「はい、これで終わり。」
「あぁ、ありがとう楓。」
楓と達也が向かい合って座り、手を取りながら目を瞑って暫く沈黙した後、楓がにこりと微笑んで終了を知らせる。
今日は楓が達也に精神系統の魔法をかける日だった。
初めて会った日からかけ続けている魔法、”意識拡張(コンシャスネス・エクステンション)”。
元々この名前がついていたわけではない。
それに、研究員から指示されて行使した最初の魔法式は本当に基本的なもので名前をつけるには至らないお粗末なものだった。
相手の意識に働きかける簡単なものだったそれを、楓と達也が改良することでこの魔法が完成した。
”意識拡張”は名前の通り、かけた相手の意識を拡張するための容量を新たに作ることが出来る。
パソコンで言えば外付けハードディスクや増設メモリーのようなもので、これにより達也は失った脳の器官を補うことに成功したのだ。
それだけでなく、容量が増えるということは単純に演算機能が増設されることでもあるため、魔法をより効率的に迅速に行使することが出来るようになったのだ。
とはいえ、この魔法も完璧なわけではなく、無理矢理増設した器官が定着するまで何度も毎日魔法を行使しなくてはならない。
自分の力で繋がりを作るまでに定着してからも、やはり術者のメンテナンスが必要になるので定期的な行使が必要になる。
「ん、次はまた来週かな。」
長年かけ続けられている達也でさえも、まだ週に一・二度は楓のメンテナンスが必要になる程度の定着率しかない。
しかも、これは血縁者であり適合性と相性がいい状態であることが前提条件なのだから、同じ成果が得られる人間は極限られてくる。
達也への魔法行使が減ってからは、彼以外の人間への実験が行われている。
全くの他人と、この研究の発案者の一人である深夜にである。
先ほども述べた通り、やはり他人への定着はとても難しく拡張に成功しても魔法の威力が激変することはない。
だが、血縁者である深夜には達也ほどではないが成果が出ているそうだ。
結果内容を特に報告されることがないため、楓の受ける印象なのだが。
「この後の予定はどうなってるんだ?」
「次は・・・・またあの、東雲の講義なの・・・憂鬱。」
まだ少し時間があるので軽い雑談として、今日の予定を尋ねた達也に楓は今までと打って変わって苦い表情でため息を付きながら答える。
ほとんど毎日部屋でも愚痴を聞いている達也も、東雲にいい感情は持っていない。
最初は楓という存在に興味を持って気軽に話しかける程度だったが、今では過度の接触を持ってくることが多くなっていたのだ。
「達也以外の男に触られるの、すごく気持ち悪い・・・」
何かを渡すときにふと手を握ってきたり、軽く肩を撫でたり、時には頬にまで触れてこようとしたのだ。
とっさに逃げることが出来るときは逃げているが、毎日講義で顔を合わせているのでいつも逃げるのは難しい。
今日もその攻防が行われると思うだけで、楓は憂鬱で仕方がなかった。
はっきりと気落ちしている少女に、達也は苦笑して下がっている肩に触れて自分に意識を向けさせる。
楓は俯いていた顔を上げて達也に視線を向ける。
「達也?」
「この後、俺の実験は恐らくすぐに終わる。そうしたら、楓のところへ行くから少しだけ我慢してくれ。」
「本当?」
「ああ。俺が一緒にいれば東雲も滅多なことは出来ないはずだ。」
そう慰める達也に、楓の気持ちもどうにか上昇することが出来た。
彼が来てくれる少しの間だけ二人きりの憂鬱を耐えればいいのだとわかれば、頑張れる気がした。
***
「・・・・違う場所?」
「今回は、特別な実験を行うことにしたんだ。」
いつもの講義室へ向かった楓を待っていた東雲は、突然部屋を移動すると言いだした。
昨日まではそんなこと一言も言っていなかったので、何故と楓は不信に思う。
だが、東雲はにこにこといつもの楓からすると胡散臭いとしか思えない笑みを浮かべて違う部屋へと促す。
渋々男の後を追いかけて移動しながらも、沸き上がる不安は消えない。
「ここだよ。さぁ入って。」
「・・・・・」
いつもの部屋から随分と離れた場所にある部屋へと入ると、特に何もない殺風景な室内が目に入る。
一体ここで何を行うのかと、楓は東雲に視線を向ける。
部屋の中央まで来ると、男は付いてきていた少女を振り返って口を開く。
