楽園のアンフェール 作:匿名希望
実は主人公の名前まだ出てないんだよね。今話で出てきます。
「私の弟子になる前に、お前には覚えてもらうことがいくつかある」
そう言ってゼーリエが向かったのは、先ほどのボロ小屋。
先ほどは俺がいたため見る暇がなかったのだろう。ゼーリエは室内を見渡してげんなりとした様子でため息をついた。
「……少し放置しすぎたようだな。魔法を使わないとすぐこれだからな。全く面倒だ」
「なんだ。ゼーリエの小屋だったのか」
どういう目的で使われていたのかがよく分からないが、この荒れ具合を見る限りここが本拠地ということはないだろう。
俺の呟きに対し、ゼーリエは本棚に手を添えて一冊の本を抜き取った。
「出先で手に入れたが、家に置き切れない分の魔導書を置いている。一度覚えてしまえば基本用済みだからな」
「勝手に読まれたりしないのか?」
俺もそれを見習って適当に本……じゃなくて魔導書を取って開く。
「うん。全く読めない」
「……ほう。なるほどな」
ゼーリエはそんな間抜けな様子が面白かったのか、一度小さく笑って説明を続けた。
「だから保存状態を良くする魔法の他に、触れられないようにする魔法を使っていたが……よし。一度本を戻せ」
言う通りに元の場所に戻すと、ゼーリエは本棚に手を置いて瞳を閉じた。
感覚的な話だが、彼女の手のひらと本棚との間にエネルギーの様なものを感じる。これも魔法なのだろう。思い返せば足を切られたときや、記憶を読まれた際も似たようなものを感じた。
そして10秒ほどで掛け終わったのか、ゼーリエは悪戯な表情を浮かべながらこちらを振り返った。
「今から面白い光景が見れるぞ。もう一度本棚に触れてみろ」
「? 分かった」
そんな表情をされたところで、ゼーリエがどんな魔法を掛けたかなんて分かる訳ないんだが。
そう思いながら本棚に手を触れると、バチッ! という音と共に弾かれた。
「うわっ!」
電気が流されたような感触に思わず声が出てしまう。
「良い反応だな。こんな感じで、勝手に触れられないような魔法も掛けている」
「先に言ってくれ……」
ただ単に俺が驚く様を見たかっただけだろう。その証拠として、右手を抑えながら恨めしそうに呟く俺を見て満足そうに頷いている。……って、あれ?
「その魔法って今掛けたのか?」
掛けているとは言ったものの、さっきは普通に触れたんだけどな。
時間の経過で効力が失われたとかそんな感じだろうか。
「いいや、ずっと前から掛けていたさ。ついでに言っておくが、劣化によって効力が失われたなんてこともない。この魔法の効力は半永久的だ」
どうやら俺の見立ては外れてしまったようだ。
指を立てて説明を続けるゼーリエ。
「この魔法の対象は
「あ。なるほど。
そう呟くと、ゼーリエはボロボロになったソファに座り足を組んで答えた。
「正解だ。古くからある魔法だが、開発者はまさか魔物が魔導書を読む時代が来るなんて、夢にも思わなかっただろうな。尤も、魔導書を保存する際の手段としてこの魔法が使われることは基本ないけどな。今はほとんどが管理が面倒な結界によって保管されている」
確かにそれなら辻褄が合う。
それと同時に、知性を持つ魔物がどれだけ珍しい存在なのかを再認識した。……って、待てよ?
「でも、それって触れたもの全てに適応すればよかったんじゃないか? 何かの間違いで、魔物に荒らされたなんてこともあり得るだろ?」
飼っていた犬や猫に部屋を荒らされた、なんて話は現代でもよく聞くだろう。特にここはほとんど野ざらしと言っても過言じゃないんだから、魔物を警戒して損は無いはずだ。
「悪くない考えだが、魔法使いは無駄を極端に嫌う生き物だ。効果を増やした分術式は複雑化する。結果、それに伴って増える魔力消費、発動時間は戦場で命取りになる。この『魔導書を守る魔法』も、対象を絞ることで低消費で効果時間を長くする仕組みだ。お前が言った危険性と、利便性を天秤にかけた場合、後者に重きを置く者が多かった訳だな」
なるほど。分かりやすい説明だ。おかげで何となくだが魔法使いの価値観や考え方を理解できた。
効率を求め、無駄を極限まで排除。そして洗練された構造を是とする。現代で言うプログラマの様な生き物なのだろう。
「ここでお前に一つ試験を与えてやる。内容は『この本棚から魔導書を取り出すこと』だ」
開いていた魔導書をパタンと閉じ本棚に戻すと、何も言わず扉に手をかけ外に出た。
「じゃあ、私は外で待っているからな。やり方はお前に任せる」
「えっ」
マジ? まさかの放任主義?
