玄関先からドアが開く音がしたと思えば、ドタバタと騒がしく、続いて「濡れたまんま家に上がろうとすんじゃねーよ!」と仗助の声が響いた。
事件も既に起こった後のような感じだった。
私がタオルを持って玄関に向かうと、ずぶ濡れの仗助とジョースターさんがすったもんだともめていた。
「2人ともどうした? なんだか仲が良さそうだな」
「ンなことねえ!」
すわ親子仲が深まったのか、と嬉しく思って声をかければ、仗助からキレ気味の返事が返ってきた。
思春期の男の子って難しいな。それに複雑怪奇な家系図が乗っかるともはや手に負えない。
「ああ、そんなことより服がびしょぬれだな。言っていなかったか? この日本で、着衣水泳は一般的でないと」
「アメリカでも一般的じゃないわい!」
「はっはっは。知ってる」
タオルを何枚か手渡して、ジョースターさんを浴室に案内する。仗助は若いので少々我慢してもらった。
預かっていてくれ、と手渡されたのはお化粧を施された赤ちゃんであった。
これでほとんどの事情は想像ができるというものである。
だが詳しい事情を聞くならば、2名揃っていた方が良い。
ジョースターさんには勝手に父の服を貸した。少しばかり小さい気もするが、ギリギリ許容範囲というところだろう。
おおよそ私の記憶通りの出来事を2人から聞き、私は頷いた。
「透明な赤ちゃんか。ジョースターさんに懐いたというのなら見る目がある。あるいはジョースターさんに女たらしの才能が」
「コラッ、冗談の種類とタイミングを考えるんじゃ!」
「すまん」
うっかり口が滑った。これはしっかり反省しなければならない。
大人しく謝罪の言葉だけを口にする。
「しかしおしろいは良くないな。赤ちゃんの肌は繊細だから、可視化のために塗るのならベビーパウダーのほうが良いんじゃないか……よしよし、いいこだね。少し我慢できるかな?」
赤ん坊の柔らかい皮膚を傷つけないよう、慎重に、ゆっくり化粧を落としていく。
化粧落としをつけた手で、あるいは濡れた柔らかい布で、何度も皮膚を撫で続けるうちに、赤ん坊は本来の姿を取り戻しつつあった。
その本来の姿とは、透明なそれではなく、まさしく普通の赤ん坊という意味である。
「か……顔が見えるぞ!」
「おお、やっぱり美人さんじゃ!」
赤ん坊は等しくかわいらしいものだが、赤ん坊の時点でも個性はある。
彼女は将来が楽しみになるほど、間違いなく美人を約束された顔立ちをしていた。
「スタンド能力が暴走するのは、自分の身が危険だと感じるからだ。透明になるのは、自分を傷つけるすべてのものから身を隠すためと考えれば自然なこと。君はシャイな女の子だね、私と同じだ」
少し濡れてしまった生え際をぬぐいながら、きゃらきゃらと笑う赤ん坊に微笑んだ。
「好きなだけ透明になってもいいさ。どれだけ透明になろうが、私はスタンド能力で君がどこにいるかがわかるし、イギーだって鼻でわかるし、アヴドゥルだって生体探知でわかるだろう。だがその誰もが、君を傷つけようとは思わない。もう見失うことはない。君はここにいる。安心して生きなさい」
透明になるのは彼女の個性だ。
この調子ならば、物心つく頃には十分、彼女の意思で透明化を調整できるだろう。
「で、この子はどこで育てるんだ?」
私の腕が完全に痺れる前にジョースターさんに赤子を返しながら聞いた。
赤子というのは見た目より重いのだ、小さくても人間だからな。
あらゆるスタンドに共通のことだが、スタンドは使い方を誤れば凶悪な犯罪者を生み出すことになる。
透明など、ちょっと考えただけでも危ないことに使い放題だ。
シンプルな能力であるほど強い、という定説に十分当てはまる。
