人の体を乗っ取るスタンド使い   作:九条空

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ちょっとだけ前の話


【3.5部】虹村億泰の勉強

 公園のベンチに座り物思いにふけっていると、聞き馴染みのある声に呼びかけられた。

 

「おっ、先生よォ、ちっと宿題について質問があんだけど!」

「宿題をまじめにやっていて偉いね、億泰。でもその前に、なぜ私だとわかったのか聞いてもいいかい?」

 

 億泰は最近まで東京の方に住んでいたが、諸々あって杜王町へと引っ越してくることになった。

 だから、私の本体とすれ違うこともあるだろう。

 そのくらいの覚悟は当然していたが、いきなり本体を看破される覚悟までは、さすがにしていない。

 億泰はとんでもないことをしてのけたつもりはなさそうで、私の問いに首を傾げて答えた。

 

「なんでっつわれてもな……勘?」

「その勘の内訳を聞いている。己の感覚を言語化する力は、社会で生きていくうえで役に立つよ。今から練習しておくと良い」

 

 特にスタンドなど、常識の埒外を平気で起こす。

 説明しがたいことを把握して言葉にする、というのは特にスタンド使いには必要な能力だと、私は考えている。戦闘中の分析にも、仲間との意思伝達にも必須の力だ。

 億泰はしばらく考えると、口を開いた。

 

「そうだなァ……先生っていつもぼーっとしてんだろ?」

「ぼーっと……否定できないな。私が操れる人間は意志薄弱で、ぼーっとしていることが多いという意味ではそうだ。私が体の中に入った後も、いきなり人が変わったように振る舞えばおかしいので、引き続きぼーっとしていると言える」

 

 私が自分自身の体にいるときはその範疇でないと思うが……私自身も普段ぼーっとしているのだろうか?

 己を客観的に見るのは難しいので、わからない。

 億泰は熱弁した。

 

「でもただのぼーっ、じゃねえんだよ。こいつ、弱そうに見えて実はなんかやるやつなんじゃあねえか、と思わせる凄みってのがよ、どっかにあんだよな~」

「……褒めてくれてありがとう?」

 

 私がひとまず感謝を述べると、億泰は私の見分け方の続きを言った。

 

「だからぼーっとしてるやつ見つけたら、頭ン中でそいつがピンチになった時に、キリッとしそうかどうかを考える。やるときゃやりそうだったら先生だ。言っとくけど、フツーに間違うこともあるぜ」

「間違ったときどうしてるんだそれは」

「そら人違いって謝るだけだろ」

 

 やはりある程度パワープレイだったか。

 探知系のスタンドでもないのに百発百中で正体を当てられてしまっては、私の立つ瀬もないので少しほっとした。

 この町の住人が、急に強面の少年から「先生」と呼ばれることが多くなるというのは、大した問題ではないだろう。この街では日々もっと不思議なことが起こっている――誠に遺憾だが。

 私は億泰の説明に満足して、彼の最初の用事に答えることにした。

 

「今日は数学かな?」

「まあ全部だな!」

 

 億泰がカバンをひっくり返し、教科書を取り出す。

 私は腰かけていたベンチの隣に、億泰を座らせた。

 

 

※ ※ ※

 

 

「……で、だからこうしておおよその長さが求められるわけだ」

「ほへェ~!」

 

 間抜けな返事だったが、納得しているようなので良しとしよう。

 青空教室だ。公園のベンチで、のんびり億泰に勉強を教える。

 まるでわかっていない時、億泰はもっと難しそうな顔をして唸るので、今は問題なかろう。

 

「悪ィな~、俺馬鹿だからよ、おんなじこと何回も聞いちまってよォ」

「わからないことをわかっているのは大事だ。私だったらわからないまま適当にやってしまうからね。ここまで偉そうに教えてきたが、実は数字は苦手だ」

 

 億泰は、もう高校生になる。

 私も中学数学くらいならここまでそれなりに教えられたが、高校数学となると若干不安だ。

 そろそろ私の方にも、予習が必要になるかもしれないな。

 今までも、一度渡された教科書を読み直して、ああそうだったな、と思い出す時間があった。

 高校となると、もう少し読み直す時間を長くとらねば対応できないかもしれない。

 だからこそ、今のうちに苦手分野であることは告白しておこうと思ったのだ。

 私の告白に億泰は心底驚いた。

 

「ええっ、そうなのか? わかんねえままやるってのもわっかんねえけどよ」

「中学や高校で習う程度のことならば、公式を暗記すれば解けるからな。だがなぜその公式があるのか、なぜその公式なのか、までは理解していない。仕組みを理解するより、限りある公式をすべて覚えてしまう方が楽だ。問題文や数式の傾向から、どの公式があてはめられるのかを推定し、適当に解いてしまってきた。だが今こうして、億泰の素朴な『なぜそうなるのか?』という疑問に付き合うことで、私自身考えてこなかった仕組みが見えてきて面白いよ」

 

 今まで人に何かを教えるという経験がなかったが、存外面白いものだと、億泰を通じて私も学ばせてもらった。

 私が健康だったら、なんらかの教師でも目指していたかもしれない。

 この体では不可能だが、楽しい未来を想像できる機会に恵まれて、私は喜んでいる。

 

「いくつになっても勉強は楽しいね」

「勉強が楽しいィ~!? 変わってんなァ……」

 

 億泰は本気で驚愕し、理解しがたいもの――数式を見るような目で私を見た。

 