「ちょ、何も分かんないって俺」
「
俺の悲痛な叫びに、何度見たか分からない性格の悪い笑みで返すゼーリエ。パタンと扉が閉じる音を最後に、辺りには沈黙が漂った。どうやら本当に助ける気は無いらしい。
「えぇ……」
まあ、アニメやゲームなんかではよくある展開かもな。とりあえずゼーリエが語っていた情報を整理しよう。
一つ。この魔法の名前は『魔導書を守る魔法』であるということ。そしてその効力は劣化しないこと。
二つ。この魔法は『魔導書を読むことができる種族(今回は俺含む)が魔導書に触れなくすることで守っている』ということ。
三つ。触れた者には感電したような衝撃が送られるということ。
四つ。魔導書を保管する際に、この魔法が使われることは基本なく、管理が面倒な結界が使われているということ。……ん?
「どうしてこんな便利な魔法が使われていないんだ?」
一度かければ劣化せず、半永久的に魔導書を守り続けてくれる便利な魔法。劣化しない魔法もあるのであれば、管理が面倒らしい結界を使用するメリットは無いはず。
ってことは、この魔法には何かしらの欠点がある。
「そこを突くことがゼーリエの試験か」
とりあえずもう一回触ってみるか。……痛いからあんまり気が進まないけど。
「っ! 痛っつ……」
恐る恐る指先で触れてみるが、触った場所から同じようなエネルギーを感じ、激痛が走った。先ほど電気が流れる感じと言ったが、静電気なんかよりも何倍も強い痛みだ。
「直接触れてるから駄目なのか?」
そう思って部屋に置いてある椅子を持ち、足を引っ掛けて取り出そうと試みる。
……駄目だな。びくともしない
間違いなく力はかかっている筈なのに取り出すことは叶わなかった。恐らく人の手で触れる必要があるのだろう。
他には……本棚を壊すとか?
「やっ!」
思いっきり椅子で殴ったが、椅子の方がバラバラに砕けてしまった。
「……まあ、間違ってて良かったけど」
魔法使いの弟子になったのに、解決方法が脳筋なのは嫌だからな。
椅子で触ったときに何も反応が無かった辺り、この魔法は触れたものが生物であるかを認識する機能があるようだ。
では、魔法的にみて俺と椅子の違いは何なんだろうか。
少し考えて、先ほどゼーリエがポロっと言っていたことを思い出した。
「そういえば、俺から魔物の魔力を感じたって言ってたよな」
そして、ゼーリエは何の問題もなくこの本棚に触ることができた。というより、できなかったら自分の魔導書を取り出せなくなるんだし当たり前だ。
つまりこの魔法は『かけた術者本人』と『それ以外の魔力を持った特定の種族』を分けて認識しているのだろう。
……そうか分かったぞ! 簡単な突破方法があるじゃないか!
一つの答えを導き出し、背伸びをして窓から外にいるゼーリエを覗き見る。
「……って、居ない」
外で待っていると言ったくせに居なかった。流石に捨てられたなんてことは無いと信じたいが、あまりいい気持ちではない。
「絶対ドSだあの女……」
そんな恨みつらみを呟きつつも、自分でやり方を開拓していくのは嫌いじゃない。
────────────────
「……さて。上手くやっているかな」
試験を与えてから約2時間が経ち、日も段々と沈み始めた頃。ゼーリエは小さな弟子のため、近くにあった森から食料をいくつか採集していた。
彼にはああいったが、何も魔物だって人の肉ばかり食べて生きているわけではない。実際は普通に動物や木の実なども食べる。ただ魔力を持った人の肉は、魔物にとっては最上級のご馳走だっただけだ。
ともすれば、世界でも並ぶものなどいないとされるゼーリエの血液を、彼が我慢できたことは奇跡に近い。人の魂が入っている故か、それとも彼自身が特別なのか、ゼーリエには分からなかった。
「よし。これだけあれば十分だろう」
適当な木の実や野草を集め帰路に就く。その道すがら、精神魔法によって読み取った記憶の海に潜り込んでいた。
「ふっ、ふふっ……」
最初はただの好奇心だった。始めて見る人の姿をした魔物。
今まで人の声を再現し、それを活用することで狩りを行う個体はいたが、あそこまで人類そっくりな外見を持つ個体は居なかった。
