「仗助の友人かい?」
家の中に知らない男がいたので声をかけたが、なんか違う気がするな。
家の中に仗助いないし。姉さんも父さんもいないし。
私とこの男しか今この家にはいない。普通にやばい状況か、これは?
ズキズキする頭を押さえて、私は男を見た。仗助の友人と言われても納得できる年若さである。
「初めまして。会えて光栄です、素子さん」
男は非常に自然な動作で私に近づくと、私の手を取った。
そのままキスでもするかのように自分の顔に近づけると、私の手をベロリと舐めた。
私はドン引きした。
「君、皮膚を舐めたら血液型がわかるタイプの人間か?」
「これでも駄目とは、恐ろしい女性だ」
どう考えても恐ろしいのはお前だよ。何言ってんだこいつ。
私が取られている手を振りほどこうとすると、男は瞬く間にその場から消えた。
そして、いつの間にか私の背後にいる。瞬間移動じみた動きだ。己のスタンドの使い方をよく知っている。
私の両肩を背後からそっと押して、彼は私をリビングの椅子に座らせた。
普通に体調が悪いので、立ちっぱなしでないことは助かるが、そういう紳士的な配慮によるものではないのだろう。
男は私の対面に座ると、口を開いた。
「僕は人が恐怖を感じている瞬間を観察したい……」
やっぱりただの変態じゃないか。杜王町ってこんなんばっかか?
私は呆れかえって、テーブルに頬杖をついた。
「先ほどは形式上初めましてと言ったが、僕は以前からあなたを知っている。あなたは僕が公園で何を仕掛けても動じなかった……上から蜘蛛を降らせても、後ろからお経を読み上げてもね」
おい。いつのまにそんなことしてたんだよ。全然気が付かなかったじゃないか。
私はスタンドの関係上、射程内に人間がいれば気が付けるはずなのだが。
射程外から双眼鏡でも使って観察されていたのかな。そうじゃなかったら私の危機管理能力がやばい。
虫くらい降って来ても田舎じゃ当たり前という感覚なので覚えていなくとも仕方ないかもしれないが、お経に関しては本当に記憶がないぞ。やばいんじゃないか私。寝てたのか?
「だから直接的な手段に出ることにした。だが、あなたから生理的嫌悪を引き出すのはかなり難しいことのようだ。恐れ入るよ」
恐れ入っているのは状況的に私のはずだ。変態に感心されても嬉しくない。
「あなたの身に何が起きようとも恐怖しないというのなら、あなた以外の人間を危険に晒すのはどうだろう」
男が取り出した紙には、『東方朋子』と書かれている。
私は微動だにしなかった。
他人の体に入っているときは、その体を完全に支配下における。
今のように自分の体ではそこまでうまくできないが、きっと人よりは得意だ。
なにより、こうなることは予測できていた。
ここまでの会話で彼がエニグマのスタンド使いであることは思い出したし、すでに家族に手を出されているのもほとんど確信していた。
私はスタンド能力の関係上、射程範囲内に人間が何人いるかわかるし、そのうちの何名がスタンド使いなのかもわかる。
私が部屋で横になっている間に、父か姉が在宅で、そのあとやってきた1名のスタンド使いが家の中に入ったすぐあとに、父か姉の存在がかき消えたことも、知覚している。
普通、家に帰ってくるスタンド使いは仗助なので、人間一人消え去るまですっかり油断していたというわけだ。
私の能力では個体差までわからない。
見ただけでスタンド使いかどうかがわかるというのは十分役に立つ能力なので、高望みはできないね。
「今のは非常に惜しかった。この場合、あなたは恐怖より怒りを強く覚える性質のようだ……」
「どうしたら助けてくれる?」
「むしろ僕はあなたを助けたい」
無表情を保とうと考えていたが、これにはうっかり、眉を下げて笑ってしまった。
家に押し入って来て姉を人質にとっているやつが何を。なにから私を助けようというのだ。
