バッドランド・サガ   作:岸若まみず

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Too Late To Die5

それはまるで夜の闇を船の形に切り取ったかのような、漆黒の帆船だった。

 

その船はメドゥバルの帆船に先導されるようにしてタヌカンへと現れ、港に左舷を見せるようにして錨を下ろし……港のすぐ近くの荒野へと、巨大な火球を打ち込んだ。

 

尋常ならざる船の突然の来航と攻撃に、タヌカンは揺れた。

 

港から用を伺う小舟が出ても返答はなく、それどころか弓を構えた船員に脅しをかけられる始末。

 

結局、いつまでたってもその中からは、誰一人として降りて来る事はなかったのだった。

 

 

「メドゥバル殿が参られました!」

 

「はようはよう! みんな揃っとるぞ!」

 

 

そんな黒船を先導してきた、全ての事情を知るはずのメドゥバルが城へとたどり着く頃には、タヌカンの主だった者全員が大部屋へと集まっていた。

 

そしてメドゥバルは、部屋へと入って来るやいなや、倒れ伏すようにして俺の足に縋り付いたのだった。

 

 

「フーシャンクラン様! 申し訳ございません! このメドゥバルめは力及ばず、説得叶わず、怒れる耳長(エルフ)を領へと連れ帰ってしまいました!」

 

耳長(エルフ)? あの黒い船に乗っているのは耳長(エルフ)なのか?」

 

「そうでございます……それも、龍血のご一族……西方の大森林にて最も恐れられる耳長(エルフ)方でございます……」

 

「その、龍血の耳長(エルフ)が……何の用で?」

 

「それがどうやらパルーイ殿と因縁浅からぬご様子。五隻からなる艦隊に襲われたとの事で、タヌカンにて雇い主の責を問うと……」

 

「…………」

 

 

俺は絶句するしかなかった。

 

そんな無礼な話はなかったからだ。

 

身分も明かさず、名も名乗らず、ぶっきらぼうに魔法を打ち込み威嚇をし、辺境伯家の家臣を使いっ走りにして自分では用件も言わない。

 

たとえ本当にこちらのパルーイに責があったとしても、あってはならない態度だった。

 

 

「そもそも、配下が仕官する前の事は我々の預かり知らぬ事なのだが……」

 

 

俺の後ろに座っていた親父は、跪いたままのメドゥバルに対してつとめて冷静な声でそう言った。

 

だが、メドゥバルはなんとも苦しそうな顔を上げて親父に返答する。

 

 

「デントラ様、私もそう申したのですが……関係はないとの一点張りで」

 

「しかし、そのような無体が通ろうはずもない。我々は痩せても枯れてもフォルクの貴族、耳長(エルフ)共は外交問題になっても良いと申すか。先の攻撃とて、戦の鏑矢となってもおかしくはないのだ」

 

「恐れながら、相手は辺境伯様どころか、王様を相手にされましても全く態度を変えぬ方々です……四百年前の聖伐戦争以降、大森林との外交は梨の礫。お国が介入するかは怪しいところかと……」

 

 

そもそも外交自体が存在しないから、悪くなるような関係もないって事か。

 

四百年前にこちらの大陸から西方の大森林へと攻め込み、一人たりとも帰ってこなかった事から、耳長(エルフ)たちは一種のアンタッチャブルな扱いとなっていた。

 

耳長(エルフ)の商人たちが商売できているのも、誰が身分を保証しているわけでもなく、彼らが自らの武力で各勢力と渡り合っているだけなのだ。

 

 

「ぬぅ、そもそも船を襲ったというのも、パルーイの仕事だと断定できるか?」

 

 

たしかに、パルーイの船団は三隻だったはずだ、別の海賊の仕業の可能性だってある。

 

俺はそう思ったのだが……残念ながらメドゥバルの口から出た言葉は、それを打ち消すものだった。

 

 

「北海航路では、五隻の魔導櫂船を率いる海賊パルーイの名前は有名でございました……それに、耳長(エルフ)方はめったな事では言葉を曲げません、恐らくその線で逃れるのは難しいかと」

 

「たしかに、耳長(エルフ)を一度怒らせると龍より恐ろしいと聞くが……メドゥバル、もしこちらが責を認めるとして、あちらの要求はどのようなものになりそうか?」

 

「この場合……パルーイ殿を呼び戻し、処刑する事を確約し、莫大な慰謝料を払うという事になるかと存じます」

 

「なるほど、そうなるか……」

 

 

父が沈鬱な顔で俯いたところに、隣に控えていた騎士団長が声を上げた。

 

 

「しかし、いくら耳長(エルフ)とはいえ一隻だけでありましょう? 事を構えてもよろしいのでは?」

 

「そうだ! 耳長(エルフ)なにするものぞ!」

 

「あちらの船に切り込んでしまえば魔法は使えませぬ!」

 

 

騎士たちも団長の言葉に同調するが、メドゥバルは首を横に振る。

 

 

「以前、あの黒い船の耳長(エルフ)方を襲った海賊の本拠地の港が、一夜にして灰になったという事が……しかも今回、相手は船の上でございます」

 

「……一息に排除するのも難しい、か」

 

「…………」

 

 

そんななんとも暗い空気の流れる大部屋に「あの」という俺の声が響く。

 

その声を聞いた父は、なんだか不安そうな顔でこちらを見た。

 

 

「どうした? フーシャンクラン」

 

「とりあえず俺が行って、話聞いてくるよ」

 

 

とにかく話をしてみないと始まらないと……俺はそう思ったのだ。

 

