バッドランド・サガ   作:岸若まみず

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Too Late To Die4

何にもない荒野を、風だけがびゅうびゅうと吹き抜けるタヌカンの冬。

 

そんな冬の過ごし方といえば、毎年それなりに辛いものだった。

 

乾燥しているため雪が降らないのは助かるが、とにかく耐えるばかりなのがこの土地の冬の過ごし方だ。

 

南にそびえるカラカン山脈以外に風を遮る山もなく、木もなければ薪もなく……

 

さりとてマッキャノの草原のように、全力で備えねば凍え死ぬほどの寒さでもなく。

 

ただなるべく家に籠もってじっと我慢していればなんとかなる、そういう冬だ。

 

だからないないづくしのタヌカンでも、我々は何百年も全滅せずに生きてこられたわけだ。

 

とはいえ、寒いものは寒いのだ。

 

 

「ツトムポリタと比べれば、ここらへんは随分暖かいわ」

 

 

なんて事を北の国のお姫様が言おうが、(つら)いものは辛い、そういうものだ。

 

だが今年はちょっといつもと事情が違い、俺たちはそんな辛いはずの冬を、そこそこ快適に過ごせていた。

 

例年ならまさに火が消えたように静かだった城は、マッキャノ商人たちが運んでくれる燃料のお陰で暖炉も鍛冶場もフル回転。

 

部屋は暖かい上に食べ物も不足なく、俺が作った酒という楽しみがある事もあってか、みんなの表情もどこか柔らかい。

 

 

「まるで天国のような越冬だ」

 

 

なんて事を、騎士団長が思わずこぼすほど、今年の冬は快適だったのだ。

 

その上冬の間もあちこちを行き来する俺には、ハリアットが作ってくれたマッキャノの服があった。

 

山羊の毛織物で作られたというこの服はとにかく暖かく、外でも動き回っていれば汗ばむほど。

 

できる事ならば城のみんなの分を揃えたいぐらいの、最高の防寒着だった。

 

そんな燃料も食料も服も、全て俺が洗礼をしたマッキャノの商人たちが荒野へともたらしてくれたものだ。

 

「洗礼のお礼だ」と言って色々持ってきてくれているが、今のところ彼らにもポーションと酒ぐらいしか返せていない。

 

この恩に報いるためにも、岩人(ドワーフ)たちの工房が完成したら色々と物を作って、もっとドカンと利益を返していきたいものだ。

 

 

そんな、俺待望の岩人(ドワーフ)工房。

 

その建設現場では、沢山の岩人(ドワーフ)たちがなんとも忙しそうに作業を進めていた。

 

 

「悪ぃなぁフシャ様、呼びつけちまって」

 

「いやいや、今コダラが一番忙しいんだから……」

 

 

建築現場の休憩場所、スープの染みがあったりチーズの欠片が木目に挟まっていたりする大机で、俺とコダラは羊皮紙を広げて打ち合わせを行っていた。

 

護衛として連れてきたキントマンは部屋の暖房の前に陣取って、馬の操作でかじかんだ手を温めている。

 

 

「とにかく工房が作り終わる前に、少しでもエンジンとやらを作る計画の詳細を詰めておきたいんだ」

 

「もちろんだよ、何でも聞いて」

 

 

俺がそう言った瞬間、んごーっ! と部屋の隅の毛布溜まりから大いびきが聞こえてきた。

 

どうやら、仮眠を取っている岩人(ドワーフ)がいたらしい。

 

キントマンが舌打ちと共に毛布に石炭を一つ投げると、んぐっと声がしていびきは収まった。

 

 

「悪ぃなぁ、こんな部屋しかなくてよ」

 

「いいんだよ、大変なのはわかってるんだから」

 

 

打ち合わせをこんな場所でやる理由は単純明快、責任者のコダラが忙しすぎてここから動けないからだ。

 

元々数が多かったフォルク側の岩人(ドワーフ)に加え、マッキャノから来た岩人(ドワーフ)たちも合流し、それらをまとめなければならないコダラにはかなり負担がかかっていた。

 

とはいえ、なんとなくでもマッキャノ語が使えるという岩人(ドワーフ)はコダラ以外におらず、今は彼が指示を出すしか仕方がないという状況ではあった。

 

なんだかボサボサのヒゲすらも疲れて見えるコダラは、ポリポリと頭を掻きながら話を続ける。

 

 

