楽園のアンフェール   作:匿名希望

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ちょっと短め


魔物との生活

 

 

 

 冬も終わりを迎え、段々と暖かくなったある日のこと。春特有の暖かい日差しが差し込み、心地よい微睡から目覚めた。

 動物の毛や綿でできた暖かい寝具を名残惜しく思いながらめくり、ぼんやりとした思考を晴らすように一度伸びをする。

 

「んっ……寒いな」

 

 陽の光は暖かいとはいえ、未だに朝の空気は少しだけ冷たい。

 薄手のローブ一枚しか着ていないためか、勝手に震える体を抑え指先に魔力を込めた。

 

 指先から発生した熱がじんわりと部屋全体を暖かくする。『部屋の中を暖かくする魔法』 巷では伝説級と評される民間魔法だが、こうして使うとやはり便利だな。

 

「よし」

 

 丁寧に研磨された木板の床を裸足で歩き、そのまま廊下へと移動する。

 

 ────人間が立ち寄ることのない、深い森の奥にある木々を魔法で加工して作った家、そこに()()()は暮らしている。

 

 自身の恒久ともいえる寿命のほとんどを、魔法の研鑽に費やしてきた私にとって、他者との関わりはそこまで重要なものではない。

 その証拠として、生まれ育った故郷から旅立ってから途方もない時間が過ぎているが、別に寂しく思ったことはなかった。

 

 だが、そんな生活を続けていくと、やはり魔法が関わらない部分……日常生活には惰性が出てくる。

 冬は暖炉を付けた部屋に引きこもるし、夏も気が向くまでゆったりと過ごす。寿命が長いエルフという種族故の弊害とも言えるだろう。

 この時期も本来は気温が上がる昼頃にベッドから出るのだが、生憎と今の私にはそれができない理由があった。

 

 廊下の一番奥……リビングに繋がる扉へと向かうと、途中から空腹を刺激する香りが漂ってきた。

 

『~♪ 、~~♪』

 

 更に近づくと、奥からは上機嫌な鼻歌が聞こえてくる。

 ……一体どうしてこうなったのかと思いつつも、部屋に向かう私の足取りは軽い。

 

 扉を開けると左手にはキッチン。右手にはダイニングが目に映る。そしてキッチンには私の服の上にエプロンを着た、私より頭半分ほど背の低い弟子のアンフェール……長いから最近はアンと呼んでいる。

 

「~♪ ……ん、おはよーお姉ちゃん。今ご飯作ってるから待っててね」

 

「ああ。上機嫌な鼻歌だな。何か良いことでもあったのか?」

 

 2人で使うには少し広めのテーブルに、向かい合う様に置かれた椅子。そこに腰かけると、私は器用に魔法を使って朝食を作るアンに問いかけた。

 

「うん! さっきモアがでっかい卵を産んでさ! 今日は卵料理だよ!」

 

 問いかけに対し満面の笑みで答えるアン。右手に握られたフライパンには、確かに金色に輝くオムレツが乗せられていた。

 

「そうか」

 

 未だ眠気が覚めていないため、私はリビングから外の風景をぼんやりと見ながら答える。

 ガラス戸の奥には森を切り開いて作った土地があり、そこには多種多様の動物が柵に囲われて暮らしていた。

 

 因みにモアというのはアンが名付けた名前で、私たちと同程度の体高を持つ鳥類である。……また種類が増えているな。少し前から食卓がまた豪華になったのはこれが理由か。

 

「アン。オムレツは結構だがブロッコリーはいらないぞ」

 

 弟子の成長は早いものだと感心しながら、私はさりげなく苦手な食材を省くよう要望した。

 それに対し、アンはその丸々とした頬をこれでもかと膨らませて抗議する。

 

「むー。駄目だよお姉ちゃん。ちゃんと食べないと」

 

 そのやり取りは我ながらまるで本物の姉弟のよう。

 