「そうか? まあ、娯楽が限られるとそんなものさ。私は時に、読書する体力すらなかったりするからね。読書と違って勉学は定義が幅広い。知っていることを反復して考え直すだけでも勉強と言える。頭の中だけで完結する趣味というのは貴重だ。考えることができればいいのだから、眼球さえ使わない」

「勉強しか楽しいことがない世界は、俺には想像できねえぜ……」

 

 世にも奇妙なものを見た、という顔をするので、私は笑ってしまった。

 

「楽しいと思えることはいくつあっても良い。億泰は億泰が楽しいと思うことをすればいいんだ。今は何が楽しいのかな?」

「そうだなァ〜。毎日飯食うのは楽しみだし、最近は引っ越したばっかだから近所に何があるかうろうろすんのも楽しいしよォ〜。あっ、漫画読むのも面白いぜ!」

 

 億泰が楽しそうに報告をしてくれるのを、和やかに聞いた。

 このあたりが頃合いかもしれない。

 

「ちなみに億泰。今の私は本体だ」

「ん?」

 

 もう一度言わなければならないのかな、と私は億泰の顔を見た。

 しかしその必要はなかったようで、億泰はずいぶん遅れて反応した。

 

「……えェ!? じゃあこれが先生のマジの姿だっつーのか!?」

「うん」

 

 億泰は私の頭からつま先まで、何往復もじっくり見た。

 

「なるほど……ある意味イメージ通りではあるっちゅーか……」

「こういうのをイメージしていたのかい?」

「まあ、どーせだったら美人の方が嬉しいよなァ~とは思ってたからな」

「ははは。褒めてくれてどうも」

 

 私を美人と思ってくれているということでいいのだよな。

 私が笑って褒め言葉を受け取ると、億泰はいぶかしげな顔になった。

 

「……本当なんだよな? 今日はエイプリルフールじゃねえぞ?」

「こういう深刻な嘘はつかない主義だが、どうして疑われているのだろうか?」

「あまりにもあっさりしすぎてるっつーか、このタイミングで言われる意味がわかんねえっつーか」

「ああ。意味もタイミングも、もう少ししたらわかる」

 

 それに、私には重要なことほど冗談のように告げてしまう悪癖があるのだ、とは告げずにおいた。

 

 二の句を継ごうとする億泰を手で制して、私は近づいてきた仗助に挨拶をした。

 私は自分の能力のおかげで、近づいてくるスタンド使いの人数を把握することができる。

 この辺を歩いていて、私を認識した瞬間に歩く速度を上げるのは、心配性の私の甥くらいだ。

 

「仗助、彼は虹村億泰。昔からたまに面倒を見ていてね。最近杜王町に引っ越してきた。実はご近所さんだから仲良くすると良い」

「面倒ゥ?」

 

 ご近所さん、と紹介したにも関わらず、仗助が気になったのはその部分だった。

 私のスタンド能力については最近説明したばかりだし、ピンとこないのも仕方ないか。

 

「彼、スタンド使いなんだ」

「てめーが先生の息子かァ? おお、似てるな……」

 

 私のときと同じく、億泰は仗助を頭の先からつま先までじっくり眺めた。

 似ているだろうか。自覚はないな。私は億泰の間違いを訂正した。

 

「息子じゃなくて甥だ。仗助もスタンド使いだし、同い年だし、同じ学校だから仲良くしてやってくれ」

「待て待て待て、グレートな情報が次々出てくんだけど?」

 

 私の説明を聞いて、仗助が頭の痛そうな顔になった。

 彼はそもそも、私と億泰がどうして公園で仲良さそうに話しているのか、その理由を聞きたくてここまで来たのだろう。ちゃんと説明してやるにはちょっとばかし早いな。

 仗助は私に聞いた。

 

「だからなんで面倒を見てたんだっつーの」

「スタンド使いでこどもだから、では理由が弱いか?」

「自覚してんならそうなんじゃあねーの」

 

 相変わらず、仗助は痛いところをつく。

 こういうところにジョセフ・ジョースターの片鱗を見るが、彼は私にもっと手加減をしてくれたからな。

 私が苦笑して言い逃れしようとする前に、億泰が口を開いた。

 

「そりゃ先生がディ」

 

 O(オー)の形になった億泰の口を、私は手で覆ってふさいだ。

 

「億泰。少なくとも今は、言うべきことじゃない。形兆くんも気にしそうだからな」

「兄貴がァ? じゃあ黙るけどよ……」

 

 億泰は納得したが、仗助が納得するわけがない。

 続いての質問が来る前に、私は仗助に釘を刺した。

 

「仗助。この件に関して私は口を割らないので、どうしても知りたいのならこのチョロそうな億泰の方にアプローチをするんだな」

「おいおい、俺の口が軽いってのか!? 心外だぜ!」

 

 億泰の口をふさいでいた私の手はなんなく振り払われ、億泰が不満をあらわにする。

 

「そうは言ってないさ。君を信頼しているから、探らせることを許可しているんだよ」

「おっ、なるほどそうかァ。悪ィが先生には恩があるんでな! 息子だからってヒイキしたりしねえぜ」

「うんうん。というわけで億泰、仗助のことをよろしくね」

 

 ぜひとも仲良くしてほしいものだ。

 同年代のスタンド使いというのは得難く、友人になれれば無二の宝物になるだろう。

 ちょっとお節介が過ぎるかな。友達は自分で作るものだし。

 

「息子じゃねえって……」

 

 ごめん仗助、2度目だったのでうっかり否定しそびれた。

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