「くらえっ!」
「くそっ!」
「ぐおっ!!」
講堂から実技棟へ向かう間、そこかしこから聞こえてくるのは風紀委員やそれ以外の生徒、侵入者たちが上げる怒号や叫び声だった。
魔法を発動する音、声、ぶつかり合う音が響く中、三人は襲いかかってくる者たちを倒しながら目的の場所へ向かう。
「おらぁ!!」
その途中で聞こえてきたのは三人もよく知る友人の声であった。
達也はちらりと深雪を見ると、無言で頷いて走り出した深雪が手をかざす。
ほとんどタイムラグなく放たれた魔法が、レオを襲おうとしていた男を打ち倒した。
背後からの援護に気づきレオが振り向いたところで、CADを抱えてやってきたエリカと合流した。
「テロリスト?」
「ああ、ところで他に侵入者は見なかったか?」
「彼らの狙いは図書館よ。」
突然の混乱について達也がエリカ達に説明し、講堂の外にいた二人に情報を聞こうとするといつの間にか現れたこの学校の保健医である小野遥が現れた。
全員が驚く中(達也は驚いていないなかったが)で、遥は気にせずに自分の手にしている情報を口にしている。
本来なら疑われる可能性があるのだからそんな情報を口にするのはとても危険だ。
しかし、彼女にはそれでも云わずにはいられない理由があった。
「壬生さんを助けて欲しいの・・・」
「甘いですね。」
遥の願い、壬生を助けて欲しいという言葉に達也がすぐさま冷たい返答をする。
その答えにレオがつっかかるが、それも達也は冷静に答えるのみだった。
非情と言えるかもしれないが、楓は達也の判断が正しいことを知っていた。
乱戦、ほぼ戦場と化している場所で、自分の身さえも守るのが大変な中で誰かを助けるということがどれだけ難しいことなのかわかっているのだ。
自分に出来ないから他人に頼む、それがどれだけ無責任なことなのかも。
「・・・・」
楓は何も考えずに、簡単に達也へ頼んだ遥を冷たい目で睨みつけた。
彼女の視線に気付いたのか、遥はびくっと肩を揺らして一歩後ろに下がった。
自分でもイライラとしているのをわかっていたが、今は感情を制御するのが難しかった。
遥が達也に頼んだのも頭に来ていたが、自分に達也を止めるのが難しいこともわかっていたからだ。
どんなに非情な言葉を放ったとしても、達也はきっと壬生を助けてしまうだろう。
もちろん彼が一番守るべき存在は妹である深雪であり、恋人である自分、楓だろう。
昔だったら、強い感情を持つことが出来なかった頃ならば守るべきもの以外には見向きもしなかっただろう。
そう鍛えられたのだから。
しかし、楓の魔法により感情を取り戻している彼にはそれ以外に対して本当の意味で非情になることが出来ないのだ。
ましてや壬生とは何度か話をして、知らない仲ではないのだから。
「達也・・・・」
「ああ、無理はしないさ。心配するな。」
遥の情報を受けて、五人で図書館へと向かうために走りながら楓は達也の名前を心配そうに呼ぶ。
達也が強い力を持っていることは楓が一番知っている。
それでも行動を起こすことに、反動が伴わないはずがないのだ。
いかに特殊な魔法があるとは言え、痛みを感じないわけではないことも知っている。
楓の心配がわかっているのか、達也は心配させないように答えてからぎゅっと一度楓の手を握る。
五人の目に目指す図書館が見えてきた頃、レオがこれ以上図書館に侵入者が来ないように殿を買って出た。
そして四人で図書館に着き、いざ侵入しようとしたところで楓が提案する。
「私はここで待ってるわ。」
すでにテロリストが侵入しているのであれば、ここからは戦闘が予想される。
千葉家の人間で剣術に秀でたエリカや達也と深雪ならまだしも、自分では足手まといになってしまうからだ。
元々けが人を治療する目的でやってきたのだから、ここに残るという言葉は不思議ではなかった。
少ないとは言え、ここにも警備していた人間がいた。
しかし彼らは突然の襲撃にやられ、図書館の外にも数人警備の人間が倒れているのが見えた。
もっと人目に付くところならばすぐ救護されただろうが、人気の少ないここではそれも難しい。
ならば、楓が応急処置を行うのは当然だった。
「わかった。危なくなったら無理はするな。」
「お姉様。お気をつけください。」
「楓、すぐ戻ってくるから待っててね!」
楓の言葉に、達也と深雪、エリカはそう返してから図書館内部へと入っていった。
