ソードアート・オンライン 白と黒の剣士   作:紅薔薇

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受験前最後の更新になります。

遅れてしまって申し訳ありません。


第五話 「星なき夜のアリア(3)」

 コボルド王の消滅が合図だったのだろう――後方に残っていたセンチネルたちも、儚くポリゴン片へと姿を変えて消え去った。

 そう、俺たちは勝利したのだ。

 勝利したにも関わらず、俺は右手の剣と左手の盾を構えたまま完全に安心しきることをしていなかった。

 思わずあたりを見回し、もう一度あの獣人が蘇ってくるのを恐るかのように剣を構える。

 そんなことはない――ないはずなのに、俺の心はざわめきを隠せていなかったのだ。

 これで本当に終わりか? これから、まさかセンチネルが大量に沸いてくるとか、縁起でもないが文字通りの初見殺しがあるのではないか?

 という、とめどない俺の思考にピリオドを打ったのは、ユウラの雪のように白く、そして細い腕だった。

 俺の右腕の剣を下ろさせ、そして、呟く。

「……終わったんだよ、レイトくん」

「あ、あぁ……」

 呆然。

 とでも表せば良いのだろうか、とにかくどこかに恐怖を抱えたまま腑に落ちない感じではあるが、俺は右手に握り締めたままの愛剣を背中の鞘に仕舞う。

 ユウラの整った顔立ち、そう、言うなれば美しさと可愛らしさがちょうど良く同居したかのような顔立ちをただただ見つめたままに、俺は全身の力が少しづつ抜けていくのを感じた。

 肩まで伸びる、黒髪のショートカット。

 しなやかに伸びた、白く細い手足。

 全体的に少しだけ高めの身長。

 それが、改めて確認したユウラの容姿だった。 

 こんな美しい人間がこの世にはいるのか、例えどんなゲームのどんなアバターでもユウラには敵いっこない……そう思わせるほどに完成された容姿を持っていた。

「レイトくん、第一層攻略、お疲れ様」

 その一言で、そう、その一言で俺は確信した。

 現状として八千人のプレイヤーを閉じ込めているこの百の層を持つ城、その第一層を守る障害が今消えたのだ、と。

 そして、俺がそう認識するのを待っていたかのように、改めてウィンドウが出現する。倒したあと、放置しっぱなしだったからね。

 獲得経験値とか、獲得したコルとか、そしてドロップアイテムとか……そういう、同じものを見たその場の全員が、俺と同じように、表情を取り戻す。疲労と恐怖に染まった表情から、抑えきれないほどの歓喜の表情へ。

 一瞬の溜めのあと、凄まじい歓声がこの広場で弾けた。

 様々なアクションで喜びを表しているプレイヤーたちの間、床から立ち上がりこちらに近づいてくる影が一つ。

 エギルだった。

 俺はあまり面識はないが、戦闘中キリトとアスナのサポートをしてくれていたようだ。俺は主にユウラの隊にサポートされていたから、あまりわからなかったが。

 キリトと何やら言葉を交わしてから、彼は右の拳を差し出していた。キリトは照れくさそうに、せめて拳だけでも合わせておこうといった感じなのだろうか。やや戸惑いながらも拳を差し出していた。

 そして、キリトとエギルの拳がぶつかる、その瞬間。

「――――なんでだよ!!」

 泣き叫んでいる、と形容すればわかるだろうか。

 怒りに任せたのだろう、少し裏返っているその叫びが、広場の歓声を一瞬で静まり返らせた。

「――――なんで、ディアベルさんを見殺しにしたんだよ!!」

 その叫びの発生元のプレイヤーは、今は亡きディアベルが率いていたC隊のシミター使いだった。

 なんで、か。

 もしその問いに対して、俺に回答権があるとするのならば、俺は少々辛辣にモノを言わずにはいられない。LAボーナスを狙い、単身突撃していった結果、彼は死んでしまったのだと。

 そして、LAボーナスの存在を知っている以上、ディアベルもまたβテスターなのだと。

 だがしかしそれを伝えてはならないだろう。

 ディアベルは己の信念を貫き、そう、貫き通して製品版からのプレイヤーを引っ張ってきた。その心を無碍に扱うなど、人でなしでなくて何だというのか。

 俺がそんなことをうすらぼんやりと考えていると、先ほどのプレイヤーが今度は「お前らはボスの使う技を知っていただろ、それをなぜディアベルに伝えなかった」という旨の叫びを放った。

