バッドランド・サガ   作:岸若まみず

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Too Late To Die2

俺は岩人(ドワーフ)への求人に、飢えぬほどの食事と適量の竜酒を与えると書いた。

 

だから給料に関しては当人の働き如何ではあるが、飯と酒についてはケチケチするつもりもなかったのだ。

 

まぁそれも港から連れてきた岩人(ドワーフ)たちが、城の中庭で飲み食いするところをこの目で見るまでは……の話だったが。

 

岩人(ドワーフ)たちは飢えた(こい)のようになんでもよく食べ、穴の空いたたらいのように酒を飲んだのだ。

 

 

「フシャ様、料理が全く足りません」

 

「うーん、底なしだな……とりあえず芋でも(ふか)してやってくれ」

 

「かしこまりました」

 

 

俺のメイドであるリザが厨房へと戻っていくと、入れ替わりに俺の鍛冶師であるコダラがやってきた。

 

 

「フシャ様、酒が足りねぇぞ……だから俺ぁ、あの酒の項目はやめたほうがいいんじゃねぇかって言ったんだよ」

 

「まぁ待て、酒については俺から話す」

 

 

俺は小さい体に似合わぬでっかい声で喋りながら飲み食いをする岩人(ドワーフ)たちの近くへ赴き、声を張って語りかけた。

 

 

各々方(おのおのがた)、聞いてくれ」

 

「聞けぃ!」

 

 

俺の言葉に、隣に控えていたキントマンの大音声が続く。

 

そのおかげもあってか、遠くの席の岩人(ドワーフ)たちまで全員が話をやめて、こちらを向いてくれたようだ。

 

俺はほとんど空になってしまっている竜酒の樽をポンと叩いて、彼らに聞いた。

 

 

「竜酒はこれで足りるか?」

 

 

そんな問いに、一瞬固まった彼らは互いに顔を見合わせあった。

 

 

「……そうじゃのぉ、できりゃあもうちっと(・・・・・)欲しいのぅ」

 

「一人一樽ほどありゃあ言う事ねぇんだが……」

 

「俺らぁ飯も好きだが、酒は一等好きでなぁ……」

 

 

まぁ、遠慮して控えめに言っているようだが、要するに全然足りないという事なのだろう。

 

俺は彼らの話を聞きながら頷いて、こう返した。

 

 

「悪いが今のタヌカンの状況では、諸君らに供する事のできる酒は一日二杯が限度だ」

 

 

彼らはそれぞれにまた顔を見合わせて、なんとも悲しそうな表情を浮かべた。

 

これは仕方のない事だ、無い袖は振れない。

 

正直言って求人票にあった『竜酒適量』なんて文言は、こんな人数が集まるとは思っていなかったから書けたようなものだ。

 

 

「しかし、増やせないというわけではない」

 

「そりゃあ……」

 

「竜酒は仕込みに時間がかからない、材料さえあればいくらでも作れる酒だ」

 

 

俺は落胆した彼らに、そう語りかける。

 

無い袖は振れません、では済ませられないのが為政者側の辛いところだ。

 

信用というものは得るに難しく、失うに容易い。

 

とはいえそう思っているだけで、中庭を埋め尽くすような岩人(ドワーフ)たちに、好き放題飲ませるだけの酒が湧いてくるわけではない。

 

だとすればどうする?

 

半ば騙し討ちのような形になるが、酒は成功報酬という事にしてしまえばいいのだ。

 

 

「そこで頼りにさせてもらいたいのが、諸君らの力だ。諸君らが俺の構想を見事形にしてくれれば、麦でも芋でも他所から山程買ってこられる。つまり、諸君らが飲める酒も増えるというわけだ」

 

 

そんな俺の言葉に、岩人(ドワーフ)たちはおおっと湧いた。

 

現在タヌカンにはパルーイ率いる三隻の交易船しかない。

 

それらは魔結晶で動く動力船なのだが、僻地のタヌカンでは魔結晶の補給も一苦労、せっかく自前の商船が手に入ったというのに交易路を増やすのもままならない状況だ。

 

だが船に取り付ける内燃機さえ作れれば、供給の不安定な魔結晶に頼る必要もない。

 

竜酒がウケている今ならば、ないないづくしの荒野にいくらでも物を呼び込めるだろう。

 

そうすれば、酒だって飲みきれないぐらいに作れるようになるはずだ。

 

 

「つまり、もっと酒が飲みたければ、しっかりと働いてくれ! 俺は貢献に報いる男だ!」

 

 

そう言って皆の顔を眺めると、一番前に座っていた岩人(ドワーフ)がゴンとコップを机に置いて立ち上がった。

 

 

「そういう事なら、今日からやろう!」

 

 

そう言いながらこちらに向かってくる彼に続いて、他の岩人(ドワーフ)たちも続々と立ち上がる。

 

 

「そうじゃ! それで酒が増えるんなら、早いほうがええ!」

 

「竜酒ってやつはすっきりしてるんだが、もうちっと濃い方がいい。俺ぁ働くからよぅ、濃いのも作ってくれねぇか?」

 

 

口々にそんな事を言いながら押し寄せる岩人(ドワーフ)たちと俺の間に、キントマンとコダラが壁となって挟まった。

 

 

「待て待て待て! 落ち着けって!」

 

「計画については俺が責任者だ、あっちで話そう」

 

 

キントマンに押し返され、コダラに逸らされた岩人(ドワーフ)の津波は流れていったが……

 

その後に一人だけ、ぽつんと残った岩人(ドワーフ)がいた。

 