残された楓は、早速意識を失っている警備の男達を魔法で一カ所に集めて治療を始めた。
スキャンし、体の異常や怪我の状態を確認し、それぞれに処置を行う。
出血していれば止血をして破いた衣類で患部を縛り、骨に異常があれば魔法でくっつきやすくするために固定したりとやることはたくさんある。
「こんな風に役立つなんてね。」
あの研究所で受けた教育があそこを出た外で、しかも学校で役立つとは何とも皮肉である。
ついぼやいてしまう自分を叱咤しながらも、今出来るだけの処置を終えた楓はその場を離れて裏手に回る。
達也が乗り込んだのだから、テロリスト達は抵抗もままならなずに制圧されてしまうだろう。
だが念には念を入れるのが当たり前だ。
楓が残ると言ったのは、倒れている人たちの治療の為というのは嘘ではない。
攻撃魔法が彼らよりも劣っているからというのも嘘ではない。
だが・・・・
「純粋な武術なら多少の心得があるのよ。」
特別閲覧室から逃げた男が一人、裏口から走ってきていたのを見ながらそう呟く。
男は図書館での資料強奪を指揮していた。
後少しで最先端技術を入手することに成功すると思われたところで現れたこの学校の生徒二人、特に男子生徒のせいでその計画は無力化されてしまった。
これ以上の任務遂行は不可能と判断した男は、一緒に行動していた二人を囮にして脱出を計ったのである。
女子生徒の魔法により凍り付き激痛を発する手を押さえながら、男は一旦支部へと戻り態勢を整えようととにかく走る。
裏手から外に出て用意していた車へ、と思っていた男は立っている一人の女子生徒を見つけた。
自分の行く手を阻むように立ち、強い意志を見せる女子生徒に苛立ち、男は勢いよく走り突進する。
「退けぇぇえええ!!」
利き手を凍らされているためにCADは使えないし、武器も持っていないため力にものを言わせるしかなかったのだ。
彼女が普通の女子生徒だったら、その手段も有効だっただろう。
だが、相手が楓だった時点で無駄な抵抗だった。
眼前に迫った男の身体を寸前でするりと横に避けると、慣れた仕草で男の顎に掌底を食らわせ、頭が衝撃に揺さぶられた男をそのまま足でひっかけて転ばせて地面へと転倒させる。
「うがっ!!」
流れるような動きに受け身も取れなかった男は、衝撃に体中に激痛が走りうめき声を上げる。
楓はその男の身体を膝で押さえつけて乗りあがると、掌で男の頭を鷲掴んで地面に後頭部を擦りつけながら、凍えるような冷たい声を発する。
「話を聞かせてもらおうかしら・・・」
一瞬揺れるサイオンの波、楓がなにがしかの魔法を行使したとわかる動きが起こった次の瞬間、男の目が虚ろになる。
身体から抵抗する力も失い、感情を失ったような固い声が出る。
「はい、何でもお聞きください。」
「いい子ね。じゃぁ、まずは拠点の数と場所から」
楓の質問に男は淀みなく次々と答えていく。
まるで操られているかのように。
そう、楓の特異魔法の一つ”絶対命令”(アブソリュートオーダー)である。
彼女のサイオンは、生まれつき周りの人間に影響を与えやすい性質があった。
母親が亡くなった際、感情と力を制御出来ずに泣いたときに周りに同じく悲しい気持ちにさせて涙を流させたのがいい例だろう。
力の制御を身につけ、操作を可能にすることで覚えた魔法がこれである。
人の心を無視して自分の思いのままに操る精神干渉魔法。
これがどれだけ邪道なものかを知っている楓は、もちろん普段から使用しようとは思わない。
だが、相手が非道な今回のようなテロリストの場合は使うことに問題ないと思っていた。
だから容赦なく、自分の大切なものを守るために使用したのだ。
「・・・・私よ。」
すべての情報を聞き出し、精神的負荷により失神した男を放置して、楓はある人物へと連絡をとる。
電話の相手は、楓の声を聞いた瞬間まるですべてを知っているかのようにすぐにそちらへ向かいますとだけ告げて電話を切った。
先ほどの相手、彼は実家である椎名家の人間で現在は楓の下についている男だった。
七歳の時父親に引き取られそのまま四葉に預けられた楓だったが、今は椎名家に戻り父親に代
わって椎名家を束ねていた。
顕示欲だけは強いが実業家としても当主としても才能がなかった彼は、あっという間に椎名家を没落させていた。
