「行ってきます」
いつものように散歩の支度をして、家を出ようとしたときのことである。
玄関のドアを開けると、にゅっと巨体が現れて進路をふさいだ。
「待ちな」
「うわあーっ」
開けかけた玄関の扉は反対側から掴まれ、微動だにしない。
出られるくらい扉は開いているが、この巨体を避けて外に出るのは、私には不可能であろう。
私の反応を見て、承太郎が怪訝そうに眉を上げる。
「なんだその棒読みの叫びは」
「ちょっとマジに驚いたので、表情と声量がまったく追いつかなかった。自分の巨体を認識しているか? 目の前に突然現れたらビビるぜ」
私の父、良平も大柄だが、父と共に暮らしていても、承太郎のデカさを普通だと錯覚することはない。
私は未だに父を見るたび毎日デカいなと思っている。
スピードワゴン財団に協力するようになって以降、大柄な男との交流はたびたびあった。
しかしそのどれもが私自身の体ではなかったので、今のリアルな身長差は新鮮だ。
私はそういった仕事で体を借りる際、それなりに大柄な人を選びがちだからな。
頑丈そうだし、彼らを見上げて首を痛めずに済む。
私を驚かせた謝罪はなしに、承太郎は詰問の姿勢に入った。こちらはげんなりするしかない。
「行先はどこだ」
「なんだ、私の散歩ルートに興味があるのか? ほとんどの場合、公園が休憩地点兼目的地だよ」
「ほう。俺はてっきりこれからスタンド使いを倒しに行くのかと思ったぜ」
こうなっては本格的に、ため息をつくことくらいしかやることがない。
推測というには確信を持った言い方だったので、半ば観念して彼に問う。
「なぜそう思ったのか聞いても?」
「オインゴ・ボインゴ兄弟だ」
「あいつら口軽いな。やっぱり呼ぶんじゃなかった」
「あいつらの名誉のために言っておいてやる。カマかけだぜ」
「口が軽いのは私だったか。やめろよ承太郎。心理戦をするな、こんな玄関先で。姉に見られたら気まずい」
いろんな意味で気まずい。
私の暗躍が承太郎にあっさり見抜かれたこともだし、私自身がスカウトしたはずのオインゴ・ボインゴ兄弟の口が軽く、信頼に値しないと思っていると知られたこともだ。
姉が承太郎のことをジョースターさんだと誤認する場面は目の前で見たくない。
この場に彼を長居させるのは、私にとって都合が悪いのだ。
後ろを振り返って姉がいないことを確認してから、承太郎に言った。
「で、一緒に来たいのか?」
「言ったはずだぜ。俺のいないところで死ぬなとな」
「ふふ。まだ有効だったか、それは」
「勝手に有効期限を決めるんじゃあねえ」
ということは、私か彼が死ぬまで有効なのかこれは。
もし私の体が病で危篤に陥ったら、急いで報告しに行かないといけないわけだ。
研究の関係で長期の航海に出ることも多い承太郎だから、
玄関先でこれほど足止めをくらうとは思っていなかったので、家を出る前から疲れてしまった。
軽く壁にもたれかかり、振り返らないままに背後に声をかける。
「仗助も来るかい」
「あぶねえことしようとしてんだったらよぉ、ねーちゃんは家に居なよ」
姉がいないか確認したとき、仗助がこちらを覗き込んでいたので、この会話が聞かれていることはわかっていた。
やれやれ、このままでは原作通りの展開になってしまう。それでもいいのかもしれないが。
しかし承太郎も仗助も引き下がらないだろう。
「んー……まあそうだな。それじゃあ現地集合にしよう。私は先に行って待ってるから」
「そういうことじゃあねえんだけどさあ……」
もの言いたげな仗助を無視し、目的地を告げ、私はノブを手放して廊下を戻った。
こうして2人にバレている以上、自分の体、本体を持っていくのは咎められるだろう。
妥協点がこれである。異論は許さない。自室に戻る途中、キッチンの姉に声を掛けられる。
