楽園のアンフェール   作:匿名希望

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寄り道

 

 

 

 食事を終えたら特訓の時間だ。

 寝巻から着替え、動きやすい服装に着替えて家の前に出る。

 

「今日は何するの?」

 

「そうだな……」

 

 私とアンの魔法の特訓は二部に分かれる。

 精神魔法の耐性を付ける訓練は昼食を食べた後の午後に行っている。つまり、午前中のメニューは私が適当に決めたものを行う。

 

「今日は身体強化をしたまま『炎の玉を打ち出す魔法』を使ってみるか」

 

 身体強化……体内に魔力を循環させることにより、身体能力、防御力、魔法耐性を上げる技術だ。

 基本的に後衛を担当する魔法使いが使う技術ではない。何故ならば、その分のリソースを攻撃魔法に組み込んだ方が効率がいいことと、両方を習得するには長い年月がかかるためだ。

 しかし、アンに限っては例外となる。

 

「おっけー。ん……っと」

 

 生成した火の玉を手のひらの上に浮かべるアンを見て、この5年間で知った彼の特異な体質について思案していた。

 

 彼は素の肉体強度・魔法強度が高い。

 私が切断するつもりで放った『風の刃を放つ魔法』を受けて深い切り傷だけで済んだことからも伺えるだろう。体の頑丈さだけではなく、基礎的な身体能力や魔力量も人間のそれとは大きく異なる。

 寿命も相当長いだろうし、魔法を研鑽する時間も惜しくない。

 

「よし。じゃあそのまま維持して肉体強化をしろ」

 

 ならば、多少遠回りでもバランスを取りながら技術を磨くべきだ。私の見立てでは、後百年もすればこの世界を1人で生きていく力を身に着けるだろう。

 それほどまでに、彼の魔力操作にはセンスを感じるものがある。原子や元素については概要だけを教えたが、魔法も同様にイメージすることで精度の高い魔力操作を実現しているのだろう。

 アンの魔力が掌だけでなく全身に均等に行き渡るのを感じつつ、私はニヤリと笑って彼に指を指した。

 

「防いでみろ」

 

 そう言って3発ほど放ったのは彼が使用しているものと同じ、『炎の玉を打ち出す魔法』。

 シンプルで汎用性が高い魔法だが、だからこそ熟練の魔法使いが使用すると速度や威力は段違いになる。もちろん加減はしているが、これを防ぐには高度な防御魔法を展開する必要がある。

 

 顔面、腹部、脚部の3か所同時に向かっていたが、アンはそれを見切って片手で防御魔法を展開する。

 完璧に防ぎきられたが、実戦ではここで終わるわけがない。

 

「っ!」

 

 火球が打ち消され視界が閉ざされている中、私は『石を高速で発射する魔法』を使用した。

 アンは同様に防御魔法を展開するが、先ほどとは違いパリンと小気味良い音と共に割れてしまう。

 

「うわっ!」

 

 反応し避けたはいいものの、バランスを崩して転倒してしまった。

 

「びっくりした……」

 

 そんなアンの元へ歩き、手を差し出す。

 

「反応は悪くなかったが、守り方が悪かったな。どれだけ洗練・簡易化された魔法でもコンマ数秒の遅延はもちろん発生する。魔法使い同士の戦いでは、その隙を突かれることも多い。それを踏まえて先ほどの攻撃は、展開していた火球で打ち消すのが理想だったな」

 

「なるほどね……」

 

 うんうんと大げさに頷くアン。こんな子供に理解できるのかと疑問に思うかもしれないが、大体こういう反応をして想定以上の学びを得て来るから面白い。

 

「よし、なら次だ。何故防御魔法が発動しなかったと思う」

 

 話は割られてしまった防御魔法のことに移る。

 

「うーん……石は魔法で生成したものじゃないから?」

 

 私の問いかけに対し、アンは頬をポリポリと掻きながら答えた。

 

「そうだ。防御魔法の仕組みについては説明しただろ?」

 

