続けて説明する。
「財団職員を複数のグループに分け、それぞれに違う情報を流す。敵が不自然に持っているこちらの情報が、どこから流れ出したのかわかるように。それを幾度となく繰り返す作業は途方もなくてね、人に報告できるまでの成果を出せるまで、これほど時間がかかってしまったよ」
私はDIOを倒すその旅を見届ける最中、世界を救うことまで決心しなければならなかった。
あの場で死者をたった数人減らしたところで――あるいは増やしたところで――その後に待ち構える運命を変えられないのであれば、私がここにいる意味はないのかもしれないとさえ思わされたのだ。
「長い時間をかけて、私はスピードワゴン財団に潜む敵を絞りこんだ――最後に残ったのは3人。全員をこの杜王町に呼んで、私は彼らを見極め続けていた」
DIOが海底から発見される以前から財団職員であった人間と、それ以後職員になった人間、で警戒度に多少差をつけてはいた。
しかし、私のように別人になりすますことなど、スタンド能力がなくともできたりする。
DIO以前からの職員に化けられては隙を突かれてしまうので、結局はしらみつぶしだった。
別人になるというなら、豊大くんもそうだ。変装の技術というのは馬鹿にできない。
予想に反して、今回のスパイによる変装はつけ鼻とカツラくらいのお粗末なものだったようだが。
「さて、これでスピードワゴン財団所属の優秀な人材の昇進がはかどるよ。今まではDIO引き上げ以後に就職したから、というだけの理由で昇進が阻まれていた、無辜の人々が多くいたわけだからね。私としても心苦しかったんだ。心苦しいあまりに数日密偵をして生活を探ってしまった人もいるし」
その人が善人であればあるほど、疑わなければならなかった。
そういったしんどさから解放されるのは嬉しいことだ。
もちろん今後も油断はできないが、長い間煩わしいと思っていた問題が解決したと思うとそれなりの爽快さがある。
「敵をあぶりだそうという努力を明確に始めたのは承太郎がこの街に来てからだ。ちょうど使える人材が集まりそうだったからついでに」
「ついでだとォ……」
すまんが、メインイベントが私の本体を晒すことであるのは変わらない。
私が正体を明かすまでに、一体どれだけタメたと思っているんだ。
すぐに言えなかったのは私の都合ではないとはいえ、この間、無駄に私という存在へのハードルがあがったりしたらどうすればいいんだと気が気じゃなかった。
「我々の敵が優先的に始末したいだろう私の正体が、ようやく割れたからね。これを機会に、殺しに来るだろうと思って張ってたんだ。意外にあまり来なかったね。手を組んだ音石明が慎重だったから」
私の本体が直接襲撃を受けたのはたった2回だ。
エニグマの少年と、音石明。
私が自宅でエニグマに襲われてから承太郎が来るまでが早かったのは、決して偶然ではない。
「つまり素子。君はジョースターさんと船に乗った時からではなく、もっとずっと長い間、自分を囮にしていたというわけなんだな?」
アヴドゥルが静かに言った。正義感の強い、彼らしい言い回しだった。
相変わらず、自分を犠牲にしたがる聖人君子のように、私を語る。
普段ならここは自虐で流すが、子供たちの手前それも言いにくいな。
「ええと……そうだと言ったら怒りそうだな? 言い訳を考える時間をくれるかい?」
「そういう危ない橋を渡るなら我々に言ってくれていいだろうッ!」
「どこで聞かれているかわからないのに言えないよ。実際音石明は電気のあるところなら盗み聞きし放題で、財団を通せば財団内の敵にバレていたわけだし」
「飛行機で一緒に飛んだだろうッ!」
「……いやほら、話に集中してハンドルが狂うといけないし」
確かにもっともなことに、飛行機の中で話はできたので、反論が弱すぎた。
早々に諦めて、私は素直に謝罪した。
「悪かったよアヴドゥル。君もポルナレフもほら、嘘がつけないから」
「なんで俺に飛び火すんだよ」
ごめん。
ポルナレフに緩衝材になってもらおうとしたことは見え透いていた。
