今だに戸惑いが消えきらない中、メカエリチャンはロマニにシミュレータールームの使用を要請した。全部を咀嚼できていないロマニだったが、ダヴィンチが目で訴えて来たので、了承したのだった。
「ちょっと、私は何時までこの状態なのよ!チクチクして痛いんだけど!?」
「……」
「むぅしぃ!?」
「メカエリチャンさん、そろそろ降ろされてはどうですか?」
「…ハァ、仕方ありません、か。エリザベート・バートリー、どうしようもない貴女ですが、役立つ時が来ました」
そう言ったメカエリチャンは、肩に担いだ簀巻きを床に落とす。
「イッタ!ちょっと、落とすのは違うじゃない!?」
「否定、貴女には適正な行為です。…ダヴィンチ」
「ああ、さっそく行くんだろ?任せたまえ。エリザ粒子には未知しかないが、君のメカニックとして、最善の状態にしてみせるさ」
メカエリチャンに呼応する様に彼女は胸を張る。落とされたエリザベートは、簀巻きを解こうとゴロゴロする。
「では、私は先輩の所に戻ります」
「ああ、此方も調整しておくから、パッションリップ君と共に来るといい」
「はい、お願いします!」
マシュは、そう言って管制室を後にした。その顔はやはりまだ固いが、突撃してきた時に比べ、幾ばくか穏やかになった様に見えた。エリザベートは、まだ解けていない。
「では、私とダヴィンチもシミュレータールームに向かいます。ロマニ・アーキマン、その後は貴方の仕事です。─では、「ギャー!!」─エリザベート・バートリー、その声量は後で使用します。今は黙りなさい」
そう言って、メカエリチャンは簀巻きが解けなかったエリザベートを再び担いで、管制室を後にした。
「あ、ああ、わかった」
「大丈夫かい?隠しているが、休めてないのはバレバレなんだぜ?モニターの前で休んでいるムニエル君にでも頼んで、休みなよ」
「そうだぜ、ドクターは少しは休んでくれ」
ムニエル含め、他職員も続けて反応を返す。
「だけども…」
「うーん、仕方ない。デリバリーを頼むか。──あ、ブーディカ君?なよなよ男、元気盛りを管制室にお願いできるかな?─え、もう行ってる?OK、ありがとう」
通信を終えたダヴィンチは、そこに視線を向けて笑みを浮かべる。視線の先には、既に生姜湯を飲ませ終わったタマモキャットが、振り返ってダヴィンチに向けてグッと親指を立てた。
『ここは請け負った。そっちはアタシも後で行くワン!』
声には出さないが、そのドヤ顔がそう雄弁に語っている。ダヴィンチは「流石の仕事だ」と微笑みを返し、管制室を後にした。
マシュは管制室からマスターの部屋まで戻ってきていた。
「リップさん、先輩の様子はいかがですか?」
「マシュさん、いえ、変化はないです。ずっと、このままです…」
部屋で看病をしていたパッションリップは、マスターに変化はないと肩を落とすのだった。
「昨日まで、普通に起きていらしたのに…」
「うん、マスター…スカサハさんの指導は厳しすぎだったけど、1日近く目覚めないなんて…」
「お二人共、その辺りで終えておくべきです。今はますたぁの為に動く時、メカエリさんが動かれているのでしょう?」
「清姫さん」
落ち込んでいた2人を、見下ろす様に清姫は立っている。
「私だって、ますたぁのこの様な姿は見たくありません。ますたぁはいつだってカッコいいお方、寝ている姿も良いのはそうですが、起きている姿に私は強く惹かれますから。それに愛を伝えるのは今ではないでしょうし」
「…うん、清姫さんの言っている事は少し分からないけど、そうだね、マスターは私に優しいから」
「…はい、私も落ち込んでばかりではだめですね。…食堂に行ってきます。ブーディカさんとエミヤさんに協力を取り付けて来ます」
マシュは決意と共に立ち上がる。
「ええ、マシュさんはそうでなくては」
「私もメカエリさんに合流して来ます!」
「では、私はますたぁの元で皆様の様子を見ています」
「「それはズルいです!」」
「ますたぁを一人にはできませんから」
「うう、早く戻ってきますね!」
「そうですね!」
