バッドランド・サガ   作:岸若まみず

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Inner Animal5

城へと不死鳥の雛がやって来てから数日、俺は石油の精製に夢中だった。

 

石油というものは、精製する事で様々な可燃物や製品の原料に加工する事ができ、捨てるところなどほとんどない優秀な資源なのだ。

 

とはいえ、やはり小さな研究室で一人でやれるような事は限られているもので……

 

俺はこの石油という資源を最大限に活用するため、一時の恥を忍んでマッキャノの商人に追加の借金を申し込んだ。

 

そして、なぜか即日用意してもらえた大金を資本に、俺は精製施設と貯蔵施設を拡大するため、それらを作る技士を呼び寄せる事に決めたのだった。

 

 

『……それで、コダラが書いたこの手紙、もう南蛮の岩人(ドワーフ)向けには送ってしまったわけ?』

 

『うん、ネィアカシ商会に頼んでね。やっぱり物作りにおいて岩人(ドワーフ)は抜きん出てるから』

 

 

触れれば火傷をするような熱を放ち続ける飛竜の卵を熱源として、一日中湯が沸かされている俺の研究室。

 

夏の夕暮れが窓から差し込むその中で、俺とハリアットは机を挟んで書き物仕事をしていた。

 

この荒野へと技士を呼び込むため、俺はまず岩人(ドワーフ)の鍛冶師であるコダラに、知り合いの岩人(ドワーフ)に向けての求人の手紙を書いてもらった。

 

その知り合いの中に運良く来てくれる者がいればいいが、正直な所こんな魅力のない土地に来てくれる人がいるかどうかは甚だ疑問である。

 

そこで、以前のマッキャノ側への旅の中でできたという、草原(マッキャノ)側のコダラの知り合いにも声をかける事にしたのだ。

 

そのために、今こうしてコダラの手紙をマッキャノ語に書き換えてもらっているのだった。

 

それでも誰も来なかった時のために、一応コダラの下に元孤児の子供たちを付け、鍛冶を学ばせてはいるが……できればもう一人ぐらいは本職を確保したいもの。

 

気を揉みながら茶を飲み干してカップを置くと、机上の(わら)(かご)で眠っていた不死鳥の雛が、音で目を覚ましてキョロキョロと周りを見回した。

 

 

『それにしても、借金をしてまで人を集めるというのは、ずいぶん張り込んだんじゃないかしら?』

 

『できるだけ早く石油を使えるようにしたいんだよ、冬に領民が凍えないようにさ』

 

『それはいいのだけれど、こんなに報酬を良くしていては町が岩人(ドワーフ)で埋まってしまうわよ』

 

 

ハリアットは手紙の文面を指でなぞりながらそう言った。

 

 

『いっそそうなってくれれば気が楽だよ。実際はいくら手紙を出したって、こんな辺鄙なところに来てくれる岩人(ドワーフ)なんて一人もいないかもしれないし』

 

『そうかしら? この福利厚生? ……っていう項目だけど、なにもお酒まで配る必要はないんじゃない? 岩人(ドワーフ)なんて平時から自分の仕事に酔っているような連中よ、酒にまで酔わせる事ないわ』

 

『そうかなぁ』

 

『民というのは少し飢えているぐらいでちょうど良いもの。過分な引き立ては増長の元よ』

 

 

民は少し飢えているぐらいがいい……か。

 

きっと、マッキャノという大国で育ち、大首領の娘として教育された彼女の言う事は、おそらく貴族として正しい感覚なのだろう。

 

だが、ボロボロの少領で、少しでも民を飢えから救いたいと思い続けてきた貧乏貴族からすれば、必ずしもそうではないのではないかという気持ちもあった。

 

 

『……なあ、リア』

 

『……あら、その愛称、もう忘れたのかと思っていたわ』

 

 

たしかに、俺は彼女をそう呼ぶ事を避けていたところがあった。

 

どうしても、彼女の事を掴みかねていたというか……

 

なんとも腹の底が見えないところがあったからだ。

 

 

