自分の体調を見誤ったらしい。
私は病弱であるがゆえに、日々身体の苦痛に耐えている。
どれだけ調子のいい日であっても、どこかしらは少し痛むのだ。
ちょっと調子の悪い日と、結構具合の悪い日と、相当しんどい日のグラデーションで生きている。
だからこそ、ちょっと調子の悪い日と、結構具合の悪い日の境目は、判断をミスしやすい。
今日は散歩に行ける日だと思ったのだがなあ。
自己診断を間違い、どうやら結構具合の悪い日だったのに外出してしまったようだ。
軽い運動をしてしまったことにより、今体は相当しんどいに傾きつつある。
まったく、少し外を歩く程度のことも満足にできないとは。
自分の体が虚弱であることを恨んでいるわけではない。
長いこと付き合ってきた体なのに、虚弱であることを織り込んで行動できなかった、己の観察力と計画性のなさに呆れている。
動悸と息切れがとまらない。頭痛がする、吐き気もだ。
近くの建物の壁に手をついて、深呼吸をしてみるが、冷や汗が流れ落ちていくだけで一向に良くはならなかった。
貧血か、酸欠か、低血糖か、うーん、全部それっぽいから全部かもしれない。
もっと悪い病気でなければいいが。
ぐにゃぐにゃ歪む視界により、足元が不確かになってきたため、一旦しゃがむ。
人に見られると通報されそうで嫌だな。
この程度なら救急車がなくてもなんとか……いや、しかし立って歩くのはしばらく難しそうだ。
ここは大人しく誰かが通りがかるのを待って、その人に助けを求めるか。
シャッシャ、シャッ。
地面の砂粒の数を数えていたら、ふと音がすることに気がつく。
無理くり顔を上げれば、いつのまにか男が一人、私の前にかがんでいた。
その男はスケッチブックを前に真剣な顔をしていた。私を見て縦横無尽にペンを走らせている。
これ、あの、デッサンされてないか、私?
「僕のことは気にしないで、存分に具合を悪くしていてくれ」
無理だろ。気になるわ。
街で死にかけている人はあんまりいないから、資料になるのだろう。
私はため息をついて――その姿もスケッチブックに収められたのだろうと思えば、もうひとつため息が増えそうだ――男に言った。
「気が済んだら、救急車を、呼んでくれよ」
「なにッ、呼んだら僕も付き添いとして乗っていいか? 救急車の内部が気になる」
「いいよ……救急隊員の方に迷惑、かけないようにな……」
これが漫画家、岸辺露伴と知り合った経緯である。
それ以来、岸辺露伴とはそれなりに友好関係を築いてきた。
救急搬送される姿をまじまじ見られても気にしない、私の肝の太さがあってのことだと言える。
彼は私を資料としてそれなりに貴重に思っているらしく、たびたびお茶や食事に誘ってきた。
具合の悪い人間を観察するのなら病院に行けばよさそうなものだが、そうでもないらしい。
警察を呼ばれかけたという話をこぼれ聞いたので、私としても断りにくい。
私以外の病人が
喫茶店でテラス席を勧められたが岸辺露伴が断って、我々は店内の日陰で向かい合っていた。
日差しで暖まりすぎて具合を悪くした私や、風に当たりすぎて具合を悪くした私は充分観察したという意味だろう。
今日はそれなりに体調が良いので、死にかけの人間を観察したい彼のご期待に沿えるかわからない。
私の心配をよそに、岸辺露伴は前置きもなしに話を始めた。
「不思議な力に目覚めた」
「ふうん」
「あなたに使ってもいいか?」
私は驚いて、岸部露伴を見た。
不思議な力に目覚めたという部分、にではない。
スタンド使いになったというのなら、さほど驚くことはない。彼は原作でもスタンド使いだ。
何らかの理由でスタンドに目覚めることもあるだろう――面倒な理由であってほしくないが。
ともかく、彼が私に許可を取ってきたことに驚いた。
そんなことのできるデリカシーが彼に存在していたのかと。
「まずどんな能力なのか聞こうか。私への使用許可を取ろうとするのなら、誰か別の人には使用済みなんだろう。使用した際、君はこう思ったわけだ。これは無許可でやっていい行いではないと」
「別にそうは思っていないが――」
思っててくれ。
「僕の漫画を見て、共感した人を本にすることができる。本の内容はその人の人生で、千差万別だ。あなたの人生が気になる」
「ふーむ、私は君の漫画が好きだから、能力は発動するだろうね」
私の記憶する岸辺露伴のスタンド能力と相違ない。
彼は嘘をついていないだろう。
自分の体をほとんど動かせない私にとって、読書は限られた娯楽のひとつだ。
私は私になる前から物語を愛している。
そうでなければ、エジプトでの旅であれほど役には立てなかった。
悲しむべきは、幾度か転生を繰り返してきた私にとって、物語は次の人生かもしれないということだ。
純粋な楽しみよりも、自分がここにいたらどうしようという心配が先立つようになってきた――そうであっても読ませるのが、岸辺露伴の漫画なのだが。
「私の人生が気になるのに、不意を打たなかった理由は?」
「あなたに嫌われたくない」
この露伴、偽物か?