 どうやら、キリトも対応に困っているようだった。

 そしてその声に便乗するかのように、今度は他のレイドメンバーがざわつき始める。確かにまぁ、刀スキルは、いくらβテスターと言えども、βテストが終わる前の一番上の層の、それも一番奥でポップする刀スキルを使うmobを散々相手取っていなきゃわからないだろうからな。キリトも刀スキルを見極めることができていたということは、きっとキリトもあそこで詰んで刀のソードスキルの初動モーションを全て覚えようとしたクチだろう。まぁそれもしょうがない。刀のソードスキルはまさに文字通りの初見殺しと言っても差し支えないからな。

 確かにこの叫びに、俺やキリトの他にもいるであろうβテスターは反論する権利を持たない。

 今まで情報を隠し、効率のいい経験値の稼ぎ場を使い誰よりも早くレベルを上げて、強い武器防具のドロップ場所を独占してきた。いわば、俺たちβテスターは罪人。

 製品版からのプレイヤーからすれば憎みや妬み、とにもかくにも負の感情をぶつけたいのはやまやまだろう。

 何か、この場を収められる方法はないか……何か。

 そう考えた俺は、先ほどドロップしたアイテムを睨んでいた――そして。

 まるでそのコートは、俺がそれに目を留めるのを待っていたかのようにそこにあった。

 《コート・オブ・ピュアホワイト》。

 性能がおかしい。

 LAボーナス並みの性能。どうなっている? 

 おそらくキリトにはきちんとしたLAボーナスが入っているに違いない。製品版で追加された、何らかのボーナスが俺に適用されていて、このコートという形で俺にドロップしたのだろうか? よくわからないが、このスペック……おそらく、最上の素材を用いて強化を重ねていけば、このデスゲーム攻略の終盤までこれで持ちこたえられるかもしれない。

「オレ……オレ知ってる!! こいつは、元ベータテスターだ!! だから、ボスの攻撃パターンとか、旨いクエとか狩場とか、全部知ってるんだ!! 知ってて隠してるんだ!!」

 その声に、シミター使いのC隊の驚きの顔はなかった。

 もちろんキリトがベータテスターだとディアベルから聞いていたとかそういうことではないのだろうが、おそらくはキリトがカタナのスキルを見極めていた時点で予測していたのだろう。

 その言葉をきっかけに、さらに憎悪は膨れ上がり――ついに禁忌の言葉が、放たれた。

 あの攻略本が嘘だったんだ、と。

 アルゴが嘘を売りつけたんだ、と。

 元βテスターがタダで本当の情報を教えるわけがない、と。

――このままこの間違いが広まれば本当に手遅れになってしまう。アルゴを筆頭とした他のテスターたちに被害が広まってしまうようなことがあれば――ゲームの攻略に、大きな差支えが出るだろう。そうしていつしかそれは、ゲーム攻略における遅れ、やがては俺たちの現実の体の死に繋がっていく……それも考えられる。

 それだけは避けたい。

 でも、どうすれば。あるのはこの、《コート・オブ・ピュアホワイト》だけ。

 これだけで何ができるんだ……。

 その声に痺れを切らしたのか、アスナやエギルが声を漏らした。

「おい、お前……」

「あなたね……」

 

 と、その時。

 

 葛藤を重ねていた俺……そしてアスナ、エギルを制するようにして、キリトが手を伸ばした。

「元ベータテスター、だって? ……俺を、あんな素人連中と一緒にしないでもらいたいな」

 見るからに作っているとわかるようなふてぶてしい笑みを浮かべ、キリトはそう吐き捨てた。

 それから、彼は語った。

 βテスターの抽選倍率は凄まじいものだった。だから、当選者千人の中に何人本物のゲーマーがいたのか、と。

 ほとんどはレベリングのやり方も知らない初心者だったから、今のお前らの方がまだしもマシだ、と。

 一般プレイヤーからしてみれば、舐め腐っているような発言であることに間違いはない――しかしこれもまた、一つの正論であるとも言える。

 俺もβテスターだったからわかるのだが、実際のところSAOβ版の初日は結構なものだった。見事にゲーマーと初心者の間で壁が出来ていて、このままではSAOが剣を用いてモンスターを狩るゲームじゃなくて人を狩るゲームになってしまうのでは? と思わせるような雰囲気だったことを、今でも鮮明に思い出せる。

