人の体を乗っ取るスタンド使い   作:九条空

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【4部】あとのまつり

「これ以上の文句はタイマンで受け付けると言いましたね」

「……ああ、確かに言ったよ。どうぞ、花京院」

 

 私を自宅まで送り届ける、と花京院が言った時点で薄々悟ってはいた。

 今まで私の家族に顔を知られているのは花京院だけだったが、今となってはポルナレフとアヴドゥルも面識がある。

 だから2人でもよかったし、そもそもあの場には私と帰る家が同じ仗助もいたわけだ。

 それを押しのけて花京院が私の車椅子を押し始めたので――もはや私が車椅子に座っていることに関しては突っ込まないで欲しい――こういった展開になるのは察せられるというものだ。

 

 まあ、仗助の方はジョースターさんとギクシャクやっていたので、それどころではなかった気もする。

 

「あなたの命が危うかったのはこの場だけじゃない。僕が病室に向かうのが間に合わなかったら死んでいた――とは、まさか言いませんよね」

 

 頭の良いやつに自分の作戦を採点されている気分だ。

 あるいは「素人質問で恐縮ですが」との前置きで卒業論文に対する質問を受け付けている気分といってもいい。

 私にできるのは、可能な限り誠実に回答することだけだ。

 この場しのぎの嘘をついたところで、どうせすぐにバレるだろう。

 

「体を留守にしている間、殺されにくいように誘導していた。私が体から出ている間に死ねば、スタンドだけで生きながらえてしまうという可能性を提示しておいたんだ」

 

 私はスピードワゴン財団で活動を始めてからずっと、身内に敵がいる、という前提で動いている。

 ジョースター贔屓で有名な組織なのだ。DIOの信奉者が潜り込むのにこれほどうってつけな場所はない。

 だから、知られてもなんとかなることしか財団には伝えていない。

 逆に言えば、知られた方が有利になりそうなことは、積極的に報告を上げている。

 

 私が自分の体にいない間に死ねば、持ち主のいないスタンドになってしまうかもしれない、という推測はそれにあたる。

 敵がいなくなった以上、もはや訂正しておいた方が良い情報かもしれないな。

 

「できるんですか、実際」

「可不可でいったら可能だろうが、やりたくはないな」

 

 私は笑って言った。

 

「死人になっても働かせようとするなよ。あの世くらい安心していかせてくれ」

 

 ジョークは滑った。まあ、仕方ない。

 いつでも死にかけている病人が言うことではなかったな。

 

 そもそもジョークではなく本心だ。

 大事なことほど冗談のように言いたくなってしまうのは、私の悪い癖である。

 

「花京院が望むなら、スタンドになって生き延びてもいいけど?」

「――冗談で言っているのなら、人生を思い返したほうが良いですね」

 

 私は大人しく、人生を思い返すことにした。

 

 それから数日後。大捕物の後処理はそう難しくなかった。

 DIOの信奉者はスタンド使いでない以上、正体さえ判明してしまえばこれ以上できることは少ない。

 音石明の方は、仗助たちや花京院にボコボコにされたのが随分効いたようだ。

 これ以上悪さはしまい。すでに数億円相当の盗みを働いているので、これ以上が難しいというのはある。

 

 私は生身の体で、いつもの公園のベンチに腰かけていた。

 隣にはオインゴ・ボインゴブラザーズが座っているので、いつもよりぎゅうぎゅうだ。

 本当はもっと早く彼らに会いたかったのだが、散歩ができるまでに体力が回復するのにこれほど時間がかかってしまった。

 

 こればかりは他人の体に任せられない――私はトト神を取り出して、ボインゴに手渡した。

 ボインゴはなんでもないように受け取って、パラパラと雑誌をめくる。

 

「それにしてもボインゴ、まさかスタンドを私に預けるとは思わなかったよ。私は君からの信頼を、それほどまでに得られていたのかな」

 

