バッドランド・サガ   作:岸若まみず

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Emerald Sword6

「ふうん、たしかにマッキャノの南方氏族の言葉であるなぁ」

 

 

捕虜三人の繋がれた牢、その前にしゃがみ込んだ俺の耳長先生は、マキアノ族の虜囚と何度か口を聞いてからそんな言葉を零した。

 

なるほど知恵者イスローテップという触れ込みに間違いはなく、あの小さな頭にはきっと俺なんかでは想像もつかないような知識がぎゅうぎゅうに詰まっているのだろう。

 

 

「それで先生、言葉がわかるんなら捕虜との通訳を頼みたいんだけど」

 

「おお、おお。先生と呼ぶ者に自らの宿題をやらせようとは、最近の小童というものはなかなかに豪気なものだ」

 

「えぇ?」

 

「その程度は自分で学びたまえ」

 

 

先生はそう言って、服の中には見るからに入りそうにない火酒の瓶を、胸元からずるりと取り出した。

 

 

「ケチくせぇ耳長(エルフ)だよぅ」

 

「そうかい? これでも妖精なんかよりはよほど気前がいいつもりでいるんだがね」

 

 

先生はそう笑いながら、胡散臭げな視線を送る俺の護衛のイサラにぴらぴらと手を振った。

 

そして音もなく椅子に座り、長い脚を組んで俺の方を向く。

 

 

「小童、魔法の言葉を教えてやる。デェア、と言ってみろ」

 

「ディア?」

 

「デェアだ。もう一度」

 

「デェア」

 

「そうそう、その調子だとも」

 

 

先生はそう言って笑いながら、これまたどこから取り出したのかもわからないガラスのコップへ、琥珀色の火酒をゆっくりと注いだ。

 

 

「それで、何? デェアってどういう言葉なの?」

 

「それだよ。『何?』がデェアだ。それさえ知っていれば、どんな相手からでも言葉は学べる」

 

「相手を質問攻めにしろって事ね、最初にちょっと文法を教えるぐらいしてくれたっていいだろうに……」

 

「まあ考えてもみろ。たとえば、お前の乗っていた船が難破したとしてだ」

 

 

先生はそう話しながら、クルクルと右手の人差し指を回す。

 

 

「流れ着いた先は見知らぬ異国。周りは皆知らない言語を操る連中ばかり、そんな奴らに縄をかけられたお前は、文法を教えてくれ! なんて言っていられるのか?」

 

「…………」

 

「そういう時は、お前の持ち物を指差して『これは何だ!?(デェア)』と聞いてくる連中を相手にして、じっくり言葉を学んでいくしかないのさ」

 

 

なるほど、ぐうの音も出ない正論だ。

 

滅亡寸前の城の中、という状況で言われなければの話だが……

 

まあ、どのみち彼女が教えてくれないというのならば、学ぶしかないという事だろう。

 

どちらにせよ勝ったって負けたって、相手の事を理解しなければその先はないのだ。

 

 

「ああ、いい酒だ。やはりこういう酒は小童や老いぼれには相応しくないな……」

 

 

ぶつぶつとそんな事を言いながら酒を飲む先生の手から火酒を取り上げ、俺は牢の中からこちらを見ていた老婆の元へと向かった。

 

 

「デェア?」

 

 

老婆に向かってそう尋ねると、彼女はなんだか思案気な顔でしばらく黙っていたが、やがて皺くちゃな口をゆっくりと開いた。

 

 

「ポラカ」

 

「ポラカ、ね」

 

 

俺は瓶の中の酒をちょっと指先につけ、指を舐める。

 

今世では初めて触れる強い酒精に、幼い舌が痺れた。

 

そして俺は次に老婆の手を取り、その指先にも少し酒を垂らす。

 

老婆は少々躊躇してから指をしゃぶり、しゃがれた声で「ユラック」と答えた。

 

 

「イサラ、ポラカとユラックを書き残しておいてくれ。後で纏める」

 

「グルドゥラの爺さんじゃないんだから、普段から文具なんて持ち歩いてないですよぅ」

 

「あ、じゃあできるだけ覚えといて」

 

 

そんな話をしていると、ユラックという言葉を聞きつけたのだろうか、牢屋の奥から二人の男も近づいてきた。

 

二人ともなんだか嬉しそうな顔をしてこちらへ掌を出すので、少しづつ垂らしてやる。

 

 

「デェア?」

 

「ユラック」

 

「エル・ユラック」

 

 

エル・ユラックと来たか。

 

エルってのは強いって意味かな、美味いって意味かな?

 

 

「デェア? エル、デェア?」

 

 

そう聞くと、男はグッと握った拳を歯をむき出しにした顔の隣へ持っていく。

 

強いって意味っぽいな、念のために後で他の酒でも試すか。

 

 

「フシャ様……本当にやるんですか? こんな事やってたら言葉を覚える前に春が来ちゃいますよぅ」

 

「やるしかないんだよ、イサラ。これが俺の戦いなんだ」

 

 

俺がそう言うと、彼女は釈然としない顔をしながらも一度牢屋に目をやり、やがて小さく頷いた。

 

 

「なら、フシャ様の気が済むまでお付き合いしますよぅ」

 

「じゃあ、何か書くものを持ってきてくれ。他にも色々物があった方がいいな。酒とか水とか、パンとかも。ああ、長期戦になりそうだから、捕虜にも俺にも椅子があった方がいいな」

 

「それなら一度出直しましょう、もうすぐ夕飯ですし」

 

「そうそう、気長にやった方がいい。それより、そろそろ酒を返してくれないか? それは虜囚の身の慰めに呑ませてやるには少々もったいない酒だ」

 

「はいはい」

 

 

俺は先生に酒瓶を返しながら、牢部屋を出る。

 

デェアにポラカに、ユラックか。

 

三つの単語分しか先に進んでいないのに、昨日までよりもずいぶん気が楽だ。

 

城の先の砦に集う土煙の中の異民族達に、なんだか少しだけ色がついたような気がしたのだった。




手首やっちゃった……
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