「レイトくん」

 額にかいた冷や汗を拭っていると、いつの間にかユウラが傍に寄ってきていた。

「ユウラか。えぇと、さっきは助けてくれてありがとう。ユウラがいなかったら、多分俺死んでたよ」

 事実であることに間違いはないし。

――今度はボス攻略が終わったこともあり、ゆっくりと改めてユウラの容姿について言葉で表せる。

 鉄の鎧の先端からすらりと伸びる雪のように白くて細い手足。愛くるしさと美しさが絶妙に重なり合った、美少女と言って当然差し支えないような顔の造形。

 今は剣と盾を握っているが、きっと現実でおしゃれをすればさぞ映える人間なんだろうなぁ、と思わされるような容姿をしている。

「そう言ってくれると、助けた甲斐があったってものだよ。いつも仲間が傍にいるとは限らないんだから、これに懲りたら無茶はしないでね」

「まぁ……善処はするよ」

 どうせ未来永劫ソロプレイヤーなのだからその心配も無用だけど。と口の中だけで呟く。

 仲間も巻き込んで死ぬくらいなら俺一人で死んでやる。

 誰かの命を背負って死ぬには、俺の背中はまだ小さすぎる。

 親を殺したいと思ったことは何度もあるが、しかしそれでも俺自身が死んでやろうと思ったことはなかった……と思う。まぁこれから先、俺がどうなっていくのかはわからないが……。

「政治家みたい」

 クスクスと笑いながら、呟く。

 それが案外俺にとってはクリティカルヒットだった。うぐ。政治家みたい、か……あんまり言われたくはないなぁ。

「まぁ、そうかもしれない……それはとにかく。現状、どうするか……」

「えっ?」

「いやほら、キリト――あぁその黒髪の女っぽいのがキリトで、亜麻色の髪の女の子がアスナって言うんだけど――とディアベル派の論争。丸く収まりそうにないからな」

「へー……アスナさんって人、すっごい美人さんだね」

「そうだな」

 ユウラさん、あなたも負けず劣らずだと思うんですけれど。

 まぁ、本人に直接言うのは恥ずかしいので黙っておくが。

 いや、それにしても、どうするべきか。

 キリトがディアベル派のプレイヤーたちから受ける罵声の中に、《ビーター》という妙な響きの単語が生まれ始めていた。《ベータ》の《チーター》で、《ビーター》。なるほど面白い言葉だ。

「……《ビーター》、いい呼び方だなそれ」

 キリトはニヤリと作り笑いを浮かべながら、広場にいる全員を見回して言った。

「そうだ、俺は《ビーター》だ。これからは、元テスター如きと一緒にしないでくれ」

 年齢相応の表情を少しだけ覗かせながら、キリトはアイテムストレージを何やらいじりだす。

 指がある程度動き、止まる。

 装備を変えているのか――キリトの体が一瞬光に包まれ、次の瞬間には……くたびれた灰色の生地から、艶やかさを持つ黒の生地へと変化した。

 そうだ。

 俺は何をしているんだ、キリトだけにこうやって重圧を背負わせて。

 バカじゃねぇのか、俺は。

 何に突き動かされたのか、俺も負けじとアイテムストレージから、先ほどの純白のコート――《コート・オブ・ピュアホワイト》を装備する。

 俺のその純白の異型に気づいたのか、ユウラが俺に声をかけようとする――が、まさしく先ほどのキリトのように、俺は手だけでそれを制した。

 いっちょやってみるか。

 キリトを真似て、見るからにふてぶてしい態度の作り笑いを顔に貼り付ける。

「おい、キリト。俺をこんなテスター如きと一緒にするなよ」

 俺たちに背を向けて歩きだそうとしていたキリトの足が止まる。

「お前らにも言っておく。俺も――この《ビーター》ことキリトと同じくらいの情報量を持ったβテスター。刀スキルなんて、そんなもん見飽きるくらいにこのゲームを遊び尽くしてる。