 そんなに信頼されても恐ろしいものがある。

 スタンドというのは多くの場合、スタンドが傷つけば本体にフィードバックダメージがいく。

 遠隔操作型や道具型はその限りでないことも多いが、私はボインゴのトト神がどうなのかを知らない。

 未来の出来事を読んでいたボインゴはふと顔を上げ、私をちらりと見た。

 

「あ、あなたは、自分の身をおろそかにしがち、だから……僕のスタンドを、あなたへの人質に、しました。自分は大切にできなくとも、ひとのスタンドなら大切にせざるを、え、得ない」

 

 私は虚を突かれた。

 つまり、囮作戦を行う私のストッパーになってくれたというわけか。予想外の方向だった。

 

 まさか私が死んでもいいと思っていることが、ここまで筒抜けだったとは思わなかった。

 それほど無鉄砲に見えただろうか。

 同僚からは知略に長けた軍師タイプだと評判なのだけれどな。

 ああ、ボインゴも私の同僚にあたるんだったか。

 

「あ、あなたにし、死なれると困るのは、僕たち兄弟……」

「君も随分成長したね、ボインゴ。リスクとメリットを冷静に天秤に乗せられる、しっかり者になってくれてうれしいよ。オインゴのことも任せられそうだ」

「勝手に任せんなよ」

 

 蚊帳の外だったオインゴが文句を垂れるが、もはやオインゴよりボインゴの方がしっかりしていると言える。

 ボインゴは身長こそ伸びなかったが、随分と思慮深く成長した。

 オインゴにも散々教育したつもりだが、根っこの性格は変わらない。

 

 オインゴは目先の欲に流されやすく、長期的な利を求めるのが苦手だ。

 その点、ボインゴの方が信頼できる。彼は私と思考回路が似ているからだ。

 正義感があるかと言われれば微妙だが、正義側についたほうが得であることを理解している。

 

「ク、クケコココカキキキキ……」

 

 褒められたのが嬉しかったのか、トト神に良い未来が描かれていたのか。

 それはわからなかったが、相変わらず、ボインゴの笑い方は個性的だった。

 

 杜王町における彼らの仕事はこれで終わりだ。

 これから空港に向かうというオインゴ・ボインゴブラザーズに改めて労りの言葉をかけ見送る。

 

 しかし、私はまだ帰れなかった。

 次に私の前に現れたのは、カウボーイ風の男――ホル・ホースである。

 

 ホル・ホースに私の正体を明かしてから、彼は私と直接話すことを要求するようになった。

 スタンドを介さずに話したいという彼の主義なのかもしれないし、単に彼が女好きなだけかもしれない。

 私もホル・ホースにはたびたび無茶なお願いをしてきているので、このくらいのお願いは聞いてやろうというものだ。

 このお願いのせいで危ない仕事をしていることが仗助にバレたのだが、逆に言えばバレてしまったのでもういいかという感じである。

 

「今回は俺も納得の脅し方だったぜ」

 

 私が座るベンチの隣に腰掛けたカウボーイは、指先で帽子をクイと上げながらそう言った。

 対音石明戦――実際はその先にいるスピードワゴン財団に隠れたDIOの信奉者だが――において、私はオインゴ・ボインゴ兄弟だけでなくホル・ホースも呼んでいた。

 

 承太郎たちにもちらりと話したが、あの場にいなかった一組の護衛というのは、ホル・ホースとボインゴのことだ。

 トト神は私の手元にあったので、ボインゴは特になにかできるわけではなかっただろうが、ホル・ホースはコンビを組むのが好きだしつけておいた。

 ホル・ホースは「子守かよ」とぼやいていたが、ボインゴはもう結構いい歳である。

 

 後詰の意味で彼らを配置したので、今回彼が行動を起こすことはなかったし、それで良かったと思っている。

 しかしせっかく呼んだのだから、もうちょっと働いてもらおうと思い、現在少年院に入っている音石明の様子を見に行ってもらったのだ。

 

「音石明に面会しにいったら、即座に『東方素子か!?』と来たもんだ。神経すり減ってそうだったぜ」

 

