キャットによる食堂合戦が今、始まろうかと言うのと同じ頃。シミュレータールームでは、エリザベート・バートリー・リサイタルの準備が進んでいた。勿論、主役はエリザベートだが、運営はメカエリチャンに一任されていた。何故か、碌なことにならない為である。慌ただしくカルデア職員が設営に走っている中、彼女は今だに笹巻き状態であった。しかし、今回はメカエリチャンより楽曲の提供があり、それを物にするためいつになく真剣に耳に入れていた。そんな設営状況を遠くから眺める、モソモソと大福をかじる鬼が一匹。緑の人と白いサンタが一人ずつ。
「…モソモソ、ンッ、──おい、緑の人」
「あん、なんだ?おかわりか?」
「…ン、モソモソ、ッン、…あやつの大丈夫なのか?」
「…ああ、思いが乗せれたら大丈夫だろうな」
「思いだぁ?………」
「あ、茨木童子さん、私の作ったので良かったらどうぞ!」
お菓子を求める視線にジャンヌが反応し、彼女がクリスマスといえばと言うお菓子、トナカイさんクッキーを茨木童子に渡す。
「……モサモサ」
「……、ど、どうですか」
「…まあまあだな」
「まあまあ、ですか」
茨木の返事に肩を落とすジャンヌ。彼女は少し焦がしたのがダメなのかなっと、思い返していた。
「……それでさっきの返事だが、思いって物は結構な気分屋でな?」
「気分屋ですか?そんな風に感じた事はないですが」
「まあ、言いようによってはってのが頭に付く。それで、思いは特にエリザベートのはそうだと俺は思っている。あいつの歌は思いが乗っているほど強い、更になんの思いかによって何故か変わる」
「変わる、それって上手くなるって事ですか?」
「まあ、そうとうも言うか」
「おい、それで結局気分屋とやらはなんだ」
ペロペロとお菓子の粉を舐め取る茨木。
「……ま、色々と言ったがあいつの歌は『理屈』じゃねえんだわ。喉から出るのは音波じゃなくて、あいつの全開の自意識そのものだからな。それがどう転ぶかは、神様だって匙を投げるレベルだ。気分屋ってのも、エリザベートの思いが出力次第だからだ」
「では、期待するだけ無駄ではないか。そのふぃーるどとやらはできぬのではないか?」
「まあ、そこはメカエリザベートがなんとかするんだろ」
「だ、大丈夫でしょうか」
それに答えられる人はこの場にはいなかった。
同じくライブハウス内で様子を伺う四人組がいた。
「おい師匠、ルーンで耳栓作ってくんねーか?俺のよりも丈夫そうだしよ」
「あ、ズリーぞクー・フーリン、スカサハ俺も欲しい!」
「……お前達に言っておくが、儂のルーンでもアヤツの歌は防げんぞ」
クー・フーリンを睨みながらスカサハは告げる。彼女自身、出来る物なら早々とやっている。
「…意外だな、貴女ならそれらも対策すると思っていたのだが」
「ジークフリード、お前の信頼は嬉しく思うが、万能には万能なりに出来ない事もある」
「おー、珍しいぜ、師匠がそんな悔しそうなの」
「だな、明日槍が降るかもな!」
「うむ、降らして欲しいのなら素直に言うがいい。明日の何時だ?儂は何時でも良いぞ?」
「……俺もか」
人知れず明日の天気予報が槍後槍に変更された。
「…チェック開始、脳内エミュレーター投影、シミュレーション強度50%──ダヴィンチ、失敗よ」
「うーん、君の計画は私としてもそこまで荒唐無稽でも無かったんだけどね?やはり鍵はエリザベート君かい?」
「…業腹ですが」
「あ、えっと、歌は壊滅的で聞ける物ではないですけど、メカエリチャンさんのあれで確率も上がりますよ!…多分」
パッションリップには言い切る自信はなかった。
「ああ、そういえばあの歌はいつ用意したんだい?マスター君が眠りについてからそんなに経っていないだろう?」
ダヴィンチの問いに、メカエリチャンは一度虚空を覗く。
──あれは、エリザベートが食堂にて即興ライブをし始めた時の事だ。幸いにもライブ自体は、清姫とジークフリードによってしばかれて潰えた。その時にタマモキャットから依頼された物だった。──虚空から帰ってきたメカエリチャンはダヴィンチとリップへ向き直す。
