あの特異点から帰った後、僕は2日とは言っても体を動かさずに寝ていた影響で、体力が随分と落ちていた。普通に暮らす分にはあまり問題ないし、リップやマシュが手助けしてくれる。食堂や管制室にも行けるから不自由も少ない。
でも、これから特異点での活動するぞってなると、この落ちた体力は問題になる。ロマニやスカサハもその判断で、僕へのリハビリメニューを考えてくれている。──きつくないかな?…信じよう。
まあ、リハビリは明日からと言ってたし、今日も食堂でご飯は食べた。後は、何をしようか?実家だったらゲームとかあったけど、ここの自室にはダヴィンチちゃんがくれたボードゲームくらいか。──流石のダヴィンチちゃも3◯Sは作れないしね。…作れないよね?
ベッドで寝転んで、真っ白な天井を見ている。──暇だなー。……あれ、なんか懐かしく感じるな。最後にそう思ったのって、いつだったかな?ハハ、なんか可笑しいや。だいぶ、ここに慣れてきたのかな。
…ん?ポーンと部屋のアラームがなる。…今は14時になるのか。14時か、なんの時間だっけ?15時ならおやつだし、16時ならシミュレータールームとかの予定が入るから…。──あ、そうだ。前にお茶会するって…。
机の上のカレンダーを見る。うん、書いてる。そこにはキャットが書いた文字があった。「マリーのお茶会だワン」マメなキャットだから、掃除の時に書いてたはず。…お茶会か。…お茶会。
──フフ……本当に、無からこれほどのものを用意するなんて。貴方は本当に、不思議で、……そして、とてもおかしな人ね。とても
──フフ、そうね。その瞳で私を殺す以外に手が有るのかしら?──
そんな鮮明に残る彼女の声が、僕の耳を撫でる。あれからどれだけたった?1日、2日?もっと長いはずなのに、ふと、気がつくと聞こえるのだ。あの不思議なマンションで、僕は黒い外套の男に言った。助けると。でも、あの光景を乗り越える事は出来てない。だから、かな。帰ってきてからマリーを見ると、重なってしまう。あの時の微笑みと、カルデアで元気そうにする彼女が。そして、あの冷たい感覚が蘇るんだ。
ポーンともう一度アラームが鳴る。キャットがリマインドしてくれていたんだろう。…いや、可怪しい。なんで今日も鳴るんだ?そうだ、お茶会は前はこの時間だった。けど、他の時間もあるし、今日は僕は聞いてない。…うん、毎日なる設定じゃない。今日の14時に鳴る設定だ。
ポーンともう一度アラームが鳴る。リマインドは5分ずつ。…思い出せない。なんだろうか?
ピコンと音が鳴る。端末を調べると、メッセージが送られていた。──外、に?…自室の外ってこと?──
扉の方を見る。別にロックもかけてない。入ってこようと思えば、いくらでも入れるようになっている。不思議に思うことばかりだ。だけど、行こうと思った。
部屋を出ると、そこには、マリーがいた。
「ヴィヴィラ・フランス、マスター!…あら、顔色がすぐれないかしら?キャットさんにお願いして、たいまー?をかけて貰ったのだけど」
「……ああ、あれって、そう言うことなんだ。覚えがなくて、びっくりしたよ」
「フフ、ごめんなさい?ね。」
「…それで、なんのようだったの?」
「あ、そうだわ!ちょっとお話をしましょう!!」
マリーは両手を合わせて、僕に顔を近づける。
「え?」
「最近、出来てないのですもの。リップさんやマシュさんではないけれど、私もお話したかったの!」
「……そっか、うん、ごめんね?」
「フフ、マスターのせいじゃないわ。それで、どうかしら?」
「…うん、いいよ。…食堂?」
「…ええ、マスターの部屋じゃ駄目かしら?」
扉へ振り返る。今は別に汚くしてない。キャットが掃除してくれてる。…じゃあ、いいか。
「うん、いいよ」
「フフ、マスターの部屋にお邪魔しまーす!」
彼女は、嬉しそうに中に入る。座る場所は僕が椅子で、彼女はベッドだ。…ソファーを頼んでおけばよかったな。
「ごめんね、ここ、ソファーとかないから」
「フフ、気にしないでマスター。どうやら、突然来ちゃったみたいだから。ごめんなさい、マスター」
「ありがとう、飲み物は紅茶?」
「なんでもいいのだけれど、マスターと同じのが良いわ!」
「そっか、じゃあ、緑茶で良いかな?」
「緑茶、ええ!良くってよ!」
なんだろう、多分、わかって言ってない。そんな気がした。備え付けのポッドとインスタントパックを準備する。彼女の方は、なにやら周りをみたり、僕の方を見ているようだ。視線を感じた。
「はい、インスタントでごめんだけど」
