このお話は、追加コンテンツ『ゼロの秘宝』後編が始まる前の時間軸のお話です。
故に、スグリを含めたキャラは改心も心変わりもしていません。
また、本編とは違う立ち位置に立つキャラもいます。
苦手な方はご注意ください。
1
太陽の光を取り込み、狂う程に眩い光を四方八方に飛ばす大海原。
イッシュ地方の海に、キャモメはつきものだ。きゃあ、きゃあと鳴きながら、獲物を求めて飛び回っている。
そんな海に、ぽつんと点在する人工物。
未確認飛行物体かのようなフォルムをした、ドーム状の建物。
実はそれは、巨大な学校――ブルーベリー学園のエントランスホールなのである。
海の下に膨大な施設を孕むその学園では、優秀なポケモントレーナー達が日々学問に励んでいる。
そんなブルーベリー学園へと続く船着き場に、本来あるべきでないヘリコプターが着陸していた。
「……おい、リーダム!! 俺の足を踏むんじゃない!!」
「ご、ごめんジャスティ」
二人の男が、言い合いながらヘリコプターから荷物をせっせと下ろしている。
彼らが纏う服は、白を基調としたトレーナーとスラックスで、赤いラインがアクセントになっていた。
その服は、彼らがレスキューであることを示している。
「アリウム、学園のほうと連絡取れたか?」
男どもに荷下ろしを任せて、少し離れた所に、可憐な女性が立っていた。
海風に靡く、三つ編みに束ねられた桃色の髪。不機嫌そうに歪む翡翠の瞳に、レスキュー隊服に包まれた健康的で華奢な肉体。
アリウムは、スマホロトムを耳に当てながら顔を顰めていた。
「繋がらない。校長も副校長もダメ」
「……そんな大変な状況なのか」
赤髪のジャスティは、ため息を吐きながらエントランスホールを見据える。
彼女ら三人は、このブルーベリー学園からの緊急SOSを受けてやって来た。
この学園には”テラリウムドーム”という、簡潔に言えば人工的に造られた自然がある。そこにいるポケモンが凶暴化し、人を襲っている――とのことなのだ。
「……現場まで来たんだし、行ってみようよ」
青髪のリーダムはオドオドしながら言う。
そう、彼女らはもう、学園の目と鼻の先まで来ていた。
今更向こう側の連絡を待っていては、救助が遅れてしまう。
「行こっか、二人共。ポケモン持った?」
「育成済みの手練れ共を連れてきた」
「ぼ、僕も……あんまり、自信はないけど」
三人が腰に巻いたベルトには、赤と白の球体――モンスターボールが六つ吊られていた。
レスキューたるもの、ポケモンの扱いもうまくなければならない。故に、大変な仕事だ。
「……行こう」
アリウムは少しばかり顔を顰め、二人に背中を向けた。
(なんでそんな、目をキラキラさせて仕事できるのよ……)
歩幅広めに、彼女は二人の方を一切見ずに歩きはじめる。
この時、彼女は知らなかった。
今自身が立つ場所の下で巻き起こっている、恐ろしい惨劇を――。
◇
エントランスホールから続く、薄暗い通路を抜ければ、テラリウムドームに辿り着く。
漏れゆく光を目蓋が拒絶する。
その地の遥か上には、人工太陽とも形容できる光の玉が浮いている。
彼女らが足を踏み入れたのは、乾いた風が吹き荒れくすんだ草が生い茂るサバンナエリア。
ドードーが元気に走り回る、楽しい場所と聞いていたのだが。
「……何もいない」
人、ポケモン、そんなこと関係なしに一切姿が見えない。
普段なら、サバンナエリア特有のポケモンと、授業に勤しむ学生たちで賑わっている筈だ。
ジャスティとリーダムも、その異常さには気づいている様子。
アリウムはと言えば、怖気づくことはせず、辺りを冷静に見渡している。
彼女の視界に入るのは、ようやくの人影。
震える足取りで走りながら、辺りをきょろきょろと見回すピンク髪の少女だった。
その少女はアリウム達を目にすると、半ば泣きそうになりながら駆け寄ってくる。
「君、ちょっと話を――」
「れ、レスキュー隊の人ですよね!?」
少女は彼女の言葉に耳すら傾けず、アリウムの手首を力強く引いてきた。
顔は青く、息も荒い。
可愛らしいピンクのコートには、まだ生臭い、血が付着している。
