「九高戦を観戦しに行きましょう!」
四葉家のある日の夕食時、突然深夜がそんなことを言い出した。
真夜は口元を白いナプキンで丁寧に拭いてから、前に座っている姉を見つめる。
彼女は前置きもなく突然言い出したが、真夜はこう言われることなどすでに想定内だった。
全国の魔法科高校生のエリートたちが集い、技を競い合う大会は日本であまりにも有名だ。
もちろん真夜も深雪も元々知っていたが、今回は今までとは大きく意味合いが異なる。
深夜の子供である達也と深雪が高校生になり、今大会に参加することになっていたからだ。
ちなみに参加が決定したことは、学校で三人の護衛をしている人間からの報告である。
「実際に見たいもの!」
自分の可愛い娘が活躍するとわかっている大会なのだから、映像や報告ではなく実際に見たいと深夜は言い出すのは当たり前と言えた。
大会が見たいのなら行けばいいじゃないかと言われるかもしれないが、二人はこの日本の魔法師会の頂点に立つ十師族である四葉家の人間。
しかも、真夜は当主であり深夜はその姉。
彼女たちが動けば周りが大騒ぎになるのは火を見るより明らかだ。
動く時には細心の注意が必要になるということを、深夜も理解しているからこそ真夜にこうして話している。
「ねぇ、いいでしょ?真夜!」
「ええ、いいわ。葉山。」
「はい、すでに準備完了しております。」
料理が乗っていた皿が下げられ、食後の紅茶が出されたのを一口飲んでから背後に立っている執事に声をかける。
声をかけられた葉山は、恭しく頭を下げて冷静に答える。
準備が出来ているとはつまり、秘密裏に会場へ向かう手はずも見つからずに大会を観戦する場所も確保してあるということである。
満足そうに頷いて、真夜はもう一度紅茶を口にした。
「本当っ!やったわ!ああ、楽しみっ!!」
深夜は真夜の反応と葉山の言葉に、九校戦を見に行けるとわかり大興奮している。
二人の子供がいるとは思えない少女のようなはしゃぎように、真夜は苦笑しながらも姉の反応に満足そうに目を閉じた。
「見て見て、真夜!達也さんが登場したわっ!」
「本当ね。」
葉山の手はずにより無事誰にも知られずに会場に到着した二人は、VIPルームで堂々と試合を観戦していた。
今日は新人戦モノリスコードが行われ、そこに深夜の最愛の息子である達也が選手として登場する。
最初はエンジニアとして参加していたのだが、突然起こった事故により特例的に達也がエントリーされた。
もちろん深夜達も事件のことは知っているし、その裏についても優秀な四葉の人間が調べてくれていた。
「折角深雪さんの晴れ舞台なのに、どうしてやろうかと思ったけれど、こうなると逆に感謝したいくらいだわ。」
四葉の人間を使えば無頭竜などひと捻りであるが、どうやら別口で来ている軍の人間が動いているとわかり手出しはしていない。
それに、達也は不本意かもしれないが深雪だけでなく息子の試合も見られるようになったのだから、深夜からすれば棚からぼたもちである。
わくわくと試合が楽しみで高揚する気持ちと、そわそわとじっとしていられない気持ちを抑えきれない。
「ふふ。やっぱり、達也さんは素敵ね。」
予想通り、達也が試合に参加したことでパワーバランスが大きく動いた。
軍人として深雪のガーディアンとして研鑽を積んだ達也が、ただの高校生と比べられるはずもなかった。
「吉田家の子と強化遺伝子を持つ子もなかなかのものね。」
試合を見ていた真夜が、足を組み替えながらそう呟く。
彼女の言うとおりまだ荒削りで更なる研鑽が必要にはなるだろうが、持っているものは光るものがある。
今回はそれを少しだけ達也が引き出した状態なのだろう。
ぶっつけ本番のこの状況でこれだけ動けるのだから、将来が楽しみな少年達である。
「うちにスカウトしてみる?」
