形兆が帰ってくると、家には知らない男がいた。
男の隣で「おかえりアニキ!」と呑気に返事をした億泰は、手にせんべいを持っている。
見知らぬ菓子だ。少なくとも今朝形兆が家を出るまで、そんな菓子は家になかった。
億泰の手からせんべいを叩き落した形兆が、自らの背後に億泰を押し込んだのを見届けてから、「手土産は余計だったかな」と男は口を開いた。
「改めてこんにちは。2人に、君たちの父親についてお話があってね」
ロクでもない親父の関係者だというのなら、ロクでもない人間で決まりだ。
挨拶をする割に名乗りもしない。形兆は警戒を強め、慎重に答えた。
「あいつのことは知らない。いまどこにいるのかも」
「それについては私が知っている。君たちにしたいのは別の話だ……はあ、憂鬱だ。こどもにこんな話をしなくてはならないとは」
憂鬱と言った割に、男の顔は無表情のままだった。
「君たちの父親は率直に言って悪人だ。人を殺すことを厭わない吸血鬼に手を貸して、様々な悪行に手を染めている。その責任を君たちに問うているわけではない。世間ではどうか知らないが、私は君たちに罪はないと考えている。問題なのは、これから君たちが背負ってしまうかもしれない罪について」
男はやれやれといった風に首を横に振ったが、それさえも機械的である。
形兆には、男が気味の悪いものに思えた。これほどまでに感情が見えない顔を初めて見たからだ。
「君らの父親の頭の中には、肉の芽という吸血鬼による遠隔コントローラーが仕込まれている。彼がそれによって吸血鬼に操られて悪いことをしているのか、それとも彼自身の意思で悪いことをしているのか、もはや私には確かめることができない。自由意志で吸血鬼の味方をする人間に対しても、安全策で時限爆弾を埋め込むようなヤツだからね、DIOは」
男がその場で話した内容を完全に理解できたのは、形兆が随分成長した後だった。
この時の形兆にわかったのは、この男はまるで人形や能面のようであるということだ。言葉を話す口以外に、眉一つどころか、瞳孔一つ動かしやしない。
「私はDIOという吸血鬼を倒すことを目的としている。君らの父親にとっての上司にあたるから、お互い敵同士というわけだ。君らの父親に対して、君らを人質にしようなんて考えていないから安心してくれ。そんなことをしなくとも、彼を殺すことくらいできる」
人を殺すという話をするときでさえ、男には殺意の一つも見えなかった。
今日の夕飯の話をするかのように淡々と、世間話のように続けた。
「そう。君たちの父親を、殺すことならできる。私はそうするべきか、君たちに尋ねに来たんだ」
「ころしちゃいやだ!」
「そうか。ならそうしよう」
億泰が叫んだのを聞いて、男はすぐに頷いた。
あまりの即答に億泰も驚いたのか、きょとんとして男に尋ねる。
「ころさないの?」
「君がそう望むなら」
「よかった!」
安心する億泰とは逆に、形兆は疑念を強めた。
ならばなぜそんなことを聞いてきたのか。
「だが、念のために確認しておこう。私は悪徳業者ではないので、事前にわかるリスクの説明くらいはさせてくれ」
「リスク?」
「君らの父親に埋め込まれた肉の芽は、DIOが死んだ後どうなるか不明だ。DIOが死ぬと同時に肉の芽も消滅すればいいが、そうでないなら――死んだほうがマシだ、と思えるようなことになるかもしれない。だから聞こう。私は彼を、殺しておいた方がいいか?」
「にくのめ……ってやつ、とれないの?」
「摘出は難しい。できる男を一人知っているが、彼も忙しいのでね。そして、私は君らの父親を
形兆は、こいつを正義の味方だとは思わなかったが、己の父親に対してはもっと思わない。
実際に何を行っているかは知らないが、ロクに働いた様子もないのに札束が転がり込んでくるのだ。
金銭ではなく宝石や貴金属のときもあり、子供にもそれがおかしなことだということがわかる。
悪魔――吸血鬼に魂を売ったのだと言われれば、それは形兆を妙に納得させた。
「おれは……あいつは、死んでもいいやつだとおもってる」
「アニキィ……」
形兆の発言に情けない声をあげた億泰とは異なり、男はまるで動じなかった。
当然のように、ひとつ頷いただけだ。
「その意見は受け止めよう。さて、話ができてよかった。DIOを打倒した後、私が生きていたら、もう一度会いに来る」
男はリビングの椅子から立ち上がり、退出の意思を見せた。
追い出さなくとも出ていくというのなら、形兆にとっても都合が良い。
だが、男は玄関に向かって歩く途中、形兆の近くで立ち止まり、再び口を開いた。
「私は悪徳業者ではないので、アフターケアもしよう。もし君らの父親が死んだほうがマシな状況になったら、それを打破する方法を一緒に探そう。私はスタンド使いを見つけるのが得意だから、きっとなんとかできる能力を持っている人を見つけられるさ」
「なんで、そこまでする?」
「こどもは守られるべきだからだ。父親が悪いやつだという
そうしてようやく形兆の隣を通り抜け、男は玄関のノブに手をかけながら言った。
「それでは形兆くん、億泰くん。少し早い冬休みを楽しむと良い。また会えると良いね」
形兆に処理しきれないほどの情報を与えた男は、変わらない無表情のまま、手を振って去って行った。
この時強く思った、こいつに二度と会いたくない、という形兆の願いは、叶うことがなかった。