バッドランド・サガ   作:岸若まみず

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Turn Me Loose, I'm Dr. Feelgood3

「じゃあメドゥバル、後は頼むぞ」

 

「お任せ下さい。スバドにて諸事万端を整えてお待ち致します」

 

 

四つの町の首長からの出資を受けた、神秘軍と名付けられた謎の商会。

 

その舵取りを商人のメドゥバルに任せ、俺たちは首都ツトムポリタへ向かうべく遊牧地に乗り込んだ。

 

広大なこの遊牧地こそが、マッキャノ族の始まりの地にして本拠地という事だ。

 

メドゥバルが離脱する最大の懸念点だった言葉の問題も、俺がだいたいわかるようになったというのもあるし……

 

マッキャノがつけてくれた世話役のウロクという女性も、旅の間にこちらの言葉をだいぶ理解するようになっていた。

 

 

()は言葉覚える得意、テグノン ノシの娘だから」

 

「テグノン ノシって?」

 

「あー、色んなところ行って……話を纏める……あー」

 

「国の外に出ていく外交官みたいなもの?」

 

「あー、そうかも、ガイコカンね。ガイコカン」

 

 

まぁ、まだまだわからない所はあるが、そもそもメドゥバルだってマッキャノ語が完璧というわけでもないのだ。

 

こればっかりは、時間をかけてわかり合っていく他ないだろう。

 

 

「しっかし、見渡す限り何にもないなぁ」

 

 

隣を歩くキントマンはそんな事を言うが、俺はこの遊牧地の景色を存外気に入っていた。

 

なんせ生まれた時から荒野暮らしなのだ、何もない景色は慣れ親しんだ物だ。

 

吹き抜ける風が地面を撫でる様も、剣が薙いだように真っ直ぐな地平線も、俺の心を落ち着かせた。

 

 

「都会好きのキントマンには悪いが、俺はこういう景色も好きだ」

 

「別に都会が好きなわけじゃねぇさ。ただ酒とおねーちゃんがいた方が、毎日が楽しいってだけさ」

 

「おねーちゃん? ()もお姉ちゃんだよ」

 

「ロク、キントマンが言ってるのは商売女の事さ」

 

「あー、(あなた)はいやらしねー」

 

 

そう言いながら、ウロクはなんだか小馬鹿にしたような顔で、キントマンに向けてよくわからないハンドサインを送った。

 

 

「しかし、こう何もないと雨が降ったとき大変だよぅ」

 

「だいじょーぶ、ここらへん今は雨降らないよ。もっと後にまとめて降る」

 

「雨季があるって事か」

 

 

俺は身体にブランケットをかけて、輿の上で横になった。

 

風が吹き抜けて寒いは寒いが、もう春も近く、昼寝をするのにも我慢できないほどではない。

 

 

「まあでも、狼はいっぱい出るけどね」

 

 

ウロクは俺を脅すようにそう言うが、狼だってわざわざ武装した百人には近づかんだろう。

 

うちには金狼だっている事だしな。

 

風の音と馬の蹄の音を子守唄に、俺はたっぷりと眠った。

 

 

 

 

 

『まあ狭いが、ゆっくりしていけ』

 

『ありがとう、世話になる』

 

 

特に自己紹介をするでもなく、一夜の宿を借りるために立ち寄った移動式住居の主は、そう言って俺たちを招き入れた。

 

もちろん俺たちに同伴するマッキャノの使者が上手い事言ってくれたんだろうが、それにしてもあっさりと泊めてくれるものだ。

 

それでもさすがに全員は入れないので、中に入るのは女たちと俺とキントマンだけで、他はみんな野宿だった。

 

支柱のあるテントのようなその住居の中は案外広く、家具も沢山置かれていた。

 

中央にある竈では白っぽい何かが入った鍋が熱されていて、なんだか美味しそうな臭いがする。

 

立派な髭を蓄えた家主は、その隣に置かれた薬缶から茶碗に茶を注いで一杯飲み、もう一杯注いで俺に差し出した。

 

なんだか薬っぽい臭いのするお茶だが、温かいというだけで嬉しいものだ。

 

 

『お前たちが、悪魔の地からやって来たという連中か?』

 

『そう、ツトムポリタへ向かっている』

 

『行ってどうする』

 

『皇帝に会う、そこから先はあちらが決める事』

 

 

そう、俺は皇帝に謁見してくれと言われただけで、そこから何をしてくれとはまだ言われていないのだ。

 

紺碧剣(チヨノヴァグナ)でも贈って許してもらえるのか、首を切られるのか、それは行ってみなければわからない事だった。

 

 

『悪魔の地はお前のような子供ばかりか?』

 

『子供は少ない。荒野は厳しいから、みんな助け合って暮らしている』

 