 私が音石明に対してやったことといえば、定期的に人の体で会いに行ったくらいだ。

 その際、私は自分の両目にピースサインを当て、その後ピースの先を音石明に向ける――つまり「見ているぞ」のサインを必ず見せつけてきた。

 わざわざ名乗りはしなかったが、慎重で思慮深い彼のことだ。私だとわかっているだろう。

 

 私はいつでも見張っている。

 音石明のそばに人間がいる限り、その人間はいつでもこの私、東方素子に成りうる。

 そう思ってくれるのなら、彼はもう二度と軽率なことはできまい。

 

 私はどこにでもいるわけではないが、どこにでもいると思わせることならできる。

 私はいつでも彼を見張ることはできないが、いつでも見ていると思わせることならできる。

 そういうことだ。

 

 ホル・ホースに確認しに行ってもらったのは、私の教育が上手くいっているかどうかだ。

 音石明の元の性格を考えるに、ビクビクしていたというのなら十分だろう。

 

 しかし、いちいち私の名前を出す癖は()()しなければならないようだ。

 無駄に名前が広まったら困るのは私である。

 ホル・ホースは頭の後ろで手を組んで、ケラケラ笑った。

 

「つまり普段のお前さんから言やぁ、やりすぎってなもんだな」

「おや、そうだったか?」

「いつもはガキ相手にゃ大いに手加減するだろ。ま、一番大事な()()相手にやらかしたヤツには、女神のようなアンタもさすがにオカンムリか」

 

 私と長年付き合ってきて、私を女神などと評するのはホル・ホースたった一人である。

 一体私のどこを見てそんなことを言うのか、未だにわからない。顔?

 

「ったく。自分の正体教えたと思ったらすぐ囮作戦たァ。そういうのがやりたくねえから正体秘密にしてたんじゃあねえのか?」

「いや? 正直やりたいとすら思っていた。敵の狙いが明らかであればあるほど対策がとりやすいし、自分の担当が囮役なら失敗しても気が楽だ。私が死ぬだけで済む」

「お前さんなァ~!」

 

 ホル・ホースは手を額にやって天を仰いだ。

 つい本音が漏れてしまった。今の言いようはあんまりだっただろう。

 

「はは。悪い悪い、君なら私を守ってくれるという信頼があるから、こういう軽口も叩けるのさ」

「もう付き合わねえぞ、こういうのは」

「そうか。君以上の騎士はいないのだけどね」

「自分から死地に向かうお姫様(プリンセス)は、俺にゃ扱いきれん」

 

 ホル・ホースほど騎士として優秀な男はいない。

 私でさえプリンセス扱いを受け入れるようになるくらいだ。

 これは、どんなお転婆(プリンセス)だろうが許容してくれるだろうという彼への信頼でもある。

 

「君はうまくやってきたさ。他の連中は私の無茶を許さないだろう」

「俺だって好き好んでお前さんの危なっかしい作戦に付き合ってるわけじゃねえぞ」

「だが君は、最後には私を許してくれるだろう?」

 

 ホル・ホースは少し黙った。

 遠くで子供たちがボールを追いかける声が聞こえる。

 

「お前さんが墓の中に入っちまわない間はな」

「そうか。それなら私はできる限り生きなきゃいけないらしい。君に許されていたいから」

 

 まったく、彼はいつだってグッとくるセリフを吐く。

 死んだ後は私を()()()、忘れないでいてくれるというのなら――それに報いるためにも、もうちょっと頑張って生きなければならないだろう。

 

「そういうところが好きだよ、ホル・ホース」

「お前は年々俺の扱いがうまくなるじゃねえか、素子」

 

 立ち上がったホル・ホースに対し、拳を突き出すと、彼もそれに軽く拳をぶつけてくる。

 背を向けたまま私にひらひらと手を振って、ホル・ホースはその場を去った。

 

 私も、もう少し休憩してから家に帰ろう。




音石編おしまい。こんなに長くなるとは。
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