「そうですね、あれはタマモキャットより提案され、パイロット候補に聴取して作成しました。高スペックが売りの私ですが、作詞には筆が進みませんでしたが」
「あはは、それは原曲が悪いですね」
「まあ、万能の天才である私も携わった物だ。きっと良くなるさ、多分ね」
セッティングをする三人の、なんとも言えない乾いた笑い声が、会場の裏で響いていた。
「さてと、エリザベート君。準備は良いかい?」
「ええ!行けるわ!子イヌの為にでしょ?分かってるわ!」
「おう、その意気だぜ!お前さんのゴールデンをぶつけて行け!」
ステージ脇では衣装(ランサー時の)に身を包んだ勇者エリザベートとロマニ、金時だった。
「金時君も悪いね。どうしてもアンプやスピーカーは重くってね」
「構わねーぜ、俺っちだってマスターには、起きていて欲しいんだ。その為の協力はおしまねえ」
「いい心掛けね!さあ、私のステージを始めましょう!」
そう言ったエリザベートは、ステージへと一歩踏み出した。それを祈るように見守るロマニと一仕事終えた金時だった。その小さな体躯が即席のステージへ進む。エリザベートはカルデアに来てからで一番の高揚感に包まれている。スポットライトがエリザベートを照らす。さあ、主役の登場だ。
「皆ー!!私のライブに来てくれてありがとう!!子イヌの為だけど、私、精一杯歌うわ!!──まずは、【恋はドラクル〜ver.カルデア〜】!」
彼女の持ち歌、恋はドラクル。遠い未来でも絶賛されたその歌声(チャームボイス)から放たれる可愛らしくない歌詞。狩りはマジカル、あたしクビカル、歌はラジカル。会場は熱狂に包まれている。技術顧問の面目躍如、背後に浮かぶ巨大なチェイテ城から届け歌声、届く騒音。気分は深夜の一時過ぎ。身体を打つのは局地的なハウリング。スピーカー要らずのエキサイト。桜は万全、気分も十全。満ちる粒子は雀の涙。夢には今だに届かない。
しかし、走り出しは成功だと言えるかも知れない。盛り上げる熱狂にエリザ粒子はどんどん濃度を高めている。
「…どうだい?エリザ粒子の様子は」
「そうね、規定値の10%と言った所かしら」
「結構盛り上がってそうですけどね?」
「…まだ、エリザベートのボルテージが上がりきっていないようね。桜の手配も十全、時間の問題ね」
メカエリチャンは会場を写すモニターに目を向ける。そこには大手を振って盛り上げるクーフーリンやジークフリードの姿があった。
「それで盛り上げるライブって…」
「真か嘘かそこはエリザベートの実力次第ね」
「それは、そうだね。エリザベート君の声質については以前調べてみたが、ポテンシャルは十分にあるはずだが」
「まだ、始まったばかりよ。期待をしないで待ちましょう」
メカエリチャンはモニターから目を逸らし、調整の為に仮想キーボードに指を走らせるのだった。
盛り上げている会場の中、マリー・アントワネットとエウリュアレは会場の隅でティータイム中であった。彼女達はロボの好意で横になる彼の腹にすがるように腰掛けていた。その傍らにはサイリウムを振るうヘシアンがいた。
「それにしても華やかなステージね!色とりどりの光に包まれて、こういう所とっても好きよわたし!」
「華やかにしては光量が強くないかしら?…まあ、必要な事なのだとしたら好きにすれば良いのよ」
「……」
そう吐き捨てたエウリュアレに、同意するかのように尾を打つロボ。その横で相変わらず両手のサイリウムを振るうヘシアン。
「あら、ロボさんもエウリュアレ様に同意なのかしら」
「…そのようね。はあ、あのマスターは愛されているわね」
「ふふ、では、エウリュアレ様は違うのですか?わたしは好きよ。彼とのお話は楽しいもの!」
「…はあ、貴女みたいにハッキリと物を言うのは疲れるのよ」
ロボのお腹を撫でながらエウリュアレはこぼす。おとなしく撫でられているロボは騒音の中、耳を倒すのだった。横で踊るヘシアンは近くを通った一般農民から借り受けた、《祭り》と書かれた法被にねじり鉢巻きも付けていた。
「さあ、次のナンバーよ!つ・ぎ・は、勇者でもある私だからこれ!
