バッドランド・サガ   作:岸若まみず

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Funky Dealer4

「深みはないが、雑味もほとんどない。面白みもへったくれもないが、ここから寝かせれば如何様にも姿を変えられるであろうな。やはり錬金酒は良い、煮詰め(蒸留す)ればなお良いぞ」

 

 

酒飲み(イスローテップ)がそう太鼓判を押した酒は、日を決めて港の開けた場所へ皆を集めて振る舞う事になった。

 

寝かせないのは、荒野側でやらないのは、単純に砂埃が酒樽へ入らないようにだ。

 

荒野の開墾もまだまだ続いているし、たまにはこういうイベントもないと息が詰まるだろう。

 

酒と一緒に軽食も配るという事を告知すると、なかなか感触は良く、少なくともタヌカンの民のほとんどは参加してくれそうな様子だった。

 

ちなみに、作っている間中やかましかったイスローテップには試飲と称して好きなだけ飲ませてやったので、当日は遠慮してもらう事になった。

 

マッキャノ族も来るだろうし、色々な意味で顔の広い彼女がいると、揉め事だって起こるかもしれないしな。

 

一応めったにない慶事という事で、領主であるうちの親父夫婦や妹も呼び……

 

もちろん港を管理している下の兄貴も来ているので、畑の初収穫祭以来の一家揃ってのイベント参加となった。

 

そんな家族たちが天幕の下でハリアットと共に和気藹々とお茶を飲む中、俺はコツコツと準備を進めていた。

 

朝から大男であるイヌザメとワモロに運ばせた、大人の膝程度のサイズの持ち運び用の小樽。

 

地面にいくつか並べられたそれらに、木でできた蛇口のような呑み口をつけていると……

 

隣にやけに真剣な顔をしたキントマンが座り込んできた。

 

 

「フシャ様よぉ、こりゃちょっとまずいかもしれねぇぜ」

 

「何がまずい」

 

 

俺がそう聞くと、キントマンは集まってきた連中をちらりと見て、耳打ちをするように続けた。

 

 

「これだけじゃ酒が足りねぇかもしれねぇ。なんだか知らねぇが、普段見かけねぇようなマッキャノの連中が船や陸路でどんどん集まってきてやがるんだよ」

 

 

そう言われれば、たしかに普段見ない顔が結構いるように思えるな。

 

 

「何人ぐらいいる?」

 

「さっき塔の上からだいたいで見たんだが、どうも千人を超えているような気がするんだよなぁ……」

 

 

そりゃあ凄い。

 

数百人が集った冬戦争を超えて、今日は有史以来でこの荒野に一番人が集まっている日なんじゃないだろうか?

 

 

「船の護衛か知らねぇが、ごっつい曲剣を吊った見るからに腕の立ちそうな連中もいてよぉ。城の奴らもピリピリしてやがるのよ」

 

「おいおい……腕が立つったって、別に酒を飲みに来ただけだろ」

 

「だからよ、その酒が足りないとまずいんだよ、喧嘩っ早い連中が揉め事でも起こしたら……」

 

 

まぁ、キントマンの言う事もわからんでもない。

 

なんだかんだと言っても、荒野のフォルク人とマッキャノ族の関係はまだまだ浅い……

 

というか、つい最近まで戦争をしていたぐらいの仲なのだ。

 

上が婚姻外交でひとまずの纏まりを見せていても、それでいきなり下が纏まるというものでもないだろう。

 

 

「じゃあ、研究室からもっと酒を持ってこさせよう」

 

「どのぐらいだ?」

 

「うーん……じゃあ、大樽の中身全部。好きなだけ飲ませてやれ、売る分はまた作るから」

 

 

元々マッキャノの商人が持ってきた穀物だ、この際マッキャノの客人たちに景気よく飲ませてしまっても別にかまわんだろう。

 

そもそも今から配る一樽目は、練習のつもりで作ったんだしな。

 

 

「ちぃともったいねぇような気もするが……しょうがないか。おいイサラ、ここは頼んだぜ」

 

「言われなくったってわかってんだよぅ」

 

 

憮然とした顔でそう返したイサラに、キントマンは頷き一つを返し、元傭兵団の連中を連れて城へと走っていった。

 

俺は呑み口を付けた最後の小樽を抱え上げ……ようとしてできず、近くにいた若い衆を呼んで机の上へと置いてもらう。

 

立ち上がって改めて周りを見渡すと、なるほど人の海だ。

 

 

「なんでも、錬金術で作った特別なお酒だそうだぞ」

 

シアンクラン(秘術軍) バス() (この酒を) ユラック?(売るのかな?)

