「追うぞ!シービー!」
正直なところ二人は誘われていると感じていた。
しかし、見逃すわけにもいかない。
先に駆け出していたことと本人らの脚質も相まって、カツラギエースが少し先を行き、ミスターシービーが後を追う形で、呪霊を追跡する。
「くっそ。速いな」
全力で走っても中々距離が縮まらない。
森の中で走りにくいこともあったが、それ以上に呪霊が速かったのだ。
「あ..あ..助け..」
男達は、情けない声で、小さく声を発するのが限界のようだった。
「待ってろ。直ぐに助ける!」
カツラギエースが更にスピードを上げるのを見て、ミスターシービーも足を踏み込む。
だが。
「え?..」
足に急ブレーキをかけ、彼女はどうにか"それ"の目前で足を止めることが出来た。
岩壁。
突如として、彼女の目前にはゴツい岩肌の岩壁が現れたのだ。
「何が..」
「おい!シービー!いるか?!」
壁の向こうからカツラギエースの声が聞こえる。
「大丈夫!いるよ!でも、壁が出現した!」
「アタシにも見えてる。くそ!あいつの術式か?」
突如として現れたそれは、とても簡単には越えられそうになかった。
(でも、何かおかしい)
ミスターシービーは慎重に岩壁に手を伸ばす。
岩肌に触れ、ゴツゴツとた感触を感じるかと思われた瞬間、彼女の手は勢いよく弾かれた。
「どうした?!」
「これ..結界だ」
「何..?」
カツラギエースも触れてみたのだろう、バチッと何かの弾かれる音がした。
(これだけの岩壁なのにエースの声がはっきりと聞こえる。恐らく、本当は直ぐ近くにいるはず。結界一枚だけを隔てているってところかな?)
そう分析し、思い切り岩壁に呪力を籠めた打撃を与えてみる。
(さすがに破壊は厳しいか)
轟音こそ響いたが、それはびくともしていなかった。
チラリとミスターシービーが左右を見渡すと、一方は先程まで見当たらなかった巨大な岩、一方には大きな川が出現していた。
「領域?いや、違うな」
仕方がない。と溜め息を付き、彼女は向こう側にいるカツラギエースに呼び掛ける。
「エース。悪いけど先に行ってくれる?多分、別の呪霊だ」
「何?!」
「多分だけどね。どちらにせよアタシはこれをどうにかしなきゃ行けないから」
「..そうだな。分かった。気を付けろよ」
「そっちもね。直ぐに追い付く」
「ああ!」
カツラギエースの溌剌とした返答を耳に受けつつ、ミスターシービーは、一番越えやすそうな川の出現した方向へと駆け出した。
「大分離されちまったな」
カツラギエースも、再び呪霊を追いかけ始める。
二人は、お互いを信頼していた。
大丈夫だろう。と、そう信じていた。
ライバルで仲間。
その関係性は、互いの強さを確信するには充分であったのだ。
五分程走っただろうか、漸く呪霊は足を止め、追いすがるカツラギエースを顧みた。
「その人らを離せ!」
言いながら、カツラギエースは素早く攻撃体勢へと移行する。
まるでそんな彼女の様子を気にかけていないかのように、呪霊はペッと男達を投げ捨てた。
「危ねえ!」
滑り込んで二人をキャッチし、そのまま何度か跳躍し、呪霊から距離を取る。
「怪我はないか?!」
「...っはい..」
無事を確認すると、先程のように炎で二人を覆い、防御結界を構築する。
「練焔操火」
拳に呪力で練った炎を纏い、呪霊を見据えた。
バッと地面から砂埃が舞い上がると共にカツラギエースが視界に捉えていた呪霊は姿を消す。
背後に裏拳を繰り出すと、再び地面の蹴られる音が響いた。
今度はカツラギエースも動く。
全力でレースのスタート時の様に力強く地面を蹴り、前方へと飛び出し、拳を振りかぶった。
交差するようにして呪霊が、カツラギエースの拳の前に現れたものの、即座に後背へと飛び退き、躱されてしまう。
そのまま彼女は、脚全体を地面に付けるようにして、更に身を屈め、呪霊の巨躯から繰り出された蹴りを避け、そこから腕を支点にし、一気に逆立ちの体勢へと飛び上がるようにしてなり、回し蹴りを放つ。
ドンという鈍い音が響いた。
呪霊が腕で防御をしたのだ。
「雨炎火石」
屈んだ時に周囲に投げ捨てた幾本かのマッチに術式を走らせ、僅かに動きを止めた呪霊に連続して火の玉を喰らわせた。
「ぐうっう..」
僅かに呻き、呪霊は飛び退く。
その隙に彼女は大量にマッチを擦り、周囲に大量にばら蒔いた。
そして一本だけは、自身の手元へ残す。
「火刃薙」
呪霊に飛びかかると同時に周囲に散らばるマッチから縄のように練られた炎を吹き出させ、呪霊の巨躯へ巻き付け、拘束した。
「
(こいつの術式はよく分からないが、発動させる隙は与えねえ!)