そしてこの場において、彼は私の味方ではない。
嘘がつけないことは美徳である。作戦上問題があるというだけで。
罵倒ではないことが伝わったのか、あるいは自覚があったからか、アヴドゥルはその件に関しては何も言わなかった。
ただ静かに、こう確認しただけである。
「ということは、他の皆には伝えていたんだな?」
まったくこの男は正義に生きすぎている。
私の貧困な想像力では、私が彼に頼らなかったとこで怒られるくらいのところまでしか考えられなかった。
それがどうだろう、アヴドゥルの怒りはもっと紳士的だ。
私が他の皆を頼っているのならば、それで良いという考えである。
「言われてませんよ。察していただけで」
そんで花京院は無慈悲だ。ここは嘘でも「聞いてましたよ」と言ってくれるところではないのか、友達なら。
花京院は察してくれるから言わなくていいかなって思っちゃうだろう。
「承太郎は」
「ジジイにガキがいることがわかったその日だ」
――だからエニグマの彼に襲われたとき、承太郎が真っ先に私の家に来た。
彼にとって、人生の中でも最悪な日に持ちかける作戦でなかったことは反省している。
だが、彼がそれを知ることが、この作戦のスタートを意味するわけなので、仕方がないのだ。
「随分前から動いていたわけですね」
「職場の環境改善だな。落ち着かなくてね、いつでも敵がいると思うと」
ここまでやってようやく次の段階に進めるというものだ。
「それにしても作戦が随分杜撰だ。あなたの安全性が低すぎる」
「花京院が思っているほど私は無防備ではなかったさ。これがあるからね」
そう言って、私は一冊の本を取り出した。
ジョースターさんとくだらない雑談をしている最中、ぱらぱらと捲ってはジョースターさんに呑気だのうと呆れられていた本である。
本を見たポルナレフが怪訝な顔で私に尋ねる。
「コミック?」
「預言の書、トト神だよ」
「って名前のコミック?」
「って名前のスタンドだ」
皆がぎょっとしながら私の手の本を見る。当然、承太郎は驚いた様子を見せない。
トトは一般人にも見ることのできるスタンドだから、仮にここにスタンド使い以外が混じっていたとしてもなかなか気づかなかっただろう。
エジプトの旅路の中、私はトト神が彼らの目に触れないルートを辿らせた。
ああ、原作のままだったとしても、トトはクルセイダーズの目には触れなかったかな?
「借りててね」
「貸し借りできんのか、スタンドを」
そのへんわりかし自由なようだ、トト神は。
ちょっとくらい本体から離れていても、問題なく存在している。
実際、どこまで離れても問題ないのかまでは知らない。
そこまで手の内を晒してくれる仲でもあるまい。
その割には、命に等しいスタンドを私に貸してくれたわけだけど。その辺は謎だ。
私としてはトトの内容が確認できればそれで良かったので、まさか貸してくれるとは思っていなかった。
危険な場所に呼び出されるよりは、スタンドを預けて安全な場所に引きこもっている方がマシという判断だろうか。
「本になんの能力があんだよ?」
「いい質問だね、億泰。トトは未来を予言する本なんだ。ここに書かれたことは必ず実現する」
「……それって最強じゃねえか?」
「ふふ。ま、そう単純ではないのが未来だ」
億泰が思い描いた通りの能力がトト神にあるとしたら、承太郎たちはもうとっくに死んでいる。
「だが、この書に私が死ぬという未来はなかったから、問題ないさ」
そういうことにしておく。
正直なことを言えば――私が死ぬと書かれていても、それ以外の事柄がうまくいきそうだったら静観するつもりではあった。
さて、しかし詳細に関しては、他人のスタンド能力にまつわることなので、軽々に話していいことではない。
決して保身のためではないぞ、うん。
「
「我々では力不足だった、ということか」
「……隠密性がな? きみら、目立ちすぎる」
言い訳にすぎなかったが、一理あったのだろう。アヴドゥルは唸って、それ以上言わなかった。