「えっと、魔法に同調して威力を分散させるんだよね」

 

 座学も抜け落ちていないようで安心した。

 この辺りはあまり気にしないで使っている魔法使いも多いからな。単に人の魔法を使うだけならそれでもいいが、これから新しい魔法を作るとなった際には必須となる知識だ。

 

「魔法で生成した物質はもちろん魔力が籠っている。プロセスとしては『魔力による生成』→『展開と固定』→『初速度を決めて射出』という流れだ。ものによっては最後に操作という段階が入るが、『炎の玉を打ち出す魔法』……というより、基本攻撃魔法はこの3段階だ。だから距離が離れれば威力は下がるし、直接触れているお前の防御魔法による分散が優先される」

 

 魔物が死んだときに魔力の塵となって死体が残らない。つまり、水に垂らした染料のように、生成された魔力は空気中に分散する。そしてそれは不可逆な事象だ。

 アンの世界の知識で言えばエントロピーが増大することと似たようなモノだろう。

 

「なんで操作の段階が入らないものが多いの? 遠隔で魔力を送り続ければ分散もされないでしょ?」

 

「なるほどな。なら次は私が防御魔法を展開する。自分で言った通り、遠隔で魔力を送り続けてみろ」

 

「出来るかな……わかった!」

 

 アンが放った火球が私の防御魔法に触れる。

 普通ならここで打ち消されるが、火球は大きくなったり小さくなったりを繰り返している。

 

「ぐっ……!」

 

 最終的には根負けして火球は小さな音を立てて消え去り、アンは大きく息を吐きながら膝に手をついた。

 

「だぁー! 俺がゼーリエのを壊せる訳ないじゃん!」

 

 やけくそに叫びながら、無理難題を強いられたことを抗議するアン。

 ちなみにだが、サラッと遠隔で魔力を送っているが、この手順は『炎の玉を打ち出す魔法』には組み込まれていない。

 つまり、私の指示を聞いて術式を改造したのだろう。魔法はイメージの世界と言うが、ここまで柔軟な発想ができるのは子供故か才能か。

 

「なら、次は同量の魔力を込めて普通に撃ってみろ」

 

「? うん」

 

 訝し気な表情をしつつも、アンは掌をこちらに向けて魔法を展開する。

 

「……あれ? 大きくない?」

 

 本来なら拳よりひと回り大きい位だが、その火球は私の背丈と同程度の大きさを誇っていた。納まりきらなかった下側が地面を焼き、バチバチと嫌な音を出している。

 不思議そうに呟くアンに対して、今度は防御魔法を()()展開してニヤリと笑った。

 

「大丈夫だ。そのまま撃て」

 

「……怪我しないでよ!」

 

 その瞬間、轟音と共に地面を抉りながら迫ってきた。

 魔法を学んで5年程度の若造が創り上げた、この壮絶な景色に感嘆する暇もなく、火球が展開した防御魔法に触れる。轟音と共に防御魔法が割れる音が2回聞こえてきたが、威力は完全にこちらの読み通り。

 3つ目の防御魔法に触れるか否かのタイミングで、火球は打ち消され完全に消え去った。

 

 黒煙が風に流され視界が広がると、目の前にはへたり込んで不安そうにこちらを見つめているアンの姿があった。

 

「な? 大丈夫だっただろ?」

 

「っ……!」

 

 無事と分かると否や、アンは涙を浮かべながらこちらへ駆け寄ってきた。

 何をするつもりか分からず困惑していると、勢いのまま私の胸に飛び込んできた。

 

「っとと。どうした?」

 

「だって……だってぇ……!」

 

 恐らく思っていた以上の威力が出たため、私の身を案じていたのだろう。

 ……魔力操作や、基礎的な魔法の使用方法しか教えていなかったのが裏目に出たか。

 

「ふっ、ほら。くすぐったいから離れろ」

 

 身長差的にちょうど鎖骨の辺りに顔が来るため息が当たってくすぐったい。

 