『草原も同じだ。助け合ってなんとか生きている。それでも寒さと病気で、子供はすぐに死ぬ』

 

 

彼はそう言って、住居の奥の一角を仕切る衝立を指差した。

 

 

『うちの息子も病にかかった。生まれた時から馬乳酒を受け付けん子でな、春は迎えられんだろう……お前も気をつけることだ、草原ではできるだけ栄養を取れ』

 

 

その言葉を聞いて、奥さんなのだろうか、カラフルな服を着た女性がちょっと仕切りから顔を出してこちらを覗いた。

 

服の色に反して、彼女はなんだかくすんだような、疲れたような顔色をしていた。

 

 

『病気なら薬を分けようか?』

 

『薬を? 申し出はありがたいが……それはお前たちの分ではないのか?』

 

『俺は錬金術師だ、元々薬を作るのが仕事だ』

 

『なに! 薬師か! ならぜひうちの子を見てくれ!』

 

 

彼は勢いよく立ち上がって、ガバッと俺の手を取ろうとした。

 

……が、その手は空中でピタリと止まる。

 

俺と彼の間を断ち切るかのように……薄緑色の光を放つ剣が突き出されていたからだ。

 

 

「それ以上近づくなよぅ」

 

 

髭の家主は、信じられない物を見たという顔でよろよろと後ずさり、どさりと崩れ落ちた。

 

 

紺碧剣(チヨノヴァグナ)……? 本物か……?』

 

 

俺は座り込んだ家主にエメラルド・ソードを構えるイサラの手をポンポンと叩いて、一歩引かせた。

 

 

「イサラ、いい。この人の子供が病気なんだ。リザ、俺の薬箱を持ってきて」

 

「畏まりました」

 

 

俺は座り込んだ家主の手を取ろうとしたが、代わりにキントマンがその手を取って立ち上がらせた。

 

 

『子供を診よう』

 

『あ……頼む。治してくれ……頼む』

 

 

祈るようにそう呟いた家主に連れられ、衝立の向こうへ進むと……

 

そこに寝かせられていた幼い男の子は、痩せた身体で苦しそうにこちらを見つめていた。

 

 

『この子がかかっているのは、ここらへんじゃよくある病か?』

 

『ああ。子供や老人がかかりやすいが、大人でもかかる事がある。身体に力が入らなくなって、歯が抜けたりして死ぬ病気だ』

 

 

子供の唇をめくってみると、なるほど歯茎から血が出ているようだ。

 

俺はこの病気を知っていた。

 

前世ではもう、そうそうかかる人もいなくなった病気だったが……

 

仕事で船乗りでもあった俺は、その歴史を講義される中でこの病気の事を知る機会があり、原因も症状もよくわかっていたのだ。

 

この病気は、恐らく壊血病。

 

ビタミンCの不足による病気と見て、まず間違いがなかった。

 

 

『多分、栄養が足りてない。ここらへんには野菜や果物はないのか?』

 

『人の食べられる草はほとんどない。町へ行かなければ』

 

『じゃあ、これを飲ませて治ったら、できるだけ酸っぱい果物の絞り汁を飲ませろ』

 

 

俺は家主に、薬箱にひと瓶だけ入っていたビタミン剤を手渡した。

 

荒野にも野菜は少ないから、必要になる事があるかもしれないと作っていたものだ。

 

ただタヌカン城の食事には最低限の野菜はあったし、町の人達は腹の足しにと海藻類を食べていたようだから、これまで出番がなかったのだ。

 

 

『いいか、一気に飲ませても意味がない。食事毎に小指の爪に乗るぐらいの量を飲ませろ』

 

『ああ、ありがとう……ありがとう……』

 

『本当にありがとう……』

 

 

家主と奥さんは片膝立ちになって俺に手を合わせた。

 

まだ子供は助かってもいないんだけどな……

 

 

『そうだ、お礼を……たいした蓄えがなくてすまないが……』

 

 

そう言って立ち上がる彼を、俺は服の袖を掴んで止めた。

 

 

『いい、いい。助け合いだろう。荒野も草原も』

 

 

俺がそう言うと、彼は床に跪いて泣いた。

 

自分の子供が死ぬかもしれなかったのだ。

 

子を持った事がない俺にはわからないが、きっとその絶望は、想像を絶する物だった事だろう。

 

 

『スバドの町に、神秘軍という商家がある。荒れ地のフーの名前を出せば、きっと果物を融通してくれるはずだ。後で木簡へ文を書こう』

 

 

とは言ったものの……

 

結局俺は子供が回復するまでその家に逗留し、共に旅をしてきたマッキャノ族の者に頼んでスバドの町まで果物を取りに行ってもらったりしていた。

 

だが、その間に……草原は次第にとんでもない事になり始めていたのだった。

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