原作の主人公視点、別サイドからの原作を楽しんでもらえるように頑張ります!
第五話
「おはよう、深雪ちゃん。」
「おはようございます、お姉様。」
制服に着替えてリビングに向かうと、そこにはすでに起きて朝食の準備を整えている深雪の姿があった。
可愛らしいフリルの付いたエプロンが彼女の可愛らしさをより引き出している。
彼女本人もそのエプロンをとても気に入っているのだが、それはデザインがというよりも敬愛し尊敬する楓と達也が選んでプレゼントしてくれたからというのが大きい。
愛らしい笑顔で挨拶してくれた深雪は、達也の妹であるが実際に仲良くなったのは三年前の沖縄での出来事が要因になっている。
それから色々あって三人暮らしをするようになり、今では本当の姉妹のように仲良くしている。
本来なら四葉の次期当主候補筆頭でもあり、生粋のお嬢様である深雪に料理をさせるのはと渋っていた。
しかし、家政婦という他人を家に入れるのをよしとすることは難しかったし、何より楓自身料理がどうにも苦手だったのだ。
作れるように練習はしたのだが、ことごとく上手く行かない。
達也はそれでも全部食べてくれたが、楓はもう自分で料理をすることを諦めていた。
深雪も二人の世話をしたいという強い希望もあって、今ではこの形に落ち着いている。
「ん、今日もすごく美味しい。」
「ありがとうございます、お姉様!」
朝だからあっさりとしたものとなっていて、スクランブルエッグと焼いたパンにコーヒーが用意されていた。
今日は洋食なラインナップだが、楓が和食を好んでいることもあり日替わりで変わっている。
「今日から深雪ちゃんも高校生ね。」
「はい!お姉様と同じ学校に通えるのがとても嬉しいです。」
食後にコーヒーをもう一杯貰いながら、楓は隣に立っている深雪に声をかける。
そう、今日は深雪と達也の第一高校入学式の日だった。
達也が4月生まれ深雪は3月生まれのため、兄妹でありながら同じ学年での入学となる。
そして楓も早生まれ(2月生まれ)なため、達也と生まれ年は同じなのに学年が違ってしまっている。
つまり、楓は二年生で達也と深雪は一年生ということだ。
「新入生挨拶、がんばってね。」
楓は色々と準備があるため、二人よりも早く登校しなければならないが、入学式には顔を出すことが出来る。
そのため新入生で一番優秀な成績で入学した深雪の挨拶を聞くことを楽しみにしていた。
期待されている、と思うと深雪はとても嬉しくなり頬を紅潮させながら元気良く返事をした。
「おはよう、楓ちゃん!」
まだ生徒の姿もほとんどない校内に入ると、背後から明るい声が聞こえてきて楓は振り返る。
手を振りながら向かってくるのはこの第一高校生徒会会長であり、十師族の一つである七草家の長女七草真由美だった。
彼女も楓同様今日の入学式の準備があるため、こうして早く登校している。
「おはよう、真由美。」
「うん。ごめんね、楓ちゃんまでこんなに早く来させちゃって・・・」
隣に来るまで待ってから一緒に歩き出すと、真由美が申し訳なさそうな表情で謝ってくる。
本来生徒会長である真由美とは違い、生徒会役員でも何でもない楓は入学式の準備に携わる必要はない。
もちろん生徒会に誘われたことはあるが、諸々の事情から所属することが難しかったので友人である真由美を助けるという意味で生徒会の助っ人という位置になったのだ。
だからこうして助っ人として今日も手伝いに駆り出されているということなのである。
ここで不思議に思われるかもしれないが、真由美は三年生で楓は二年生であるにも関わらず二人の間に上下関係が存在していない。
場をわきまえて先輩後輩を全面に出すこともあるが、基本的には敬語も敬称も使わない。
去年、楓が一年生で真由美が二年生の時に起きたある事件というかハプニングが切っ掛けで二人は友人になったのだ。
まぁ、今思い出すと恥ずかしいというか、大人になれば黒歴史になると思われる事件だったので心底封印したいのだが、そのおかげで真由美と仲良くなれたと思えば多少は心の傷が浅くなるというものだ。
「いいよ、別に。ほら、みんなが待ってるから早く行こう?」
きっと服部くんあたりがそわそわしながら真由美を待っているだろうと思い、楓はまだ申し訳なさそうな表情をしていう彼女を引っ張っていったのだった。
生徒会室に入ると、案の定服部が待ってましたとばかりに真由美の側へとやってくるのを見て苦笑してしまう。
同じくすでに集まっていたあずさ・鈴音と入学式進行の打ち合わせを始めると、あっと言う間に入学式本番の時間になる。
講堂にはすでに新入生が席に着いているだが、その配置を見て楓は失笑してしまうのを止められない。
在校生や教師が勧めたわけでもないのに、一科生と二科生がきっちり分かれて着席しているのだ。
ただの入試結果による振り分けで、まるで勝ち組のような顔をする一科生。