そしてその個体がゼーリエを恐れ、言葉こそ通じなかったがまるで人間の様な反応を見せた。
本来精神構造を持たない魔物には、記憶の読み取りを始めとした精神魔法は通用しない。だから取り越し苦労になると思っていた。
「まさか、こんなに面白い記憶を見せてくれるとはな」
結果として流れ込んできたのは『この世界とは文明も言葉も技術も全く異なる世界の記憶』だった。
映像が流れる板、空飛ぶ鉄の竜、天にまで届きうる鋼の塔。そのどれもが、彼女がよく知る女神の魔法と言っても差し支えないものだ。
それらを見れたことだけでも満足だったが、ゼーリエが真に価値を感じたのは彼の時代の学問についてだった。
治水、土木、農業、建築、医学、電気などこちらの世界でも応用できるであろう科学技術。そしてそれらを複合的にまとめた数学、物理、工学等の学問は、記憶を一瞬見ただけで理解できるほど簡単なものではなかった。
だから彼女は目の前の魔物と意思疎通を図るため、彼の母語である日本語の習得にすべてのリソースを割いた。
いくら対象を絞ったからとはいえ、一瞬で1つの言語を習得できたのは、ゼーリエの力量あってのことだろう。
「は、ははは! 何だこの兵器は! こんなものを持ちながら、この世界の人間は共存を謳っているのか!」
スイッチ一つで起動し、辺り一面を焼き尽くした後、今後数十年死の大地に変えてしまう殺人兵器。
ゼーリエは彼の記憶から人間の歴史を学び、その悲惨さと滑稽さに思わず高笑いをする。
知識を探求し、それを魔法の研鑽に利用する。そんな種族である彼女にとって、この記憶は宝の山と言っても過言ではない。
────しかし、その裏にある危険性を無視できるほど、彼女は理性を捨てていなかった。
「危険すぎる」
知れば知るほど、見れば見るほどその危険性を認めざるを得ない。
つい最近人類が国家という形態でまとまり始めたこの世界において、彼の記憶・知識は何よりも危険だった。
「……やはり殺すか」
彼自身は何も悪くない。まだ知り合って半日も経っていないが、記憶を通じてゼーリエは弟子のことを理解していた。
かの世界の倫理を知らぬゼーリエから見ても、悲惨な環境で育ちながら、曲がることなく善性に育った精神。そしてその精神は、魔物の本能に抗ったことからも証明できている。
だからこそ心は痛む。それでも、殺さなければならなかった。
「……少し考えすぎたな。戻るか」
既に日は沈んで辺りは暗い。何かの間違いで逃げ出す前に、ゼーリエは彼を仕留める必要があった。
森を抜けて弟子の元へ戻ると、真っ暗なはずの小屋の前に小さな灯があることに気が付いた。
目を凝らしてみると、傍の石の上に座る弟子の姿が見えた。
「……はぁ。外に出るなと言ったはずなんだがな」
「あ! ゼーリエ!」
彼女の姿に気が付くと、弟子は嬉しそうに笑顔を浮かべながら駆け寄ってきた。
それを見たゼーリエは右手をこっそりと後ろへ回し、『風の刃を作る魔法』を起動し、その照準を弟子の細い首へと合わせる。
「(せめて、苦しまずに殺してやる)」
それがゼーリエにできる最大限の優しさだった。
「ん? ……お前」
確実に仕留めれる距離まで待つゼーリエだったが、弟子が近づくにつれ、左手に何かが握られている事に気が付いた。
不思議に思い声をかけると、彼はドヤ顔を受けべながら左手を突き出す。
「ほら! 凄いだろ! これで試験はクリアだよな!」
声高々に試験の合格を叫ぶ弟子。
その手には、確かにゼーリエの魔導書が握られていた。
「お前……どうやって取り出した」
先ほど彼が言っていた通り、確かに『魔導書を守る魔法』には一つ致命的な弱点があった。
それは、ある程度の魔力操作ができる者には効果が無いということだ。
────『魔導書を守る魔法』の発動は、以下の段階によって行われている。
まず、触れた対象に魔力があるかどうかを判断する。
魔力が無い場合は魔導書は本棚に固定され、そうでない場合は次の判別の段階に映る。
判別の段階では、触れた者が魔法をかけた本人かどうかを判別する。
本人ならばここで魔法は解除され、魔導書を取ることができる。そうでない場合は攻撃魔法が働く
最後に攻撃魔法が働く段階だが、この魔法の欠陥はこの段階に存在する。