今はまだ己とその周囲しか透明にできないが、将来的には何を
しっかりとした倫理観を持ってもらうには、その養育過程が大事だ。
愛を十分に受けて育てば、私が危惧するような事態にはならないはずだ。
赤ん坊の時点で捨てられたことなど、長い人生を思えば大したイベントでもないだろう。
「うむ。わしの養子にしようかと思っておる」
「なら私の……何になるんだ? 姪か?」
「えーっとォ……」
ジョースターさんと一緒に頭を悩ませる。
義理のお兄ちゃんの養子で女の子だから……えーっとォ……。
まあいい。なんにせよ、ジョースター家のホームパーティには気軽に呼ばれない立場だろう。
不倫相手の親族だし、私は虚弱だ。
「ちゃんとホリィさんにも話を通しなよ。彼女にとっては妹になるわけだ。承太郎を育てた彼女なら問題なく預けられるだろうが……ああいや、そんなことよりあなたの奥方に話を通す方が難関だな、ジョースターさん」
「……頼む! 説明するときついてきてくれんか、素子!?」
「アメリカに渡るだけの体力が私にはないぞ。スージーQさんを連れてくるのなら構わないが、まず説明もしないでこっちに連れてくるのは、いささか誠意が足りていないと言えるのではないかな」
「ぐわあーっ、どうすりゃいいんじゃーっ!」
「こういうとき、あなたがもうちょっと耄碌していれば、ボケ老人のフリでなんとかなったかもしれないのにね」
ジョースターさんは耳こそ遠くなり、たまにぎっくり腰にもなるが、頭はまだハッキリしている。ボケたふりは厳しいだろう。
「耄碌してなかった頃のヤンチャが招いた結果だろ」
「言葉が鋭すぎる……!」
おっと失礼。つい真実が口から。
失った信頼を取り戻すのは不可能に近い。
私はジョースターさんの肩を優しく撫でた。
「よしよし。スージーQさんやホリィさん、承太郎や仗助、家族全員から見放されたら私がジョースターさんの面倒を見てあげよう。私の身体の脆さを考えると、要介護が要介護の面倒をみる老々介護じみた体制になるが……」
「厳しいんだかやさしいんだかどっちじゃ!? まず見放されんようにしてくれェ~!」
十分優しいだろう。
縋ってくるジョースターさんに対し、私はもうしばし言葉を尽くした。
「悪いがジョースターさん。私は他人の体は操れても、他人の心は操れない。いくら友人や家族であっても、好き嫌いを押し付けることはできないな。それは自由意志だ」
「それはそうなんじゃが……」
「だから自由意志をもって、
「も……素子ォーッ!」
ジョースターさんは感極まった声をあげた。
今ジョースターさんが過去の過ちによって苦しめられているというのなら、私がジョースターさんを助けようと思うのも彼の過去の行いによってのことだ。
スピードワゴン財団の職員には私と同じ気持ちの者も多いだろう。
もう一歩踏み込んで信仰心に近いそれを持っている者もいるわけなんだが……。
「ねーちゃんにこんなジジイの介護押し付けられるわけねーだろって……」
傍から聞いていた仗助が小声で言った。
「む。そうか。これは間接的に、仗助にジョースターさんを見捨てないでくれという要請になってしまうのか? そうなるとしたらジョースターさん……すまないが……」
「オーノォーッ! 見捨てるまでが早すぎるぞ!」
申し訳ないが……。
私はジョースターさんの肩にポンと手を置いた。
「もちろんジョースターさんが皆に見限られても、私だけはあなたを好きでいるとも。見捨てはするが」
「イヤじゃーッ!!」
ジョースターさんは見捨てないでくれと私に泣きついた。
スージーQにもこうやって嘆願するのだろうか。これでいけんのかな。
しかしこうなってくると理論より感情か。
パッションで乗り切ってほしい。