「今日は、君に僕へと”意識拡張”をかけて貰おうと思う。」
いきなりの本題に、楓はびくりと肩を揺らす。
”意識拡張”それは楓の特異魔法であり、この研究所でも優先事項の高い研究対象魔法だ。
そのため秘匿事項も多く、携わっている研究員もかなり限られたものになってくる。
数ヶ月前に入ってきたばかりの新人研究員である東雲が到底関われる研究ではない。
そうは思ったがあくまで研究対象でしかない自分が指摘することでもないと、違う視点から意見を述べることにする。
「・・・・非血縁者への魔法効果実験はすでに終了済みですが。」
楓の魔法は相性と血縁が大きく関わってくることが実証済みであるため、東雲に魔法をかける意味がわからないと楓は遠回しに言ったのだ。
だが、その言葉が気に入らなかったのか東雲は初めていつもの笑顔以外の表情を浮かべた。
貪欲で暗い感情を瞳に写した男は、笑顔ではなくまるで楓を汚いものをだとでもいうように見ていた。
楓はその瞬間に、男が求めているものを理解することが出来た。
「良いからすぐにかけるんだ。そうすれば、俺はもっと強くなれる。」
東雲の目的は楓の魔法により自分の力をより高め、より強い権力を得ることなのだとはっきりわかった。
おそらく若いながらにこの四葉の研究所に配属されたのも原因の一つなのだろうが、彼は自分の力を過信していた。
そして、自分の力はもっと高く、こんなところで終わる人間ではないと思いこんでいる。
もっと成果をもっと名声を手に入れるために、楓の魔法とそれによる能力向上が欲しいと思ったのだろう。
秘匿事項である楓の魔法をどこで知ったのか、きっと違法な手段を使ったに違いない。
無駄に能力が高かったせいで、研究レポートか何かを見つけてしまったのだろう。
「俺は、こんなところで終わる人間じゃない。もっと高みへ行ける!」
予想通りの台詞すぎて、楓は脱力する自分を感じていた。
くだらない演説をこのまま聞かされる続けるのかと思ったが、東雲はふと先ほどまでと一転して下卑た顔をする。
「ああ、そう言えば相性も必要なんだったな。ならば、今から相性を良くするか・・・」
「っ!!何を、きゃぁっ!」
自分を見つめた東雲の視線に危険を感じて身を引こうとしたが、伸ばされた手に捕まりそのまま押し倒される。
堅い床にぶつかり、痛みに顔が歪み悲鳴がこぼれる。
そのまま倒れこんだ楓に乗りかかってきた東雲が、少女を動けないように拘束する。
床に両手を押さえ込まれ、強い男の力に抵抗出来ず、顔をのぞき込まれる。
「毎日、あの男とシテるんだろ?」
その言葉に、楓は男が自分と達也の情事を見ているのだとわかり羞恥に顔が赤くなる。
東雲は研究所の監視カメラをハッキングして、毎日達也と楓の行為を監視していたのだ。
まだ幼いながらも女性としての成長が始まり、丸みと膨らみを帯びてきた身体は立派に女と言えた。
それに達也と行為にふける彼女の妖艶な表情と甘い声は魅力的で、東雲を大いに興奮させた。
最初はただ自分のために彼女の魔法を欲し、次第に楓自身をも手に入れたい欲望を持った。
彼女を自分のものにし、組みしいてめちゃくちゃにしてやりたい衝動に駆られたのだ。
「俺のものになれ。そうすれば、たっぷり可愛がってやる」
欲望丸だしの台詞と顔に、楓はぞっとする。
この男にいいようにされると考えただけで体中が拒絶を訴えた。
誰がこんな男のものになどなるかと、楓は必死に手首を掴む東雲の手から逃れようともがく。
しかし、この研究所内では実験の時以外CADの所持が許されていないため今の楓に抵抗する術が存在しない。
唯一CAD無しで行使できるのが”意識拡張”なのだが、今は使えたところでどうすることも出来ない。
達也と違い基本的に知識と魔法に重点を置いているため、体術の講義は受けていない。
そのため純粋に力だけで抵抗するしかないのだが、成人男性の力に敵うはずもない。
必死に腕を動かそうとする楓の抵抗を嘲笑いながら、東雲は両手を一つにまとめて押さえつけ、空いた手で少女の胸元に触れる。
「大人しくしていれば、気持ち良くしてやるよ。」
「くっ・・・離してっ!いやっ!!」
服越しとはいえ胸を触られたことに、楓はぞわりと鳥肌がたってしまう。
猛烈な嘔吐感に襲われ真っ青になりながら、楓はじたばたと必死に暴れて叫ぶ。