そう言うと、エリザベートは手に持つマイクをしまい、勇者の剣を取り出した。
「ワァァァーーーーーー!!」(血の涙)
「とっても良い歓声をありがとー!!この歓声に応える為、私、行くわね!!」
跳び上がるエリザベート、見上げるファン達。こんな時の為に考えたキメッキメのポーズを決め、着地と共にエリザベートは舞うように剣を振るう。日ごろからジークフリードに指南を頼んだ剣の腕は、彼女の思惑とは随分とズレて実り始めていた。だが、エリザベートもただでは起きない。アイドルは日進月歩。歌えるだけでは置いて行かれるのだ。時代はダンス。ジークフリードは演舞に疎いが、剣を振るう事ではカルデア1の腕前だ。しっかりとエリザベートに叩き込んでいた。
その少しぎこちなさを残す剣の舞、それは騒音から聞ける歌にクラスチェンジさせる革新的快挙を遂げた。
「ほお、最近頑張っているのは知っていたけど、なかなか様になって来ているじゃないか」
「濃度60%、ええ、順調ね。この調子であれば目標達成は可能となるわ」
メカエリチャンはキーボードを叩きながら、モニターに映るエリザ粒子メーターを確認する。
「…メカエリさん、モニター見て言ってませんね」
「パッションリップ、あれが頑張るのは当然です。普段迷惑を掛けられているのだから、こういう時に返して貰わなければ私個人の意思で除名します」
キリッとした目を向けながら、メカエリチャンは断言した。
「わぉ、まあ、君ならそう言うかもね」
「過激な発言だけど、…否定し辛いですね」
擁護派はいないようだった。
「ワッハッハ、エリザにはあたしも手を焼いていたワン。しかし!それはそれとして、努力を認める度量も良妻賢母の秘訣だな」
「キャット!」
「おや、タマモキャット君じゃないか。どうかしたのかい?エミヤ君が、食堂で宝具を使う勢いで作業していたようだけど」
「ンフフ、エミヤには圧縮とパッチの最適化をお願いしていた。……奴は立派であったな」
「まさか、エミヤさんは…」
「……はぁ」
「あれを見よ!奴は立派にエリザのライブで盛り上げ係をしている!」
「あ、本当だ。クーフーリン君と並んでるね。仲いいよね彼等」
モニターには並んでサイリウムを振るう英雄の姿だった。
「…なるほど。あれ、ならキャットは何をしに来たの?」
「そうね、何のようかしら」
「うむ、あたしも研鑽の末に研いだ爪が光沢を放っておるのでな。それをエミヤにギュギュッとして、バチッとして貰ったのだ。そして、出来上がったのがこれだ!!」
パチンと指を鳴らすキャットに合わせて、メカエリチャンのストレージが一つ埋まる。
「─外部からストレージに不明のデータが…なるほど、タマモキャット、貴女、器用ね」
「フフフ、あたしはご主人のキャット、不可能を可能にする猫だワン!(フンッ)」
「凄いよキャット!」
「なるほどね、考えたねぇ。今回だけじゃなく、これからにも有用だね」
「ではな、しかと送ったぞ!リップとメカエリよ、アルターエゴの同盟は不滅である!!何、あたしの野生の勘は当たるのでな、仕込みは早い内に済ますに限るワン。して、忘れるな、アルターエゴとは誰でもない自分自身であることをな!」
そう言って、キャットは腕を横に構え、サムズアップし、光の中に消えていくのだった。
「アルターエゴ、同盟!?」
「…彼女はバーサーカーでは!?」
「そのはずなんだけどねぇ」
何とも締まりのない雰囲気であった。
「〜〜うう、盛り上がってる、私のライブでみんなが盛り上がってるぅ!!(幻覚)さあ、泣いても笑ってもラストナンバーよ!!アイドルは最後までアイドル、そう偉い人も言っていたはず!みんなー最後まで頼むわねー!」
「ワァァァーーーーーー!!」(ヤケクソ)
「最後は、新曲も新曲、そう、《
ふわりと辺りを包む空気に、不思議と香る仄かな香り。盛り上がっていた会場に新たな薫風が吹き込む。アイドルである彼女の曲とは思えない静かな始まり。それなのに高まったボルテージは彼女の歌が証明している。透き通る歌声が会場の
「…濃度100%を超えて、120%を突破。フン、ようやくですか。エリザベートにしては頑張った方でしょう」
