新人戦モノリス・コード。
今日のメイン競技が始まるのを、楓は一高の天幕に設置されている大型モニターから見ていた。
今回の相手は、言っては変だが格下の相手であるため誰もが一高の勝利を疑ってはいない。
それでも試合を見守るために、誰もが視線を画面へと向けていた。
開始直前の三人の様子が映り、声までは聞こえないが作戦の最終確認をしているのがわかる。
リーダーである森崎の顔に余裕の表情はなく、どこか鬼気迫るものを感じることに一瞬の疑問を覚えながらも気を抜いていないことに安心する。
「そろそろ試合開始ね。」
「ええ。」
開始の秒読みが始まっているのを見て、隣にいる真由美の言葉に楓は頷く。
そしてついに試合開始、そのサイレンが鳴った瞬間見守っていた観客生徒全員が驚きに目を見開くことになる。
サイレンが鳴った瞬間森崎ら三人がいる部屋の天井に、魔法発動を示すものが現れたからだ。
試合の性質上、対戦相手は離れた場所に配置されているはずであり、もちろんその場所は知らされていない。
だから本来開始直後に魔法を発動させることは不可能であるはずなのだ・・・・フライングでもしない限り。
「フライング?」
「・・・え?ちょっと待って、この魔法は!!」
フライングというルール違反の予測に真由美が眉を顰めて呟くのを聞きながら、楓更に気付いた事実に声を上げる。
楓は達也ほどではないものの、簡単な種類くらいなら魔法を見分けることが出来る。
その結果、フライング行為で発動した魔法の種類を理解して顔を青ざめさせたのだ。
「楓、どうし・・・破城槌っ!!いけない!」
楓の動揺を不思議に思った真由美も、すぐに状況を理解して聞こえないとわかっていても叫んでしまう。
発動した魔法である破城槌により、三人がいる天井が壊れ、瓦礫と化して降り注ぐ。
本来なら殺傷力の低い魔法であるが、この場所に限っては違う。
逃げる場所のない狭い部屋の中、あくまで学生の試合程度の想定の防備しかしてない彼らにビルの天井というコンクリートが降り注げばどうなるか。
軽い怪我程度ではすまなくなるのは目に見えているのだ。
そしてその懸念通り、彼らは驚愕の表情を浮かべたまま瓦礫に押しつぶされる。
「きゃぁぁああ!!」
「うわぁっ!」
「お、おい!どういうことだ!」
画面を見ていたもの全員が、真っ青になって悲鳴やら叫び声やらを上げる。
事態がただ事ではないことも、彼らがかなり危険な状況になってしまっていることも理解しているからだ。
目の前で起こったあまりにも予想外の出来事に一高のテント内が騒然としている中、楓は難しい顔をしながら突如走り出した。
「楓っ!!」
「真由美!私は、現場に向かうわ!」
「っ・・・お願いっ!」
あまりのことに一瞬頭の中が真っ白になってしまった真由美だが、楓の行動と声を聞いて気が引き締まる。
そうだ、彼らをこのままにしてはおけない。
今すぐにでも助け出して治療しなければ、命だけではなく魔法師生命にも関わる可能性があるのだ。
動揺する生徒の沈静と指示を任せて、楓は急いで現場に向かうと、そこにはすでに人が集まっていた。
魔法を使って慎重に瓦礫を撤去しているようで、数分後には埋もれていた選手たちが姿を見せた。
「急いで担架を!救急車をここまで誘導して!」
瓦礫から助け出した三人をゆっくりと担架に乗せ、楓は一人一人状態を確認していく。
中でも一番酷い怪我なのは森崎で、側頭部から血を流しており肋骨も何本か骨折しているのが見受けられた。
おそらくだが、仲間である二人をとっさに庇ったのだろう。
「・・・ぅっ・・・二人、は・・・」
応急処置として止血をしていた楓の耳に、森崎の苦しそうな声とチームメイトである二人を探し心配する声が聞こえてきた。
この状況でもそう言える森崎に驚きながらも、楓は出来るだけ優しい声で話しかけてやる。
「大丈夫。二人とも無事よ・・・安心して?」
「・・・よ、かった・・・」
楓の声が聞こえたのか、森崎は安心したようにふっと小さく口元を緩めてから今度こそ意識を失ってしまった。
二人とも確かに無事ではあるが、腕にひびが入っていたり足に瓦礫が刺さっている状態なので油断は出来ない。
出血が少し多いのが気になるが、それでも命の危険を感じるほどの怪我をしているものはいないので病院でしっかり処置してもらえれば大丈夫だろう。
そう考えていると、タイミング良く救急車のサイレンが聞こえてくる。
「救急車来ました!」
「こっちに誘導して!私もついていくから、現場のことは頼むわね。」
「わかりました!」
瓦礫撤去の指示を出していた生徒に声をかけて、楓は三人と一緒に病院へと向かうため救急車に乗り込む。
