攻略会議があったその日の夜、俺はキリトやアスナと散々飲み明かし(当然俺は中学生なので酒ななんて飲めやしないが)、それから自分の宿へ帰るところだった。
いくらこのSAOがリアルにできているゲームだとは言え、俺たちが生きているのが仮想世界だとは言え、それでも俺たちに人間の三大欲求は発生するものだ。
性欲についてはよくわからないが、少なくとも食欲と睡眠欲は確かに存在する。
ゲームが始まってからの一ヶ月、俺はアバターとしての自分の限界を調べるために三日ほど迷宮区にヒッキーしてレベル上げをしようと目論んだことがある。
結果から言ってみると、失敗だったわけなんですけれどもー。
朝から潜り込み、朝と昼を抜いた一日目の夜にとてつもない空腹が俺を襲い、二日目の朝には腹が減ってぶっ倒れそうだった。
そこでさしもの俺もリタイアし、あらかじめNPCショップで購入してストレージに入れておいたゲキマズな食べ物(サンドイッチに似た何かだな)を食べ何とか空腹を紛らわせた。
どうやら、リアルでは睡眠を削ってステータス上げに勤しむ俺らでも、このSAO内では規則正しい生活を要求されるらしい。
まぁそりゃそっちのほうが体にもいいのだろうけど。
風邪なんてひくことはなくても、やっぱり規則正しい生活を送るに越したことはないよなっと三日間徹夜でネトゲ廃人やってた俺が通りますよ。
あ、そうそう、一応キリトとアスナとはフレンド登録した。
まぁパーティ組んでる以上、登録してないと呼び出しとかで不便だしな。
明日は迷宮区でスイッチの練習とかをやるらしい。
「スイッチの練習とか俺涙目なんですけど……」
実際のところ俺はスイッチの練習ができるほどβ時代に友達がいたわけじゃない。
あくまでも適当にボス攻略のために組まされた野良パーティで何回かそれらしきことをやったことはあるが、俺が二連続スキルを当てて相手が面食らったところにもう片方が突っ込んでトドメをさすというのはスイッチと言えるのだろうか。どう考えても俺が尻に敷かれているだけだな。
まぁ、一層に出るモンスター自体はそこまで強いわけじゃないし、俺ソロでも充分やっていけるとは思うが、ボス戦ばかりはしょうがないしな。四十八人レイドがいくつかあって、苦労せずに倒せるレベルぐらいなもんだし。
キリトとアスナの足を引っ張らないよう頑張らないとね。
とりあえず明日の朝八時にアラームをかけ、布団を頭までかぶる。
寝てしまおう。
いつも通りにうるさいアラームによって否応なく叩き起こされ、意識の覚醒を迎える。
皮肉にも現実世界っぽく、僅かに開いたカーテンから朝の光が差し込む。
これが、ナーヴギアによって見せられている世界なんて……俺にはまだ、信じることはできない。いや、きっと何日何週間何ヶ月何年経っても、心の底から信じることなんてできないだろうな。
そもそも現実世界に信じられる人間がいないし。
……いや、余計なことは考えたらダメだな。
攻略組のプライドか、元βテスターとしての意地かどうかはしらないが――とにかく、死ぬわけにはいかないんだ。
俺が皆と協力して、この世界からいつかは脱出できると思わせなければ……。
とりあえず、耐久値にもそろそろガタがきている部屋着から、くたびれた白いボロボロのロングコートに着替える。迷宮区に潜った時にモンスターからドロップしたもので、それなりの防御力があり敏捷性に補正があることから俺はこの《ホワイトコート》を愛用している。
速さを重視している以上、極力重くならないような装備でいきたいし、な。
《メインメニュー・ウィンドウ》を操作して、《アニールブレード》を装備する。
次に、アイテムストレージを確認。
ポーションなど、回復アイテムがしっかりと補充されていることを確認してから部屋を出る。
NPCの女の子が作ってくれた朝食を食べ、一旦ソロで草原に出て単発ソードスキルの練習。まだアニールブレードのずっしりとした感覚に慣れないところがあるからな。
キリトやアスナとの待ち合わせは十時からだから、軽く素材集めでもして金稼ぎといきますかね。
左手に持ったバックラーで、《フレンジー・ボア》の突進をいなす。
運が良いのか当たり所が良かったのか、HPは減らない。
奴が突進をいなされ体勢を崩しているところに――ッッッ――!