「あら素子、散歩はやめたの?」
「ああ。教えてもらったんだが、付近にナンパ師が出没しているらしい。誰かが撃退してくれるまで散歩はやめるよ」
「なんですって? 私が会ったらコテンパンにしてやるわよ」
「はっはっは。ほどほどにしてやってくれ」
自室のベッドに横たわり、目を閉じる。
いつものようにスタンドを使用して、高速で他人の体を渡り歩き、目的地へと向かった。
私はこの街の中で、何度もスタンドを使用してきている。回数や頻度でいえば最多だろう。
だからこの街の人のうち、乗っ取れる人々に関しては、ほとんど全員を把握している。
そして把握している人に関しては、全員体を乗っ取ったことがある。
おおよその行動範囲を把握して、こういった高速移動に利用するためである。
杜王町は私の巣だ。蜘蛛が糸を張り巡らせるように、場を整えるのは当然のことである。
「待っていたよ。そして仗助に来てもらって結果的に良かったな。まだ生きてる被害者がいる」
目的地で待つこと数十分。
承太郎と仗助はタクシーでやってきた。
私は一軒家の塀にもたれかかり、その家の鍵で手遊びしながら彼らを迎えた。
「この家の中に被害者がいてね。事件からさほど時間は経っていないから、加害者の方も近くにいるはずだ」
鍵を開け、玄関から堂々と侵入する。
私はこの家に住む女の子の体だから罪には問われないだろうが、承太郎と仗助はどうだろうか。
この子が自主的に招いたという図式だからなんとでもなるか。
2人を連れ、キッチンに向かう。
それなりに大きな冷蔵庫の扉を開けると、中には2人の人間が一度溶かされ、ぐちゃぐちゃになってからもう一度固められたようなものが入っていた。
私が今乗っ取っているこの子の両親である。この子は塾に行っていたために被害を免れた。
「こ、これでまだ生きてんのかよ!?」
「ああ、私も乗っ取れたし」
「ゲエエ~ッ!」
その「ゲエエ~ッ!」は私に言ってんのかな。そうかもしれない。
甥っ子とスタンド事件を対処すると調子が狂うな。だから嫌だったんだ。
承太郎は空気を読んで、自宅以外の場所で私に声をかけるべきだった。
「犯人は猟奇殺人鬼かなんかか?」
「当たったものを融かす毒針を発射する、砲台型のスタンド使いだ。使用者はドブネズミ」
「ネズミィ!?」
「ふふ。スタンド使いは猿だと言ったときのポルナレフを思い出すリアクションだ」
昔を懐かしんで笑ってしまったが、そうのんびりしていられる状況ではない。
「あらゆる倫理が通用しないという点で人間より恐ろしい敵だよ。絶対に生かしてはおけない。なにしろまったく同じスタンド使いのドブネズミは、2匹存在するからだ」
「矢で射られれば、すべてのドブネズミがそうなるかもしれないということか。あるいは繁殖でも」
私は頷き、承太郎の考えを肯定した。
相変わらず理解力に優れた男である。
スタンドには明らかに血統が存在する。
スタンド使いが存在する家系では、スタンド使いが産まれやすい。
もしもすべてのドブネズミが矢で射らればスタンドを発現するというのなら――スタンド使いになったドブネズミの子はどうだろうか。
これを放置すれば、いずれ地球がネズミのものになる未来があるかもしれない。
「その通りだ。今後再び矢が盗まれ悪用されたときのことを考えると、この件はスピードワゴン財団に報告したくなくてね。だから私がこっそり片付けようとして、承太郎には報告しなかったんだ」
「言い訳には弱いぜ」
「厳しいなあ」
しかし承太郎の意見は正しい。
スピードワゴン財団には報告していないが、最も信頼のおける同僚には既に協力を要請している。
だから、これは言い訳に過ぎないのだった。
承太郎にはすっかり見抜かれてしまった。やれやれである。