楽園のアンフェール 作:匿名希望
ゼーリエ様可愛いよね
出会い
勇者ヒンメルの死……から数千年以上昔に遡ったとある日。後に大陸北部エンデと呼ばれる場所にて、一匹の『魔族』が目を覚ました。
「ん……?」
既に日が沈んでしばらく経ったであろう、真っ暗な平野に吹き付ける風。その真ん中でボロボロの服とも呼べるか怪しい布を羽織った、子供の姿をした『ソレ』は、酷く場違いな様相を呈している。
辺りには子供のことなどお構いなしに吹く風の音が鳴り響く。そんな中、子供はその身をゆっくりと起こし呟いた。
「……ここどこ? ……ってか寒っ」
────これは、ひょんなことから魔族に転生してしまった、不運な男の物語である。
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知らない場所で目が覚めたと思ったら凍え死にそうになっている件について。
「何で?」
猛烈な飢えと寒さという最悪の目覚めを果たしてから少し。朦朧とした意識で近くにあった洞窟で風を遮りながら、現実逃避ついでに眠る前の記憶を遡っていた。
……別に酒も飲んでなかったよな。
そもそも酒は嫌いだし、仮に飲み過ぎて記憶が無くなったとして、ボロ切れ一枚で冬の平野に寝転がるなんてことはしない……と信じたい。
ともすれば追い剥ぎにでも遭ったか? この平和な日本で?
「どちらにせよ最悪だけど」
不安を紛らわすためか自然と独り言が多く出てくるが、返事が返ってくることは一切ない。
仕方ない。このままだとマジで凍死するし、まずは生き残ることを第一に考える。
とりあえず現状を整理しよう。
今身ぐるみを剥がされほぼ裸の状態でクソ寒い洞窟に放置されている。それも直前の記憶は一切ない状態でだ。……詰んでね?
状況整理が一行で終わってしまった。分かったことと言えば、今俺は相当マズい状態にあるということだけ。
体感だが外の温度はおおよそ5度程度。いくら風を遮れているとして、このままでは朝を迎えることなく低体温の症状が出てくるだろう。
幸いなのは今のところ寒いだけで、特にそれといった症状が出ていないことか。
「寝たらマズイよな……よし。絶対寝ない。絶対寝ない。絶対……────……z、zzz」
結局思いっきり爆睡をかましてしまった。やらかした。
「なんで生きてんの?」
目を擦りながら固く冷たい地面から身を起こす。
残念ながら夢だったなんて展開は無かったが、命があるだけマシだと考えよう。
洞窟の入口に立ち外を見てみる。山肌に沿ってできた洞窟なのだろう。少し高くなっている入口から見える景色に、思わず感嘆の声が出た。
「……すげえな」
視界一面に広がるは森の緑。奥の方には雪に覆われた山々が連なっている。
────20年近く都会に引きこもっていたためか、こんな雄大な景色を見たのは初めてだった。
「こんな状況じゃなきゃ喜べたんだけど、っと」
そうぼやきながら地面に降り立つ。昼間は太陽が出ているためかまだ暖かい。体も妙に軽いし目も冴える。滅茶苦茶腹が減っていることを除けば、腹立たしいことに快適な目覚めだった。
……とりあえず人を探すか。話はそれからだ。
10年近くの運動不足をもろともせず、3時間ほどぶっ通しで歩いた。
辺りを観察して気がついたが、どうにも日本の植生とは大分かけ離れているように感じてならない。
専門ではないため確信はないが、北欧あたりが近いだろうか。
疲れたら適宜休憩を取ろうと思っていたが、座りっぱなしだったこの体もまだまだ捨てたものじゃないことを知れて嬉しい。
また運にも恵まれていたようで、森を迂回した先に湖と小屋を見つけた。
はやる気持ちを抑え小屋まで歩く。
外から覗いて中の様子を確認しようと思ったが、何故か小窓がとても高い位置に置かれている。両手を伸ばしてギリギリ届くか届かないかといったところだ。……仕方ない。どうせ誰も居ないだろうし入るか。
小屋の正面に回り3回ノックをし、反応がないことを確認した後ドアノブに手をかけて捻る。
見た目の割にスムーズに開いた扉は、埃っぽい空気と共に中の様子を見せてくれた。
「おじゃましまーす」
6畳ほどの大きさの部屋には、木組みの安楽椅子とサイドテーブルが置いてある。そして古めかしい背表紙が特徴的な本が、びっしり詰まった本棚が壁に沿う様に立てられていた。