「ふっ、そうだな。言ってみただけだ。気にせず早く作ってくれ」

 

 正直、ブロッコリーは苦手だがわざわざ取らせる程ではない。アンの反応が面白いだけだ。

 私が彼にアンフェールと名付けて早5年。私はそれは見事に弟子に胃袋を掴まれていた。だって仕方がないだろう? 彼の前世のレシピを適当に教えれば、美味い飯が出てくるんだから。

 

「うんっ!」

 

 見た目相応に無邪気に返事をするアン。

 出会った当初とはえらい違いだが、記憶を失ったことは彼の人格面に大きな影響を及ぼしていた。

 

「~♪ ~♪」

 

 私はアンのことを、別世界の魂が何らかの要因で魔物の体に入り込んで生まれたと考えている。

 その上で彼の肉体は記憶、思考、理性、感情などは肉体に後付けされたもので、それを適正に働かせるために人の体を持った説。また元々突然変異で人の体を持って生まれた魔族に、魂が引き寄せられたかのどちらかの仮説を立てていた。

 

 その仮説は奇しくも、彼の記憶を封印することで立証された。

 

「……その歌、どこで覚えたんだ?」

 

 当時の私はアンの記憶を封印することにより、彼が理性で抑えていた魔族としての本能が顕現することを危惧していた。その際は記憶の封印を解き、精神魔法の耐性ができるまで他者との接触を控えさせるつもりでいたのだが。

 結果は予想外。見ての通り、見た目相応の人格を持つ子供となった。

 

 そして、これは彼の肉体が人の心を持てるように進化した……つまり前者であることの証明でもあった。

 

「んー? 何か、夢の中でよく聞くんだよね」

 

「そうか」

 

 そんな返答に、私は驚きを隠しながら呟く。それもそうだろう彼が歌っていた曲は、()()()()()()()()()()()()()()()だったからだ。

 

 私が封印した記憶は主に『彼自身が経験した出来事』と『言語以外の専門的な知識』である。彼の世界の言葉で言うと、『エピソード記憶』と『意味記憶』に該当する。

 コミュニケーションを取るために言語の記憶は残したが、これによって単語と知識が伴わない状態になって大変だった。

 例えるなら、アンは『核兵器』という言葉自体は知っているが、それを説明しろと言われても全くできない状態になっている。というより、こちらから聞かない限り『核兵器』という言葉が出てくることはないだろう。

 

 もちろん基本的な単語の知識は残している。例えば『姉』という言葉の意味などだな。随分とちぐはぐな状態だが、日常生活に支障をきたさず、かつ精神魔法を掛けられても問題ない状態はこれしかなかった。

 細かく選定するのには大分苦労したが、努力した甲斐があると言っていいだろう。

 

 その代償として、目を覚ました時には猛烈な不安感に襲われていたが無理もないだろう。目が覚めたら知らない場所で、自身の名前も出自も記憶も思い出せないのだから。

 そこから考えると、記憶を無くす前の素直じゃない性格は後天的なものだったのだろう。他者に心を開くことを恐れているといったところか。

 そんなアンを安心させる+封印を解いた際に恥ずかしがる様子を見たかったから姉と名乗ったが……どうにもこれは悪手だった気がしてならない。

 

「できたよー」

 

 そんな過去の悪戯心に後悔していると、アンが料理を持ってきてくれた。

 私が何かをする暇もなく、用意していた食器とコップに注いだ水をテーブルの上に置くアン。ここまで世話を焼かれると姉として立つ瀬がないが……まあ姉弟なんてこんなものだろう。それと同じだけ、私は魔法の知識や技術を与えてやればいい。

 

「「いただきます」」

 

 食事の挨拶をし、箸を手に取って卵焼きを食べる。

 最近はナイフとフォークだけではなく、こうやって箸を使って食べる食事も出るようになった。

 それ自体に文句はないのだが、如何せん今まで使ったことが無いため食べるのが大変だ。作り方を教えたつもりは無いのだが、最近はアレンジにハマっているようだ。

 