「――せァァッ!」
がら空きになった《フレンジー・ボア》の腹に、踏み込みながら単発の基本ソードスキル《スラント》を叩き込む。
基本技ゆえに威力もなく射程も短いとデメリットが多いが、しかし俺のようなソロプレイヤーからしてみれば、技後硬直がとても短いというそれを補って余りあるメリットも持ち合わせている。
つまり、基本のソードスキルを通常攻撃の合間に挟み、回避を組み込み一つのコンボとすることで、事実上ほぼ途切れなしに攻撃をし続けることができるということになる。
とりあえず、一度バックジャンプで大きく距離を取り、息を吐いて体を落ち着ける。
「……よし、決めるっ」
剣を握り直し、《フレンジー・ボア》に向かって走り勢いをつけ、そのままの体勢で――《レイジスパイク》。
片手剣の短い射程を補う突進技であり、片手剣スキルの熟練度がもう少し上がれば覚えるソードスキル《ソニックリープ》と違って前にしか突進できないが、しかしそれでも序盤では咄嗟の攻撃を相殺できたりするので俺はβテスト時代も愛用していたソードスキルだ。
突進の予備動作に入っていた《フレンジー・ボア》のHPを完全に削り取る。
よし、こんなもんか……。
っと、《ソニックリープ》習得したな。早速mobが湧き次第使ってみねぇと。
「レイト!」
後方から俺を呼ぶ声。
振り向いてみると、
「よう、やってるな」
ダークグレーのコートを羽織ったキリトだった。
俺と似た出で立ちに、思わず苦笑する。
「お前は俺のソックリさんかよ」
キリトも同じことを思っていたのかしかめっ面になる。
「そうかもな」
「ところで、どうしてここに? 待ち合わせは迷宮区入口だろ」
「いや、まだ時間があるし、ちょっと体動かしとこうと思ってな」
年に似合わない――いや、俺も正確な年齢までは知らないし聞くつもりもないんだが――シニカルな
笑みを浮かべ、背中の《アニールブレード》を抜き放つキリト。
「とは言っても、ここにはモンスターはもう出ないぜ」
俺があらかた狩り尽くしたからな。
「そうだなー……どうするか」
さすがにそれは予想していなかったのか、弱ったぞと呟くキリト。
いや、そうだな、キリトの実力を見るいい機会でもある。それに、パーティを組むわけだし……これは、《デュエル》してみてもいいのかもな。
「なぁ」
「どうした?」
「キリト、《デュエル》……やろうぜ?」
俺がこの一言を放った瞬間、それまでキリトが浮かべていたシニカルな笑みが崩れ、次に浮かべたのは嗜虐的な戦いを好むバトルジャンキーのような目。
「あぁ、そうだな……お互い、パーティを組む相棒なわけだし」
「やりますか」
俺からキリトに《デュエル》の申請をする。
「《初撃決着》でいいな?」
「あぁ、構わない」
キリトが《初撃決着》を選択し、俺も元々それを希望するつもりではあったので受け入れる。《デュエル》の対戦方式を決めるのは申し込まれた側だが、さすがに《全損》を選ばせるわけには行かないんでな。
キリトが《初撃決着》を選択した、その途端。
頭上に《キリトVSレイト》のウィンドウが出現する。
そして、お互いに六十秒の猶予期間が与えられる。
俺もキリトも、どちらともなく武器を構える。
俺は剣を下段に構え、左手のバックラーをキリトの全身が見える程度に緩めに構える。
