「そこのイカしたカウボーイさん。ちょっとお話ししてかない?」
いわゆる逆ナンというやつである。
借りた体なら完全に支配下に置けるため、なんでもない、むしろ煽情的にみえるような表情を浮かべているが、精神的な心臓があるとすればとんでもなく早く動いているだろう。
私はシャイなのだ。ナンパのフリでも緊張する。
こんなことするんじゃなかった。馬鹿か私は、後悔するならやるなって。
「ンッンー、美女の誘いを断るのは俺のポリシーに反するが、悪いね。今はやることがある」
「DIOの館に向かうことかな?」
「何ッ」
ホル・ホースに話しかけるのならば、美女の体が一番だ。
彼は世界一女にはやさしい男だからだ。
まあ、危機に陥ればエンヤ婆を撃つこともあるので、絶対に安全というわけではないが、多少気分的にマシである。
出だしを失敗したが、気を取り直して本題に入る。
「いやあ、ちょうどDIOが引っ越しをして居場所がわからず困っててね。案内してくれると嬉しいんだけど」
「アンタか! 承太郎たちのところにいる、姿も名前もわからんスタンド使いというのは!」
「不名誉なことに、有名になってしまったみたいだな。そう構えることはない。私に戦う力はないからさ」
エンペラーを取り出したホル・ホースに制止をかける。
私に戦闘能力がないというのは伝わっているはずだが、私の他に誰かいることを警戒しているのかもしれない。
「いいや、嘘だね」
「端から決めつけるなよ、私は誠意をもって君と話に来てるんだぜ」
「俺はアンタに気づいていなかった。だったら黙ってついてくりゃ、DIOの館の位置が分かったはずだ。わざわざ声をかけた理由はなんだ?」
「素晴らしい。その通りだね、ホル・ホース」
さすがだ。急に話しかけても彼は冷静である。
察しの良い彼に面倒な前置きは不要だろう。
「君は一人では行動しない。誰かとコンビを組んではじめて実力を発揮するタイプだ。だから提案しよう。私と手を組まないか?」
私が彼のもとに来た理由は、勧誘である。
この旅の中で私が最も危険だと思っていることは、逃した敵が再び襲ってくることだ。
そして原作の中でそうしたのは、ボインゴとホル・ホース。
今回の旅の中でも、彼らは完全に再起不能にならなかった。原作の通りもう一度襲ってきたら嫌だから――むしろ味方にできないだろうか、という発想である。
「普段はこんなことしないんだがね、サービスだ。予言しよう。君はこれからDIOに会い、暗殺を試みる」
「なんだと?」
「でもやっぱり無理だとあきらめる。そうして君は、DIOへの恐怖心に一生支配されることになるだろう。DIOを裏切れなかった、屈服した、魂が負けた――ずっとそう思って生きていく。そんな人生は嫌じゃないか?」
予言という名の原作知識で、サービスという名の忠告だ。
ホル・ホースは私の発言を一蹴しなかった。自分がこれからそうするかもしれない、という心当たりがあったのだろう。
であれば、それを言い当てた私は何者か、という話になってくる。
「さて、君は才能を見抜く力が人一倍あるからな。私という人間を、君に認めさせるのが最も難しい。面接してくれよ、ン?」
おどけたように言えば、ホル・ホースはここでようやくスタンドをしまった。
私が本当に、お話をするためだけに来たのだとわかったのだろう。
気障な動作で帽子を軽く指で上げると、ニヤリと笑った。
「アンタの噂は届いているぜ。姿のない情報通、人の体を乗っ取るスタンド使いだってな」
「趣味は盗み見、特技は盗聴、マイブームなら告げ口だ。よろしくね」
「ハッハー! 大したタマだぜ、それをDIO相手にやってるんだからな」
我ながら最低な都都逸*1で自己紹介してしまった。
しかし思いのほかウケが良かった。悪党相手だからか。
たぶんアヴドゥル相手に言ったら本気で怒られるだろうな。卑怯な! とか……いや違うな、彼の場合そこまで卑屈になる必要などないという方向性で私に説教をしてくる。
「他のスタンド使いではなく、この俺に声をかけた理由はなんだ?」
「他のスタンド使いにも声かけてるぜ」
ホル・ホースはがっくしきている。ごめんて。
「まあ正直、君と組めなくても構わないんだ。私は君がDIOに屈服してようがそんなに興味ないし」
「オイッ、さっきまでの話はなんだっつーんだよ」
「魂で敗北した結果、DIOのもとから逃げてくれるならそのほうが良い。君とはもう戦いたくないというだけなんだ」
アヌビスのときもそうだが、私は戦闘能力のあるスタンド使いを御しきれるなどと、驕ったことは思わない。
「君は形勢を読むのがうまいし、DIOのもとに来た判断は間違っていない。世界が変わる分け目が、今このエジプトにある。DIOが勝ち、暗黒の世の中になるか。ジョースターが勝ち、今まで通りの世界が続くか。だが、ベットするならDIOじゃない。ジョースターだよ、間違いなく。相対したのだから、わかるだろう」
「そうは言うがね、アンタはDIOを見たことあんのか?」
「あるとも。光栄にも口説かれたことだってあるね。彼が勝つことは、絶対にない」
私は言い切った。
「敵としてしかジョースターさんたちと会ってないから、君にはわからないんだな。仲間としての彼らの頼もしさを知っていれば、DIOを倒せると信じられるんだけど」
ホル・ホースは唸った。
バディを組むことを信条としている彼ならば、他人を信じることなんざできないと突っぱねることはないだろう。