ビュンッと炎の刃を振り下ろす。
今度は、手応えを感じた。
実際、どうやら傷を負わせることが出来たようだった。
更に畳み掛けようと、もう一度振りかぶる。
「ぐおおおお!」
呪霊は凄まじい呪力を発した。
「ぐっ..!」
さすがに防御し、後退りせざるを得ず、二撃目を入れることは敵わなった。
炎の鎖も破られてしまう。
「くっそ。強ええな...だが」
ニヤリと微笑む。
「アタシも強いぜ」
言葉と同時に、散らばしていた残るマッチへ一気に術式を走らせる。
「
各々が呪霊へと向かい、巨大な炎となって、呪霊の巨躯を包み込んだ。
「.....!」
燃え盛る呪いの身体。
しかし、全身が包まれているにも拘らず、呪霊は、ゆらゆらと尚も動きを止めない。
「しぶといな..」
カツラギエースは、もう一度直接斬り付けようと、飛び上がった。
「昏」
「あれ..」
今、正に視界に捉えていた筈の呪霊の姿が消えていた。
(何か、視線の位置も低いな..?)
妙にボヤけてもいた。
おかしいな、と思った瞬間、身体に激痛が走る。
余りに唐突なそれに困惑しながらも、彼女は自身の拳に握られた燃えかすにも気が付いていた。
(術式が解けてる。そういやさっきも..)
そして彼女は気付いた。
自身が、木を背もたれの様にして地面に、座り込んでいることに。
いや、座り込んだというよりも、まるで吹き飛ばされてここに衝突したかのようだった。
(何が..)
考える暇は与えられなかった。
漸くクリアになった視界は、巨大な拳が自身に迫っている様子を写していた。
「...!!」
どうにか身を捩り、クリーンヒットは避けられたが、左腕を思い切り殴られてしまう。
「...っあ!」
力が入らず、ダランと垂れ下がる。
「くそっ!」
残り僅になったマッチの一本を、再び縮こまっている男性達の方へ投げ、結界を構築する。
其方も、先程のナニかで解けていたのだ。
そして、自身の左腕に右手を当てて、炎の渦を巻き付けた。
呪力で腕を覆うことで、感覚も感じにくくなっている左腕をサポートするためだ。
そこに、呪霊の拳がまた迫る。
「...っ!」
火柱を吹き上げさせ、防御。
幾つかまだ燃えきっていないで落ちているマッチを矢の様にして飛ばした。
楽々とそれらを躱し、呪霊が、口を開ける。
「まさか...!」
(呪言の類か..!)
「混」
気が付いた瞬間、脳に呪力を走らせ防護を試みたが遅かったようで、カツラギエースは、はたと動きを止めてしまった。
「な..んだ..」
彼女の耳に、神経を逆撫でする不協和音が鳴り響く。
腕に巻き付け、補助をさせていた炎も消えてしまう。
(身体が..動か..)
ピクリとも動かせなくなった身体の、指先だけでも動かそうと踠くものの、無意味に終わる。
「あああああ!」
更に悪いことに、彼女の口が、勝手に動き出してしまっていた。
(何だ..他者を操る術式..?いや、それにしては...)
思考は自由であった。
頭は、常に鈍器で殴られているように痛み、耳鳴りも異常な程であったが、それでも、思考は止まってはいなかった。
(精神そのものが操られるわけじゃない...身体の自由が奪われる...まるで自分じゃないみたいに...)