「ありがとう、マスター。……独特ね」
「あはは、お茶だからね。…ん、濃ゆかったかも」
「フフ」
「…ん?どうしたの?」
「なぜかしら、楽しくって」
そう言って、彼女はフフと微笑む。─あのマリーと重なった。
「……」
「あら、どうかしたかしら?」
「あ、うん。なんでもない」
いや、重ならない。あのマリーとは重ならなかった。
「フフ、おかしなマスター。あ、そうだった。マスターにこれを渡したかったの!」
そう言って、彼女は小袋を差し出して来た。
「これは?」
「最近、ジャンヌと一緒にお菓子作りを習ってるの。この前のお茶会にも出したのよ!」
「ああ、リップ達と開いていたっていう」
「ええ、女子会ね!」
「楽しかったみたいだね?エウリュアレが珍しくこぼしてたし」
「ええ、ええ、とっても楽しかったわ!今度、マスターもしましょう!」
「それは、女子会にならないかなー」
楽しそうに身振り手振りで教えてくれる彼女は、あのマリーとは重ならなかった。
「それでね、マスター?」
「…あ、なに?」
「もう、少し呆けすぎよ。…疲れているのかしら?」
彼女は顔を近づけて来る。僕はそれに、思わず顔を引いた。
「もう、避けないで」
「ちょ、ちょっと」
彼女に引いた頭を両手で掴まれた。彼女の顔が目の前に来る。─最後に見たマリーの顔は眠るような微笑みだった─けど、目の前の彼女は怒り顔だった。
「…マスター、もしかして、迷惑だったかしら?」
「え?」
「…なぜかしらね、なんだかそう感じたの。…最初は違和感だったのだけど、マスター、私を避けている、でしょ」
彼女の瞳が真っ直ぐ僕を見つめる。逃げ道はない。─優雅に椅子に腰掛けたまま、あの深い微笑みで僕をじっと見つめ続けていた─ぐ、まただ。あの光景がフラッシュバックする。
「苦しいの?…大丈夫かしら、マスター?」
「あ、大丈夫、大丈夫だから」
心配そうな彼女の揺れる瞳は、僕から逸れない。─ゆらりと揺れ、まるで抜け殻のようにばたりと倒れた─また、フラッシュバックする。
「大丈夫、マスター!!」
「……ぐっ、ん、はぁはぁ」
荒い息を抑えようと肩を震わす。心配そうな彼女にぎこちない笑みを返す。
「もう、マスター、汗が酷いわ。理由は分からないけど、深呼吸よ」
「…すぅ、はぁ。…うん、ありがとう」
白いハンカチを押さえる彼女は、あの時のマリーと重ならない。でも、思い出す。あの時の光景、後悔、違うと分かっても思い出してしまう。しっかりしないと、彼女は違う。いつものマリー・アントワネットなんだ。あのマリーじゃない。ああ、悲しそうな顔をしている。お話、話をするんだった。
「…なんの話を、するん、だっけ?」
「……もう、マスター、横になって?」
彼女の力で僕はベッドに寝かされる。それも、彼女の膝の上に頭を乗せられて。彼女の顔を見上げる。心配そうな彼女は僕を見下ろし、頭を撫でていた。
「…熱とかはないみたい?もう、体調が悪いなら言ってちょうだい」
「…あはは、ごめん」
「…マスター、貴方を苦しめているのは、私?」
「……違う、かな」
「もう、だったらもう少し楽しそうにして」
「…ねえ、マリー」
なんだろう、不意に口を開いていた。
「ええ、なにかしら?」
「もし、大切な人が目の前で倒れたらどう感じる?」
思惑はない。答えも期待してない。ただ、聞きたかった。
「フフ、変な質問ね。…そうね、悲しいし、助けられたらと動くわ」
「…助けられなかったら?」
「もう、意地悪な質問ね。…泣いてしまうかもしれないわ。悲しいもの。でも、だったらもう、そうならないように頑張るわ」
「……そっか」
「マスターは違うの?…もし、私が倒れたら、マスターは悲しんでくれるかしら?」
「…悲しいさ、とっても」
「それで?」
「…うん、もうそうならないように頑張る」
「フフ、ええ、ええ!嬉しいわマスター!」
「……マリーはさ、その立場だったらどう思うの?」
「…わからないわ。だって、私ではないのだもの」
「……」
「でも、私なら、そうね、目の前の人に悲しんで、そして、笑顔で立ち直って欲しいわ。私ってハッピーエンドで終わる曲が好きなの!だから、私はその人にもそれを願うわ」
「…ハッピーエンド」
「そう、ハッピーエンド。だって、暗いままは嫌だもの!」
「そっか、…そうだね」
再度、見上げた彼女は満開の花のようだった。だから、僕もそれにならうように微笑むのだ。…できてるかな?まあ、マリーが嬉しそうだから、大丈夫か。
解釈で間違いがあれば言ってください