バッドランド・サガ   作:岸若まみず

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Inner Animal4

果たして、黒水の谷に湧いていた黒水は原油そのものだった。

 

服の裾を黒く汚したキントマンたちが、樽に詰めて城の中庭に運び込んだそれは、黒い泥のような見た目で独特の臭いを放っている。

 

これが世界をひっくり返せるような資源であるなどとは、この場にいる人間の中では俺以外の誰にもわかりはしないだろうな。

 

 

「そんでよぉフシャ様、黒水の池の中にこんなのが沈んでたんだが……」

 

 

そう言いながら、キントマンが樽の隣の荷車にかけられていた布を捲ると……

 

そこには、なんとも見慣れない物体が横たわっていた。

 

それは、石と鉄で作られた獣面人身の機械だった。

 

犬のような顔の下には人形(ひとがた)の身体があり、手には剣、背中には羽、尻には尻尾がある。

 

明らかに戦うために作られたその機械は、前世で読んだ漫画に出てきたガーゴイルに似ていた。

 

 

「これは……ガーゴイルか?」

 

「ガーゴイル?」

 

「ガーゴイルってのは機械仕掛けの番兵みたいなもんだよ」

 

「そんなら死んでて良かったなぁ」

 

 

キントマンはそう言って、真っ黒になった手で機械の胸の当たりをコンコンと叩いた。

 

 

「この胸のあたりに鍵穴があってよ、中に何か入ってるかもと思って持ってきたんだが……」

 

「どれどれ?」

 

「あんまり近寄ると危ないですよぅ」

 

「大丈夫だよ」

 

 

とは言いながらも、結局荷車に登ることはイサラが許してはくれず、俺は彼女に腰を抱き上げられてガーゴイルを覗き込んだ。

 

真っ黒に汚れた胸甲のような部品の真ん中には、たしかに鍵穴のようなものが空いている。

 

その穴の周りを囲むように掘られた文字が読めないかと手で擦ると『ガヂン』と音がした。

 

 

「えっ」

 

 

胸甲はガーゴイルの首元から股間まで一本線を引いたように真ん中で分かれ、徐々に間が開いていく。

 

当然イサラにすぐに荷車から離されてしまったが、どうやら爆発したり動いたりするわけではないようだ。

 

 

「おいおい……鍵開けを試してみても、みんなで石でぶっ叩いてみても開かなかったっつーのに……」

 

 

キントマンはそうぼやきながら、イサラに抱き上げられている俺の代わりにガーゴイルの胸元を覗き込んだ。

 

 

「ああっ!? なんだこりゃ! 鳥が入ってるぞ?」

 

「イサラ、大丈夫そうだ。近づけてくれ」

 

「つつかれちゃいますよぅ」

 

「いいから」

 

 

イサラが渋々といった様子で近づけてくれたガーゴイルの胸元にいたのは、たしかに鳥だった。

 

飾り気のない鉛色の円柱の、まるで坩堝(るつぼ)のようにも見えるそこに入れられていたのは……

 

仄かな光を身体から放つ、小さな小さな雛だった。

 

 

「なんでこんなところに鳥の雛が?」

 

 

疑問に思いながらも、オレンジ色の羽を纏ったその雛を拾い上げると、ぱちりと目が合った。

 

原油の池の中に放置されていたガーゴイルの中に入っていた雛が、黒い瞳でじっとこちらを見ていた。

 

雛は首をもたげてしばらくこちらを見つめていたかと思うと、まぶたを閉じて寝息を立て始める。

 

どうやら、たしかにこいつは生きているようだ。

 

 

「生きてるぞ……こいつ。ちょ、ちょ、イサラ、下ろして」

 

「どういうこった?」

 

 

イサラに地面に下ろされた俺の周りに、色んな人が集まってくる。

 

そしてみんなが俺の手の中の雛を見つめる中、魔法使いのイーダがぽつりとこぼした。

 

 

「これ、不死鳥じゃないかな?」

 

「……不死鳥!?」

 

「ええ、不死鳥というのは死ぬとまた雛になって生まれ変わると聞いています。それに、その羽根は熱と光を放つとも」

 

