自失
夕陽も沈み、暗闇に支配された、誰もいないはずの小学校。
そこに、二つの影があった。
一つは、ウマ娘。
もう一つは、異形。
どんな生物にも例え難い、腕が複数本生え、丸いようなフォルム、嫌悪感を催す動き、呪霊だった。
「見つけた」
「返してえぇえ~」
そう呟く彼女と目を合わせた呪いは、意味など籠っていない鳴き声を上げる。
そして、次の瞬間、そのウマ娘に呪霊は飛びかかっていた。
「...」
特に術式を発動させるでもなく、そのウマ娘は、虫を払うようにして呪いを祓う。
「さてと」
呪いの消滅を確認した彼女は、頭に乗る白く小さなCBとアルファベットを型どった金飾りが付いているハットを揺らしながら、奥へと、真っ暗な廊下を伝って歩を進めるのだった。
ミスターシービー。
それが彼女の名。
三冠ウマ娘として名を馳せた彼女は、呪術の才能も併せ持っていた。
自由でいることを重視する彼女は、奔放であり、任務に積極的とは言えず、気分の乗らない時には姿を眩ませたり、正式に引退はしていないことを良いことに暫くレースに集中したりと術師となってからも気ままに過ごしていた。
彼女の強さは折り紙付き、更に、その自由さ故に、術式の解釈も広く、多彩。
そんな彼女だからこそ、罰せられることもなく黙認されていた。
「はーあ。ここは終わりかな」
学校中を見て回り、呪霊を祓い終えたミスターシービーは、溜め息を一つ付き、スマホを確認する。
「次は...この廃ビルが近いかな」
呪いの目撃情報や窓からの報告を集約する学園バックアップの下、等級の高い術師の補助としてエアシャカールによって開発された専用アプリから、近場のスポットを調べ、即座に出発する。
到着した廃ビルは低級呪霊の巣となっていたが、一時間とかけずに祓いきってしまう。
そこから更に、数ヶ所近場を回り、星々の瞬く丑三つ時になって、漸く帰路へとつくのだった。
この一年、突然、真面目に、それまでと比べると真逆と言える程に術師としての活動に打ち込むようになった彼女を多くの者達は、気紛れだろうと考えていた。
術師としての活動に興が乗っているのだと。
翌朝
学園に登校したミスターシービーは、教室へと向かう途中、生徒会長シンボリルドルフに声をかけられた。
「シービー、ちょっといいかな?」
「どうしたの?ルドルフ」
ミスターシービーの軽い調子に相反してシンボリルドルフは神妙な面持ちで、彼女と向き合っていた。
「シービー。少し働きすぎじゃないか?最近殆ど休んでいないだろう」
「そう?アタシは全然大丈夫だよ」
「しかし、少し前よりも窶れて見えるが」
「気のせいだよ。元気だもん」
「だが..」
「それに、ルドルフはもっと忙しいでしょ?キミこそちゃんと休んでるの?」
「.....」
カウンターを返され、シンボリルドルフは言葉に詰まってしまったようだった。
「...こう言っては何だが、君は一年前までは余り積極的に任務には行っていなかった。そんな君が人が変わったように任務漬けの毎日だ。私は何年もこの生活を続けているが、突然同じ様に生活するようになれば体調も崩すだろう。休んだ方が良い」
そう切り返したものの、シンボリルドルフ自身、苦しい言い分だと理解していた。
彼女自身は今の生活になってから一度も体調を崩したことなどなかったからだ。
「...ねえ、ルドルフ」
静かにミスターシービーは友人に語りかけた。
「アタシは、やりたいようにやってるだけだよ。ちょっと呪術が楽しくなってきたから、やってるだけ。無理なんてしてないよ。アタシは自由にしてるだけだから」
「...」
「心配してくれたのはありがとう」
でも、大丈夫。といつもの笑顔で彼女は笑って見せた。
「.....シービー。君は今、本当に自由なのかい?」
「...本当だよ。何にも縛られない、それがアタシだから」
自分に言い聞かせるようにして言うミスターシービー。
シンボリルドルフはそんな彼女にかける言葉を見つけることが出来なかった。