『前から思ってたんだけど、君はもう少し人を尊敬するって事はできないか?』

 

『尊敬、ね。している相手もいるわよ。少しだけど』

 

 

悪びれもせずそう言う彼女の瞳には、少しも後ろめたいところはないように見える。

 

 

『俺たち貴族ってのはさ、何を生み出すわけでもない。農民や商人や鍛冶師、彼らの仕事で生かされているわけじゃないか』

 

 

貴族になってみれば、貴族の大変さというのも身に染みてわかるというものだが……

 

それこそ民の方からすれば、貴族なんてのはいない方がいい穀潰しぐらいに思っているだろう。

 

情報源の限られているこの時代に、民に為政者の苦悩を理解しろというのは無理筋だ。

 

しかし、為政者であるために様々な特権を許された我々が、彼らへの尊敬と感謝を不要なものと割り切ってしまうのは、やはり傲慢ではないだろうか?

 

 

『リア、俺は別に彼らに(おもね)れと言っているわけじゃない……ただ、もう少しだけ、その仕事ぶりを尊敬するという事はできないか?』

 

『農民、商人、鍛冶師、それらの者が心静かに生業(なりわい)に向き合えるよう、血を吐いて土地を守り、なりふり構わず物を集め、有事には小にどれだけ恨まれようとも大を生かす者。それが貴族よ。役目が違うものを同じ目線で捉えてはいけないわ』

 

『だが、同じ人間だろう。民が貴族になる事があるように、貴族だって民になる事もある。相手の視点に立って物を考える事ができれば、きっと軋轢の種は減らしていけるはずだ』

 

 

俺が前世で暮らしていたのは、民主主義の国だった。

 

民が志して為政者となり、また為政者が退いて民になる国。

 

そして民と為政者の間にある垣根は、おそらくこの世界よりもずうっと低かった。

 

そんな国を知っているからこそ、俺はどうしても冷徹な為政者にはなり切れない。

 

それだけではなく、彼女にもそうはなってほしくなかったのだ。

 

 

『色即是空、という言葉がある。全ての物事はあやふやで、定まった形などない。誰にも先の事はわからないんだよ』

 

『いい言葉ね。それって噂の、あなたが生まれる前にいた世界の言葉?』

 

『……ああ』

 

 

そうか、彼女もその話を耳にしていたのか。

 

 

『とてもいい言葉だと思うんだけれど……でも、ごめんなさい』

 

 

ハリアットは、なんだか少し寂しそうに微笑んで、首を傾げた。

 

 

『みんなと違って……あなたの言葉で私は変われないみたい。もし、あなたみたいにもう一度生まれる事があっても、その先が農民だろうと奴隷だろうと、きっと私は同じように生きると思う』

 

『そんな事は……』

 

 

否定しようとする俺を手で制し、彼女はその手を自分の胸の中心へと向けた。

 

 

『私の胸の中から、いつだって声がするの』

 

『……声?』

 

『そう、私の中にいる真っ黒な(けもの)がね、ずうっと問いかけてるの』

 

 

そう言って、彼女は俺の目を真っ直ぐに見据えた。

 

その顔は、これまでに見た事がないほど美しく……そして厳しい顔だった。

 

 

『目の前にいるお前(・・)は、私より上か、下かってね』

 

 

胸の中の獣……それが冗談でも詭弁でもない事を、まるで猛禽のように鋭いその目が伝えていた。

 

 

『……君は、自分の上か下にしか人を置けないのか? その隣には誰も立つ事ができないのか?』

 

『これまで(そこ)には誰もいた事がないけれど……そうね』

 

 

ハリアットは立ち上がり、机に手を突いて俺に顔を寄せ……

 

口の端をわずかに歪ませながら、俺にこう告げた。

 

 

(けもの)は言うわ。我より下に(はべ)る者、苦しからずと』

 

「…………」

 

(けもの)は言うわ。我より上へ立つ者、覚悟持ちて立てと』

 

 

そして彼女は俺の胸ぐらを掴んで引き寄せ、まるで牙を剥くように破顔して、こう続けた。

 

