アイを失って、復讐のこととルビーを守ること以外何も考えていなかった俺は、周囲に壁を作るどころか拒絶さえしていた。
ルビー以外は全て敵、そんなことさえ思っていた。
そんな息苦しさすら感じる日々を過ごしてると、たまに1人になりたい時がある。
といっても金も無い、小さな子供が行けるところなんて近所の公園くらいが関の山だ。
本を読む気も起こらず、無為に時間を費やす日々は無駄でしかないけれど、精神は胸の内にある昏い炎を燃やし続けようとしても、幼い身体はついては来られない。
無茶をしたくても眠気に負けて昼寝をしてしまうし、生き急ぎたくても身体は言うことを聞かない。
若い肉体だからこそ時間はあるはずなのに、
若過ぎる肉体は時間を十全に使い切ることが出来ない。
もどかしいのに、無力感に打ち勝てない。
自分で自分を縛り付けている自覚はあるが、どうすることも出来ない気持ちと時間を持て余すように、ぼんやりとする一時。
復讐なんてやりたくない、そんな思いは自分の中にあるはずがない。
きっと、この時間はもう少し大きくなれば終わる。
もう少し大きくなればもっと色々出来る。
そう自分に言い聞かせる。
そんなある日、1人の女の子に話しかけられた。
「どうしたの?こんなところで一人で。お母さんとはぐれたの?」
肩口で切り揃えられた黒髪の幼い女の子だった。幼い顔立ちをしたその子は俺の顔を覗き込んでニコッと笑った。
あどけないその笑顔に一瞬さりなちゃんの面影が重なった。
「別に…一人の時間を過ごしたかっただけ」
内心の動揺を悟られぬよう、ついぶっきらぼうに返してしまう。中身はオッサンのくせに、こんな子供に大人気ないとはわかっている。
「うわぁー、凄い大人っぽい回答きた」
驚きつつも、微笑ましいものを見るような目で大袈裟に少女はびっくりしたようなリアクションをとってみせた。
何だか一つ一つの仕草があざといくせに、鼻に付かない子だ。
「お姉さんは?見たところ小が…制服着てるから中学生?か」
「失礼な、子供っぽく見えるかもしれないけどこれでも来年は高校生だよ」
マジかよ。せいぜい小5、6かと思った。
「そっか一人かぁ…奇遇だねぇ、私も同じ」
そう言って、その女の子は聞いてもいないのに話し始めた。
父親がいないこと。
母親の身体が弱く病気がちなこと。
弟達がまだまだ幼いこと。
だから自分が頑張らないといけないこと。
共感出来ることが多いのと、その女の子が裏表が無い太陽のように明るいイヤミのないところが、信じられないことに、当時の俺の心を開かせた。
それからはたまに公園で会っては他愛の無い話をするようになった。
いつしか、その時間を心待ちにすらするようになっていた。
その時間はその子が高校に、俺が小学校に上がることで無くなってしまった。
「もう、なかなかここに来れなくなるねぇ〜寂しいなぁ…」
「仕方ないだろ。お互い生活環境変わんだし。そんな余裕も時間も無い」
「ホント、顔は天使みたいに可愛いのに、発言がことごとく可愛くなーい!!」
「そっちこそ、高校生になるのに、そのおバカさでやってけるのかよ」
「あれ?あれあれ?もしかして心配してくれてるのかなぁ〜?」
「ま、一応ね」
「ありがとうね。アクたんとこうしてる時間、凄く好きだった。多分、こんな時間がなかったら、もっと私苦しかったよ」
「…俺の方こそ…」
「ん?」
「別に何でもない。俺も結構楽しかったよ」
「そっかー」
俺の方こそ ──── 救われてた。
その言葉は言わなかった。
口にしてしまえば、その瞬間にも終わる気がした。
自制心ではない、復讐の決意が崩れてしまうことへの恐怖が口を凍え付かせた。
「私ね、絶対この時間のこと、アクたんのこと、忘れないよ。アクたんも忘れないでね」
小鳥が啄むような、小さなリップ音と共に柔らかな感触が頬を撫でた。
「!?」
「えへへへ。一応お姉さんのファーストキスなんだよぉ」
夕日でも誤魔化せないくらい真っ赤な顔で告げられた言葉に顔が熱くなる。
前の人生で、キスなんて珍しいことでも何でも無いのに。
アクアとして生まれ変わってからもアイに何度もされていたのに。
なのに、年甲斐も無く、ぎこちないキスに俺は思考を奪われてしまった。ほんの一瞬、復讐の炎すらも何処かへと消えていた。
「いつかまた会おうね」
そう言って、公園を後にするあの子の背に、別れの言葉一つかけられず、ただ見送ることしか出来なかった。
その小柄な背が見えなくなるまで、ずっと。
あの時の感情を何と呼べば良かったのだろう。
初めて抱いたものかもしれない。
生まれ変わら前でも、こんなくすぐったくなるような、けれど苦しくなるような感情。
名前を知ってはいけないと思った。
名前を付けてはいけないと思った。
それは、俺から復讐も恨みも奪って行くという確信があった。
けれど、
その感情は ────
──── それは確かに ────
この世界に何も期待するつもりはなかった。
けれど、何処かで俺は期待してたのかもしれない。
あの子にいつかまた会えると。
十年が経って、16歳になった俺は、あの子に再び巡り会った。
「でも、これはないだろ、いくらなんでも」
「あ、あははは…いやぁ〜、ひ、久しぶりだねぇ、アクたん」
あの子は18歳を名乗っていた。