「空条承太郎の時を止める絶大なスタンド能力と比べれば、僕のスタンドはチンケな能力だろう。だが、僕だってこの紙の中に封じてしまえば、その時を止めることができる。ラーメンは熱々のまま、いつ取り出しても美味しく頂けるようにね。人を封じるには恐怖というトリガーが必要だが、無生物は無条件だ」
「とっても便利だ。そんな力があるのなら、もっとマシな使い方を考えたほうが良いと思うがね」
心の底からのアドバイスである。
だが、その能力を金儲けに使おうと考えられないからこそ、そういう能力に目覚めているというのもあるからな。
「人もそうだ。紙の中に封じてしまえば、開くまでその人の時は止まったまま。東方仗助の能力でも、トニオ・トラサルディの能力でも、
「面白い。だが、私だけ生きていてもね。いたずらに長生きさせられるという意味なら、君の能力は怖い」
この情報はどこから漏れたのか。
主にスピードワゴン財団だろうな……。彼らも頑張っているが、スタンド使いを相手に情報戦をやるというのは難しい。
私の身元を財団に明かした以上、こういうことがあることは承知の上だ。
私だって、敵に私みたいな能力者がいることを知ったら、早めに始末したいのだから。
「君は自分のスタンドをチンケな能力だと言ったが、それならば私の能力の方がずっとチンケでしょうもないさ。乗っ取る体がなければ私はなにもできない。私のスタンドには戦う力がないし、私自身にも当然ない。こうして君の腕をつかんでも、君は簡単に振り払うことができるだろう。さて、どうすればいいのか」
私が男に手を伸ばすと、私が朋子と書かれた紙を奪うと思ったのか、男は紙を握る手を遠ざけた。
私はそれとは反対の男の手を取って、まるで恋人のように、指と指を絡めた。
「人の恐怖を観察するより楽しいことを、君に教えてあげればいいのかな?」
瞬きした瞬間、私の目の前の景色は一変した。
ほとんど白い。その白が、承太郎の背中であることに気づくのに少しかかった。
「……久しぶりに時を止めたぜ」
ぱらぱらと、砂が落ちるような音がしたので、私は非常に嫌な予感がした。
恐る恐る承太郎の向こう側を覗くと、先まで対峙していた少年がぶちのめされているのは当然として、結構凄惨なことになっていた。
承太郎は男が起き上がらないことを確認して、こちらを険しい表情で振り返った。
「なぜ逃げない」
「そんなことよりうちのドアと家具ぶっ壊したことを謝ってくれ」
承太郎は、蝶番の外れたドアと、砕けたテーブルと椅子、エニグマの少年が頭を突っ込んで割れた窓ガラスを見た。
帽子を下げて「……業者を呼ぶ」と言ったので、私は頷いた。
謝ってないのはまあ、助けてもらったのだから大目に見てやる。
「助けてくれてありがとう。私の作戦としては、彼が封じられるのは私の肉体だけだと踏んで、私を封印する最中にスタンドで別の体に逃げて、隙を襲うというところだったが、やらずに済んで良かったよ。封印されてる最中で逃げられるかどうかは賭けだったし」
スタンドも己の一部だから、封印されるとなったら逃れるのは難しそうだった。
発動すれば必中のスタンドなのだから、やはり能力を発動させないというのが最も大事だ。
私の恐怖を煽るなら、この杜王町にいるすべての仲間を封じてから来てもらわないと、私の気持ちも盛り上がらない。
誰かが生き残っているのなら、誰かが助けてくれるだろう、と楽観してしまうので。
「ここに来たのはたまたまか? 私に用事があってのことか?」
「嫌なニュースがある」
「これよりか」
私は椅子から立ち上がり、テーブルの木片を軽く蹴飛ばした。
仗助が帰ってくる前に、業者が間に合うだろうか。
「ともかく場所を変えよう」と言って、私はエニグマの少年が持っていた紙を承太郎に見せた。
「姉を元に戻してやりたいが、承太郎がいるとできない。君も自分のおじいちゃんに間違われたくないだろう」
「……やれやれだぜ」
書き溜め無くなったので明日は投稿休むかも