 

「あんたたち、お酒飲んでもおりこうにしてるんだよ。父ちゃんもだよ」

 

「俺、酒なんて初めて飲むよ」

 

 

俺の背丈では人垣の向こうは見渡せないが、二つの言語が混ざり合うように響くざわめきのお陰で、集まっているのが尋常の人数ではない事がわかる。

 

これは多分、軽食の方も足りなくなるな。

 

 

「リザ!」

 

「ここに」

 

 

すぐ近くに控えていたらしいメイドのリザが、音もなく隣に現れた。

 

 

「芋煮とマッキャノ餃子の量が足りなくなるかも……」

 

「料理につきましてはご心配なく。朝から人の数を見て仕込み始めましたので。城の方でも余れば晩餐にする予定で追加を作っておりますので、いざとなればそちらを」

 

「さすがだね。ありがとう、助かったよ」

 

 

俺がそう言うと、リザは口の端を持ち上げるように微笑を浮かべて下がっていった。

 

気づけば、フォルク人もマッキャノ人も、皆が皆めいめいのコップを手に持ち、なんだか神妙な顔付きでこちらを見つめているように思えた。

 

よく見れば、城の子どもたちも一緒になって並んでいるようだが……

 

一応彼らにはちょっと舐める程度にしてもらい、その分は俺が下戸用に作ってきた飴でも渡して我慢してもらおう。

 

 

「イサラ、拡声」

 

「わかりました」

 

 

イサラに拡声魔法を使わせて、なんとなく咳払いをする。

 

本来ならば開始の挨拶は親父がやるものなんだろうが、今日は俺仕切りのイベントという事で、万事こちらに一任されていた。

 

まぁ昔取った杵柄……とでも言うべきか、朝礼なんかで人前で喋るような経験はそこそこあったから、仕切りぐらいは大丈夫だろう。

 

 

『あー、あー』

 

 

俺が声を出すと、群衆がなぜか一斉に静かになった。

 

静かになるまで呼びかけようと思ってたんだがな……よっぽど酒が楽しみなんだろうか?

 

 

『まず、この良き日に皆が集まってくれた事を嬉しく思う。タヌカン領で、初めて作られた酒ができた。マッキャノが運んだ麦を、タヌカンが仕込んだ酒だ。どちらが欠けてもできなかった酒だ』

 

 

俺はこの土地(フォルク)の言葉でそう語るが、言葉がわからないマッキャノ族も、とりあえずは何も言わずに大人しく聞いてくれているようだった。

 

人垣の中では、なんだか通訳のような事をしてくれている奴もいるようだが。

 

 

『皆の頑張りで畑が増えてはいるが、まだまだこの土地には足りないものばかり。作った酒も、今後は売り払って金に変え、足りない物を買い付けるのに使うつもりだ』

 

 

せっかくの晴れの日にするにはつまらない話かもしれないが、まぁこういう建前の事は最初にきちんと言っておいた方がいい。

 

為政者ってのは、税を収めてくれる連中の生活に希望を持たせるのが仕事なのだ。

 

 

『だが、この最初の酒は違う。この酒は皆の力が合わさってできた酒だ。皆で分かち合うべき、希望の酒だ。皆の口に入る分、一人の量は少ないかもしれないが、食事も用意してある。今日は楽しんでいってくれ』

 

 

俺がそう言って手を挙げると、まずタヌカン人から歓声が起こり、それに続いてフォルク人からも大歓声が沸き起こった。

 

あとは酒配りマシーンになるだけだ。

 

待機してくれていた父や兄を呼び、うちの一家は集まってきた人々に無心で酒を配った。

 