救急車の中ですでに待機してくれていた救命医に楓が確認出来た怪我の状況と、施した応急処置を説明する。
病院到着後すぐに処置が行われ、三人は意識のないまま病室へと移される。
話を聞ける人間が自分だけだったので医師から絶対安静の説明を受けた楓がみんなの元に帰ってこれたのは、随分と遅い時間だった。
すっかり落ち着いている一高の天幕に戻ってみると、主要メンバーの姿が見えないことに気付く。
楓が誰を探しているのかわかったのか、天幕に残っていた生徒に真由美達が会議室にいることを聞き、そちらに向かうと会議室の中には確かに全員が揃っていた。
「楓っ!!お帰りなさい、三人はどうだった?」
会議室に入ると、がたっと勢いよく真由美が席を立ちあがり楓のもとに駆け寄ってくる。
すでの取り急ぎ容態を電話では話していたが、実際に怪我をした彼らの顔を見ているのは楓だけなので詳しい様子を聞きたかったようだった。
同じく他のメンバーも心配なのか、細かい説明をする楓の方を硬い表情で見つめている。
「大丈夫。処置も無事終わって、三人とも落ち着いているわ。」
「・・・・そうか。任せてしまって、すまなかったな。」
「いえ、大丈夫です。」
事実麻酔が効いて眠っている三人の顔は穏やかで、瓦礫から助け出された時の苦しい表情は見あたらなかった。
怪我も今の医療技術なら怪我をする前と変わらない状態に治すことが可能なので、後遺症が残るということもない。
楓の言葉に安心したように頷くと、対処を彼女一人に任せてしまったことを十文字が詫びる。
こちらはこちらで対処すべきことがたくさんあることを理解している楓は、首を横に振り問題ないと答えた。
「それで、新人戦モノリス・コードは・・・棄権ですか?」
怪我人の安否が明らかになれば次に気になるのは、九高戦のことだ。
明らかに相手校のルール違反とは言え、選手が試合続行不可能な状態になってしまったのは事実だ。
それにより導き出されるのは、一高のモノリス・コード棄権である。
状況が状況とはいえ、今棄権になってしまうのは総合優勝を狙う彼らにとって大きな痛手である。
楓の不安そうな表情と言葉を聞いて、真由美は少し戸惑い申し訳なさそうに口を開いた。
「楓、そのことなんだけど・・・」
コンコン
「はい。」
「達也、私よ。」
時刻は夜11時、すでに他の生徒はほとんど寝静まっている中、楓は目当ての人物である達也の部屋へとやってきていた。
ノックをすると中にいる達也が返事をしてきたのでドアを開けて、部屋の中へと入る。
達也はどうやら最終調整をしていたらしく、端末に向かって座って慣れた手つきでキーボードを叩いていた。
側に愛用のシルバーが煌めくCADではなく、競技用の黒い銃型CADが置かれている。
それを見て、楓は先ほど真由美から聞いたことが事実であると理解した。
「モノリス・コードに出ること、聞いたわ。」
「・・・ああ。ご指名を受けたよ。」
「・・・・大丈夫なの?」
怪我をして動けない森崎以下三名の代わりに達也が選手として参加する、それは異例のことだ。
本来ならそのまま棄権という形になるはずなのだが、怪我をした経由を考えると仕方がない。
十文字が折衝したというが、おそらくその辺のことを脅して条件を取り付けたのだろう。
こういうところは十師族らしく強引だ、などと思って苦笑が漏れてしまう。
彼らも達也が既存の魔法師とは異質でありながら、その力が絶大なことを理解しているのだろう。
だから余裕のある選手からではなく技術スタッフとして参加し、選手とはなりえないはずの彼を推したのだ。
「・・・・やれるだけやるさ。」
達也がたかが学生達に負けてしまうとは思っていないが、現状では限定的な力しか使えないし、CADもスペックの低いものを使うしかない。
その中で上手く立ち回り、なおかつ三高の一条に勝つことが可能なのかと楓は心配していた。
心配そうな顔をしている楓を引き寄せて、膝の上に向き合うように座らせると安心させるように頬を優しく撫でる。
「無茶はしないでね。・・・でも、達也が活躍する所が見れるのは嬉しい。」
頬を触れる手に気持ちよさそうに目を瞑りながら、楓はそんなことを口にする。
心配なのは本当だが、達也の強さを一高生だけでなく全国の生徒に見せつけることが出来る。
達也がどれだけ優秀な魔法師なのかを証明出来ると思うと、不謹慎ながらも楓の胸はわくわくと高鳴ってしまうのだ。
楓の気持ちを察したのか、達也はふっと笑って茶化すように言う。
「なら、楓にいいところを見せないとな。」
「ふふ・・・楽しみにしてる。」