その男はボロを纏ったぼうぼうの髭面で、ガリガリに痩せ切っているようだ。

 

 

「あんよぉ、フーシャンクラン様よぉ、ちぃといいか?」

 

「どうした?」

 

 

俺が尋ねると、彼は幾本かの歯が欠けた口を開いて、まるで何かに縋るかのようにこう言った。

 

 

「俺は、俺はよぉ、天才なんだ」

 

 

自分を天才だと、そう言い切った彼は……

 

その言葉とは裏腹に、自信なんか微塵も感じられない揺れた瞳で、自らの掌へと視線を落とした。

 

 

「だけども俺は、何でもやれるってわけじゃねぇんだ。槍の穂先しか作れねぇ」

 

 

掌と、その先の指が、小刻みに揺れていた。

 

 

「……そんでもよぉ、俺に、ここで何か役に立てる事はあるかい?」

 

 

彼の問いに、俺は無言でその手を取った。

 

今にも朽ちて果てそうな、痩せ細った手だが、それでも長年道具を握ってできたのであろう豆だけが、しっかりとその形を残している。

 

きっちりと仕事をやってきた手だ。

 

 

「……うん、きっと力を借りる事になる」

 

 

俺が頷きながらそう言うと、彼はこちらを見つめて一言「そうか」とだけ呟いた。

 

そして、俺の手の中にある自分の掌を見つめ、もう一度「そうか」と言った。

 

 

「おーい、何してんだ? みんなあっちで集まってるぞ! ……って、ん!?」

 

 

眼の前の男を呼びに来たのであろうコダラが、彼の顔を見て驚いたような表情を浮かべた。

 

この男、コダラの知り合いだったんだろうか?

 

 

「あんた……あんた、来てくれたんだなぁ!」

 

「ああ、まぁな……急ぎの仕事も……なかったもんだからよ」

 

「ありがたいぜ。とにかくよ、これから計画について話すから、こっちへ」

 

「ああ…」

 

 

岩人(ドワーフ)の集まる中庭の中央へと向かう二人を見送って、俺はなんとなく空を見上げた。

 

真ん丸な月を串刺しにする、槍の穂先のような塔の窓から、赤々とした光が見える。

 

どうやらハリアットはまだ眠らずにいるようだ。

 

もしかしたら、俺の帰りを待って、お茶を沸かしてくれているのかもしれない。

 

もうちょっとしたら切り上げるか、なんて事を考えながら……

 

俺はキントマンと共に、でっかい声で意見を交わし合う岩人(ドワーフ)たちの元へと向かったのだった。

 

 

 

 

 

そんな岩人(ドワーフ)たちがまずやった事は、コダラの工房の縄張りのやり直しだった。

 

当初予定していた工房の規模では、この人数の岩人(ドワーフ)はとても入り切らなかったためだ。

 

麦の作付けを行っている畑を遠くに見ながら、俺とコダラは建築の専門家であるパイロという岩人(ドワーフ)と打ち合わせを行っていた。

 

 

「フシャ様よう、結局わしらが作るエンジンっちゅうのはどんぐらいのデカさのもんなんじゃ?」

 

「それ自体はそんな大きくないけど、大量の部品を作る事になるから工房はとにかくデカい方がいいかも」

 

「城よりでっかくなっちまうがええんかい?」

 

「全然いいよ、ツトムポリタの公衆浴場なんてうちの城の倍はあったし」

 

「ツトムポリタか、でっかい町らしいのぉ」

 

 

たしかに、重機もないこの世界でよくあれほどの都市を作ったな、と感心してしまうぐらいデカい町だったな。

 

 

「でっかいでっかい、すんげぇ街だよ」

 

「前の時はあれだったけど、今度はゆっくり行ってみてぇよなぁ。飯も美味かったし、女も綺麗だったし……」

 

 

まぁ、キントマンやコダラたちは夜の大都会(ツトムポリタ)を本気でエンジョイしてたからな。

 

俺だって、もう五、六年したら改めて行ってみたいよ。

 

 

「コダラも行ったのかぁ? ええのう。わしも若い頃から一度は行ってみたいと思うとったが……金もなかったし、向こうで稼ごうにもマッキャノは余所者を好かんからなぁ……」

 

「いやまぁでも、タヌカンとマッキャノの間には交易もあるし、エンジンが完成したらなんだかんだ三日ぐらいで行けるようになるんじゃないかな?」

 

「なにっ!? 三日!?」

 

「朝から晩まで走ればね」

 

 

大量にガソリンを積める車ができれば、という事でもあるが……無理な話ではないだろう。

 

環境が整ったら、こっちの言葉(タドラ語)を覚えたマッキャノ人をガイドにして、旅行会社みたいなのを立ち上げてもいいかもしれないな。

 

 

「足ができたらうちの嫁さんの里帰りとかも気楽にできるようになるし、そん時はパイロもついてきたら?」

 

「おお、そりゃあ楽しみじゃのぉ! エンジンっちゅうのを冬の間に作ったら春に行けんかの」

 

「パイロのとっつぁん、そりゃあさすがに無理だよ」

 

 

コダラにそう言われながらも、白髭のパイロはその日一日、機嫌良さそうに鼻歌交じりで図面を書いていた。

 

そうして岩人(ドワーフ)総出の作業によって秋の間に出来上がった、市民体育館のようなデカさの巨大工房は……

 

冬にやってきたマッキャノの岩人(ドワーフ)の追加によって、更に巨大になっていくのだった。




槍の穂先しか作れないドワーフはEmerald Sword9に出てきた人です
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