放棄されてから長いこと経っているのだろう。床の板材が剥がれて落ちており、壁と天井の間には蜘蛛の巣が張ってある。
「……ボロいな」
持ち主には失礼だが言わせてもらう。あまりにボロかった。
何故か本棚だけ劣化がなかったが、よくこの環境で倒壊しなかったと感心してしまうくらいにはボロい。
試しに本棚に指を置いて横に動かすと、案の定べっとりとした埃が指についた。
「汚ったね」
指に着いた埃を壁で払っていると、背後で扉が開く音がした。
『勝手に人の小屋に立ち入って、随分と失礼な態度だな? 小僧』
そんな言葉と共に、言い知れぬ威圧感が辺りを包み込む。
「は?」
振り返ると、そこには1人の耳の大きな少女が居た。中々美味しそうな見た目をしている。
身長は俺より頭一つ高いくらいで、こちらを見下すようにニヤニヤと笑みを浮かべていた。
そして少女の目線が上の方……俺の額辺りに向かう。
『やはり魔物か。……珍しい個体だな』
そんな意味不明な言語とともに、表情は鳴りを潜めて険しいものとなった。
『まあいい』
少女はこちらを指差し何かを呟くと、ひゅんという風切り音と共に、左足に鋭い痛みが走る。
「!? っがあ!」
たまらず地面に尻もちを付き、何が起きたか分からないまま左足を見ると、太ももに深い裂傷が出来ていた。
『切断するつもりで放ったが、思ったより硬いな』
「クソっ!」
知らない土地で知らない言葉。その上摩訶不思議な力を使ってくる女。
そんな状況で冷静さを保てる訳もなく、俺は痛みを訴える左足を押さえて外へと飛びだしていた。
『活きがいいな。どこへ行くつもりだ?』
小屋を出る際に少女とぶつかるが、一切ふらつくことなく振り返る。
見た目は物語に出てきそうな可憐な少女だが、その姿がいっそう不気味さに拍車をかけた。
「ふざけんな!? 何なんだよあいつ!」
痛みと恐怖から呼吸が浅くなるが、そう叫ばずにはいられなかった。
足を引きづりながらなんとか歩く。しかし瞬きをした瞬間、少女は俺の目の前まで移動していた。そのまま前のめりになった俺の首を掴みあげる。
「ぐっ……!」
その細腕からは考えられないほどの力で絞められる。両腕で思い切りが引き剥がそうと試みるがビクともしない。
『……試してみるか』
次の瞬間、体の中を何かに侵食されるような、形容しがたい不快感が体中を巡った。
同時に首元を掴んでいた手が離されるが、頭痛と吐き気、倦怠感により立ち上がることは叶わない。
『ぐっ……! ふっ、ふふっ……なるほどな。これは予想外だ』
同じく頭を抑える少女だったが、こっちはすぐに回復したようだ。
『少し待て。悪いようにはしない……いや、そうか……この歳になって言語の学び直しか』
地面を這いながら距離をとるが、俺の手足を拘束するように地面が隆起し巻きついた。
試しに右腕に力を入れてみるがビクともしなかった。
「……殺すなら一思いに頼む。痛いのは嫌いなんだ」
どうしようもない状況だと逆に落ち着くのか、隣で目を瞑る少女が立ち上がったが、出てくるは諦めの言葉だけだった。
……って、言葉通じねぇんだわこいつ。
「悪かったな。今治してやる」
ほら、今も流暢な日本語で語り掛けながら俺の背中に手を……って
「喋れんのかよ」
「初めての試みだったがな。伝わっているようで安心したぞ」
相手と意思疎通ができると分かった途端心を許しかけた自分がいる。
「……あっそ。初対面で切りかかってきたくせに、一体今更何の用だ?」
「謝罪はしただろう? それにもう治ってるぞ」
「は?」
拘束が解かれたため起き上がって左足を見ると、あるはずの深い切り傷が無くなっていた。
幻覚かと疑ったが、ふくらはぎや地面に垂れている赤い血を見る限りその線も薄そうだ。
「凄いな。まるで魔法みたいだ」
「ご名答。今使ったのは『切り傷を綺麗に治す魔法』だ。傷跡も一切残らないから安心していいぞ」
何だよそのサービス精神。さっきまでの態度はどこ行った。
そう心の中で突っ込んでいると、少女は地面にどかっと胡坐をかいてこちらを向いた。
「自己紹介からいこうか。私の名前はゼーリエ。エルフの魔法使いをやっている」
「エルフの魔法使い……?」
「信じられないか?