そしてどこか控えめに、引け目を持っているような態度を見せる二科生。
なんとも馬鹿らしくて、楓は呆れてしまう。
「新入生総代、司波深雪。」
「はい。」
正規の生徒会役員ではないので、壇上から少し離れた場所ではあるがそこからしっかりと中央に立った深雪の姿が見える。
彼女が壇上に現れた瞬間、講堂内の雰囲気が変わったのが肌で感じられた。
凛とした美しい姿勢と楚々とした歩き方、何より誰の目をも引きつける麗しい容姿。
新入生も在校生も、そして教師の視線も深雪のものとなる。
彼女が何を話すのか、彼女の声が聞きたいと誰もが注視する。
「穏やかな日差しが注ぎ・・・・」
小さな唇からこぼれだした耳に残る、鈴を転がしたような声に誰もがうっとりとする。
深雪の持つ魅力はそれだけで独立した魔法のようなものだと、楓は魅入られたような表情の人々を見て思う。
しかも対抗手段も回避手段もない最強の魔法だと、そんなことを考えてしまう。
「皆等しく勉学に励み、魔法以外でも共に学び・・・」
「っ?!」
躓くことなくすらすらと答辞を述べる深雪の姿を満足気に見つめていた楓だが、放たれた言葉にぎくりとする。
皆という一科と二科という差別を意識する言葉、魔法以外という魔法に重点を置きすぎていることの示唆を含ませる言葉に、ばっと周りの反応を伺う。
しかし、そんな深雪の言葉の意味を考えるような思考さえ持つことが許されないくらい彼女に魅了されているのか、誰も不快な表情は浮かべていない。
唯一恍惚の表情意外を浮かべているのは、後ろの端に座っている深雪の兄である達也だけのようだった。
楓の視線に気付いたのか、達也は苦笑を浮かべて楓に目配せする。
アイコンタクトを終えて、再び前を向きながら楓はきっと深雪が内心では結構怒っているのだろうと察する。
敬愛する兄である達也が、彼の強さと賢さを持っていると知っている深雪が彼を二科生にさせておくことが許せなかったのだろう。
相変わらずだと思いながらも、深雪に視線を戻し残りの答辞も問題なく終わったのだった。
***
「答辞、とても良かったわ。ちょっとはらはらもしたけれど。」
入学式も終わり、家に戻ってきていた達也と深雪に、片づけが終わって帰ってきた楓も合流した。
達也はリビングで端末を前に何か作業をしており、楓は遅れた夕飯を食べている。
深雪がリビングにやってきて、楓にありがとうございますと笑みを見せるとコーヒーを煎れますとキッチンへと向かっていった。
「深雪?何かあったのか?」
「・・・・・・先ほど、あの人たちから連絡がありまして・・・」
あの人たちというのは、深雪と達也の父親と後妻のことだとすぐにわかった。
二人の両親は離婚しており、父親は離婚後すぐに違う女性と再婚した。
明らかに離婚する前から関係があったと思わせる行動に、多少背景を知っていたとしても嫌悪感を覚えたのは記憶に新しい。
達也は落ち込んでいる深雪を抱き寄せて、そっと頭を撫でてやる。
「大丈夫だよ、深雪。俺には、深雪と楓がいる。」
「お兄様・・・・」
「それに、母さんからはちゃんと連絡があったじゃないか。」
二人の背後に立っていた楓は、仲の良い二人の姿を見つめながら達也の言葉に苦笑する。
そう、二人の母親である深夜は一週間前から大興奮で手が着けられないくらいだったのだ。
制服はどうするとか、何か必要なものはないかとか、困っていることはないかと・・・
深雪同様、達也が二科生だったことにご立腹で今すぐ学校に抗議すると言い出した時は止めるのが大変だった。
「お母様・・・はい、そうですね。」
その時のことを思い出したのか、くすくすと笑う深雪にもう大丈夫だとわかり達也と楓はリビングに戻る。
研究所から解放されて四年、あの時からたくさんのものが変わった。
特に大きいのは、四葉深夜だろう。
あれほど達也と楓に無関心だった彼女は、まるで人が変わったように過保護になり、二人に構うようになったのだ。
最初は戸惑うことばかりだったが、楓の治療のおかげで本来の彼女を取り戻したと真夜に言われた時はもう慣れるしかないと思った。
「深夜さん、まだ一緒に暮らすの諦めてないみたいだしね。」
「・・・・母さん・・・」
「すいません、お姉様・・・」
昨日も秘匿回線で電話がかかってきて、そっちに行くと家族が一緒に暮らして何がいけないのかと散々言ってきたのだ。
四葉という大きすぎる一族から離れて、普通の高校生として楽しみ生活すると決めたのだから深夜が来ることは難しい。
それを彼女本人もわかっているはずなのに、どうしても諦められないのだ。
小さな子供のように駄々をこねる母親であるはずの深夜の姿を思い出して、達也が頭痛がするのか米神を押さえ、深雪は楓に心底申し訳なくて深く謝る。
「ふふ、大丈夫よ。さて、明日も学校だしそろそろ寝ましょう?」
この話はこれでおしまい、と切り替えて言うと楓に頷いてそれぞれの部屋へと向かった。