そもそも相手は停泊してこちらの動きを待っているわけで、顔を繋いでいるメドゥバルと共に向かえば、対話ぐらいはしてくれるはずだった。

 

 

「いけませぬぞ!」

 

「然り! フシャ様が行かれるなど!」

 

「儂は海戦も上手い! 耳長(エルフ)なんぞ恐るるに足らん! 期限は切られておらんのだ、引き伸ばして兵を集めればええ!」

 

「左様! フシャ様の嫁御が言えばマッキャノも動くかもしれん! 何もフシャ様が真正面から行く事ぁない!」

 

 

騎士や軍師の爺さん方はそう言ってくれるが……

 

誰も責めてはくれないが、ぶっちゃけこれは俺が独断でパルーイをリクルートしたから引き込んでしまったトラブルなのだ。

 

タヌカンへ災いを呼び込んだ責も、耳長(エルフ)たちの言う雇い主としての責も、あるとするならばその全てが俺にあった。

 

そして、俺にはこの事態の収束に力を貸してくれそうな人物に、心当たりもあったのだ。

 

 

「幸い、タヌカンには耳長先生(イスローテップ)がいる、師事している立場の俺からお願いして仲裁に立ってもらおうかと思う」

 

「イスローテップか。かの御仁は……たしかにお前の頼みでなければ動かんかもしれんな……」

 

「知らなかった事とはいえ、今回の件は俺が招き入れた災いでもある。どうか、一度俺にやらせてほしい」

 

 

俺はそう言って、皆に頭を下げた。

 

最悪、俺の首一つで済みそうな話でもある。

 

筋目から言っても、身の軽さから言っても、まず俺が動くのはそう悪い策ではないはずだった。

 

 

 

そんな俺が訪れた部屋で、イスローテップは薪もないのに燃える暖炉の前に絨毯を敷き、そこに寝転がりながら本を読んでいた。

 

俺達が来たというのに、彼女は本から目を上げる様子もない。

 

 

「先生……」

 

「船の件か? 妾は行けぬぞ」

 

「…………」

 

 

がーんだな、何も言わないうちから釘を刺されてしまった。

 

だがそんな先生の前に俺付きの騎士であるイサラは座り込み、まるでヤンキーのようにガンをつける。

 

 

「なんで行かないんだよぅ……」

 

「狼に狼の社会があるように、耳長(エルフ)にも耳長(エルフ)の社会があるのだ」

 

「理由を言えよぅ……」

 

「さぁて何であろうなぁ……」

 

 

イサラとは反対側にゴロンと転がったイスローテップは、つまらなさそうにそう言った。

 

そんな彼女になおも絡もうとするイサラの肩を、キントマンがポンポンと叩く。

 

 

「イサラ、時間の無駄だ。このババアは余計な事は一晩中だって話すが、自分の事は名前以外話さねぇんだよ」

 

「月よりも美しき花に向かってババアなどと、口がもげるぞよキントマン」

 

「百歩譲って花だとしてもよ、てめぇはとびっきりの毒花だろうが……」

 

「毒を毒にするのは人間の業よ」

 

 

そう言ってケタケタと笑うイスローテップの背中に俺は膝を突き、絨毯に手を突いて深々と頭を下げた。

 

 

「頼むよ先生。一緒に来れないって言うなら、なんか知恵を授けてください」

 

「…………」

 

 

お付きの二人も、俺の隣で同じように頭を下げたようだ。

 

そんな俺たちの方に、先生がごろんと向き直った音がした。

 

 

「ふぅん、そんな魔法のような知恵があると思うか?」

 

「ないなら、イスローテップはもうここにはいないでしょ?」

 

 

俺が頭をちょっと上げて顔を見ると、彼女はなんだか面白そうな顔でこっちを見ていた。

 

 

「ふぅむ、それが小童から見た妾か?」

 

「何百年も生きるって凄い事だから、ほんとに自分の身に火の粉がかかるような場所には留まらないんじゃないかと思って」

 

 

そう言うと、イスローテップはちょいと下唇を出した。

 

 

「ま、良かろう。だが妾はお前の軍師でも、商人でも、占い師でもない……故に授けてやる魔法は、また言葉だ」

 

「エルフ語のデェア(なに?)でも教えてくれるの?」

 

「尋ねて答えてくれるような奴らかよ、教えるのはエルフ語の挨拶だ」

 

 

そして彼女はこれまで見た事もないぐらい真摯な顔で……

 

そしてなんとなく忌々しげにも思える様子で、こう唱えた。

 

 

「エル・マルト・ウル・フォプス」

 

「……エル……マルト……ウル……フォプス」

 

 

俺は何かの呪文のようなその言葉を繰り返し、深く頭に刻んだ。

 

 

「これって……どういう意味?」

 

「マルト家の偉大な男を讃えよ……耳長(エルフ)の大英雄、ヴァイパイフォプスの聖句であるぞよ」

 

 

口にするときは必ず、一言一句間違えぬよう。

 

耳長先生(イスローテップ)はそう言って、俺達を部屋から追い出した。

 

追い出された廊下の窓から外を見れば、気短な冬の太陽はすでに沈みかけていて……

 

荒野の向こうからは、あの船と同じ漆黒の闇が近づいてきていた。

 




皆様のお陰で2024年12月25日に『バッドランド・サガ』の書籍版第1巻が発売される事になりました。
本当にありがとうございます、これからもよろしくお願い致します。

また別作品にはなりますが2024年12月27日に『異世界で 上前はねて 生きていく』の書籍版第五巻も発売になりました。
こちらも合わせて何卒よろしくお願い致します。
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