俺の居た世界……日本のことだろうか? その割には仰々しい言い方な気もするが。
「あー……ちなみに、ここってどこの国?」
明らかに日本と違う植生や気候、そして謎の言語を話すゼーリエ。あまり信じたくはないが、ここが俺の見知った土地でないことは容易に想像がつく。
相手は確実にヤベー奴ではあるが、対話が可能なら情報を引き出して損はない。どうせまた逃げてもさっきの二の舞になるだけだしな。
「くっ……くくく。いいだろう。この私が教えて……いや、紹介してやろう」
心底愉快だと喉を鳴らすゼーリエ。
……こちとら散々な出来事ばっかりだったのに悠長な奴だ。
そんな不満が次々と浮かんでくるが、次にゼーリエが放った言葉がそこに待ったをかけた。
立ち上がり、日差しを背に両腕を上げるゼーリエ。その姿が、やけに様になっている。
「────ようこそ魔法の世界へ。お前ほど面白そうな人間……いや、
────────────────
それから、俺はゼーリエからこの世界についての話を色々と聞いた。ついでに記憶を読み取られたこともセットでだ。
急に日本語を喋れるようになったのは、あの短時間で俺の記憶を逆算して学習したかららしい。頭の回転バグってるだろとツッコミを入れたくなる。
ドッキリを疑ったが、実際に目の前で大木を魔法で吹き飛ばす光景を見せられたら、信じるほかは無いだろう。ただの人間である俺が食らったら、ひとたまりもなさそうだ。
……そう思っていたのだが、ゼーリエが言うには俺の体は中々不思議な状態になっているらしい。
「お前、中々
まるで実験動物を見るかのようにこちらを観察するゼーリエ。
これに関しても何を言っているのかが分からなかったが、湖面に映った自身の姿を見てその意味を理解した。
「え……誰?」
湖面に映ったのは慣れ親しんだ男の姿ではなく、色白の額に2本の角を生やした、色が白い子供の姿だったからだ。
「なんだ。気が付かなかったのか? 明らかに手や体のサイズが異なるだろう」
「た、確かにー」
目線とかおかしいとは思ってたけど、なんで気が付かなかったんだろう。
「肉体に記憶……お前の場合は魂といった方が良いかが引っ張られていて、違和感を感じなかったのかもしれないな。……まあそれはいい。大事なのはお前の種族についてだ」
種族? 確かに角の生えた人間はいないと思うけど。
「この世界には人間を始めとした、様々な種族が存在している。私の様な魔法が得意で耳が長く、長命なエルフ。丈夫な体に長いひげを生やし、鍛冶を得意とドワーフなどがな。これらの種族を総合して人類という名称がつけられている。二足歩行で言語を扱う種族は皆ここに分類される」
本当にゲームの世界みたいだな。あまりそういうのに関わってこなかったから知識は薄いけど、ゼミの友人でそういうのに詳しい奴が居たからよく覚えている。
「それで言うと俺はどこに入るんだ? ドワーフか?」
年取ったらヒゲボーボーになるということだろうか。
嫌なんだけど髭剃るの。俺めっちゃカミソリ負けするし。
「いいや。お前はドワーフではない。もっと言うとエルフや人間といった人類にも属さない」
……さっき自分で言った言葉と矛盾していないか?
「いやいや。二足歩行で滅茶苦茶言語扱ってますけど」
「だから面白いと言ったんだ。
知らない単語をわざわざ使って説明してくれるゼーリエ。少しばかりドヤ顔なのが腹立つ所だ。
「……何すか。魔物って」
「くくく……まさか魔物に魔物の定義を教えるときが来るとはな。まあお前がイメージしている通りで合っているぞ。ざっくりというなら人を襲う害獣だな。お前を出合い頭に殺そうとしたのは、お前が
ふざっけんなこいつ!? いくらそういう鑑定方法があるとはいえ、子供の見た目をしている奴を殺すか!?
