バッドランド・サガ   作:岸若まみず

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Funky Dealer6

荒野に夏がやって来た。

 

夏といっても、荒野は湿度が低く常に風が吹き抜けるため、日陰にいれば存外過ごしやすいものだ。

 

しかし同時に、日陰が少なく直射日光を浴びやすい、野良作業をするには危険な季節でもある。

 

そんな季節の中、城の子供たちは去年耕した城の隣の一等地で、わいわいと農作業を行っていた。

 

 

「マーサ、飲み水は足りてるか?」

 

「大丈夫ですよ! ちゃんと休憩のたびにみんなの水筒に入れてますから!」

 

「帽子も濡らせよ、日差しは浴びすぎると危ないからな」

 

「はーい!」

 

 

需要急増のため急務となった酒造り、その息抜きがてら畑を見にやって来た俺は、子供たちの指揮を取るマーサに口うるさく指導を行っていた。

 

 

「気持ち悪くなったりしたらすぐ日陰で横になれよ。動けなくなった奴がいたらポーションを使うように」

 

「大丈夫大丈夫、みんな元気ですよ。夜寝る時に肌がひりひりするぐらいですって」

 

 

言われてみれば、茶色いおさげを背中に垂らした彼女の腕は、日焼けして真っ赤になっているようだ。

 

日に焼けた肌は健康にも見えるが、あんまり焼けすぎるのも良くないもの。

 

 

「作業着を長袖にしたほうがいいな」

 

「長袖ですか? でも熱が籠もって暑いですよ」

 

「熱が籠もるのも問題だけど、あまり日焼けするのも肌に良くない。暑くなった分は休憩を増やせ」

 

「えーっ! これ以上休憩してたら作業進みませんよ!」

 

「安全第一だ、いいな」

 

 

一応開拓や農作業を行う者たちの周りには、日除けのある休憩所を作り、塩と水を潤沢に配ってはいるが、熱中症や日射病というのはいくら気をつけても気をつけ足りないというもの。

 

倒れてポーションを使うぐらいなら、ちょっと作業が遅れるぐらいの方いい。

 

そもそも農夫や開拓者の人手が増えた今となっては、子供たちには勉強したり遊んでもらったりしていた方がいいんだが……

 

それはそれで子供たちが不安になるというので、当初の予定通り彼らにもこうして農作業をしてもらっていた。

 

まぁ、暇を持て余してやって来たらしい、非番の養父(きし)たちが作業の大半をこなしているような気もするが、そんなところも御愛嬌だろう。

 

 

「フシャ様ーっ!」

 

 

そんな畑に向けて、城から俺の騎士が馬を駆ってやってくるのが見えた。

 

一体どうしたというのだろうか?

 

 

「フシャ様! 大変ですよぅ!」

 

「なんだ、イサラ?」

 

「海賊です! 海賊が来ました! コウタスマ様がフシャ様をお呼びしろと!」

 

 

馬上から港を指差しそう叫ぶイサラの姿に、農作業をしていた子供たちも興味を持ったのか集まってきてしまった。

 

 

「海賊ぅ?」

 

「海賊ってどんなの?」

 

「見てみた~い」

 

 

馬の周りに群がる子供たちの中から俺を馬上に引っ張り上げ、鞍の前に乗せながらイサラは叫んだ。

 

 

「マッキャノの大海賊です! 『濡れ砂』のパルーイですよぅ!」

 

「知らないなぁ……」

 

「フォルキーアじゃ吟遊詩人に歌われてたぐらいの大悪党です!」

 

「そりゃあ大変じゃないか」

 

「大変なんですって!」

 

 

兎にも角にも駆けつけた港には、見慣れない魔導櫂船が一隻係留されていて、沖合いにも同じ形の船が二隻浮かんでいた。

 

商談用の建物の前では、兄貴の部下と薄汚れた男たちが、武器を向けあったまま睨み合っている。

 

そしてそこから少し離れたところにいたウロクが、俺たちを見つけて駆け寄ってきた。

 

 

「荒れ地のフー! ハリアット様が呼んでるよ」

 

「奥方様はどこにいるんだよぅ」

 

「あの中あの中、一番偉いマッキャノを出せって言われたから、荒れ地のコウタスマと一緒に会談に出向いたよ」

 

 

ウロクはそう言いながら、建物を指差した。

 

 