「えーっと、そんで……なんとなくは聞いてるんだがよぉ、結局フシャ様が作りたいエンジンっちゅうのは根本的にどういうものなんだ? それを使ってズバイベに行くとか言ってたが」

 

「えっとねぇ、エンジンっていうのは……つまるところ回転を起こす機械で、風車や水車と役割は同じなんだ」

 

「ふんふん。そんでだ、それを作るのにさらに旋盤っちゅうのが必要だって言ってたなぁ……」

 

 

コダラはそう喋りながらも、紙に計画の全体像を書きつけていく。

 

 

「そうそう、それで旋盤っていうのが……」

 

 

コダラはそう喋りながらも、紙に計画の全体像を書きつけていく。

 

基本的に一芸に特化しがちな他の岩人(ドワーフ)たちと比べると、やはり彼は卓越した柔軟さを持ち、かつ非常に先進的だった。

 

俺が半ばうろ覚えで話す、非常に欠落が多いであろう前世の概念を、彼は一言も否定せずに自分なりに噛み砕き、更には計画に何が足りないのかを聞き出してくれるのだ。

 

俺のような人間にとって、きっと彼以上の技術者というのは存在しないことだろう。

 

以前はキントマンたちと一緒に鍛冶屋をやっていたと聞いたが、この様子ならきっと客に愛されて繁盛していたのだろうな。

 

 

「うーん……ざっと書き出しただけでも、作らなきゃいけねぇもんが山積みだ。打ち合わせも、どんどんやっていかねぇと間に合わねぇんだが……」

 

 

コダラはそう言いながらちらりと窓の外へ目をやり、建材を持って走り回る岩人(ドワーフ)たちを見た。

 

打ち合わせは必要だが、自分はここを離れられないという事だろう。

 

まぁ、それはわかっていた事だ。

 

 

「いいんだよ、何度だって通うさ。この工房は全ての要だ」

 

 

俺も色々やる事はあるにはあるが、とにかく工房の完成とエンジン開発への着手は急務なのだ。

 

この領を中心とした経済圏の更なる発展のために、と言えば格好つけすぎか……

 

飾らず言えば俺に投資してくれた連中(マッキャノ)や、自分のメンツをかけてまで俺を信じてくれた連中(ズヴァイベ)に筋を通すため。

 

そして今後の情勢不安(フォルク)に備えていくためにも、どうしても高速な移動手段(モーターベーション)は確保しておきたかった。

 

特に三年以内にズヴァイべに挨拶に向かうという約束は、必ず守らなければならない。

 

ズヴァイべというのはマッキャノと兄弟のような関係の強大な国、そことの約束を破ろうものなら、この荒野は一巻の終わりだろう。

 

かといって半年も一年もかけて馬で向かえば、その間に本国(フォルク)が何を言ってくるかわからない。

 

この個人的最重要施設である岩人(ドワーフ)たちの工房は、そんな板挟みの俺の焦りを乗せていた。

 

 

「そんじゃあフシャ様を呼びつけちまうようで悪いが、しばらくは……」

 

 

コダラが小指でこめかみを掻きながらそう言った時、休憩室へと何気なしに赤髪の岩人(ドワーフ)が入ってきた。

 

彼はそのまましばらく無言でこちらを見つめていたかと思うと、部屋を飛び出して叫んだ。

 

 

「フシャ様来てるぞーっ! パイロの(かしら)! フシャ様だぁ!!」

 

「何ぃ!? 足にしがみついても捕まえとけ! コンクリートってやつの練り具合を見てもらわんと!」

 

「こっちが先だぁ! プラスチックってのの酒瓶の強度について相談があんだよ!」

 

 

そんな声と一緒にどたどたと人が走ってくる音が聞こえる。

 

何でもかんでも行き当たりばったりで進めてきた俺が悪いといえばそうなのだが……

 

どうも冬の間ここに通ってくる理由は、いくらでもありそうだった。

 

 

 

そんな工房の建設現場からの帰り道、通りかかった城下町の方にも大きな建物が建築され始めているのが見えた。

 

場所はアルドラ教の教会の隣……と、マッキャノ族のアーリマー教の教会の隣。

 

手の空いている町民を雇って建てられているそれらは、タヌカンに初めてできる事になる孤児院だった。

 

 

「こっちはもう結構できてるなぁ」

 

「そりゃあこっちは人が住むためだけの建物だからじゃねぇか?」

 

「たしかに、工房の方は防火構造だしなぁ。工房も最初はもうちょっと小さく作ればよかったかな」

 

