許嫁幼馴染が弟に純愛寝取られたので、俺は変わることにした。 作:wakaba1890
二泊三日というのは本当にあっという間で、気づけば最終日を迎えた。
そして、今日は平和に過ごせるかと思ったのも束の間、令和に顕現したちょんまげの武士に行手を阻まれていた。
「ーー・・よよい、そこの旦那ぁ。そこのお嬢さんを...わたしちゃ...くれねぇかい?」
「ちょっ..清澄っ!なんとかしてっ」
「おい、ちょ..押すなって...」
海道くんはソフィアに背中を押されながら、いつでも抜けるように刀に手を当てている武士を目の前にしていた。
時は遡ること、午前10時、朝食を食べ終えた彼女らは、旅館のロビーで午後の予定を確認していた。
「ーー・・今日は映画村に行きましょうっ!」
「いいですね!江戸の空気を感じたいですっ」
「..ここ京都だぞ。」
「まぁまぁー細かいことは気にせずに!」
青鷺の天然な発言にマジレスした彼であったが、サラッと流されてしまった。
「映画村って...どんなとこなの?」
「..まぁ、行ってみればわかる。」
聞き馴染みのない名称に、ソフィアはイマイチピンときていなかったが、説明するよりも行ってみたほうが早かった。
「ーー・・うわぁお...時代劇で見たまんまね...」
旅館からも近かったため、すぐに到着し早速入ってみると、本当に江戸時代にタイムスリップしたような感覚に包まれていた。
「...通行人の人もエキストラなのかしら」
道行く人たちはそれぞれ本当にここで生活しているかのような、振る舞いをしており、前の世界よりもよりリアリティが高かった。
「そうですね。中にはコスプレしている入場者の人もいますが。」
「...うーん、全然わかんないわね..」
エキストラの人数もそこそこおり、そこに紛れては入るだろうが誰が入場者かは判別し難かった。
「...あっ!見てください!あそこっ、着付けできるらしいですよっ!」
そうして、当てもなくのんびりとエリア内を歩いていると、青鷺が着付け体験ののぼりを見つけた。
「いいわねっ!行きましょっ!」
「はいっ」
女性たちの心を鷲掴み、一目散にその店へと行ってしまった。
「...久留米も行くのか?」
「うーん...着物って息苦しいんですよね...それに小さい頃、何回も着せられてもう飽きましたし。」
ノリノリだった青鷺とソフィアだったが、久留米は意外にもそこまで乗り気ではなさそうだった。
「...まぁ、親っていうのはそういうもんだからな..」
子供の頃の久留米のことは知らないが、おそらく周囲から甘々に甘やかされるくらい可愛かったろうし、着物とか合ったら着せたくなるものわかる気がした。
「ははっ..わかるかも。」
白木も思い当たるようで、確かに白木の子供の頃など、たとえ嵐が来ようとも常に周囲数キロは満天に晴れてるだろうし、嫌なものを全部祓ってくれそうなくらい神々しかっただろう。
(何言ってんだ、俺...)
白木の子供時代を想像し、想像を絶するくらいの可愛さで合ったのは間違い無いだろうが、彼の想像はかなり信仰染みていた。
「...皆さんも来てくださいっ!」
「ちょ..おいっ..」
「ははっ」
などと想像を膨らませていると、一緒に来るものだと思っていた青鷺が店の方から戻ってきて、あれよあれよと店の中に連れ込まれてしまった。
「・・なんで、俺まで...」
制服とか、スーツとか機能性が破綻している服など着てこなかった彼は、通気性は意外と悪く無いもののやはり動きが制限される袴を着せられ、無造作にオールしていた髪をサムライヘアーにまでさせられた。
「「「....。」」」
「...やらせておいて、無反応かよ。」
しれっと店から出て、外で待っていようとしたが、青鷺とソフィアの膂力バグのコンビにせき止められ、渋々着せられた末、無反応と来て、勘弁してほしかった。
「...か...」
「か?」
「「「かっこいいぃぃ!!」」」
何か言いかけており、聞き返すと同時に賞賛の歓声が上がった。
「えっ...えぇ...本物ですよっ!本物っ!!」
「...似合うとは思ったけど、ここまでとは...」
筋肉質ながらも着痩せもあってすらっとしたスタイルに、少々威圧感のあるお顔と無骨な武士という特性に、ピッタリな要素を持ち合わせていた。
「...かっこいい。」
「...しゃ、写真撮りましょ!」
別に水物でも無いのに、青鷺は焦るように写真を撮ろうとしていた。
「あ、あぁ。って、白木は着ないのか?」
それくらいなら構わなかったため、すぐに了承すると、一人だけいつもの動く安そうなジャージ姿の白木が気になった。
「あー...うん。ちょっとね」
いつも彼と同じように動きやすい格好をしてる白木であったため、着物みたいな締め付けられるような服装は嫌なのだろう。
「そうか...」
(見たかった、白木の着物姿...って、着物なのか?袴でなく?...どっちもいいな。)
浴衣姿はしっかりと目に収めていたが、着物か袴ができればどっちも見たかった彼は、調子のおかしい想像をしながら落胆していた。
「...まぁ、兎角。一緒に写真とろう。」
「ぇ...あ、うんっ!」
一人だけ着替えていなかったのを、少し後ろめたそうにしていたが、彼のその一言でいつもの白木の笑顔が咲いた。
「・・なーち。もう、良いんじゃない?」
「あ、あと数枚だけですから...はぁ..はぁ..」
「...お前。」
ソフィアがそろそろと諌めようとしていたが、変にスイッチが入った青鷺を止めるには叶わなかった。
「ふふっ...あ、あそこ三色団子が売ってますね。」
彼が困っている姿を見て楽しそうにしている久留米だったが、流石に助け船を出した。
「ぐぬっ...この辺で勘弁しましょう。行きますよソフィアさんっ!」シュバっ!