「二人だけで行かせたのかよぅ」

 

(あなた)は心配性ねー、騎士もいるし、キントとイヌザメもついてるよ」

 

 

なるほどキントマンを見ないと思ったら、ハリアットの護衛についてくれたという事か。

 

まぁ、とにかく行こう。

 

どのみちハリアットの事がなくても、こっちの責任者であっちの言葉がわかるのは俺しかいないわけだしな。

 

 

「行こうか」

 

「……」

 

 

俺がそう言って歩きだすと……

 

その先に武器を構えた男たちがいるからだろう、イサラはエメラルド・ソードを抜き放って隣へ並んだ。

 

そして建物に近づくと、騎士と向き合っている男たちのうちの数人がこちらを見て、驚いたように声を上げた。

 

 

『ラ……ラオカン!?』

 

『おい、あれ……紺碧(チヨノ)(ヴァグナ)だぞ!』

 

『金狼だ!』

 

『ほんとにいたのかよ!!』

 

『黒髪のラオカンだ!』

 

『……その建物に入りたいんだが』

 

 

俺がそう言うと、男たちは持っていた武器を背中へと隠すようにしながら、すぐに道を開けてくれた。

 

相変わらずエメラルド・ソードは大人気だな。

 

そんな事を考えながら、俺は息を整えて建物の扉を開く。

 

しかし……荒事も覚悟して挑んだパルーイとの会談で、出てきたのは意外な話だった。

 

 

『タヌカン辺境伯家、フーシャンクランである』

 

『…………あんたが、噂の荒野のフーか。とすると、そっちが金狼か?』

 

 

『濡れ砂』のパルーイというのは、額から頬にかけて右目をなぞるように大きな傷が入った、紫がかった黒髪の女だった。

 

右手を長い曲剣の(グリップ)に置いた長身の彼女は、俺の事を頭から爪先までしげしげと眺め、整った顔の顎先をなんだか面白そうに擦った。

 

 

『それで……』

 

『夫はマッキャノの事情に疎いの、まず私から説明するわ』

 

 

何かを言おうとしたパルーイを、ハリアットがそう言って遮った。

 

二人の間に張り詰めた空気が流れるが、パルーイの部下は微動だにしない。

 

どうやらしっかりと躾けられているようだ。

 

 

『この方はジェネのパルーイと言ってね、とても素晴らしい志をお持ちの方なの』

 

『あぁ……?』

 

『これまでずっと海賊をやっていらしたんだけど……これからは世のため人のために生きたいと、そう思うようになったらしいわ。それで、その相談にとこの領を頼ってきてくれたの』

 

『なっ……』

 

『そうなのか! それは素晴らしいな!』

 

 

俺はてっきり、海賊として何か要求でもしてきたのかと思ってたよ。

 

 

『いやっ! ちがっ!』

 

『えっ? 違うのか? じゃあ、何のためにタヌカンへ?』

 

 

なんだか焦ったようなパルーイにそう尋ねると、彼女はなんだかバツの悪そうな顔をして、後ろにいる部下の方をちらりと見た。

 

 

『今後は商人におなりになられたいのよね?』

 

『ああっ?』

 

『商人に? そりゃあありがたい! うちの領はとにかく物が足りなくてな』

 

『ぐ……』

 

 

なんだかパルーイは驚いたり唸ったりしているようだが、何か問題でもあるんだろうか?

 

 

『パルーイ、何か問題でも?』

 

『きっと言い出しにくいのね。さっきまで、できればあなたの直臣にしてくれないかって、そういう相談をされていたのだもの』

 

『ああっ!?』

 

 

パルーイはなんだか凄い顔をしているが、本当に大丈夫なんだろうか?

 

 

『いや、正直言うとありがたい! うちの領にはまともな自前の商船がないんだ。パルーイが手伝ってくれるというのなら、凄く助かるよ』

 

 

俺がそう言って握手のための手を差し出すと、彼女はなぜかとんでもなく鋭い目つきでハリアットを睨んだ。

 

その視線を受けたハリアットは、まるで路傍の石でも眺めるかのような無機質な視線をパルーイに投げかけ、口の端だけで微笑みを返す。

 

そんななんだか異常な雰囲気の中で、パルーイは俺の前に片膝を突いて跪いた。

 

 

『えっと……手伝ってくれるって事で……いいんだよな?』

 