本人以外が触れた場合、一定の出力・周期で攻撃が加えられる仕組みになっている。つまり、それを打ち消すように魔力を送られた場合、この攻撃魔法は何の障害にもならないのだ。
余談だが、あえてこの魔法で保存していたのは、これを突破できるほどの才能を持つ人間になら魔導書を読まれても良いと考えていたからである。
「いやー大変だったよマジで。だって、
しかしそれには『ゼーリエ基準』でのある程度の魔力操作の技術が必要だ。人間で言えば、数十年ほどの研鑽が必要である。
魔力のまの字も知らない弟子が、この試験をクリアできるとは思えなかった。
ゼーリエはこの攻撃魔法を食らうことで、弟子が魔力の感覚を掴むことを目標とした。
生まれつき魔力を認識している人類とは違い、彼はイメージすら沸いていない。だから、痛みをもって真剣に学習させるつもりだったのだ。
そしてその時間で食事を用意し、労いながら対処法を教えるつもりだった。
「あ、そうだ。これ治してよ」
そのとき、思い出したかのように弟子が声を上げた。
不思議そうに首を傾げるゼーリエに対し、弟子は右手を差し出す。
袖を捲って見えた小さい丸々とした手は、見るも無残な状態になっていた。
「っ! お前、何回触ったらこうなるんだ!?」
皮膚は溶けて中の肉が丸見えになっており、指先や関節は熱によって炭化していた。
焦って治癒魔法をかけるゼーリエに対し、弟子はあっけらかんと答える。
「ありがとう。えっーと……200回くらいかな」
「……そうか。で、どうやって取り出したんだ?」
触れている内に攻撃魔法の性質に気づいたのだと予想を立てたゼーリエだったが、彼の解答はその予想をはるかに上回るものだった。
「
「! 私の魔力だと?」
「うん。こんな……っと、感じで」
右手に力を籠め、ひねり出すように魔力を生成する。
量、質共にゼーリエの洗練されたものからは程遠いが、その性質は
「……凄いな。まったくの型破りだ」
ゼーリエをもってしてそう言わせるほどの発想。
体内の魔力の流れや、それを使用した魔法自身は、解析さえすればゼーリエにも可能だろう。
しかし、生まれつきの性質である魔力を再現することは、例えるなら黒の絵の具から三原色を再現するがごとき神業。
普通の魔法使いなら、やってみようとすら思わない技術だ。
「(
加えて魔物の体を持つことによる、異常なほどの魔法耐性。
耐性の無い人間ならば一度触れただけで即死する魔法を、数百と食らって火傷で済んでいるのだから。
「やはり殺さなくてよかったな。お前は天才だ」
目の前に居る小さな魔物の可能性に、胸が高鳴るのを感じながら、その頭を撫でるゼーリエ。
「ちょ、だから撫でんなって!」
そうは言いつつも、どこか嬉しそうな表情を浮かべている。
そんな弟子に対し、ゼーリエは慈愛を込めながら語り掛けた。
「うかうか言ってられないぞ。お前には次の試練を与えるつもりだからな」
「また? 今度は何だよー」
不満そうに呟く弟子の頭を右手で撫でながら、ゼーリエはこっそりとその手に魔力を込める。
「試験その2、精神魔法の耐性をつけること。私みたいに記憶を読まれたら、色々と不都合だろ?」
「……確かに。色々知られちゃマズイものもありそうだしね」
「物分かりが良くて助かるぞ。────ということで、耐性を付けるまでお前の記憶を封印させてもらう」
「えっ」
瞬間、まばゆい光が当たりを包み込み、弟子は意識を失い倒れた。
「……最初からこうすれば良かったかもな」
静寂を取り戻した暗がりの中、ゼーリエは1人弟子を担いで何処かへ歩いて行った。
「目が覚めたみたいだな。何か、覚えていることはあるか?」
「待て、落ち着け。お前の名前は、……そうだな。アンフェール。アンフェールだ」
「私か? 私は……お前の姉ゼーリエ。呼び方は好きに任せるが、前はお姉ちゃんと呼んでいたぞ」
「ああ。それでいい。くっ、くくく……戻った時の反応が楽しみだ」
イメージがものを言う魔法の世界において、非常識な奴って強いと思うんです。
実際原作にもヤベーサイコパスハサミ女いるし…
高評価や感想等頂けると作者のモチベーションがぐんと上がります
まだ評価していない方が居ましたらぜひよろしくお願いします