その風貌を見れば、今、この状況が只事ではないことがすぐに理解できた。
「た、助けてください……!! お願いします……!!」
アリウムがどうすればいいか分からずいると、ジャスティがフォローを入れる。
「お嬢さん、落ち着いて。まずは状況を――」
「そんなことどうでもいいからっ!!!!」
しかし、彼の言葉も少女は掻き消した。
まるで銃でもつきつけられているかのような必死さだ。
(この娘……確か四天王の――)
少女はアリウムを見て、涙ぐみながら訴えかける。
「人が……人がポケモンに……!! 早く、早く来てください!!」
その言葉に、三人は息を呑んだ。
極めて多い事例で――極めて残酷な事例。
人と共存できているポケモンが、その人を襲う。
よくある事だ。それ故に、残酷だ。
年端もいかない少女には、酷すぎる出来事であろう。
「……連れて行ってくれるかな。お嬢さん」
「こっちです……!! 早く……!!」
少女に導かれるまま、三人はサバンナエリアを駆けていった。
◇
到着した地の光景は――まさに地獄だった。
「た、タロさん!! た、助けてくださァァい!!」
一人の学生が泣き叫んでいる。
そんな彼を、無慈悲にも地面に伏せさせる存在がいた。
三つ首を持ちしポケモン――ドードリオ。
恐ろしい程野生に満ちた目つきで、ふさふさだったはずの茶色の身体は、何者かの返り血で汚されている。
ドードリオが咆哮し、その学生に刃物のような嘴を突き立てようとした。
学生の悲鳴に重なり、到着したアリウムはモンスターボールを投擲。
蓋が割れ、光とともに飛び出してくるポケモン――サワムラーの強烈な”とびひざげり”が炸裂。
ドードリオは怯み、二、三歩後退した。
リーダムもポケモンを繰り出し、彼を直ちに救出する。
大きくはばいたムクホークが、間一髪のところで彼を持ち上げ、彼女らの元へ運んだ。
「リーダム君、お嬢さん。その子を安全なところに」
指示を聞き入れた二人は、怯える彼をすぐさま現場から離れさせた。
「じゃあ、俺はお前と共闘か」
「そういうこと」
ジャスティは険しい顔になり、モンスターボールを取り出した。
「行くぞ、フォレトス!」
彼が繰り出すは、鉄の殻を持つむしポケモン――フォレトス。
サワムラーと並び、荒れ狂うドードリオを威嚇する。
先手を取ったのはサワムラー。
彼女の指示で、技を放つ体勢を取った。
「サワムラー、かわらわり」
「でんじほう だ! フォレトス!」
エネルギーを充填するフォレトスを置き、凄まじい速さで距離を詰めるサワムラー。
構えられた平手がドードリオの頭部に振り下ろされ、頭蓋骨を砕く勢いで激突。
その後に、フォレトスが充填したエネルギーを一気に放出。
頬が痺れるエネルギーの塊をドードリオにぶつけた。
猛攻を耐え凌いだドードリオは、怒り狂い、天に向かって咆哮を轟かせる。
舌をぶらつせながら、あり得ない速さで彼女らに向かって走り出す。
アリウムとジャスティはそれぞれの方向に回避し、ポケモンを使って反撃する。
顔面から勢い余って倒れたドードリオ。
そこに容赦なく、サワムラーは”とびひざげり”をお見舞いした。
ぎえっ、という鳴き声の後に、ドードリオは沈黙。身体が小さくなり豆粒のようになった。
一息つき、二人はポケモンをボールに戻す。
「……アリウムには敵わないな」
「そんなこと――」
照れてみようと思ったが、アリウムは無性に腹が立って言い方を急変させた。
「言わないでよ……!!」
アリウムの言葉に、ジャスティは激しく困惑した。
「な、なにか悪いこと言ったか?」
「そんな、私が凄いみたいに言わないでよ!! 私は……私は……!!」
それ以上言おうとしてジャスティに詰め寄ったが、急に頭が冷える。
高ぶった感情が嘘のように消えていき、妙な脱力感に見舞われた。
「……ごめん」
そう言って唇を噛む。
ジャスティは未だに、彼女がなんで怒っていたのか、理解できずにいた。
「行こう。リーダム君が待ってる」
アリウムはぎこちない笑みでジャスティに笑いかけた。
その後に踵を返し、顔を歪めて拳を握りしめたのだった。