 

俺がそう尋ねると、パルーイの後ろに立っていた護衛たちもおずおずと片膝立ちになり、彼女の背中を叩きながら頷いた。

 

 

『……ジェネのパルーイ、今代ラオカンの仰せのままに』

 

『俺はラオカンではないが、あなた方の助力に感謝する』

 

「皆! 大丈夫だ! 少し行き違いがあったようだが、仕官の申し出だったようだ!」

 

 

その言葉に同席していた兄や騎士、そしてキントマンたちの緊張が解けるのを感じながら……

 

俺はなんだか、ハリアットがパルーイに向けていたあの目が、気になって仕方がなかったのだった。

 

 

 

 

 

—-------

 

 

 

 

 

あたしの生まれたジェネは、マッキャノ屈指の港町……だった時期があるというだけの、寂れた漁港だ。

 

ツトムポリタへ荷を運びやすい便利な港が山向こうにでき、寄港する船もなくなるうちに桟橋も崩れ、何年も前の大風の影響で今や港も半ば埋まりかけている。

 

そんな終わりかけた町で身を立てるには、荒事しか手はなかった。

 

町の食い詰め者、あぶれ者ばかりが集まった船で海へと漕ぎ出し、タドルからやってくる帆船に殴り込み、略奪で生計を立てた。

 

南蛮の三魔人の一人が荷主だという船団へ乗り込み、古い魔導櫂船を無傷で手に入れてからというもの、あたしたちは向かうところ敵なしだった。

 

国がやっている小競り合いに関わる事もなく、目に付く外国船を片っ端から襲いまくり。

 

ジェネを離れ、北海航路のど真ん中の港に居座ったあたしたちに、どこの船も手を出す事はできず……

 

同胞(マッキャノ)には手を出さなかったから、(マッキャノ)軍もあたしたちを本気で追う事はなく、軍が来たら沖へと逃げてまた戻るだけ。

 

自然と、港へ寄港する外国船はあたしたちに通行料を支払うようになり、寂れた港から出てきた海賊団はどんどんデカくなった。

 

新造の魔導櫂船を五隻も買い込み、団員を増やし、揃いの服を着て、まるで海軍のように振る舞った。

 

このまま左うちわでずっと楽しく暮らしていけると、そう思っていた……

 

だがこの春先、あたしたちは欲をかいて、下手を打った。

 

耳長(エルフ)の船に手を出したのだ。

 

 

二番艦(エーリッヒ)炎上! 四番艦(ゴードン)も焼かれてます!」

 

「ありゃあ耳長(エルフ)の魔法使いだ……全艦面舵! 機関全速!」

 

「どこへ向かいますか!?」

 

「どこでもいい! 相手は帆船だ! ケツ捲って逃げるよ!」

 

 

先行していた仲間の船二隻が一瞬で焼き尽くされるのを見て、残った三隻はすぐに転進し、燃える船から飛び降りる仲間を助ける事もせずに全力で逃げ出した。

 

帆船だというのに物凄い速度で迫る耳長の船に追い立てられ、あたしたちは積んでいる魔結晶を全て燃やす勢いで逃げ続けた。

 

耳長を振り切っても港へ戻る事もなくひたすらに逃げ続け……

 

流れ流れて、南の果てへとやって来た。

 

そんな南部にあるロハラという港町へ水を求めて寄った時、部下たちがある情報を持って帰ってきたのだ。

 

 

「姐さん、なんでも悪魔の地(ルブアルク)には竜が求めた竜酒ってのがあるらしいですぜ」

 

「とんでもねぇ名酒で、一瓶飲めば寿命が十年伸びるって話です」

 

「ほぉ、酒か、いいじゃないか」

 

 

それは船も人も魔結晶も失ったばかりのあたしたちにとって、ちょうどいいぐらいの儲け話だった。

 

酒ってのは、簡単に運べてどこでも捌けるいい品だ。

 

それに、場所が悪魔の地(ルブアルク)というのもよかった。

 

他国の港でならどんな仕事をしたって、(マッキャノ)軍に本気で追われる事はないだろう。

 

当代のラオカンがいるという噂話もあるけど、耳長の船より強いってこたぁないはずだ。

 

 

悪魔の地(ルブアルク)へ行くよ! 竜酒の味をみてみようじゃないか!」

 

 