 

「はいっ」

 

「ありがとうございます! レオーラ!」

 

「レオーラ」

 

「はいっ」

 

マステク(ありがとう) オン ルブアルク フー(荒れ地のフー様)

 

ナラカン(はい)

 

 

なんだか知らんが皆が皆畏まった様子で、フォルク人は祈りを捧げ、マッキャノ族はきちんと礼を言って酒を受け取っていく。

 

 

チヨノヴァグナ(紺碧剣)!?」

 

「ヤ アステル(偉大なる) ルブラ() チヨノ()

 

 

マッキャノ族の中には、俺の隣でエメラルド・ソードを担ぐイサラを指差してそう騒ぐ奴もいるが、別に絡んでくるわけでもない。

 

むしろ『いい物を見た』とでも言うように、恭しく手を合わせて去っていくぐらいだ。

 

やはり伝説の剣というのは、その文化圏の男にでっかい特攻を持つものなのだな。

 

 

『この酒を買い付けたいんだが』

 

『いやはや、この酒はフォルク側に降ろす予定なものでして……』

 

南蛮(フォルク)には売れて、こちらには売れんというのか?』

 

『フォルク側の通貨(タドゥリオン)でしたらお受け致しますが……』

 

『マッキャノの(ラオニクス)では受けられんというのか』

 

外貨(・・)を得るための商品ですので』

 

 

一杯飲んで早々にメドゥバルと商談を始めている、気の早い商人もいるようだ。

 

この酒は昔から付き合いの深いネィアカシ商会に預けるつもりだったが、まぁ販路はいくらあってもいいからな。

 

いい感じに纏まる事を思考の片隅で祈りながら、俺は次々に差し出されるコップへ酒を注ぎ続ける。

 

そうして流れ続ける列を永遠に続く苦行のように感じ始めた頃、見知った顔がやって来た。

 

 

「フシャ様! お酒ください!」

 

「お酒お酒ー!」

 

「楽しみー!」

 

 

何人かの騎士と最年長のマーサに引率された、城の子どもたちだ。

 

 

「子供にはまだちょっと早いから、酒は舐めるぐらいにしておけ」

 

「えーっ!」

 

「ちゃんと飲みたい!」

 

「大人ばっかりずるいよ!」

 

 

非難轟々の子供たちだが、これを目の前にしてもまだそう言っていられるかな?

 

 

「我慢したら、このあまーい飴をあげるぞ」

 

 

俺がポケットから飴の袋を取り出してそう言うと、彼らはすぐに態度を軟化させた。

 

 

「えっ! 甘いの!?」

 

「フリタ、お酒より飴の方がいい!」

 

「お酒! 我慢する!」

 

 

劇的に聞き分けがよくなった子どもたちのコップに、ほんの少しだけ酒を入れ、袋に入れていた飴を一つづつ取らせていく。

 

白く透き通る平べったい飴を、彼らは陽に透かしてみたり、瞳の前にあてがってみたりしている。

 

 

「綺麗な飴!」

 

「透き通ってる!」

 

「氷みたい!」

 

 

そんな、酒をそっちのけにして喜んでいる子どもたちに、少し離れた場所から声をかける者がいた。

 

 

「コドモタチ」

 

「え……?」

 

「ヤキガシ アルヨ」

 

 

なんとなく発音が怪しいフォルク語で、彼らにそう語りかけたのは……

 

母や妹と一緒に、大きな傘の下で優雅にお茶を飲んでいたハリアットだった。

 

 

「フシャ様の奥様?」

 

「エイラ様たちもいるよ」

 

「焼き菓子ってー?」

 

 

子供たちがちょっと戸惑った様子で俺の事を見つめるので、俺は彼らに頷きを返した。

 

 

「ハリアットもお菓子をくれるんだって。甘くて美味しいからみんなで貰っておいで」

 

「いいの!?」

 

「今日は甘いもの一杯だー!」

 

「貰ったらちゃんとお礼を言うんだぞー」

 

「はーい!!」

 

 

