは答えなかった。

正直、術式を開示させることによる危険と、何も知らず闘うことのリスク、どちらを取れば良いか判断が付かなかったからだ。

 

「俺は"贋作"の呪霊」

 

アドマイヤベガの返答を待たず、楽しそうに呪霊は開示を始めた。

 

「贋作、コピー品、パクり。そうした偽物への怒りや、それを掴まされることへの恐怖、怨みが産んだ呪いさ」

「俺は特定の条件を満たすと、相手の術式を模倣出来るんだ。但し、完全なコピーじゃない。あくまで本来の劣化版。その名の通り、術式の模造品を作り上げる、ってわけさ。そして、特定の条件とは、そいつの顔に触れること!」

 

開示を終えるが早いか、呪霊は、その手をアドマイヤベガに伸ばす。

 

(まさかカレンさんは..!)

 

呪霊の手を避け、アドマイヤベガはなおもぐったりした様子のカレンチャンに目をやった。

 

「あははは!正解。その娘は俺が模造した術式でああなってるのさ!生憎止めをさす前にお前が来ちまったけど。お前の次はそいつだ」

 

贋作の呪霊はそう嘲笑う。

 

「..そう...」

 

アドマイヤベガは、そう小さく呟き、強く地面を踏み込んだ。

 

「獅子!」

 

強力な獅子の爪が贋作呪霊に切りかかるが、軽々と躱される。

しかし、その躱した先にアドマイヤベガ本人が先回りしていた。

 

「はっ!」

 

ウマ娘の脚力は、当然人間よりも強く、それを呪力で強化したものは、地面をも割る程の威力となる。

 

贋作呪霊は身を翻したが、避けきれず、後頭部に彼女の蹴りを受ける。

 

「がっ..!」

 

地面に叩きつけられ、贋作呪霊は呻き声を上げたかと思うと、ニマリと笑い、背後で練り上げた土塊をアドマイヤベガに強襲させた。

 

「英仙」

 

今度はペルセウスが右手に持つ剣を練り上げ、土塊を斬り捌き、返す刀で呪霊に斬りかかった。

ビュンッと剣が空を斬る。

 

「中々やるね!」

 

嗤いながら呪霊は、攻撃を躱し、更に巨大な土塊を彼女を押し潰すように落とす。

 

鼓星(オリオン)!」

 

形成された巨体な人形は土塊を受け止め、持ち上げた。

 

オリオンは巨体であり力持ちな戦士である。

 

オリオンは呪霊に向け、土塊を投げ返す。

 

「ははっ!」

 

呪霊は土塊が自身に届く直前に術式を解除し、バラバラになった土を彼に降りかからせた。

 

「英仙」

 

その土によって視界を奪われた呪霊の隙を付き、唱えながら、アドマイヤベガは再び剣で斬りかかる。

呪霊の腕に斬撃を浴びせたが、呪霊はなお、余裕そうなままであった。

 

(まだ他にも術式を隠しているかもしれないわね..)

 

アドマイヤベガは焦りを募らせていた。

早く、カレンチャンを救出し、離脱したいと考えてはいるが、全くその隙がなかったのだ。

 

(本当にカレンさんは眠っているだけなのかも確かめられない..)

 

「蠍!」

 

強い毒を持つ、強力な尾を呪霊へ向ける。

 

「錬土操 土壁!」

 

蠍の尾は、呪霊が形成した壁に阻まれてしまい、土壁をその毒で溶かすのみだった。

そのまま呪霊は、再び土塊を形成し、アドマイヤベガに向け、投げ付ける。

 

「..鼓星!」

 

再びオリオンを出現させ、土塊をその力で防ごうとしたアドマイヤベガだったが、土塊は、オリオンの腕に乗る直前に弾け飛んだ。

 

「...?!」

 

バラバラと崩れ落ちる土塊は、目隠しとなり、アドマイヤベガの視界を遮る。

 

「ひっかかったあ!豪掌術!」

 

極大の拳が、アドマイヤベガを側面から襲う。

視界が遮られたことにより、僅かに反応の遅れた彼女は、その一撃をもろに受けてしまうのだった。

 

「...あっ...」

 

ドゴオンと、凄まじい音を立て、アドマイヤベガは吹き飛ぶ。

その先には、未だぐったりとした、カレンチャンがいた。

衝突は、不可避に思われた。

 

(..カレンさん..)

 

自身の吹き飛ぶ身体でカレンチャンの命を危険に晒す。

そんな現実を受け止めきれず、彼女は目を閉じた。

 

ガッとアドマイヤベガは肩を掴まれた感触に、ゆっくりとその目を開ける。

 

「...どうして..?」

呪力で形成されたオリオンが、彼女を受け止め、カレンチャンの手前で踏みとどまっていた。

 

指示は与えておらず、余りに咄嗟のことで、反応も出来ていなかった。

自立して動いていたようにしか思えない。

アドマイヤベガは安堵と混乱に包まれることとなった。

そしてそれは、贋作の呪霊も同じことであった。

 

(...明らかに自動的に動いた?呪力だけで形成されているから、てっきり式神と違い、自律性は皆無かと思っていたが、推測が外れた?)