2人は後ろ髪を引かれながら部屋を後にした。
キャットが管制室に向かった後の食堂では。
「エミヤ君、どうかな、行けそう?」
「…ああ、基礎はできた。私とてこの分野に精通している訳ではない。だが、昔取った杵柄と言うべきか、簡単な物はできる。タマモキャット君の要望はそれでもなかなかではあると思うがね?」
エミヤは一定のリズムでキーボードに指を走らせる。それは食堂にはあまり馴染みのないPCだ。タマモキャットが話を持ち込み、エミヤが管制室から借り受けた一台である。食堂メンバーでは構うことができるのがエミヤ位だったために、こうしてキーボードを叩いているのだった。
「それでも私よりかは構えるでしょう?キャットちゃんの頼みだからね。エミヤ君も頑張って!」
「…無論、頼まれた仕事はきっちりこなすさ。ブーディカ殿はメニューを頼む、そろそろマシュも来る頃だ」
タイミング良く、扉の開閉音が聞こえた。
「お待たせしました!マシュ・キリエライト、ただいまより、携帯食データ化計画実行委員に参加します!」
「うーん、真面目だねマシュちゃんは、でもようこそかな?」
「ああ、来てくれて助かる。マシュはブーディカ殿とメニュー考案を頼む。タマモキャット君も後で合流するだろうから」
「はい、わかりました!」
「ふふ、じゃあこっちだね、ついてきて」
ブーディカはマシュを連れ、カウンターの中に入っていった。
「…では、私も追い込みに入ろうか。タマモキャット君にどやされるのも敵わんのでね」
「フフフ、案ずるでない、エミヤの働きは鯉が滝に登るというもの。いな!猫も手を借りたいが、当てはまるのだワン!」
エミヤの背後に突然現れたタマモキャット。
「─!ああ、戻って来ていたか。……恐らく褒められていると受け取るが、なに、これくらい造作もないさ」
「おー、ではキャットも忙しいのでな、ダッシュでマッハでこのデータを吟味するのだ!これでも先々の為、動くできるタマモのアタシ、これにはオリジナルにも無理である」
懐からUSBを挿し込む。フォルダに入っていたのは圧縮された膨大なデータ群だった。
「……」
「ムフフ、これもご主人の為、キャットは鬼になろう。エミヤも続くのだぞ!では、アタシも献立作成に向かうのだワン!」
尻尾をフリフリとタマモキャットはカウンターの中に入っていった。残されたエミヤは暫し、頭を押さえるもタイピングを始めた。エミヤに魔力が走る。
I am the bone of my sword.
――― 体は剣で出来ている。
Steel is my body, and fire is my blood.
─血潮は鉄で 心は硝子。
I have created over a thousand blades.
─幾たびの戦場を越えて不敗。
Unknown to Death.
─ただの一度も敗走はなく、
Nor known to Life.
─ただの一度も理解されない。
Have withstood pain to create many weapons.
─彼の者は常に独り 剣の丘で勝利に酔う。
Yet, those hands will never hold anything.
─故に、生涯に意味はなく。
So as I pray, UNLIMITED BLADE WORKS.
──その体は、きっと剣で出来ていた。
──そう、此処は幾万の剣の墓標、億万のデータで有ろうが、俺は負けない。エミヤは笑みを浮かべる。それが例え偽物のハリボテであったとしても。この程度で止まるようなら、
「よろしい、ならば戦争だワン!皆の者、いざ行かん、ご主人を起こす為、猫も杓子も総動員なのだー!」
「はい!マシュ・キリエライト、頑張ります!」
「「おー!」」
食堂に響く声と、止まらない作業音。
その全てが、ただ一つの目的に向けられていた。
食堂に満ちていたのは、いつもの穏やかな空気ではない。
それぞれが手を動かし、思考を巡らせ、ただ一人の為に準備を整えている。だが、それはここだけではない。
――カルデアは、既に動き出していた。