まぁ、子供たちがフラフラしているとちょっと危なっかしいぐらい人がいるからな。

 

うちの母や妹たちと一緒にいてもらった方がいいか。

 

マッキャノ風のヨーグルト入りクッキーを貰ってはしゃぐ子供たちを横目に見ながら、俺はまた無心で酒を配り続けたのだった。

 

 

 

 

 

何事も、続けていれば終わりは見えてくるものだ。

 

もっとも、終わりというのは列の終わりではなく、樽の中身の終わりだ。

 

 

「そろそろなくなるなぁ」

 

「キントマンたちは一体何やってんだ……」

 

 

あの人数で塔へ酒を取りに行って、未だに届かないというのは少しおかしい。

 

もしかして、途中で何かあったんだろうか……

 

そんな事を考え始めた時、人垣の荒野側から歓声が上がるのが聞こえた。

 

 

「でっけぇ樽だぁ!」

 

「中身は全部酒か!?」

 

「どいたどいた!」

 

「こぼしたらどうすんだ! 道開けろ!」

 

 

人垣の向こうから、巨大な樽が小刻みに揺れながらこちらへやって来るのが見える。

 

どうやらキントマンたちは、酒を仕込んだ大樽をそのまま担いできたらしい。

 

階段もあっただろうに、無茶をするものだ。

 

人垣の中を進むにつれて周りの連中も手を貸し始め、樽が進む速さはどんどん速くなる。

 

 

「酒だ!」

 

「酒だっ!」

 

「酒だぁ!」

 

「酒だ!」

 

 

誰が始めたのか知らないが、呑兵衛達の間に酒コールが起こり、樽と一緒に声がどんどんこちらへ近づいてくる。

 

タヌカンの民もマッキャノ族も、皆が足を踏み鳴らし、口から泡を飛ばしながら「酒だ!」「酒だ!」と叫びまくる。

 

誰が持ってきたのか知らないが、笛の音まで響き始めて、賑やかなんだか騒々しいんだか。

 

港は大酒樽を中心にして、なんとも熱狂的な雰囲気になってしまっていた。

 

そしてその人垣の中から、キントマンがぬうっと姿を現した。

 

 

「待たせたなフシャ様、言われた通り全部持ってきたぜ!」

 

「ありがたいけど、大樽をそのまま持ってくるのは大変だったろう」

 

「そりゃ大変だったぜ! でもよぉ、城中探しても空の樽が全然なかったんだから、俺たちはもう必死で……」

 

「あっ、そうか」

 

 

そう言われてみれば、たしかにそうかもしれない。

 

荒野において、木はなかなかの貴重品だ。

 

だから樽だって、基本的には普段から使う分しかないのだ。

 

 

「まぁとりあえず、これで酒に関するイザコザは避けられるだろ……」

 

 

首と肩を回しながらそういう彼は、なんとも疲れた顔をしていた。

 

後で筋肉痛に効く軟膏でも差し入れなきゃな……

 

なんて、そんな事を考えていた俺の耳に「わぁーっ!!」という人々の大声が聞こえてきた。

 

 

「こんなに喜んでもらえるなら、試飲会をやった甲斐があるな……って、あれっ?」

 

 

人垣に顔をやった俺の目に飛び込んできたのは、空を指差した人々の姿だった。

 

そして、その人々の向こうにあるカラカン山脈と青空の狭間に、何かぽつんと赤いものが浮いているように見えた。

 

 

「竜だーっ!!」

 

「竜が出たぞーっ!!」

 

 

その赤いものはぐんぐんと大きくなり、次第に羽を持った竜の形へと像を結び始める。

 

どう考えても羽ばたいて空を飛べるわけがない真紅の巨体は、日光をギラギラと反射し、ぐんぐんと風を切って凄いスピードでこちらへ近づいてきていた。

 

人なんか一飲みにできそうな巨大な顎は前方へ長く発達し、爛々と輝く金色の瞳の先には捻じくれた角が生えている。

 

それはカラカン山脈の雪降り止まぬ頂上を塒にしているという、クイワイナと呼ばれている伝説の(レッド)(ドラゴン)に間違いなかった。




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