「じゃあ。アタシはもう行くね」とわざとらしいほどに飄々とした態度で、足早に去っていくミスターシービーを見送るだけであった。
「...あの日から、ずっとだ。シービー。今の君が自由だとは思えないよ」
一人、残されたシンボリルドルフは、悔しそうに呟くのだった。
-一年前-
ミスターシービーは、呪術師になって直ぐ、その才能を開花させ、等級を一気に駆け上がっていた。
二級術師となり、推薦人を集めている段階となっていた。
しかし、その自由奔放さが仇となり、中々集められずにいたのだった。
その事を本人は気にしてもいなかったが。
だが、一級にはなりたがってもいた。
何故か。
それは、ライバルに負けたくなかったからだ。
「おーい。シービー」
「ん?どうしたの?」
ミスターシービーは朗らかに、その呼ぶ声に答える。
「アンタまた任務サボっただろ」
「アハハ。気分が乗らなくってさ」
「あのなあ..。アタシが代わりに行ったから良いものの。人の命がかかってるんだぞ?」
ミスターシービーを呼び止めたそのウマ娘、後ろで束ねた黒髪、前髪にある対照的な真っ白い流星、芯の強そうな、少年の様な印象も受ける顔立ちのカツラギエースは、そう彼女に苦言を呈した。
「分かってるよ」
ミスターシービーは苦言を意にも介さずそう笑う。
「分かってるって。アンタなあ..」
「キミがいるから」
「..は?」
予想外の返しに頓狂な声を挙げるカツラギエース。
「エースは強いし、任せても大丈夫でしょ?」
悪戯っぽく笑うミスターシービーに、毒気を抜かれたように力の抜けた声をカツラギエースは上げた。
「はあー。アタシの休み、アンタのせいで消えてるんだぞ」
言いながらも彼女は笑っている。
「ごめんごめん。ちゃんとたまには行ってるからさ」
「もうちょい頻度を増やしてくれ」
「善処するね♪」
「しないやつだろそれ」
他愛のない会話。
ミスターシービーは、カツラギエースのことを信頼していたのだ。
友人として、ライバルとして。
カツラギエース。
自他共に認めるミスターシービーのライバル。
地方から乗り込み、"反逆"を旗印にトゥインクルシリーズを駆け抜けた猛者。
クラシック戦線ではミスターシービーに負け越した彼女は、ジャパンカップにて、その年無敗の三冠ウマ娘として乗り込んできたシンボリルドルフと、海外のウマ娘ごと逃げ切って見せたのだ。
ミスターシービーに食らい付き続け、ついにその背中を見せたウマ娘。
無敗の皇帝に初めて土を着けたウマ娘。
彼女の逃げは、多くの人々に衝撃を与えた。
"反逆のエース"ここにあり。そう知らしめたのだった。
術師となってからも二人は競い会うライバルであった。
持ち前の自由さで術式の拡張を進め、どんどんと強くなっていくミスターシービー。
それに食らい付き続けるカツラギエース。
レースを走っていた頃と、二人は変わらなかった。
元々術師には余り興味のなかったミスターシービーは、軽く術式を扱えるようになって、飽きるまで続ければ辞めるつもりだった。
しかし、相変わらず食らい付いてくる、それどころか組み手では幾度か敗北もさせられたライバルに触発され、今でも術師を続けている。
エースには負けたくない。
何ものにも縛られないことを重視する彼女が、執着する数少ないモノ。
それ程までにカツラギエースとの対決が、競争が好きだったのだ。
「まあいいけどよ。アンタがサボってる分、アタシはもっと強くなるしな。直ぐに一級術師になってやるさ」
「へえ。そう簡単に追い越させやしないよ」
二人は、切磋琢磨し続けるライバルだった。
「ま、アタシも一級にはなっておきたいし、暫くは真面目に任務に行こうと思ってるから安心して」
「昇級したらまたサボる宣言じゃねえか」
「バレた?」
あの日までは。
それは猛暑の続く蒸し暑い日のことだった。
ミスターシービーとカツラギエースの二人は、呪いの発生が報告されていた山地を訪れていた。
曰く付きの山地。
地元の書籍やインタビューから得られた内容によると、この山には妖怪が封じられているという伝説があるらしかった。