キリトも同じく剣を下段に構えているが、これがそのまま下段から斬り上げてくるとは考えづらい。フェイクだろう。片手剣に限って言うなら、現段階のスキルで下段から発生するソードスキルはほぼないに等しい。あるとすれば、右利きの俺が左肩から右下に向けて斬るか左下から右上に向けて斬るが選べるスキル《スラント》ぐらいのものか。二方向どちらからでも発生させられることは強みではあるが、下から繰り出すほうは腕の向きとは合っていないので少々スピードが落ちる。
ならば、俺が選択するソードスキルは――。
既にシステムが放つ音声など俺に聞こえてはいない。
この集中力が、システムによってもたらされているのかそれとも俺自身の力なのか知ったことではないが――しかしそれでも、俺は今キリトとの戦いに期待していることは否定できないだろう。
残り時間は五、
四、
三、
二、
一――
二人の間に紫の火花が散り、【DUEL】の文字が現れて消える。
やはり予想通りと言うべきか、キリトが選択していたのは片手剣の突進スキル《ソニックリープ》。当たるかどうかの保証はなかったが、やはり俺の勘は正しかったらしい。
「おぉぉっ!」
そして、キリトの気勢と実力が合わさり加速した《ソニックリープ》を砕くべく俺が選択したソードスキルは――
「――《バーチカル》!」
片手剣の基本ソードスキル、《バーチカル》。
緑色の鮮やかなライトエフェクトをまとい、突進してくるキリトの剣が俺に向かって振り落とされる、ソードスキルが最も威力が高まるその瞬間に――
《バーチカル》を、タイミングを狙ってキリトの剣の根元に向かってぶち当てる。
これにより、【俺の筋力+アニールブレードの攻撃力+《バーチカル》】-【キリトの筋力+アニールブレードの攻撃力+《ソニックリープ》】というシステム的な計算が発生する。
だがしかし、その答えを俺は既に知っている。
すなわち、答えは0。引き分け。
俺の剣とキリトの剣が交錯し、それらしき火花を上げて両者の剣が弾かれる。
そして、俺たち二人ともに初撃決着させられるだけのダメージが入ってデュエルは引き分けになり終了。
これが俺の狙っていた結末。
正直なところ、キリトの剣術には敵わないだろうと既に頭が理解している。
ソードスキルがバックラーでいなしきれないのなら、剣で無理矢理ソードスキルを封じ込めるまで。
これが、俺がβテスト死ぬほど特訓して編み出した剣技だ。
名前はまだない。ドヤッ。
「……ってて、やるな」
アニールブレードで左右に切り払い、そして鞘に収めながら キリトが語る。
「サンキュー。お前もやるな」
俺が差し出した右拳に、キリトが右拳をぶつけて笑い合う。
……友達って、いいもんなんだな。
何だかんだ話してみると、キリトは面白い奴だった。
βテストで積んだ様々な経験を生かした《システム外スキル》を考えていることや、俺が既に思いついていた《システム外スキル》について討議を交わすなど、朝から非常に密度の濃い一日になった。
迷宮区への道中、キリトと話しながら、《メインメニュー・ウィンドウ》を開く。
「……あ。キリト」
「どうしたんだ、レイト? ……あ」
あまりにも俺たちの議論が熱くなりすぎて、約束のことを忘れていた。
ウィンドウを可視モードにしてキリトに見せる。
現在時刻、アインクラッド標準時で十時十一分。
二分前に届いた新着メッセージが一件、送り主は【Asuna】。
迷宮区への待ち合わせは、十時。
結論。
俺たちオワタ。
「はっ走れキリト! 走らないなら置いてくぞ!」
「おい待て、俺だけを犠牲にするな!」
二人とも敏捷性に寄っているステータスをフルに使い全力ダッシュして五分で迷宮区の入口ににたどり着き、入口で散々アスナ様の説教を喰らいましたとさ。