――心の中に潜むもう一人の自分との戦いの物語。
現在の最前線、七十四層で、人型の強敵《リザードマンロード》との戦いを終えた俺は、マッピングの資料を整理しながら帰途についていた。
アインクラッド第四十八層、《リンダース》。
ここが俺のホームが存在する階層になる。
最前線で戦う攻略組だから家も豪邸――なんてことは当然ない。一応《主街区》には住んでいるものの、一軒家などではなく普通のNPCの宿屋の一室を借りて生活をしている。ご飯はNPCが出してくれる料理か、美味しいところで外食。
肝心の内装はというと、これまたベッドと机、椅子、アイテムボックスぐらいしか置いていない。それ以外に特に必要性を感じていないからだ。
女性プレイヤーとは違い服もそう持っていなければ武器防具も固定されている俺には豪勢な家など必要ないと言うのが正しいか。
まぁ、基本的に俺の防具は《ピュアホワイト》一式で固定されているし、買い換えようという気がないからいいんだよ。うん。面倒くさがりなだけかもしれないが。まぁ、剣と盾については、このリンダースに住んでいるとある鍛冶屋にお願いしてかなり強化を重ねてきているが……。
「お昼……どうしようかな……っく、ふぁーぁ」
アイテムボックスにリザードマンロードの素材を突っ込み閉じる。
次いで装備の左手、俺が愛用している蒼天の盾――《グレイシアシールド》を外す。しかしここがいくら《圏内》だとはいえ、いつ何が起こるか知れたものではないので右手の片手用直剣《ホワイトレクイエム》は常に装備フィギュアから外さないようにしている。
ウィンドウを閉じて、大きな欠伸を一つして、宿屋の外に出ることにした。いや、言えば一応昼食は出してくれるのだが、さすがにお昼は量が欲しい。一応これでもリアルでは食べ盛りな年齢なんです。
「さて、どこで食べるか……」
街の中を適当に歩き回りながら、空いている飯屋を探す。
どこもそれなりに人が多いな。
「ご飯、どこにしよう……」
と、正面から俺と同じように歩いてくる女性プレイヤー。彼女も昼食をどこで食べるか悩んでいるらしい。
お互い大変ですなぁ。
と思ったところで、程よく空いている定食屋(のようなもの)が視界に入った。この際不味くてもいいから量さえ食べられればそれでいいか。
「よし、ここで」
「ここにしようかな」
声が被った。
この女性プレイヤーもここで昼食にするのか。と思いながら、ゆっくりとその女性の方へ首を向ける。
「あ゛」
「え゛」
……。
「……」
…………。
「…………」
………………。
「………………」
「ユウラじゃん」
「レイトくんだ」
そうしてなぜか、俺とユウラは一緒に昼食をとっていた。
「最近はどう? 攻略」
「安定のソロプレイ。人生もソロプレイになってるけどな。そっちは?」
「うん、まぁぼちぼちってところかな」
「血盟騎士団だったな。良かったじゃん、アスナとかいて、それに何よりあのヒースクリフが団長なんだろ? 少なくとも死ぬ可能性はかなり少ない」
「レイトくんもウチに入ったらどう?」
唐突に切り出される、勧誘。
知っている……このまま無茶を続けたらいつか絶対に死ぬことくらい。
理解している……俺一人の力などたかが知れていることくらい。
だがしかし、俺のスタイルではパーティの邪魔にしかならない。普通にパーティを組むだけならタンク役のプレイヤーは攻撃専用のスキルを磨く必要はほぼないと言っていい。俺は攻撃と防御の両立……ヒースクリフに限りなく似通ったスタイルを意識しているから、結局一人でやってしまったほうが早いのだ。
キリトのように力でゴリ押しできるわけでも、アスナのように閃光と呼ばれるほどの攻撃速度もないが、しかし耐久力だけであれば誰にも負けない。ヒースクリフを除いて、だが。
そう、ユウラが真剣に問うているのだから、俺も真剣に答えなければならない。
「……お断りさせてもらう。俺はソロプレイヤーだ。ギルドとは相容れない」
「うん――そう言うと思ってたよ」
「あぁ、悪いな。お詫びにここは払っておくから、んじゃ」
そう言って、俺が半ば無理矢理に支払いをすべく席を立とうとした時、ユウラが俺のコートの裾を掴んだ。
「まだ話があるのか?」
「待ってよ。……わたしまだ食べ終わってないし、それに、もう一つお話もあるから」
「あぁ、そうだったか。そいつは失礼した」
立とうとした席に、再び腰を下ろす。
店内は、攻略する上での殺伐とした世界から切り離されたかのように静寂を保っていた。
チラホラと客もいるが、コーヒーを飲んで仲間と迷惑にならない程度の声で喋っているとかそういうプレイヤーが大多数といったところだ。
ユウラが、艶やかな黒髪を揺らしながら問うてくる。
「レイトくん」
「ん?」
「血盟騎士団に入るのが嫌なら、わたしとパーティー組もう?