「……やだ」

 

 ポンポンと背中を撫でて慰めてみるが、離れる様子は一切ない。

 ……おいおい。初めてのパターンだぞ。私にどうしろって言うんだ。

 

「まさか私の防御魔法を破れると思ったのか? そんなに軟な魔法使いだと思われていたのか?」

 

 実際あの程度の攻撃なら直撃しても大した問題にはならない。

 

「そういう問題じゃないし……ばかっ」

 

 どうやらそういう問題じゃないらしい。

 

「分かった分かった。私が悪かった」

 

 体を支え、顔を上に向けさせて目尻に溜まった涙を指で払う。

 

「……死んじゃったかと思った」

 

 ……そうだな。アンはこの家の周り以外この世界のことを何も知らないんだ。そんな中、唯一頼れる存在は私だけ。そりゃあ心配もするし、不安にもなるだろう。

 やはりアンの性格は戦いに向いていない。飼っていた動物が死んだだけでわんわん泣くような人間に、他人を魔法で撃ち抜くなんてできる訳がない。

 

 ────『非情になれる』というのは、体質や魔力、センス全てにおいて才能を見せるアンの、唯一持っていない才能だった。

 

「私はどこにもいかない。だから安心しろ」

 

 だがどんな種族も悪人も生まれた時は純粋だ。年を重ねることによってこの欠点は解消される。

 特にアンは前世での記憶を封印しているため、それを呼び戻せば問題ないと思っていた……が。

 

 その時何かを思いついたのか、アンは赤くなった瞳を腕で拭ってこちらに小指を差し出してきた。

 

「じゃあ、俺と指切りして! どこにも行かないーって!」

 

 どこにも行かない……か。……アンではなく、彼の記憶を呼び戻したとき、私は彼からどう思われるのだろうか。

 嫌われても構わないが、私の元から出ていかれてはそれまでの努力が全て無駄になる。

 

「ああ。約束だ」

 

 ……今日は無理をさせない方がよさそうだな。魔法そのものを嫌いになられたら大変だ。

 

「今日の特訓はこれで終わりにするか。何かしたいことがあれば付き合うぞ」

 

 要望通り指切りをしながら提案すると、アンは嬉しそうに結んだ手をぶんぶんと上下に揺らした。

 

「ほんと!? うーん……どうしよう」

 

「決められないならとりあえず昼食を食べるぞ、私は腹が減った」

 

 そのまま手を繋ぎながら、私とアンは家へと戻って行く。

 時間は沢山あるんだ。別に焦る必要は無いだろう。

 

「じゃあ、先にご飯作っちゃうね!」

 

 家に上がると、アンは嬉しそうにキッチンへと走って言った。……そうすると暇になるんだよな。

 まあいい。今度アンに読ませる魔導書の翻訳を済ませるか。

 

 そう思い立った私は、家二階にある書庫へと足を運んだ。

 

 ────アンの記憶を封印したことにより、彼の世界の学問や技術を知る生物は私のみとなった。

 彼の記憶ということもあり抜けているところもあったが、私は記憶の解析、習得に成功していた。これがなかなか便利なもので、この世界に問題が生じない程度に活用させてもらっている。

 

 それが最も如実に表れているのはこの家だろう。この世界の人間やエルフから見れば卓越した技術が使用されている。

 一般的に家と呼ばれている建物は、地面に腰ほどの高さの穴を掘り、その中心に立てた支柱に動物の皮や草木を被せ固定したものが一般的だ。

 アンの世界に比べ文明の発展が遅い気もするが、これは人間が魔物によって住処を追われ続けており、特定の地域に定住できなかったためだろう。そして、ようやく国という形態の元人類がまとまり、それによって木材やレンガを使用した建築法が確立されつつある。

 

 そんな中、私たちの家はコンクリートによって固められた基礎、魔法によって四角に加工された柱や土台、動物の皮や石材を使用した屋根、更には洗浄した動物の毛からなる断熱材によって造られている。