承太郎たちの強さについて、これ以上語っても意味はない。ホル・ホースもそれは知っているからだ。
だが、彼はそれ以上にDIOの恐ろしさを知っている。
「じゃ、DIOを倒した後の展望について話していい? 私は今ごくつぶしだから仕事を求めていてね。ジョースターさんに肩入れして信頼を得たから、ついでにそこつながりでスピードワゴン財団にでも就職できないかなと思っててさ」
「はぁ?」
「世界的に、悪いスタンド使いを取り締まる自警団みたいなの作りたいなって。私の情報収集能力はなかなかだぜ。グレーフライからミドラー、九栄神まで知っている。エジプト国外のスタンド使いもある程度知っているし、これから本格的に調査しようと思えばもっと数を見つけられるだろう。だが私に戦う力はないから、悪いことをしているやつを発見したら告げ口して、強いスタンド使いに懲らしめてもらう。そうしたら少しは世界が平和になるんじゃないかなと思ってね」
「世界平和のために身を粉にするってのか?」
「いや? 今の世の中が不満なだけだ。私は特別な力をもって生まれ、できる限り善良であろうと努めているが、そんなことをしてもいいことって全然ないんだよね。悪いことをしているやつらばっかり得してるのがムカつく。痛い目見ればいいのにと思っているだけだ。ついでにお金が欲しい」
この旅についてきて随分と経つが、日に日に焦りを覚える。
流石に私も生きている人間なので、自分の体が今どうなっているかは気になるものだ。
主に寝たきり状態の私にかかっている医療費がいくらになっているのかという心配が日に日に……どんどんでかくなるのだ……お、お金……。
出発したときは、このスターダストクルセイダースの旅が犠牲なく成功すれば、己はどうなっても構わないとさえ思っていた。
欲が出てきたということだろう。私自身も無事、この旅を終えたい。家に帰りたい、という気持ちを、今はしっかり持っている。
「一番よりNo.2、それが俺の信条だ。アンタのを聞かせてもらおう。何のために、DIOを倒そうとする?」
人生哲学の話か。難しいな。
なぜDIOでなく、承太郎たちに味方するのか。
ホル・ホースは耳心地の良い言葉を聞きたいわけではないだろう。
まとまっていないかもしれないが、正直なところを話すことにした。
「私が悪いことをしない理由は、そうすると私の好きな人が、私にがっかりするからだ。それだけだよ。私の好きな人が全員死んでいたら、もうなんでもどうでもよくなって、DIOでも勝たせて、世界中の幸せそうなやつらを殺して回ろうかなって思うくらいには、私は善人じゃない」
DIO側についていたら、旅の攻略は今より簡単だっただろうな。
とりあえず敵スタンド使い全員に声かけて、この日のこの時間に一緒に襲撃しようぜ! という雑な指示をするだけでも何人かは殺せそうだ。各個撃破できないだけで、この旅の難易度は突然上がる。
「他人の体に入っていくつもの人生を経験すると、本当の自分の人生でさえ、多くの人生の一つだと思うようになる。そうして客観的に見た時に、自分の人生がいいものだったと言えるようにしたいのさ」
承太郎たちにも言ったことのない、いわゆる私の人生哲学――そんな大したものではないが、思っていることは真実だ。
人生を良いものにしたい、胸を張って生きてみたい、というのが私の行動理由である。
私の発言が、その場限りのものではないということくらいは伝わったのだろう。
ホル・ホースはしばし考え込んでいたが、最後にはニヒルな笑みを浮かべて見せた。
「俺と組んだ後に、アンタの好きな人とやらが全員死んだらどうする? アンタのためにDIOを裏切ったとして、そのあとアンタに見捨てられるんじゃあ困るぜ」
なるほど。たしかにその通りだ。
思っても見ないことだったので、私は真剣に、そうなったときのことを考えた。
「そうなったら、君が私の好きな人になってくれればいいんじゃあないか?」
ホル・ホースは、咥えていた煙草を落とした。
ぽっかりと開けていた口は、唖然、という形から徐々に変わっていく。
「ハァーッハッハッハッハ!」
大爆笑された。
誠に遺憾である。私は何か変なこと言ったか?
「気に入ったぜ! なかなかどうして!」
未だに笑いをかみ殺しているホル・ホースが、そのあとに何という言葉を続けたかったのかはわからない。
なかなかどうして、なんなんだ。
私は人からこんなに爆笑をとれたことがないので、今それを誇りに思って良いのか、怒ったほうが良いのかさえわかっていないんだぞ。
ようやく笑いの収まったホル・ホースは、先ほどまでのいつエンペラーを取り出してもおかしくない雰囲気を失っていた。
「この俺に初めて狙いを外させた男だ。組む価値はある、そう思うぜ」
「さすがに気づいていたか」
私がホル・ホースの体を操作して、狙いを外させたことには気づかれていた。
あれから腕の痛みはだんだんとなくなってきてはいるが、未だにたまに痛む。
痛むたびにホル・ホースの顔を思い出していた。あの野郎……という気持ちで恨みかけていたが、こうして仲間になってくれるというのであれば、大変嬉しい。腕を痛めた甲斐があるというものだ。
「光栄だが、一つ訂正しておこう。私は女だよ」
「なにぃ? なら納得だぜ、俺が思わず従っちまうほどの美女に違いない」
実物見たら絶対がっかりするから絶対会わないようにしよう。