気に入った様子の真夜に、くすくす笑いながら深夜が提案してみる。
そうね、と深夜に乗って答える真夜もそんな必要などないことがわかっている。
達也はきっと彼らは引き入れる、いや引き寄せてしまうに違いないと確信しているからだ。
彼は才あるものを引き寄せる力がある。
そして才ある彼らも、達也のように強い力が欲しいと高見を一緒に目指したいと離れようとしない。
前に達也は誰をも魅了する深雪の美しさと洗練された空気を質の悪い魔法だと称したが、ある意味では達也も同じようなものだ。
いや、自覚がないだけ達也の方が質が悪いだろうか。
「あら、達也さんたちの優勝ね。」
試合は達也のフラッシュキャストにより一条が破れ、幹比古とレオの活躍により残り二人も倒された。
これによりモノリスコード優勝は一高に、そして新人戦優勝も決定する。
大きな歓声を受けて一高の観戦スペースへ向かう達也を、深夜も真夜も誇らし気に見つめる。
そして、達也が楓の手の甲に口付けるシーン。
距離は遠くても、四葉家の嗜み(?)として読唇術も身につけている二人には会話もしっかり把握できた。
「まぁっ!達也さんったら、大胆!!」
「・・・あれくらいでないと、楓は任せられないわ。」
思いがけないシーンを見てしまった深夜は口元を手で隠して、きゃぁきゃぁと少女のように興奮する。
隣に座る真夜は真顔のままでそんなことを口にする。
ここでわかると思うが、真夜はとても楓を気に入っている。
もちろん達也と深雪のことも叔母として可愛く思っているようだが、自分のもとで経営学と当主としてのイロハを学んだ楓はそれ以上に可愛いようなのだ。
スポンジのように真夜が教えることを吸収し学習する楓は最高の教え子であり、可愛い弟子だった。
そうでなければ、この真夜が後見人などという面倒くさい立場を買って出るはずがない。
不器用で素直じゃない真夜の気持ちを、愛情を向けられている三人はいまいち理解していないようだが姉である深夜は誰よりも理解していた。
余談ではあるが、この後深雪のCADが狙われたと聞いて誰よりも激怒し強行で部隊を動かそうとしたのは真夜の方であると明記しておく。
「葉山さん。」
「はい、問題なく確保しております。」
***
「あら?お兄様、お姉様。お母様からデータが届いております。」
「母さんから?」
「深夜さんから?」
無事九校戦が終わり家に戻ってきたその日の夜、久しぶりに深雪の手料理を味わっていたところだった。
しばらく家を開けていたからと確認していたところで、深雪がそれを見つけたのだ。
電話ではなくデータが送られてきたという珍しい状況に、達也と楓が首を傾げる。
何か用事があれば自分で連絡して直接顔を見ながら話をしようとするのが彼女であることを理解しているからこそ、データというものが胡散臭くなってしまう。
一瞬嫌な予感がした達也と楓だったが今再生します、と深雪が居間のスクリーンにデータを飛ばしたので視線を画面へ向けると映像が再生される。
映像はある程度予想していた通り九校戦のダイジェストだった。
申し訳程度に他校や一高の他選手の試合が映り、深雪のミラージバットがノーカットで始まり、達也のモノリスコードへと繋がる。
そして、最後の極めつけに達也と楓のラブシーン。
しかもしっかりアップ、その上音声付きである。
「まぁっ!」
「さすが深夜さん・・・」
「・・・・あの人達は・・・・」
再生が終了して、深雪は歓喜の声を上げていそいそと映像をもう一度再生し始める。
楓は二人が大会を見に来ているだろうとは想像していたが、こんなデータを送ってくるとは思っていなかったので驚いていた。
達也は無駄に四葉の力を使っている母親達に呆れ頭痛がするのか、眉間を指先で押さえている。
結局その日の夕食は、深雪が満足するまでデータが再生され続けたのだった。
END