(!...まあ、いい)

 

贋作の呪霊は、再び嘲けり嗤う笑みを浮かべた。

 

「面倒だ。お前も、そこのお友達の術式で眠らせるとしよう」

 

カレンチャン相手に使った直後であったため、カレンチャンから模倣した術式は焼ききれており、使用不可能となっていたのだが、それが回復したことに、呪霊は気が付いたのだ。

 

「...!」

 

呪霊の狙いに気が付いたアドマイヤベガは、オリオンと共に、呪霊に向け駆け出す。

だが。

 

          「領域展開」

 

         愛   法 

           敬   界

 

「...しまっ..」

 

 

薄いピンクやベージュのグラデーションの天蓋が形成され、カワイくファンシーな空間に、アドマイヤベガは閉じ込められてしまうのだった。

 

「残念だったね。劣化版とはいえ、領域も使えるのさ。まあ、この領域から出してしまえば、恐らく効果が消える程度のものだけど」

 

呪霊は勝ち誇った声で、だめ押しの開示を行った。

 

「さて。止めをさそうかな」

 

呪霊は一歩踏み出したが、違和感を感じ、アドマイヤベガにしっかりと視線を向けた。

 

「何故だ..?」

 

アドマイヤベガは、目を惚けさせることもなく、鋭い目付きで、呪霊を睨んでいたのだ。

 

「...何故見惚れない?」

 

困惑する呪霊。

アドマイヤベガは、腕を持ち上げながら、フッと不敵な笑みを浮かべて見せた。

 

「幾ら劣化しているからって、この領域内で動ける筈がないだろう!」

 

食って掛かる呪霊に、アドマイヤベガはゆっくりと震える腕を動かしながら、告げる。

 

「..貴方みたいな人間ですらない見目の呪いに見惚れるわけがないでしょう?」

「術式の効果をそんなことで無視できる筈が!」

 

「...私は、毎日あの娘のカワイイを浴びているもの..」

(そして、それを無下にし、突き放している)

「我ながら最低ね」

 

呟き、アドマイヤベガはゆっくりと両手を近付けていく。

 

(とはいっても、まともに動くことは出来ない。意識も今にも落ちそう...)

(でも、私は、まだ、ここで死ぬわけにはいかない。...カレンさんに謝れていない。それに━━)

 

賭けるしかない。

彼女はそう覚悟を決め、指を動かし、形を作り行く。

 

しかし、彼女は未だ成功させたことはない。

呪術の極致、領域展開を。

相手の領域に入れられてしまっている上、ただでさえ領域は脱出困難な上に、既に意識も飛びかけているのだ。

助かるには、成功させるしかない。

 

(でも、お姉ちゃんは成功させたことがない)

 

同じく領域に閉じ込められている妹の魂は、必死に打開策がないかと思案を巡らせていた。

姉の呪力によって、僅かでもコントロールされている限りにおいては、先程のように自立した行動も可能なのだが、現状コントロールからは外れている。

一瞬、動くことが限度だろう。

 

(お姉ちゃんは、私と話した時に、生得領域を直に感じている。だから、イメージは問題ないはず。呪力量だって足りている。技術だって、結界術も問題なく使えてる)

 

そう、妹の目から見ても、アドマイヤベガが領域を展開出来ない理由の方が分からなかったのだ。

本来、習得出来ないのが当たり前。

しかし、アドマイヤベガと妹はその特殊性故に、生得領域を既に知覚している。

後はそれを押し出すだけのはずなのだ。

 

(何が、足りてないんだ...ろ..)

 

ハっと何かに気が付く。

 

(そうだ。私とお姉ちゃんは、生得領域を共有している。術式も。もしかして..)

 

彼女達は、知らない事実。

双子は呪術においては、一人として扱われる。

二人で一人なのだ。

更に、アドマイヤベガ姉妹は特殊である。

妹は、魂だけの存在。

肉体が無い分、より、同一性が高まっている。

 

(つまり、私がやるべきことは..!)

 

アドマイヤベガは、既に完成させていた。

人差し指と親指で、逆三角形の様な形を作り、薬指、小指を折り畳み、中指で、その逆三角形の上に三角形が置かれるような形を取る、掌印を。

 

(私も結ぶことで、完成するんだ!)

(でも、どうやって...いや、直感に従う。きっと、そういうものだから)

 

彼女は、オリオンの姿にある腕を利用し、僅かに自ら動くことが出来るその一瞬で、ピースした両手人差し指を斜めに付け、底辺のない三角形を作るようにし、掌印を結んだ。

 

二人の手によって作られたそれは、星に近い形であった。

一筆書で書く、星のような。

 

 

         「「領域展開」!」

 

          "織女星供"(しょくじょのほしく)

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