ニヤニヤと余裕ぶった表情を浮かべる呪霊は、悠然とカツラギエースに近付き、足を振り上げた。
「がっ..」
再び吹き飛ばされ、身体を強く打ち付ける。
(やっぱり、大きな衝撃を受けると解除されるのか)
身体が動くことを確かめ、即座に反撃を試みるカツラギエース。
(恐らく、こいつは狐憑きか何かの呪霊だ。見た目で予想するべきだったか?...とにかく、身体の自由を奪い、意思に反した動きをさせやがる)
分析しながら、拳に炎を纏わせた。
ゼロから炎を練り上げるのは既存のものを増幅させるよりも呪力効率は悪いが、時間の短縮にはなる。
脳を呪力で防御はしたものの、まだ不透明な所が多い相手である以上、一瞬の遅れも許されないと判断したのだ。
「鐡火!」
「困」
呪言が響くが、カツラギエースの術式は解けていない。
「はあ!!」
カツラギエースの拳を諸に受け、呪霊は僅かに後退りし、身悶えた。
「よし!」
呪力による防御が効くことを確信し、一気に畳み掛けようと踏み込んだ。
「昏」
そこに再び呪言が響く。
「効かね...?!」
術式が、消えていた。
一瞬の混乱。
しかし、カツラギエースは呪力操作は出来ていることを確認すると、そのまま拳を振り抜ききるのだった。
呪霊は、驚愕の表情を浮かべながら飛び退き距離を取る。
混乱のまま攻撃を中断するとでも思ったのだろう。
「...何だ..防御したのに..?」
カツラギエースは気付くことが出来なかったが、同じ発音の呪言ではあるものの、それぞれ別の効果を持っている。
"昏"は、最も強力であり、術式の使用を中断させ、被呪者の意識を一瞬停止させるモノである。
呪力による防御で効果の一部、意識の停止は避けれているが、術式の停止まで防ぐことは出来なかったのだ。
「...術式を使えないなら使えないで問題ねえ」
呪霊を睨み付け、彼女は再び構えた。
だが、呪霊は彼女に攻撃の手を向けることはなく、防護が外れ、ただ震えている先程呪霊に連れられてきた男達に、矛先を向けていた。
「....?!」
咄嗟に男達と呪霊の間に割って入ったことで、碌に防御も取れず、呪霊の攻撃を諸に受けてしまう。
(こいつ...知能が高い...)
男達を拐った時点で、囮に使う選択肢を持っていたのだろう。
カツラギエースが吹き飛ばされ、体勢を立て直そうと踠く間は男達には目もくれず、カツラギエースに直接攻撃を向け、畳み掛けて来る。
「ぐっ..」
どうにか身を躱したものの、再び呪霊は、男達にその矛先を向けた。
(こいつ...!そうやってアタシを削る気か..)
分かっていても見捨てることの出来ない彼女は、割り入り、また攻撃を受ける。
だが、今度は吹き飛ばされも体勢を崩されもしなかった。
「二度も同じ手法を取られて、対策しないバカがいるかよ..!」
呪霊の動きをよく見て、半分は山勘で攻撃のくる場所に予想を付け、そこに呪力を集中させたのだ。
「昏」
「ぐっ...!」
呪力のコントロールが乱される。
「あっ...」
間髪いれず、腹に直撃を受け、術式関係なく、意識を失いかけてしまう。
「昏」
更にそこを、呪言が襲った。
呪力コントロールが乱された瞬間に腹に攻撃を受け、更に体勢を崩された彼女は、呪言を防ぐことが出来なかった。
「しまっ..!」
視界が暗闇に包まれる一瞬の間、何か温かくゴツゴツとしたモノに触れられた感触を覚えながら、彼女の意識は途絶えるのだった。
「....」
また呪霊に吹き飛ばされていたようで、木に身体を打ち付けた体勢で彼女は目覚めた。
(今度は肋もやられたか...)
呪霊は、油断しているのか彼女の方を見ていない。
漸く男の一人を手でつまみ上げ、なめ回すようにじっくりと見回していた。
そして、腕を指を摘み、引っ張りだす。
「ああああ!」
悲鳴。
わざと力を抜いて反応を楽しんでいるのだろう。
知能が下手に高い呪霊は、露悪的な振る舞いをすることがある。
この呪霊も例に漏れず、といったところだ。
(くそっ...)
助け出すために立ち上がろうとした彼女だったが、上体を起こした瞬間、がくりと足の力が抜けた。
どうやら足もやられていたようだった。
更に身体が上手く動かない。
その上。
(さっきまでと...なにかが違う)
違和感を覚えていた。
先程までならば、意識を取り戻すことが出来れば、視界も数秒ではっきりし、何事もなかったかのようになっていた。
しかし今は、視界もボヤけ、何故か脳が上手く働いていない様な感覚を覚えていたのだ。
上手く、思考が回せず、ぼんやりとしている。
(だが、衝撃で術式が解けてるおかげで、ここからでも..!)
懐に残る全てのマッチを擦り、遠距離からの攻撃を試みる。
「
「...術式が..」
彼女は、術式を発動出来なかった。
呪力は回せていたが、術式がとんと反応しなかったのだ。
(いや、反応しないというよりまるで..)