レイトくんと久し振りに攻略してみたいな」
「それも断る」
「む、何でよ」
「俺、ソロプレイヤー。つーか《ビーター》。オーケー?」
とはいえ七十四層まで来てしまえば、もはやビーターや一般プレイヤーなどの隔たりは意味をなしていない。単純にプレイヤースキルの問題だろうな。
「オーケー」
「君、血盟騎士団。んでトッププレイヤー。オーケー?」
「まぁ、そうかも」
「よし、これでわかったな」
察してください。
「わかるわけないでしょ!?」
「いやいや。だって俺だぜ?」
「だっても何もないっ。ほら、わたしとパーティー組むっ」
「…………えぇー」
正直転移結晶使ってでも逃げ出したい気分だった。
ボス攻略でもパーティーを組むことはなかった。今までの攻略で、第一層以外、ただの一度も。
一人は気楽だから。
死んでも生きても、それは俺だけで噛み締められるから。
SAO内での感情表現がかなりオーバーになっていることもあり、ユウラの表情はかなり創作物チックな雰囲気になっている。頬を赤らめて、上目遣いで、それに頬をぷくーっと膨らませて。
「……わかりました。そんなにわたしとパーティーを組みたくないのね」
怒らせてしまったか?
それならそれで非常に面倒くさいことになってしまうので早いところ謝り倒してこの場から逃げ出そう。
「いや、別にそういうわけじゃなくて、そのぅ」
「ならわたしがレイトくんより強いって証明すればいいのよね」
「ドウシテソウイウコトニナルンデスカー」
「デュエルしましょう、レイトくん」
「だが断る。……おごぉっ」
待て待て。
今この子ナイフでソードスキル発動させようとしたんですけれど。
圏内だからダメージはないってわかっていても、凄まじい殺気が放たれているんですけれども。
――あぁ、面倒くさい。
けれども、納得させるためにデュエルで勝つしかなさそうだ。
だったら、やる他ないな。
「いいぜ、受けて立つ」
デュエルは、広い広場のところで行うことにした。
俺は別に盾で防いで剣でチマチマ斬っていくチキンスタイルなので広さがどうだろうと関係ないのだが、ユウラが両手剣なので、空間が広くないと振り回しずらいだろうという配慮だ。
初撃決着モードで、俺も一応のところのガチ装備。
右手には純白の剣――ホワイトレクイエム。
左手には蒼天の盾――グレイシアシールド。
コートもきちんとピュアホワイトシリーズ一式。
何でたかが一デュエルでここまでガチにならなきゃいかんのやら。
考えれば考えるほど面倒くさくなってくるので、サクッと勝って終わらせよう。
「レイトくん、覚悟してね」
殺気を放ちながら、ユウラが赤と白両手剣――《スカーレットクロス》を正中線に構える。血盟騎士団のコートと合わせて良く似合っているその姿は、さながら俺と対を成しているかのような。
「そっちこそ」
ニヤリと余裕のある笑みで殺気を受け流し、こちらも盾を半身前に出し、剣は切っ先を地面にだらりと地につけない程度に下ろして構える。
周りにはいつの間にか野次馬が集まっていて、俺とユウラのデュエルを観戦しようとしている。まぁ別に見るくらい構わないが。攻略組でも友達がいないぼっち中のぼっちとして既に悪名高い俺の名前はSAOの中層プレイヤーでも知っているレベルだ。
既に視界のカウントは、5を切っている。
さぁ、戦いの時。
《3》、
《2》、
《1》。
「――はぁぁぁぁぁぁッ!」
ユウラがソードスキルを使わずに突進してくる。
それは正しい判断――ソードスキルは対人では読まれやすい。
だけれども
だって、そのおかげで僕がわざと一瞬
突進とともに繰り出される、勢いの乗った上段斬りを思いっ切り正面から力ずくで受け止める。
ゲーム内だというのに火花が散り、その突進がどれほどに凄まじい威力だったというのかを実感させられる。きっと防御なしで直撃していれば、この一撃でデュエルは終わっていただろう。
STR-AGIに特化している僕のステータスであれば、ほんの少々、カスリ傷程度のダメージを受けるだけで済む。
無防備になったユウラを盾で突き飛ばし、先ほど発動させていた片手剣のソードスキル《ソニックリープ》で斬りかかる――が、それをあと一歩というところで躱されてしまう。反射神経に任せた回避だったが、さすがというところか。
カウンターと言わんばかりに、起き上りざまに体重を乗せて突きを繰り出してくるが、盾で受け流して、今度はこちらがカウンターとして《スラント》を繰り出す。
ユウラはかなりのバックステップでまたしても躱す。
躱してばっかりじゃあ決着つかないんだけどね。
「いくよ――ッッ!」
両手剣のソードスキル、《アバランシュ》で突っ込んでくる。
それは安易すぎる。
だって、突進系のソードスキルは――躱されたら完全に無防備になるのに。
