だから俺が消えようとも、俺の中の大事なものまでは消させないために――お前を殺す。
コボルド王――《イルファング・ザ・コボルドロード》とその衛兵《ルインコボルド・センチネル》対俺たちレイドメンバーの戦いは、結論から言えばかなり良い状態で進んでいると言えよう。
ディアベル率いるC隊、その他D、E、F隊がメインになってコボルド王のHPゲージを効率的に削っていった結果、既に残り一本近く――、いやもう残り一本に差し掛かったところだった。
そしてそう、俺たちのパーティのメンバーもまたかなりの実力を持っている。
キリトのゲームセンスには目を見張るものがあるし――まぁきっと、SAOをプレイする前から様々なゲームをプレイして培ってきたものがあるのだろう――アスナの剣速には俺ですら到底及ばない。細剣の基本ソードスキル《リニアー》を体でブーストさせて放っているのだろうが、敏捷よりの俺のステータスをもってしてもアスナと同等レベルの加速はできないというのが正直なところだ。
(さて、ここからだな)
気を引き締めなおす。
そういえばまだ話していなかったように思うのだけれど、この《センチネル》は、一応レアモンスター扱いになっている(この場所でしか現れないからな)ので、割と多い経験値とコルを落としてくれる。コルはレイドメンバーで自動分配されてしまうシステムになっているが、経験値は俺とキリト、アスナに入るようになっているし、ドロップアイテムについてはファーストアタックをとったプレイヤーに確率ボーナスが与えられる。
実際のところキバオウたちは自分たちで全部倒して手柄を横取りしたいんだうがそんなことはさせない。
キリトは何やらキバオウから因縁をふっかけられているようなので、俺はこの間に先ほどの少女――ユウラ、といったか――ともう一度話をしてみたくなり、少女を見つけるべく周りを見回……すまでもなく、目と鼻の先にいた。センチネルとの戦闘はどうやら一段落ついているらしく、肩で息をしながらポーションをがぶ飲みしているようだった。SAOのポーションってまずいんだけどなぁ。
一応気を引き締めたままに、声をかけてみる。
「ユウラ、さん」
一瞬さん付けしたほうがいいのかと悩み、まぁ失礼に値するなという考えからさん付けするに至ったのだが。
「あ、どうも、お疲れ様です。何か用が?」
暖かい微笑みを浮かべながら挨拶を返してくれる彼女は、天使とでも言ったほうがいいのだろうか。
そう思わせるほどに優しげな雰囲気を放っていた。
「あ、いや、そういうんじゃなくて……何というか、こう、ちゃんと戦えてるかなって思ってさ。
失礼な言い方かもしれないけど」
「あはは……いえ、その考えももっともだと思います。でも、今のところ大丈夫です。……先ほどは本当にありがとうございました」
「気にするなよ、さすがにこのデスゲーム内では困ったらお互い様だし」
「優しいんですね」
「まぁ、何だろうな、そうしなきゃっていう使命感に駆られてるだけなのかもしれないし。偽善者って言ったほうが早いのかも」
そうやってすぐに自虐に走り、相手に自分の存在を認めてもらおうとするのは俺の悪い癖だと知っている。
だがしかし、息をするように自虐をしてしまうのだ。しょうがなかろう。つーかこの癖は俺が悪いんじゃなくてあのクソ親どもが悪い……ということにしておこう。
「いいえ、例え偽善者だとしても、誰かのために行動を起こせることが大事だと思います」
「あはは、そう? そう言ってもらえると嬉しいね。
――それとさ、敬語はやめてくれ。どうせ同世代だろうし、気遣いなしでいこうぜ」
「はい、わかりま……ううん、わかった。よろしくね、レイトくん」
「よろしく、ユウラ」
二人して微笑み合う。
たかがネットゲームの中、されどネットゲームの中。ここで芽生えた友情はなくならないと信じたい。
俺とユウラの手が同時に伸び、握手しようとしていた、その瞬間にコボルド王の咆哮。いや、慟哭。
そうだ――まだこいつを殺したわけじゃない。センチネルは何度でも蘇り続ける。ったく、さっさとこいつに止めを刺してくれよ、ディアベルさんよ。
俺は息を思いっ切り吐き出す。
不安と優しさをそれに乗せて、捨てる。