「はは、私はあの曲の編曲はしたが、作詞作曲は君だろう?もうちょっと無いのかい?」
「有りません。いえ、あり得ません。私とエリザベートは見方によっては裏と表の存在。私は彼女を真に認める事は有りません」
メカエリチャンはフッと息を吐きながらモニターを見つめる。
「…素直ではないですからね」
「…パッションリップ、準備に入ってください。この濃度のエリザ粒子であれば、量子ジャンプも可能ですから」
「あ、はい!…と言っても特に準備は要らないですね」
「まあまあ、じゃ、さっさとシンデレラを迎えに行こうか」
「…シンデレラ、いえ、そうですね。パイロット候補の夢へダイレクトに介入し、その根源を断つ。このミッションに訂正も失敗も有りません」
そう言うメカエリチャンはキー入力で、粒子を吸収する加工を施したカタパルトデッキを現出させる。
「パッションリップ、中央へ」
「はい!」
リップがカタパルトデッキの中央に立つ。エリザ粒子渦巻く空間だが、基本無害な粒子である為問題ない。そして、リップの腰に固定用のベルトが巻かれる。
「固定よし、さあ、メカエリザベート君。残るは君だけだよ」
「ええ、
「…(ググ)」
両手を前に構えるリップ、宝具使用の為に魔力を回す。リップの手の上にメカエリチャンが着地し、胸のラングを回転させる。
「カウントダウン、9、8、7、6、5──」
「──ウイング格納、ラング開放、車軸固定、グランエリザレールリング!!」
「えーと、射角ちょっ調整!」
メカエリチャンの胸からピンクのレールにその周りを回るリング状の粒子が一直線に敷かれる。
「──4、3、2、1、0!!」
「打ちなさい、パッションリップ!!」
「うん!マスターをお願いします、メカエリさん!!」
「「─
打ち上げるは鋼鉄魔嬢。リップの思いと初速を受け継いだメカエリチャンは最強だ。レールを走るも鋼鉄魔嬢。加速度的にスピードを上げるメカエリチャン。音速を超え、時の概念を超えていく。あり得ない零時間、時を超越した速度となったメカエリチャンは、自身の存在定義を書き換える。あり得ない零時間であるならば、あり得ないはずの定義を書き換えられる。もしものアルターエゴである自分であるならば、もしもを換えることも出来るはずだ。換えろ、メカエリチャンはそこに行ける。マスターの元に跳べ、跳べ、跳べっ!!
空間がガラスのように割れる音。そして、舞い散るピンク色の光の粒子の中から、鋼鉄の魔嬢が現れる。
「──────キャッチ、ハッチ開放、またせたかしらパイロット候補」
「メカエリチャン!」
乙女は時に無茶を可能にするものだ。
メカエリチャンが跳んだ後、カルデアでは…。
「みんなーお疲れ様だね。メカエリザベート君は無事に跳び出していったよ。作戦成功だ!!」
「ウオォォー!!」
「あら、成功したのね。なら、私のライブも大詰めね!!みんなー、アンコール行くわよ!!」
「ウワァァー!!」
「フフフ、喜んでるわね、喜んでるわね!さあ、私の歌を聴きなさーい!ボェェ゙〜〜!?」(騒音)
「ギャァァー!!」
「誰か彼奴を止めろー!」
「うむ、声が戻ったな」
「師匠、頷いてないで手伝えよ!」
「だが、ライブ自体は良かったな」
「ジークフリード、お前宝具使っていたな!?」
「フ、エリザベート君の騒音はランクB以下の宝具だったか」
「何お前一人したり顔してんだ。先に鼓膜破れてろ」
「よし、お主達も儂に続け!」
「いきなりやる気出したよあの人!!」
「粒子が充満し、彼女の歌声は怪異に近いな」
「何、いつもの事であろう。…して、茨木童子はどうした?」
「あー、もう帰ったな」
「モードレッドはどうだろうか」
「あいつもロビンとジャンヌと帰ったな」
「……帰るか?」
「マスターが困った顔すると思うぜ?」
「致し方ない、か」
「そのようだな、みんな、行けるだろうか?」
「うむ、防音のルーンも一応かけておこう」
「ああ、何、私もデスマーチの終わった後、身体を動かしたい気分だった」
「ハッ、奇遇だな。俺もそんな気分だぜ」
「ならば、行くぞ!」
「「「おう!!」」」
四人の英雄は逝く、そして、マイク落とせば良いだろうと気がつくのは随分と先の事だった。