構えていた盾で防ぐのではなく、僕はアバランシュをそのままサイドステップで躱した。
盾で受け止めても、初撃決着には充分なダメージが入るだろうという目論見のもとのアバランシュかもしれないが、さすがにそのくらいは僕でも判断がついている。
そうして、完全に無防備になった背中に回り込み、《バーチカル》を叩き込んで終わり。わざと急所に当てなかったからか、体力の約一割程度しか削れていないが、それでもまぁ充分だろう。
実にあっさりとしたデュエルだった。
地面に手をついたままのユウラに手を伸ばして、立ち上がらせる。
「ふぅ……負けちゃったね。それと、ごめん。いきなりデュエルなんて申し込んじゃって」
「別にいいよ。俺も楽しめたし。……それと、ユウラ」
「何?」
「ん、ほれ。……俺とパーティー、組んでくれよ」
――結構強いみたいだし。と口の中で呟く。
パーティーの申請をユウラに送信する。
一瞬こいつ何言ってんだ的な感じでウィンドウを見ていたが、すぐにその表情は嬉しさを含んだものに変わる。
「ありがとう! 一緒に迷宮攻略頑張ろうねっ」
「おう。ところで血盟騎士団のノルマとかいいのか?」
「……あ」
表情が二転三転するところは見ていて非常に面白いのだが、今しがた衝撃の事実判明。この子、団長に言ってすらなかったらしい。
「別にうちのギルドにノルマとかはないんだけど……報告はしないと……」
「いや絶対パーティーの件なかったことにされるだろ。ヒースクリフはそこらへん厳しい奴だろ?」
「うん、アスナもそう言ってた」
「……期待はしないでおく。ヒースクリフの奴と話すのは任せた。俺はあいつのことが苦手でな」
「そうなの?」
「そうなんだよ……まぁ、別にあいつのことが嫌いなわけじゃない。むしろプレイスタイルとしては尊敬してる。あいつと話すのが苦手ってだけでね」
あいつの何を考えているかわからない、見通すことのできないような態度は気に食わないといったところか。
しかしパーティーを組むと約束してしまったのは紛れもない事実なので、ヒースクリフとじっくり話す良い機会だと考えておこう。それに奴のユニークスキル《神聖剣》についても知りたい。現状、攻防一体の無敵の陣を敷く最強クラスのスキルということだけしかわかっていないのだ。それに、これは俺の予想だが……おそらく奴の神聖剣、盾の部分にもダメージ判定があるのではないか? と思う。本来俺も例に漏れず、盾には攻撃力が設置されていないので、それ単体でダメージを与えることは不可能だ。例えば盾を用いて高いところから突き落とし、それによる落下ダメージは受けても盾自体にダメージ判定はないってことだ。しかし奴の神聖剣には、盾にもダメージ判定があるような雰囲気が見て取れる。なぜわかるのかは……まぁ、アレだ。同じ片手剣と盾の組み合わせのプレイヤーどうしの勘ってことで。うん。
「団長は時々何考えてるかわからないところがあるもんね。でも、すごく強いから、やっぱり慕ってる人も多いんだよ」
「だろうね。ソロの俺でも奴の噂をよく聞くんだから、きっと実際に戦えば相当の奴なんだろうな、と思う」
「神聖剣……実際に同じギルドで戦ってみないとわからないかもしれないけど、あれは本当にゲームバランスを崩せるスキルだと思うよ」
「それがなきゃ攻略組が何人死んでたか見当もつかないな」
「でもレイトくんだって、ピンチのプレイヤーがいたら助けてるじゃん。ソロって言っても」
「そりゃ目の前で死なれると気分良くないからな」
「嘘だー」
「本当じゃー」
実際のところ、どうして毎回ソロの俺が体張って他のプレイヤーを助けているかと思わなくてない。自分でも正直よくわからない。
でも、盾はあくまで相手の攻撃で死なないためのもので、剣は相手を殺すためにあるものだ。ならば本来の用途に従うのが当然というやつで、だったら俺のとっている行動は間違いではないんじゃなかろうか、と考える。
「でも、レイトくんは優しいから……きっとわたしが死にそうになっても、助けてくれるよ」
「……さて、そいつはどうだか。ほら、さっさヒースクリフにパーティーの話つけに行くぞ」
「あっ、待ってよ!」
血盟騎士団の本部がある第五十五層の主街区、《グランザム》へと向かうことにする。
ユウラに話をつけてもらうのはもちろんだが、俺個人として奴と話してみたいという気持ちもある。
「……でもまぁ、これでパーティーも組めたし。一歩前進かな……」
ユウラの呟きは風に消され、俺の耳まで届くには至らなかった。
「何か言ったか?」
「ううん、何でもなーいっ」
「そうか?」
そういうユウラの表情に喜色が浮かぶ。なぜだろうか?
まぁ、何でもいいのだが。
爆死! 爆死! 爆死!
更新遅れてしまってすいませんでした。