 つまり――俺も、《ビーター》だ」

 ディアベル派のプレイヤーの動きが少しだけ鈍る。

 今俺が背にかけている剣でこいつらの首を切り飛ばすことも、不可能ではない。そう、こいつらは恐怖のあまりに警戒すらも忘れている。それこそ最大の死因となる。

「大体、これはデスゲームだぜ? 判断を誤ったプレイヤーは死あるのみ(ゲームオーバー)。当然のことじゃねぇかよ。それとも何だ、お前らも自分から死に突っ込んでいくか? 止めやしないぜ俺は」

 キリトに負けず劣らずと言った具合で吐き捨てる。

 ディアベル派のプレイヤーの皆さんはまさに怒り有頂天と言ったところだろうが、そんなもん俺には関係ない。もし仮にプレイヤー同士が結託して俺を殺しに来たとしても、俺は死なない。死ねない理由がある。

 それまではどんな障害があろうと、前に進むことだけはやめない。

「レイト……」

 後ろでキリトが何か言っているようだったが、声が小さいのか俺にはよく聞き取れなかった。

「……」

 アスナも何か言っているようだったが、聞きたくなかった。頼むから俺の黒歴史を後世には伝えないでくれよ。

「レイトくん…………!」

 ユウラはこちらに近寄りたそうにしていたが、しかし俺の剣呑な雰囲気に恐怖を感じたのだろうか――踏み出しかけた足を、引っ込めた。そう、それでいい。

 これから先俺と君は違う道を歩んでいくだろう。

 でも、もし君が俺と同じくゲームクリアを目指すのならば、いずれ俺たちは再開することになる。その時に、俺がどうなっているのかはわからない。もしかしたらソロプレイヤーを続けているかもしれないし、どこかのギルドに入れてもらっているかもしれない。鍛冶屋をやっているかもしれない。

 そして、敵として――剣を交えることになるのかもしれない。

 もちろんそんな時は来ないと信じたいが――しかしありえないとも限らない。俺は対人戦に優れているわけではないが、その時は全力で迎え撃たなければならないだろうな。

 とにかく。

 俺とキリトは――事実上、今日付けで攻略組から脱退した。それは普遍の事実であって、もう塗り替えられない。

 正規の攻略組として俺がこのゲームをクリアしていくことはできない。

 ならば必然的にソロプレイヤーとなる。

 ソロは危険だ。

 確かに知っている攻略法を一人で思う存分に使って攻略できるのだから、効率はかなりのものだ。だが、パーティープレイでは別に何もない麻痺ですら死因足り得る。常に最高レベルで命の危険がつきまとうし、極端な話プレイヤーに襲われた場合、襲撃者を殺すことでしか生き延びられない可能性もある。

 世界は残酷だが――このゲームは、もっと残酷だ。

「ユウラ」

 振り返らないままに、俺は口調を柔らかめにして言った。

 目の前には、既にキリトが歩いて行った第二層への道が伸びるのみ。

「俺は、俺のやり方でこのゲームを進めていく。君は絶対に、ギルドやパーティーに入ってプレイするんだ。もし仮に勝てない相手がいたとしても、死ぬな。死にそうになったら逃げろ。そんで隠れろ。運が良けりゃ不意をついてぶっ殺せ」

 あくまでも独り言として呟く。

 後ろのユウラがどんな顔をしているのか、俺には到底想像もつかないが――泣き顔でないことを祈っている。

「レイトくん……二層に上がったら、良い宿屋を紹介してくれるって……言ったよね……?」

 少しずつ涙が混じっているのだろう――だけれど俺はそれでも振り向かない。

「あぁ、約束、守れなくて……ごめん」

 謝ることしか出来ない俺自身に、苛立ちを覚える。

 でも、それ以外には何も行動を起こすことなどできなかった。

 

「ううん、それでも君をずっと待ってるよ……ずっと。この世界が終わるまで、ずっと……」

 

 それは、少し重い話だ。

 だから俺は、答えを出さずに歩みを進める。

 この世界を終わらせる決意を、新たにして。

 

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