 

『そして、このハリアットは言うわ。我と同じ空を飛ぶ者は、我が番い(つがい)であってほしいと』

 

「…………」

 

 

彼女はぱっと手を離し、身体を引いた。

 

 

『今だって、(けもの)は問いかけてるわ。あなたは私の上か、下かってね?』

 

 

先程までの印象を塗り潰すかのように静かに……

 

そして妖艶に微笑む彼女に、俺はゆっくりと腹を据えてからこう問うた。

 

 

『……君は、俺がどちらだったらいいと思う?』

 

 

そんな情けない俺の問いに、彼女は何でもない事のようにこう返した。

 

 

『別に、どちらでも。あなたが上に立つならば、私は妻として盛り立てる。あなたが下に立つのならば、私は妻としてあなたを庇護する。私はね、本当にどちらでもいいのよ』

 

『それは……なぜ?』

 

『言ったでしょう? 面倒を見てあげると』

 

 

まるで大首領のように、泰然とした態度でそう語る彼女に……

 

俺はなんとなく、自分が彼女の下になる事はあっても、上に立つような事は一生ないんじゃないかという気がしていた。

 

……とはいえ、それで納得していられるほど、男の意地というのも軽くはない。

 

 

『ハリアット。俺はフーシャンクランとして、いや……君の夫としてここに誓おう。君の隣に立ち、生きると』

 

『楽しみにしているわ、本当に』

 

 

俺も彼女も、まだまだ若い。

 

わからない事は、これからわかり合っていけばいい。

 

埋められそうな溝は、できる限りで埋めていけばいい。

 

今日のところは、彼女の胸の内を少しだけ見られたという事で、満足しておくとしよう。

 

そんな俺と彼女のやり取りを……

 

籠の中の小さな鳥だけが、なんだか興味深そうにじっと見つめていたのだった。

 

 

 

 

 

—-------

 

 

 

 

 

【獣の君】(けもののきみ)

 

 ついに来た来た推しが来た。(おい) 名前の順で進めてきたこのキャラ解説のコーナーだけど、今回はついに! あの大人気キャラ、獣の君の回です!(わーい) 史実ではフーシャンクランの奥さんで、ハリアットという名前だったけど、名前よりも獣の君と呼ばれる方が多いそんな彼女。

 神君(かみきみ)作内ではフェンネス学園高等部の生徒会長として登場! イケメン教師にしてフー子ちゃんの担当教官でもあるキントマンを罠に嵌めるシーンで嫌いになっちゃった女の子もいるとか!(えーん) でもクールで冷徹で、フー子ちゃんにだけはちょっとやさしくて、ピンチになると必ず現れる彼にメロメロになっちゃった女の子も多くて、昨年の人気投票では、ななななーんと堂々の二位に選ばれてます! やっぱり史実の嫁が一番強い!(おい)

 フー子ちゃんを壁との間に挟んでドンと手を突くあのシーン! あのポーズと「俺は獣だ」ってセリフは作品を超えて人気になったりしたよねー。担当の四聖獣は朱雀。初出の頃はまさかこの四聖獣たちが人化してイケメンになっちゃうなんて思っても見なかったよね!

 獣のように鋭い視線だから獣の君、って事になってるけど……実は史実ではフーシャンクランが手紙で「獣の君のごきげんはいかが?」って尋ねた事が名前の由来なんだよね。知ってた?(歴史マニア以外にはわからない話でもーしわけないっ 汗)とにかく、押しも押されぬ超人気キャラ、獣の君の紹介でしたーっ!(にっこり)

 超美麗イラストを送ってくれたのはルミナチャン(16)、シドレチャン(14)、ユッカチャン(17)、載せ切れなかったみんなごめーん!! 載せられなかったイラストは編集部のみんなで楽しんじゃってマス(爆)ではではっ! 皆様良いお年をっ!(年明けに買ってたらゴメン)




ガーゴイルの中にいた獣と、胸の中にいた獣のお話でした。
最後のコーナーは読み飛ばしてください。
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