「キリト、アスナ、いくぜ……ん、どうしたキリト」
放心状態とでも言えばいいのだろうか。
「いや……。――まずは、敵を倒そう」
俺が声をかけた途端に、表情を引き締めた。
「あぁ」
「…………ええ」
一言だけで返事して、俺とキリト、アスナは向かってくるセンチネルに剣を向けるのだが――
「ぅ、あ……?」
メイン戦場のほうに、《何か》を感じた。
直感? 虫の知らせ? 錯覚? とにかく何でもいい、すぐにメイン戦場のほうを見なければならないという衝動に駆られて、一瞬だけ俺は視線をセンチネルから逸らしメイン戦場へと向ける。
ちょうど、コボルド王のHPゲージが残り一本になっていて、見ると右手に握った骨斧と左手に持った盾を投げ捨てたところだった。
そして、右手を腰の後ろへと持っていき、ぼろ布が巻かれた柄をがしっと握り、そして凶悪に
β時代、それこそ脳裏に焼き付くほどに見慣れた攻撃パターン変更モーション。
武器を変更したコボルド王は、ここから死ぬまでずっと曲刀カテゴリのソードスキルだけを使ってくる――がしかし、対処だけなら今までよりもやりやすい。使ってくるソードスキルが、直線長距離のものばかりだからだ。
うまく立ち回れば、レイドの平均HPを残り八割程度に保ちながら撃破することも可能だろう。
ボスに貼り付いても大丈夫だしな。
それにしてもあのタルワール、随分と細いな……β時代には、もう少し無骨と表現してもいいレベルのごっつい武器だったと記憶しているんだが。
――細い?
違う、普通ならタルワールはあそこまで細いわけがない。
そんなわけがない。
片手剣カテゴリに分類されていて、あそこまでの細さを持つものはレイピアと片手剣(武器によって刀身に差はある)、そしてもう一つは……ッッッ!?
まさか!?
「――来るよ!」
しかし、俺の思考の渦はひとまずそこでアスナの声によって断ち切られる。
まぁ、まずはこいつを倒すことからだな。
キリトが《センチネル》の振り下ろしてくるハルバードを《スラント》で跳ね上げ、アスナがそこにすかさず急所めがけて流星の如き《リニアー》を打ち込む。
やや遅れながら、のけぞった衛兵の首に俺の《ホリゾンタル》がヒット。僅かに削りそこねたHPゲージについては、アスナがちょこんと首元をついて削り切る。
落ち着いた俺は、今一度戦場全てを見回す。
そこで俺は、一つおかしなことに気づいた。思わずそれに視線を固定する。
――そこには、いくら攻略本を事前に読んでいるとは言えあまりに的確すぎる指示を出すディアベルの姿があった。いくらあの攻略本に様々なことが記載されているとは言っても、しかしそれにしては頭が回りすぎている。そう、
その瞬間、全身に何かが駆け抜けたかのような衝撃が走る。
そして脳裏に浮かぶは先ほどの思考の続き。そう、あれはタルワールと呼ぶにはあまりにも細すぎるんだ。あの形状、俺のβテスト時代の記憶を照らし合わせてそれに該当するものは、野太刀。
想定される最悪の自体のことを考えると声が出なくなりそうになるが、それでも恐怖などないと信じ込んで叫ぶ。
「いくな、ディアベル! いくな、いくな、そのままじゃ死ぬぞ――――ッッッ!」
俺の横のキリトも同じタイミングで絶叫した――がしかし、俺の声はコボルド王が始動させたソードスキルのサウンドエフェクトによってかき消されてしまう。
俺が毒づく前に、コボルド王は既に真紅のライトエフェクトを纏った野太刀をディアベルたちに叩きつけ――
「あ……あぁ、あ……ああ……」
もう何が起こったか、俺は考えるのもやめてしまった。
何となく覚えている事実だけを抜き出してみるのならば、キリトがディアベルの元へ駆け寄るが結局ディアベルは死んでしまったというところ。
レイドはリーダーの死去によって大混乱に陥るが、俺はそれすらも意識していなかった。
「あぁ……」
ディアベルが死んだ。そう、俺の目の前で、一人の人間の命が失われてしまった。
「あぁ……」
せっかく第一層攻略の勝機を掴みかけていたのに、取り逃してしまった。
「あぁ……」
このままでは、他にも多数の死人が出るかもしれない――いや、現状レイドは壊滅の危機にさらされているんだ。
「あ゛ぁ……」