その妖怪への畏れと山に現れたという謎の大型生物の目撃情報とが合わさって漠然とした恐怖心が山に集まり、呪霊の巣窟になってしまった、とのことらしい。
「低級呪霊の発生しか報告されていませんが、万が一ということもあります。無理はなさらないでください」
「了解」
「ああ。了解だ」
補助監督から報告と注意を受け、二人は帳の中へと入る。
「確かに低級の群ればかりだね」
「そうだな。しかもそう数は多くない」
「ぱぱっと祓っちゃおう」
二人は同時に群れへと駆け出した。
「
ミスターシービーは指を呪いに向け、呪力を籠めた。
辺り一面に散らばるようにして呪力の隠った水が勢いよく濁流となって散開し、呪霊達を蹴散らしていく。
しかし、低級呪霊であれば簡単に殲滅出来る技であるが、威力が分散するため、二級呪霊や三級の中でも上位と思われる呪霊にはどうにか攻撃を凌ぎきられてしまう。
「
そこにカツラギエースが前へ出て、懐からマッチを取り出し、特殊加工された胸の裏地で火を付けたそれを握り締め、地面を殴り付けた。
特攻服の様な黒い上着をはためかせ、拳を地にめり込ませる。
「
拳が地面に衝突すると同時に彼女の手は炎に包まれ、殴打と共に地面に迸った呪力に沿い、炎が拡散した。
「くぇえおえ!」
生き残った呪霊達は、この炎で止めを刺されたのだった。
ミスターシービーの術式。
玉水法術。
水に呪力を籠めて操る術式。
ゼロから水を作ることは出来ないが、呪力で既存の水を増幅させることは出来る。
小さな水滴でも大量の呪力を消費すれば濁流に変化させることも可能だ。
彼女は術式の解釈によって、空気中の水分を水としてある程度操ることが可能なため、莫大な呪力量と強大な出力によって殆ど何もない場所から巨大な水を生み出して戦えるのだ。
カツラギエースの術式。
練焔操火。
炎を練り上げ、操る術式。
此方は炎を呪力から変換して扱うことが出来る。
しかし、ゼロから炎を産み出すよりも既存の炎を操り、増幅させる方が呪力消費が少なく済むため、カツラギエースはマッチ等火をつけられるモノを持ち運んでいる。
二人は、特製の勝負服で任務に来ていた。
元々使っていた勝負服ではなく、同じデザインで制服と同じように低級呪霊の攻撃を防げる加工がされているモノだ。
しかし、大切にしている勝負服と近しいモノを身に付けて戦うことは僅かながらの縛りとして機能する。
思い入れのあるデザインの服が傷付く、使い物にならなくなる可能性が、ほんの少しだが、呪力出力と防御力を上げるのだ。
ミスターシービーの場合は肌の露出が多くなるが、肌の露出によって危険に晒される部分が増えることが縛りになる。
この縛りによって素肌部分の防御力は普通に制服を着るよりも上がっている。
勝負服も同じこと。
僅かな縛りとは言え、確実に自身を強化することが出来るのだ。
ただ、例えデザインが同じなオリジナルとは違うモノでも傷付けたくない、というウマ娘もおり、その辺りは個人のさじ加減である。
他の呪霊も祓うべく、二人は山道に沿って山頂へと向かっていた。
その途上。
山の中腹辺りかと言うところまで来た時のこと。
ゾワリ。と二人は背後に気配を感じた。
「..!」
振り向いたがそこには何もいない。
「なあシービー」
「うん?」
「これ、もう一回振り向いたらいるパターンだよな」
「アタシもそんな気がする」
二人は再度、首を回転させ視線を戻す。
果たしてそこには、やはりいた。
鬼と形容出来るような角の生えた一つ目の頭。しかし、身体は丸っこく、緑っぽくも灰色っぼくもある妙な色合いの体毛に、丸く太い下半身を包む、作務衣のズボン部分だけを履いている。
そんな姿の呪いが、彼女達の目前に立ちはだかっていたのだった。
今回は一括投稿ではなく、徐々に投稿していきます。
まだ執筆途中なので、完成次第次を投稿する形にします。
次回は土曜日に投稿する予定です。
次々回は未定です。
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