 

キントマンとそんな事を話しながら大通りを歩いていると、道の両側(・・・・)にある孤児院から二人の男がこちらへ走ってやってきた。

 

 

「や! や! これはフーシャンクラン様! ご覧の通り孤児院の建設は順調で……」

 

「ああ、それはよかった。また今度顔出すから」

 

『荒れ地のフー! ここへ来て茶を飲んでいけ! こちらは向かいよりも豪華な孤児院になるぞ!』

 

『いやいや、ちょっと通りかかっただけで……また今度頂くよ』

 

 

道の真ん中で俺を挟んでそんな事を言うアルドラ教とアーリマー教の神父たちは、ろくに言葉も通じていないのになんだか息ぴったりでいがみ合っていた。

 

そんな彼らの後ろからは、粗末ながらもそこそこ暖かそうな服を着せられた子どもたちが、神父の身体に隠れるようにしてこちらを見つめている。

 

そう、孤児院が必要になったという事は、またタヌカンに孤児が増えたという事だ。

 

去年の春、うちの騎士たちがこの町にいた孤児を、全て養い子にした事があったが……そんな事で世の中の孤児が全ていなくなるわけでもない。

 

タヌカンは、フォルクという国の人材の最終処分場。

 

罪人も貧民も孤児も、次から次へとやってくるのだ。

 

さすがにいくらなんでも、これ以上騎士たちに孤児の面倒をみさせて負担をかけるわけにはいかない。

 

……という事で、親父と話し合って予算をつけ、来たばかりの頃の傲慢さは何だったんだ? というぐらいに大人しくなった教会に、孤児院の運営を委託する事にしたのだ。

 

なぜかマッキャノの教会のほうまで、自費で孤児院を作ると言い出したのには驚いたが……

 

まぁゆくゆくはマッキャノの孤児も出てくる事があるだろうし、無駄にはならないか。

 

 

『向かいの建物より大きく作れ!』

 

「急げ急げ! 子どもたちは凍えておるぞ!」

 

「それじゃあ頑張ってね、急ぎすぎて事故のないように」

 

「もちろんですとも!」

 

『荒れ地のフー! もう行ってしまうのか?』

 

『通りがかっただけだから、また今度!』

 

 

俺は神父たちにそう挨拶をして、工事の喧噪に包まれた教会前を後にした。

 

そして城に向かって歩く道中で、また工事をやっている現場に出くわしたのだった。

 

土壁の残骸しか残っていない家屋の残骸がいくつかあったその地区では、何やら大掛かりな取り壊し工事をやっているようだ。

 

 

「あれ、ここも建て替えをやってるんだな」

 

「あー、なんかベンガの嫁さんが酒場を開くって言ってたから、もしかしたらそれかもしれねぇな」

 

「へぇー、小料理屋をね」

 

 

ベンガというのはうちの騎士団のうちの一人だ。

 

城では女衆皆で料理をするから、俺には彼女の腕の良し悪しはわからない。

 

だが店を持つって事は自信があるんだろう。

 

この間父が騎士たちに先だっての戦争の恩給を出したと聞いたから、それを元手にしたのかもしれないな。

 

ちなみに恩給に使われたのは俺が家に入れたマッキャノ銭(ラオニクス)だ、フォルク側の金(タドゥリオン)は納税に使うという事もあるが……

 

単純にマッキャノ資本の流入している今のタヌカンならば、マッキャノ銭のほうが使い勝手がいいというのも大きかった。

 

 

「今ぁここらにある店っていえばマッキャノ族の店だけだからな、城の連中が気楽に使える店もあった方がいいだろ」

 

「たしかにね」

 

 

とはいえ、恐らくその店でも流通する貨幣はマッキャノのラオニクスになるんだろうな……

 

先々の事も考えて、神秘軍の財務を取り仕切るメドゥバルに両替業務でもやらせた方がよさそうだ。

 

そんな事を考えていた俺の元に、商談の旅に出ていた彼がとんでもない客人を連れて帰ってくるのは、その一週間ほど後の事だった。




皆様のお陰で2024年12月25日に『バッドランド・サガ』の書籍版第1巻が発売される事になりました。
本当にありがとうございます、これからもよろしくお願い致します。

また別作品にはなりますが2024年12月27日に『異世界で 上前はねて 生きていく』の書籍版第五巻も発売になりました。
こちらも合わせて何卒よろしくお願い致します。
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