そのせいで媚びを売るために、本家である四葉に楓を差し出したのだから楓としては苦笑しか浮かばない。
それにより楓は魔法においても、経営においても才能を開花させたのだから。
とにかく楓が椎名家に戻ったことで一族内の改革が行われ、父親は今や名前だけの当主でありほぼ軟禁状態と言えた。
実質的な業務は楓が行い、いずれは楓の三つ下の弟に当主を譲るため教育を行っていた。
ピピピッ
「はい。達也、どうしたの?」
部下が来るのを待っていると、電話が鳴る。
名前を確認して出ると、達也が今の状況を説明してくれた。
楓の思った通り無事図書館と学校内のテロリストは制圧され、怪我をした壬生も病院に収容されたとのことだった。
そしてこれから遥から地図をもらったテロリストの本拠地へと乗り込み、壊滅させに行くと言うのだ。
「わかった。支部はこちらで処分するから安心して。」
「ええ、ええ。大丈夫、無理はしないから。」
「楓様。」
「迎えが来たみたい。うん。達也も気をつけてね。」
リーダーがいるという本拠地は達也と一緒に行くであろう深雪に任せ、自分は先ほど聞き出した支部の纖滅することにした。
今のところ戦力のほとんどが本拠地に集結しているようだが、支部にも武器や警備のために数人が残っている。
達也が今の生活を守るため、深雪と楓を守るために邪魔をするものを排除すると言ったのと同じように、楓も二人のために何でもしたかった。
だが、そのためには四葉の力を借りるのは本末転倒なので実家の、椎名の力を使うことにしたのだ。
呼び出された男はすでに武装しており、楓は電話を切り用意された黒塗りの軍用車に乗り込んだのだった。
***
「ん、深雪ちゃんこれ味付け変えた?」
「お分かりになりましたか?どうでしょうか。」
結構大きな事態になったテロリストの件も無事解決し、今日もまったりと三人で夕食に舌鼓を打っていた。
今夜は楓の好きな和食で、特に魚の煮付けがよく味が染み込んでいてとても美味しかった。
その味付けがいつもと少し違うことに気付いて聞いた楓に、深雪が嬉しそうに味を確かめてくる。
料理が苦手な楓だが舌は間違いなく美味しいものを理解出来るので、深雪に味の感想をしっかり話してやる。
深雪の出したものなら、楓の料理でさえも文句言わず食べてしまう達也と違い、ちゃんと感想を言ってくれるのが嬉しくて深雪は楓のためについつい料理に手が込んでしまうのを自覚していた。
新しい料理にも細かな感想を言ってくれるので、励みになるのだ。
「前回より私は好きかな。みりんを変えたのかな?ん、ご飯に良く合う。」
「ありがとうございます、お姉様!」
「・・・・・・」
料理の話を楽しそうにしている二人をちらりと見ながら、達也は黙々と食事を続けている。
今の二人の間に入るのは御法度であることを、すでに身に染みて知っているからだ。
一度だけ自分も感想を言ったことがあるのだが、その時に二人して「そんなの料理の感想じゃない。」「お兄様の好みを聞いているんです!」と散々責められたのだ。
美味しいものは美味しい。
それ以外の感想とは何なのかわからない達也は、それ以降口を出さない方がいいと学んだのだ。
そんないつもの夕食風景の中、突然テレビの電源がついて画面に女性の姿が映し出された。
電源もつけていないのに突然映し出されることに驚くのが普通なのだが、今ではほとんど日常化してしまっているため三人は呆れた表情でテレビに視線を向けた。
「達也さん、深雪さん、楓さん、大丈夫っ?!」
思った通り、そこに映っていたのは達也と深雪の母親である深夜であった。
何を心配しているのかも案の定、どこからか情報を手に入れたらしく先日のテロリストの件を言っているようだ。
一応十師族である十文字家が秘匿し、メディアにも露出しないように規制をかけたのだが、しっかりと三人が関わっていると調べたあたり、さすが四葉と言えるだろう。
「やっぱり三人だけじゃ心配だわ。私もそっちに・・・」
「深夜、いい加減にしなさい。」
「真夜!ちょっと待って、まだ話が・・・きゃぁぁ」
ぶつんっ
「「「・・・・・・・」」」
部屋に沈黙が落ちる。
「ん、お味噌汁も美味しい。」
「深雪、すまないがお代わりを貰えるか。」
「はい、お兄様。」
三人は何事もなかったかのように食事を続けた。
今夜も平和である。
END