そうしてやって来た悪魔の地の港は、地元を思い出すような寂れた港だった。

 

その狭くて小さい港にそこそこの数の船が停泊しているため、うちの船は一隻しか入れられなかった。

 

しかも停まっているのはマッキャノの船だらけ、それも大商人の魔導櫂船ばかりだ。

 

どうもこの港は、普通じゃあないらしい。

 

 

「ここの領主の息子ってのが用向きを聞いてるそうですが、何分言葉が通じませんで」

 

「ここで一番偉いマッキャノを出せと言っときな」

 

 

一足先に出て港の管理者と話をしてきた部下にそう言い、あたしたちは武装して船を降りた。

 

これだけマッキャノの船が停まってるんだ、この地の実権は同胞が握っているに違いない。

 

そしてその考えは、当たらずとも遠からずだった。

 

 

「ツトムポリタのミサゴが娘、荒れ地のフーが妻、ハリアットである」

 

 

案内された粗雑な小屋で待っていたのは、現大首領の姫だったからだ。

 

 

「ジェネのパルーイ。率直に言う、竜酒ってのをあるだけ出しな」

 

「全て売り先が決まっているの。あなたたちに下げ渡す(・・・・)分はないわ」

 

「お姫様よぉ、率直にっつったろ? このパルーイ様にあのちいせぇ城ごと港を焼かれるか、黙って酒を出すか、二つに一つだよ」

 

「ふぅん……ウロク、旦那様がいらしたら中へお通しして」

 

 

お姫様がそう言うと、横に侍っていた女が小屋から出ていった。

 

旦那様だぁ? 噂の今代のラオカンってやつか?

 

 

「今代のラオカンって奴に会わせてくれんのか? ありがたくて涙が出るがなぁ、うちの手下は意外と信心深いもんでよぉ……勝手にラオカンを名乗る不届き(もん)には、おいたしちまうかもしれねぇぞ」

 

 

そう言ったが、女はこちらを見る事もなく、急須から茶碗へお茶を注ぐ。

 

そしてにこりともせずにこう言った。

 

 

「お茶はいかが?」

 

 

この小屋に入った時から思っていた事だが……

 

あたしはとにかく、この余裕綽々の女が癇に障って仕方がなかった。

 

貴人のような振る舞いや尊大な態度、いかにも金のかかった服装も気に入らないが、一番ムカついていたのはその目だ。

 

このパルーイ様を波間に漂うゴミのように見つめる、人をなんとも思わない、温度のないあの視線。

 

それを向けられる事が、殺してやりたいぐらいに不快だった。

 

 

「てめぇ……あたしを舐めてんのか!? 言っとくが、うちは今の大首領から恩を受けた人間はいねぇんだ、身分があるから殺されねぇと思ったら大間違いだぞ!」

 

「別に、舐めてなどいないわ」

 

「じゃあ何だってんだよ! 喧嘩売ってんのならそう言ってみろ! このアバズレが!」

 

「特に、何も」

 

「ああっ!?」

 

「別にあなたに興味があるわけではないから。ただ面倒だと思っているだけよ」

 

「……ほう」

 

 

『濡れ砂』のパルーイとして名前が売れて以来、こんなにはっきりと喧嘩を売られたのはいつぶりだろうか。

 

怒りを通り越して、いっそ笑えてくるぐらいだった。

 

 

「クッ……ヘッヘッヘッヘ……チビスケが面白い事言うじゃあないか、面白いねぇ」

 

 

あたしが腰の湾刀に手をやると、相手の護衛の小さい方も黒い剣に手を伸ばした。

 

なかなかの手練れに見えるが……

 

ここにいる全員、あたし一人でやってやれない事はないだろう。

 

何より、ここまで言われて相手を生かしておけば、面子に関わる。

 

 

「言い残す事は? てめぇのラオカン様に言っといてやるよ、言葉がわかればだがな」

 

「あら、その剣で私を殺せるつもりでいるの? ……でも残念、もう無理ね」

 

「あぁ?」

 

 

その時、外からどよめきと「ラオカン」という言葉が小さく聞こえてきた。

 

 

「あなたに呪いをかけてあげる」

 

 

氷のように冷たい目で、女はそう告げる。

 

そして、小屋の扉は開いたのだった。




ファンキーなディーラーに(ならされた)人の話でした。
ハリアットの話は次章Inner Animal編で。
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