こんな殊勝なことを言うはずがないだろう。
眉間にしわを寄せた私を見て、岸辺露伴は鼻で笑った。
「勘違いしないでくれよ。
私を褒めるついでに女のことをボロクソ言うなあこの男。
偏見を聞かされても怒りが湧かず、例外として認められても喜びを感じさせない、不思議な男である。
「正直、あなたの人生は本で読むより、口頭で聞く方がおもしろいんじゃあないかと思ってすらいる。だからこそ許可を取っているんだ。あなたの人生を知りたい、教えてくれと。あなたが僕に愛想を尽かしたら、今の奇妙な関係を続けられなくなるだろう。それは不本意だ」
「君にそう言ってもらえるのは光栄だが、人生を読ませるってなるとどうもね。露伴くん、私と結婚してくれるか?」
「何?」
「それくらい親密な仲じゃないと、人生全部をさらけ出せないって話だ。
「アテが外れたな」
それは彼が私を惚れさせているだろう、という自信があったという意味でのアテではなかった。
「あなたならしれっと読ませてくれると思ったから、正面切って頼み込んだんだぜ」
この場合、喜んでいいものなのだろうか。変な信頼をされているな、私。
一体何に起因するのだろう。
初対面でデッサンしていいよとか言ったから、本になることに対して文句を言わないと思われているのだろうか。
「君がもっと能力を使いこなしたら読ませても構わないよ」
「ほう?」
「狙った日付の出来事だけ読めるようになったら、構わない。私の人生の中で、それなりに面白いイベントがあった日とかね。なにしろ露伴くん、君に私がつまらない人間だと思われたら悲しいからさ」
「へえ。ふーん、なるほどね。能力はどうやったら成長する?」
「なんで私に聞くんだろ」
「どうしてかな。わからないが、あなたには普通の人間にはない凄みがある。僕が特殊能力に目覚めたという話も顔色一つ変えずに聞いて、証明もしていないのに信じた」
顔色を変えなかったのは単に私の技術のたまもので、しっかり驚いていたぞ。
無論、彼が能力を開花させたことではなく、許可を取ろうとしたことにだが。
隠す理由などなにもない。私は軽くうなずいた。
「うん。君の思う通り、私も露伴くんと同じ力を持っている」
「やっぱりな!」
「嬉しそうだねえ。でも私の能力は人を本にするわけじゃないよ。能力は人ごとに違うんだ。これをスタンドという」
「あなたの能力はなんだ?」
「人の体を乗っ取れる」
「ほう! ラジコンのように操作できるということか? それとも自分が他人の体の中に、着ぐるみのように入れるのか? 同時使用人数は何人で、射程距離はどのくらいだ? 面白い、面白い能力だぞ素子さん!」
そういう能力を持ったキャラが露伴くんの漫画に出てきてしまうと、私が今後やりづらくなるので困るが、しかし私に彼が漫画を描くことを止めることはできない。読者だし。
「私よりもっとスタンドに詳しい男を紹介しよう。きっと力になってくれるはずだ」
「そいつもスタンドを持っているのか? ほかに何人いる?」
「そうだよ。いっぱいいるよ。悪いことするとすぐにバレて怒られるくらいには組織立ってるよ」
「能力者組織か。いいね、実に少年漫画的モチーフだ」
納得する岸辺露伴をよそに、私は彼に誰を紹介すべきか計算を始めていた。
なんというか、誰と引き合わせてもトラブルを招きそうなんだよな。流石スピンオフに事欠かない男というか。
岸辺露伴ほどの人間でも御せる者は何人か思いつくが、そういう手練れほど岸辺露伴で手一杯にすべきではない。
ひと騒動起きることを前提で動くしかなさそうだ。
「露伴くん、君が私に能力を使わなかったのは、私にも似たような力があるんじゃあないかと思ったからだろう?」
「どうしてそう思うね」
「知りたがりの君が自制する理由なんて、ギリギリ思いついて保身――これは肉体的な意味ではなく、
そう確信あっての言葉ではなかった。
いつもの軽口のつもりであったが、思いのほか図星だったらしい。
本心はどうあれ、即座に言い返せない程度には彼の心を乱せたようだ。
「……イヤな言い方をする。今から読んでやってもいいんだぜ」
「ふふふ。やってみろよ。痛い目見るのは君だ」
「その自信がムカつくんだ! マジにやっちまうぞ!」
やれるもんなら、とは言わなかった。これ以上煽るとマジにやられると思ったからだ。
私から最後の一押しをされなかったせいで、岸辺露伴は渋々己を諫め、私とスタンドバトルを繰り広げることのないまま帰路についた。
岸辺露伴とスタンドバトルをしたのは後日である。
みんな五月病でしんどいだろうから、しばらく週1くらいで投稿していきたいですね