悔しさと恐怖で涙を溢れさせながら抵抗する楓のボタンをゆっくりと外し、東雲の手が服に隠されていた白い肌に触れようと伸ばされる。
「ひっ・・・い、や・・・嫌っ!助けて、達也ぁ!!」
「無駄だよ。ここには誰も来れな・・・ぐぁっ!」
涙を溢して達也の名前を泣き叫んだ楓に無駄だと笑った次の瞬間、東雲は衝撃を受けて楓の上から弾かれる。
弾かれた東雲は部屋の奥に吹き飛び、床に大きな音をたてて激突する。
気持ち悪さと重さがなくなり一体何が起きたのかと不思議に思ったが、その理由はすぐに理解することが出来た。
深い怒りの感情を抑えきれない表情で立つ彼を、達也の姿を見つけたからだ。
「達、也・・・・」
「貴様・・・・楓に何をしている。」
涙でぼやける視界の中で、楓は見つけた達也の姿に歓喜し、同時に安堵した。
力なく床に倒れ込み、涙を浮かべ、胸元のボタンが外されている楓の姿をちらりと見て、達也の怒りが更に倍増する。
話していた通り、実験がすぐに終わった達也は楓が講義を受けているいつもの部屋へと向かった。
しかしそこには気配が無く、楓の姿を見つけることが出来なかった。
そのことにどうしようもない不安と嫌な予感が浮かび上がり、すぐさま研究所内へと視野を広げ楓の姿を探す。
本来なら視野の中に見えるのは存在だけで、それが誰なのかを識別することは難しい。
だが、楓と長く一緒にいて様々な繋がりを持ったことで彼女だけは存在を特定することが出来る。
その結果、楓と誰か、恐らく東雲が人の気配が少ない部屋にいることがわかり、すぐさま駆けつけたのだ。
ドアの側まで来たところで、楓の自分に助けを求める声が聞こえてきて中に入れば、東雲に押し倒されている姿が目に入った。
ぶわりと感情が高ぶった次の瞬間には、男を殴り飛ばしていた。
「ぐふっ・・・か、はっ・・・どうして、ここがっ」
「・・・・・黙れ。」
「ぎっ・・・うぁあああっ!!」
床に打ちつけた痛みに苦しみながら、東雲がどうにか身体を起こして達也を見る。
こんな奥まった場所を何も知らない達也が見つけられるはずがないと、わけがわからず言葉を呟く。
だがそんな疑問さえも、今の達也には酷く騒音で鬱陶しかった。
だから一瞬にして距離を詰めると、男を後ろから膝で打ち付け、腕をひねって容赦なく骨を折って背中に押さえつけた。
ぼきりと鈍く響いた骨の音と激痛に、東雲が再び悲鳴を上げるが達也は気にせず拘束する。
手で後頭部を鷲掴みにして床にゴッと堅い音をさせて何度も打ち付けと、男はすぐに気を失って沈黙する。
やっと静かになったのを確認すると、達也は未だショックで起きあがれない楓の側へと急いで戻った。
「楓・・・っ」
「ふっ・・・達也・・・達、也ぁっ・・・」
そっと起き上がらせて腕に抱くと、楓はぼろぼろと泣きながら達也の胸に縋りついて泣き崩れた。
その姿に、彼女がどれだけの恐怖を味わったのかと思うと、達也は再び東雲に怒りが沸き上がるが、それ以上に楓を安心させたくてぎゅっと抱きしめた。
「大丈夫。もう、大丈夫だから」
震える背中を優しく撫で、耳元で大丈夫だと楓が落ち着くまで何度も囁いたのだった。
事件から数週間後、事態は想像以上に大きな結果をもたらせた。
暴行を企てた東雲は研究所の警備の者に引き渡され、相当重い処罰が与えられることになったらしい。
実際にどんなことがなされるのかは知らないが、それが生きているのも辛いものになるだろうことは予想が付いた。
何故なら、事件を知った深夜が相当ご立腹だったからだ。
今まで楓の魔法によって治療を行っていたのだが、今回の件で達也同様強い怒りの感情を取り戻し、連鎖的に他の感情をも取り戻したようだった。
結果様々な変化がもたらされたのだが、それはまたの機会に語るとして、一番の変化は達也と楓が研究から外されることになったことだ。
もちろん研究は今後も行われるが、今までのようにモルモットの如き扱いではなく一人の人間として扱われるようになったのだ。
急激な状況の変化に戸惑いながらも、二人はこれからもお互いを支え合っていくことだけは変わらないと信じていた。
「楓、行こう。」
「うん、一緒に行こう・・・達也。」
伸ばされた達也の手を、楓は迷い無く掴んで同じ場所へと歩き始めた。
END
次から本編行きますよ~