「ああうあ!!」
男の悲鳴で彼女は思考を中断した。
(んなことは後だ...今は、事実だけを受け止めろ)
「まだ終わってねえぞ!狐野郎!」
呪霊に向け、精一杯声を張り上げた彼女は、そのままマッチを投げ付ける。
ピクリと反応し、カツラギエースの方へ目を向けた呪霊は、飛びくるマッチに気が付き、まさかというような様相で、男を盾にするように放り投げながら後背へ飛び退いた。
当然、マッチは術式が籠められていないので、ポトポトと地面に落ちるだけであった。
だが、その隙を付き、全力を尽くして彼女は身体に呪力を可能な限り回し、強化することで立ち上がっていた。
「すまねえ!!大丈夫か?!」
落下した男性と、もう一人の男性の前に立つ。
騙されたことを知った呪霊が、不快そうな顔をカツラギエースへと向けた。
(術式も使えねえ。頭もボンヤリしやがる。これでこいつに勝てるか?いや、こうなった以上、アタシがやるべきことは..)
「困」
再び鳴り響く耳鳴り。
呪力での防御も薄くなってきていた。
それでも、彼女は駆け出し、拳一つで呪霊を殴り付ける。
(シービー。アンタが来るまで...!)
負けるつもりはない。勝つことを諦めたわけでもない。
しかし、もしシービーが来る前に自身が倒れてしまえばどうなるかを考えると、行き着く当然の答え。
(時間を稼ぐ..!)
ミスターシービーが必ず来ると信じ、負けないことに徹すると決めたのだ。
呪霊が飛び上がり、足を振り降ろす。
カツラギエースは、それを呪力集中させた腕で受け止め、激痛に顔を歪めながらも弾き返しきる。
そのまま拳を振り上げ、僅かにバランスを崩した呪霊に向け振り抜いた。
「くっそ...!」
しかし、呪霊は余り堪えている様には見えない。
対する彼女が満身創痍なことは傍目にも明らかであり、長時間耐えることは出来ないように思われた。
彼女自身、それをよく分かっている。
だが。
「それがどうした..。アタシはエース。カツラギエースだ!アタシの背中は、誰にも傷つけさせねえ!」
虚勢。
しかし、彼女は不敵に笑ってみせるのだった。
男達は、後悔していた。
自分達が軽率にやった行動が、この事態を招いたと彼らは分かっていた。
田舎の村に伝わる掟、それを小馬鹿にした動画。
バズらせようと、考えていた。
しかし、石を蹴り壊した瞬間、彼らは感じた。
不味いことをしてしまった。と。
直ぐにそこから離れねば、と。
全力で山道から外れることも構わず逃げた。
するとどうだ、狐のような犬のような化物に襲われた。
そして、突如現れたウマ娘二人がそいつらと戦い出した。
守ってもくれた。
化物に拐われた自分達を、なおも守ってくれている。
何がなんだか分からなかったが、これだけは分かっていた。
あんなバカなことをした自分達を、ウマ娘の命とも言えるだろう足を引きずりながら、腕が垂れ下がりながら、尚も、戦い守り続けてくれていることだけは。
彼らの意識は化物ではなく、ただ、目の前の、黒くはためく中に、金色の「
その後も暫く、カツラギエースは奮戦を続けたが、いよいよ限界が来てしまう。
単調な攻撃を避けることも出来なくなり、彼女の攻撃は全くといって良いほど当たらなくなっていた。
「昏」
呪力での防御も殆ど意味を成さなくなっており、呪言の度に意識を飛ばしかける。
「うらあ!」
拳も、どうにか動かした足も軽々と躱される。
「ぐぅ..!」
腕を噛みつかれてしまうまでに弱っていた。
「離れろ!!」
しかしこれはさすがに呪霊の油断であり、噛みつかれた腕をそのままに、呪霊を殴り付けることに成功する。
「舐めるなよ...」
全く屈する様子のない彼女に、苛立ちをその異形の顔に浮かばせる呪霊が、飛び退き、再び口を開こうとした時だった。
「!」
呪霊の視線が、カツラギエースから少しずれた位置へと向いた。
「エース!!」
背後からその声が聞こえ、彼女は首を僅かに動かし、どうにか声の主を視認した。
瞬間。
カツラギエースは身体から一気に力が抜けていく感覚を覚えていた。
「シービー...」
口も上手く動かない。
(でも伝えねえと..)
薄れ行く意識の中、彼女は伝える。
必要なことを、可能な限り。
だが、数秒で限界が訪れた。
そのまま、彼女の視界は、一気に黒く染まり、意識に帳が降ろされるのだった。
思ったより早く投稿出来ました。
次回はまだ書き始めた所なので恐らく来週以降になります。