……やっぱヤベエ女だわ。マジで逃げないといつ殺されてもおかしくない。
「っと逃げるなよ小僧。いくら人間の記憶があるとはいえ、体は魔物と人間の混じりものだ。魔物は食べるために人間を襲う。お前が例外という確信が取れるまで逃がすつもりは無い」
何故か元人間であることを信じてくれているゼーリエだが、そんな言い方をされたら流石にムッと来る。
「失礼だな。俺の精神は間違いなく人間だ。共食いなんて死んでもごめん「ほう? ならこれはどうだ?」……っ!?」
俺の言葉を遮るように、ゼーリエは自身の手首に魔法で傷をつけた。
「! ……まさか!」
瞬間、辺りに漂うは芳醇で、食欲をそそる芳しい香り。
12時間のバイトを終えた深夜、大盛の家系ラーメンを食べた時の記憶が思い出された。
「魔力を多量に含んだ私の血は美味そうだろう? ほら。一滴くらいなら上げてやらんこともないぞ」
そう言って俺の背中から抱き着くように手首を顔に近づけて来るゼーリエ。
そして本能がこの腕を食らえと言っている。信じがたいことだが、俺の脳はこの少女の細椀をご馳走だと認識しているらしい。
……ああ。そうさ。一滴くらい良いだろう。だって、昨日から何も食べていないんだから────
「っ! いらない!」
断腸の想いでゼーリエの抱擁を解き、逃げるようにして距離を取る。
そのまま湖まで行って冷たい水に顔を突っ込むと、ぐつぐつと煮えたぎっていた『欲』が納まる気がした。
「いらないのか? 自分で言うのもなんだが、私の血肉は美味いと思うぞ?」
「いらないって言ってるだろ! 誰が人の肉なんて食うかよ!?」
自分の欲が満たされればそれでいいなんて、そんな都合の良い話が合っていいわけがない。それに、それを飲んでしまったら『人として』越えてはいけない一線を越えてしまう気がした。
「そうか」
神妙な面持ちで傷を治し、血を操った水で洗い流すゼーリエ。
「はぁ……」
しかし、それと同時にゼーリエの判断が正しかったことを、俺自身が痛いほど理解した。
そりゃそうだ。ただの血液でこれだけ惹かれるんだからな。この体がどの程度食事を欲するかは分からないが、生物として生きるには食事は必須なのだ。
「耐えきったのに随分と残念そうだな。そんなに今後の食事が不安か?」
「……当たり前だろ」
これからこの体とどう向き合っていけばいいのか、俺には分からなかった。
「なら私の弟子になればいい。少なくとも、人の血肉を食わなくても生活できるようにはしてやる。何百年と時間をかけてもな」
そんな、さも当たり前かのように語るはゼーリエ。いくら寿命が長いとはいえ、今日会ったばかりの俺のために、何故そこまでしてくれるのかが疑問だった。
「……いいのか?」
「
人間という所を強調し、ふてぶてしい態度で座り込む俺に手を差し伸べるゼーリエ。
……あ、ヤバい。泣きそうだ。
「泣いているのか? 元は立派な大人だろうに。これも肉体の影響か?」
「うるさい」
目をこすりながらゼーリエの手を取る。
初対面の女の前で涙を流すという、男として恥ずかしいことをしてしまったが……まあ、色々あって疲れていたって事にして納得しよう。
自分のメンタルは自分で管理する。これは大人として大切なことだからな。
「よし。いい子だ。このまま手を繋いでいてやろうか?」
「いらない。それに、大して年も変わらないだろ?」
「エルフの長寿を忘れたのか? 少なくともお前の百倍以上は生きているぞ」
「マジか」
おっかない話だ。絶対年下だと思ってたのに。
そうして無理やり手を振りほどくと、ゼーリエはどこか含みのある態度で手をプラプラと揺らしながら歩き始めた。
「ちょ、待てよ!」
俺はその姿を見失わないよう、早足で追いかける。
────確かに出会いは最悪だったが、この人にならついて行っても良いんじゃないか。そう思わせてくれる安心感が、確かにゼーリエにはあった。
「それにしても本当に良かった。お前が誘惑に打ち勝って」
「……因みに、飲んでいた場合俺はどうしていたんだ?」
「
「……いや、そんな熊みたいな……まあ、そうね。……うん」
時代設定はかなり前をイメージしてます。魔族ではなく魔物なのもそれが理由だったり。
頭なでなでされるゼーリエ様も良いけど、僕は幼フランメの手を引っ張って歩くゼーリエ様に心打たれました。
好評なら続きます。