だったら俺に今、出来ることは何だ? 決まっているだろう。いや、俺はこの世界にログインしたその瞬間から、こうなると決まっていたのかもしれないな。
「あ゛ぁ゛……っ」
コボルド王もセンチネルも、俺が殺るしかないだろ。
「あ゛ぁ゛……っ!」
決心してからの行動は、まるで何かに突き動かされているかのように速かった。
ありったけの力を込め、全力でコボルド王へ向かって走る。
システム的な限界にぶち当たろうとも、それすら打ち砕くつもりで走った。
刀の三連擊ソードスキル《緋扇》が飛んでくるが、しかしワンテンポ僕よりも遅い。
「クスクス……思ってたよりも遅いんだね」
上、下から凄まじい速さで飛んでくる刃を左右へのステップで躱し、一拍おいて放たれる突きは左手のバックラーでギリギリいなす。一歩間違えれば死ぬ躱し方だが、しかし今僕は絶対に死なないという根拠のない自信があった。
「せあぁ……ぁぁっ!」
全身全霊でソードスキルにブーストをかけて踏み込みざまに放つ《スラント》。
やはり筋力に振っていない僕の攻撃では全然削れやしないな。
「キリト、アスナ!」
振り向かずに叫ぶ。
あの二人なら。
「――わかってるッ!」
キリトの咆哮とともに、アスナが俺の目の前に飛び込みながら《リニアー》をコボルド王の足に叩き込む。
「頼もしいね……ありがとう、二人とも」
口の中で呟いて、僕も今一度気を引き締め直す。
「キリト、アスナ! 僕がヘイトを稼いでタゲを取り続けるからっ……あとは任せた」
コクッ、と頷き返してくれたのがわかった。そう、言葉なんていらない、言葉がなくても繋がっているような一体感を僕は今まさに味わっていた。
まずは迫り来る野太刀に、ブーストをかけた《バーチカル》をぶち当てる。
「ッ!?」
僕の体ごと弾き飛ばされてしまう。
このままじゃ、僕が追撃をくらってしまう。死ぬ、のか……?
「大丈夫、わたしたちがついてるよ!」
澄み渡った声とともに、大きく吹き飛ぶはずの僕の背中を支えてくれたのは――見目麗しき美少女、ユウラだった。
「君がポーション飲み終えるまで、わたしたちが支える。だから、絶対に死なないで……!」
そう言われちゃ、死ぬに死ねないじゃないか。
「わかったよ……そうだ、二層に上がったら、いい宿屋を紹介してあげるよ……っ!」
ポーションをがぶ飲みし、空の瓶を全力で放り投げてからHPゲージが完全に回復していないままにユウラの支えから飛び出す。
野太刀を《ソニックリープ》で跳ね上げ、そして全身に余りある気勢を全てこの愛剣に乗せて振り抜く。
「――うるあぁぁぁぁぁぁぁぁっっ!」
連擊ソードスキル、《バーチカル・アーク》。
一撃目でコボルド王の胸を深くえぐり、そしてシステムアシストによって跳ね上がった刃が肩口から飛び出す二擊目。
しかしそれでも、まだコボルド王のHPゲージは数ドット残っていた。
獰猛な笑みを浮かべるコボルド王と同時に、僕の視界には――こちらもまた、獰猛な笑みを浮かべて剣を構えるキリトがあった。
「お……おおおおおおッ!!」
気勢とともに、激戦を戦い抜き数箇所刃溢れしたかのようなデザインになった剣を思いっ切り振り抜くキリト。
一撃では終わらない。
二擊目が左肩口から飛び出し、凄まじい衝撃を走らせる。
そう、僕が先ほども放ったソードスキル。片手剣二連擊、《バーチカル・アーク》――。
コボルド王の巨体が、力を失い後ろへよろめく。
狼とでも形容すればいいのだろうか、とにかく狼のような顔を天井へと向けて、細くそして高く雄叫びを上げる。
それは命を失う寸前の獣のように。
それはディアベルの死によって敗北を悟った俺たちのように。
それはSAO始まりの日に始まりの街で巻き起こった悲鳴のように。
その咆哮が止み、そして体にビシッという音とともに無数のヒビが入る。
腕に力強く握っていた野太刀が、不意に床に落ちる。カラン。
そしてその直後に、アインクラッド第一層フロアボス《イルファング・ザ・コボルドロード》はポリゴン片へと爆発四散して跡形もなく消え去った。
そう、今ここに、第一層はクリアされた。
思わず息を吐きだす
文章に少し納得がいっていないので、修正が入る可能性大です。
更新が遅れてしまい申し訳ありません。