 見よう見まねのものだが、私はこの家に相当愛着を持っている。ここに置けば湿気で魔導書が腐ることがないからな。

 

「……さて。どうしたものかな」

 

 基本的な攻撃魔法は大体教え切ったが、それ故に次に教える魔法が中々悩ましい。

 難易度の高い魔法は思考の幅を狭めるため、基礎を作っている今の段階では教えるべきじゃないんだが、もちろん手数も必要だ。その塩梅がかなり難しい。

 

 

 

 数十分程考えていると、どたどたとした足音と共に階段下から声が聞こえてきた。

 

「お姉ちゃーん! ご飯できたよー!」

 

「ああ。今行く」

 

 その時間ずっと魔導書を探していたのだが、あまり良いものは見当たらなかった。

 ……要らない魔導書を旅先で補完していたのが仇になったな。弟子を取ることを想定しておくべきだった。

 

 そんな後悔をしつつ惰性で魔導書をめくっていると、一番最後の紙同士がくっついている事に気が付いた。

 破けないように丁寧に剥がす。見てみると、一つの魔法について書かれたページだったようだ。

 

「これは……」

 

 そこに書かれていたのは、戦いには何の役にも立たない一つの魔法。

 戦闘用の魔法について書かれた魔導書のはずだが……著者の遊び心かもしれないな。わざと貼り付けられた感じだった。

 

「お姉ちゃーん?」

 

「ああ。悪い、今行く」

 

 とりあえずは食事を済ませよう。せっかく作ってもらった飯が冷めると良くない。

 

 

 

 

 

 ────結局何をするわけでもなく、ベッドで転がっていたら夜になっていた。

 エルフの時感覚を憎く思いながらも、良い事を思いついたので、私はアンの部屋の扉の前に立っていた。

 

「アン、起きてるか?」

 

 ノックをし、起きていることを確認する。

 返事があったため入出する。アンは寝巻姿でベッドの上で転がりながら、私が訳した魔導書を読んでいた。

 

「どうしたのお姉ちゃん」

 

「お前に一つ良い魔法を教えてあげようと思ってな、部屋の中でも使える魔法だ」

 

「え! 何それ!」

 

 興味津々と言った様子でベッドから身を乗り出すアン。

 その隣に腰掛け、天井を向くようにして横になった。

 

「ほら、お前も寝ろ」

 

「? 分かった」

 

 アンのベッドのサイズはそこまで大きくない。いくら背が低いとはいえ、2人で並んだら流石に狭い。足の方に至っては置き場所がなく重なっている。

 そんな状態で私はベッドサイドに置かれたろうそくの火を消し、天に向けて指を指す。そして、一つの魔法を唱えた。

 

「『夜空の星を映す魔法(プラストアクター)』」

 

 すると1つ、1つと小さな光の点が映し出されていく。

 最終的に、真っ暗だった部屋が少し明るくなるほど、青と白色の光が天井を埋め尽くした。

 

「あっ……! きれい……!」

 

 息を飲み音と共に、そんな言葉が聞こえてきた。

 

「今日のお詫びだ。どうだ、中々綺麗だろう?」

 

「うん! 俺にもその魔法教えてっ!」

 

 アンは瞳をキラキラと輝かせながら、興奮した様子で顔を寄せてきた。

 

「いいぞ。まずこの魔法はな……────」

 

 魔法なんて殺しの道具以上でも以下でもないというのが私の考えだ。だが、それを純粋な子供に押し付ける程、私の精神は幼くない。

 これで魔法がもっと好きになってくれれば、それだけ魔法の研鑽も苦じゃなくなるだろう。

 

「凄い! 俺にもできた! ありがとうお姉ちゃん!」

 

 ────だから、たまにはこうして寄り道するのも、悪くはないかもしれないな。

 

 

 





 記憶を取り戻して嫌われるのを怖がるゼーリエでした。
 でも次話で戻ります。

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