 ぎこちなく箸を運ぶ私に対し、アンは迷うことなく綺麗に食事を進めている。

 スパルタ教育ばかりしているせいで意趣返しでもしているのかと疑いたくなるが、こいつに限ってそれは無いだろう。

 一口含むごとに頬を緩めているアンをボーっと見つめていると、摘まんでいた卵焼きが皿の上に落ちてしまった。

 

「あっ……ごめん。フォーク持ってくる?」

 

 申し訳なさそうに眉を八の字に寄せ聞いて来るアン。

 完全な善意で聞いてきたのだろうが、その弱い者の様な扱いは気に入らない。

 

「大丈夫だ」

 

 そう、ぶっきらぼうに答えてハッとする。

 ……全く、子供相手に何ムキになっているんだ。私のような大魔法使いが圧を強めれば、魔物の子供なんて怯えて逃げ出す程なのに。

 ほら、アンもこの通り泣きそうな顔で……って、

 

「……おい。何をしている」

 

 私の予想とは違い、アンは椅子を持って私の隣に座り直した。腕がくっつきそうな距離まで寄り、私の顔を見上げてにっこりと笑う。

 

「ふふっ、教えてあげよっか?」

 

 右手に持った箸を器用に動かし、わくわくという擬音が聞こえてきそうなほど楽し気に聞いてくるアン。

 

 ────『全知全能の女神に最も近い大魔法使い』だなんて評価を受けてから数千年。

 私に何かを乞う人間や同族は幾度となく見てきたが、こうして与えようとしてくる人間なんて何年振りだっただろうか。

 ……いや。今更か。毎食食事を用意してもらっていて言える立場じゃないな。

 

「あ……ごめん。ダメだった……?」

 

 私が反応を示さなかったためか、先ほどの可愛らしい笑顔は鳴りを秘める。

 そんなアンの頭を撫でながら、私は安心させるように微笑んだ。

 

「いいや。そんなことないぞ。教えてくれ」

 

「! うん!」

 

 正直、私はアンに対して『将来有望な弟子』以外の感情を持っていない。

 重ねた年の功や、彼の記憶から得た知識からそれっぽいものを再現しているだけだ。

 慣れないことをするから疲れないと言ったら嘘になる。だが、こちらの都合で記憶を消してそのまま放っておくほど、私は人の心を捨ててはいない。

 

「まずね、こうやって一本で持ってみて!」

 

「……っと。こうか?」

 

 師匠として、彼がその才能を活かす手伝いをする代わりに、彼がこれから作るであろう魔法を見させてもらう。

 知識を独り占めさせてもらう代わりに、彼がこの世界で死なないように力を与える。

 

「うん! 上手だよ!」

 

 私たちの関係はそれ以上でもそれ以下でもない。確かにアンは人間よりは長く生きられるだろうが、私より先立つ可能性の方が高いんだ。程々の関係性でいるのが一番だろう。

 ────だから、姉と呼ばせたのは間違いだった。何故なら、こうして定期的に冷たい思考で心を絞めないといけないからだ。

 

「よくできましたー」

「……おい。なんで撫でる必要がある」

「お姉ちゃんがいつもやってくれるじゃん。だからお返しだよ!」

「……そうか」

 

 それでも、この小さな魔物との暮らしは悪いものではなかった。

 

 

 





 実は刷り込みされているのはゼーリエの方だったりします。好感を持つ速度については後に説明させていただきます。
 ちなみに記憶喪失パートは一瞬で終わります。
 
 アンフェール君の記憶についてや日々の特訓の様子は、もう少ししたらお見せします。

 高評価や感想等頂けると作者のモチベーションがぐんと上がります
 まだ評価していない方が居ましたらぜひよろしくお願いします
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