「たしかに温かいが……」

 

「普通の鳥の雛だって(ぬく)いんでねぇか?」

 

「でもよぉ……」

 

「いいや、それはたしかに不死鳥(しなずどり)の雛であるぞよ」

 

 

俺達がそんな事を言い合っていた中庭に、まるで涼風が吹いたかのような、色気のある声が響いた。

 

 

「小童は良いものを拾ったなぁ。古き世では不死鳥(しなずどり)は繁栄の象徴であった」

 

先生(イスローテップ)

 

 

俺が視線を向けた先で、椅子に座って足を組み、酒の入ったグラスを傾けていたのは耳長先生(イスローテップ)だった。

 

 

「おい婆ぁ。なんでそんな縁起のいいもんが、ガーゴイルってのの中に入ってんだよ」

 

「それはわからんがなぁ……小童が触れて、秘された扉が開いたという所に理由があるのではないか?」

 

「つまり?」

 

 

キントマンがそう尋ねると、イスローテップは犬歯を剥き出しにして笑った。

 

 

「その小童に(ゆかり)があるのではないか、と言うておるのだ」

 

「えぇ? (えん)って言われてもなぁ。とにかく貧乏だったうちの先祖に、こういうものを用意できたとは思わないけど……」

 

 

正直言って、縁起がいいと言われているらしい不死鳥や、あんなガーゴイルのようなものを用意できるぐらいなら……

 

今こんなにもこの領が寂れているという事はないだろう。

 

農業はうまくいかなかったかもしれないが、漁業のためにもっと大きな船を買ったり、知恵のある人を招いたりもできたはずだ。

 

そう考えながら訝しむ俺に、イスローテップは高い鼻をフンと鳴らしてこう続けた。

 

 

「タヌカン家にも、貧乏でなかった者が一人おるであろう」

 

「そんなのいたかなぁ……」

 

 

伝統的に超貧乏なうちの家に、果たしてそんな者がいただろうか……

 

と考えたところで、ある事を思い出した。

 

うちは開拓をするために荒野へやってきた家なのだ。

 

つまり、来た当初はそのための金を用意してきていたはずだ。

 

 

「……もしかして、初代(ケント)様の事か?」

 

「そう、タヌカンケント。飛竜殺しの大英雄にして、その名声を王家なんぞに褫奪(ちだつ)された大間抜けよ」

 

 

飛竜殺し? そんな話は聞いた事もなければ読んだ事もない。

 

一体イスローテップは何を知っているんだろうか?

 

 

「初代のケント様について、何か知ってるのか?」

 

 

初代のケント様に関しては、本当にほとんど何も伝えられていない。

 

特別な口伝があるわけでもなく、城の書庫にも記録が残っていないのだ。

 

貴族の正当性を証明する、言わば商売道具である家系図ですら、初代様の前の記述がないほどだ。

 

「タヌカンケントというのは謎多き男でなぁ、存命の頃は妾も他所(よそ)にいたし、記録もほとんど残っておらん。だが、やつがこの荒野で開拓以外の何か(・・)をしていた事には間違いがない」

 

「この雛が、その何か(・・)だと?」

 

 

イスローテップは唇の端を曲げ、にいっと笑って立ち上がった。

 

 

不死鳥(しなずどり)というものは、長ずれば人の声を真似るようになる。もしかすれば、その雛にも何かが吹き込まれているやもしれんぞぉ?」

 

 

そしてそんな事を話しながらこちらへと歩み寄り、俺の掌で小さく息をする雛をちょいと指先で転がした。

 

 

「ふぅむ、(オス)であるか。雛のうちは植物の種子を食わせ、大きくなれば加えて葉物を与えよ」

 

「そんな事までわかるのか? 本当に何でも知ってるんだな」

 

「いいや、妾とて何でもは知らぬ……だから、知らぬ事は知りたくなるのよ」

 

 

イスローテップはそう言いながら指で自分の顎を擦り、くるりと背を向けた。

 

 

「大きくなって、いい事を(さえず)ったら教えておくれ」

 

 

そして……まるで陽炎のように、陽だまりの中へと溶けて消えたのだった。

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