「えっ?!えぇ...」
どっかの手先みたいな捨て台詞を吐いたのち、青鷺はソフィアを連れて茶屋へと行ってしまった。
「...ふぅ、助かった。久留米。」
泳がされていた気もしたが、彼女に助けられたのは事実だった。
「ふふっ、もう少し戸惑ってる海道くんが見たかったですけどね。」
久留米は微笑ましそうに、すでに赤い長いすで三色団子を楽しんでいる青鷺たちを眺めながら、少し心惜しそうにそういった。
「確かに、ああいう海道くんは新鮮かも」
「白木まで....はぁ、勘弁してくれ。」
ついには白木まで彼女に賛同し、彼の心情に平穏という風は吹きそうになかった。
「・・ふぅ...いい天気だな。」
青鷺たちが先に向かっていた茶屋は、日当たりが素晴らしく、冬の到来前夜の少し肌寒い外気を程よく温めており、やはり人には太陽が、日光が必要なのだと当たり前な事を確認していた。
「..ふふっ、お爺ちゃんみたいですね。」
温かいお茶を呑みながら一服している彼は、久留米からは畑仕事を終えて一休みしているお爺ちゃんに見えたようだった。
「なら、久留米はお婆ちゃんか?」
彼がお爺ちゃんであれば隣にいる彼女も畑仕事を手伝って、一緒に一休みしているお婆ちゃんにも見えた。
「っ...それも、悪くは無いですね...ふふっ」
その想像が案外悪くなかったのか、彼女は満更でも無い様子で微笑んでいた。
「...海道くんって、本当に高校生なんですか?」
三色団子を5つ平らげて、のんびりお茶を飲んでいた青鷺は彼女らの会話を聞き、ふと、かつて久留米やソフィアが疑問に思った事を口にした。
「...あぁ、再再来年まではそうだな。」
そういった彼への核心めいた指摘にも、慣れてきていた彼は適当に流せるようになって来ていた。
「いえ、そうではなく...」
もちろんそんなことを聞きたかったわけではなかったが、青鷺自身もそこに彼との間にある、覆しがたい距離の真相があるように何となく、そう感じていた。
「...ふふっ、海道くんはお爺ちゃんですから」
「...まぁな。」
「ふふっ。」
そして、数万人の老若男女がプロファイルされている久留米は、淡々と彼の核心に近づきつつあった。
茶屋でホッと一息つき、青鷺の変な熱も冷めたかのように思えたが、それは悪しき杞憂であった。
「・・ほぉー...素晴らしいですね...」
木刀など、いつ使うかわからない物が多々売っている所を通った際に、誠と書かれた空色のハッピが目に入り、青鷺のスイッチを再度点火していた。
「....。」
「ポージングお願いしますっ!あっ、良いですねっ!最高です!」
「....。」
もうなるようになれと、指示されるがままに青鷺の溜飲が下がるまで付き合ってやることにした。
「...あのぉ..写真お願いできますか?」
青鷺の熱量の高さから、他のお客さんが写真を求められた。
「...構わん。」
まぁ、減るもんでも無いしと思い、普通に了承した。
「ありがとうございますっ!」
「あのっ!次私お願いしても良いですか?」
「私もっ!!」
そこから、ダムが決壊したかのように実はチラチラと彼らを見ていた人たちが、写真撮影に卒倒した。
「....やっちまったか..」
そして、自分で了承したとはいえ自分の選択を後悔した。
「・・ふぅ、やっと終わったか...」
「ふふっ、有名人でしたね。はいっ」
プロの人でも俳優でも無いのに、甲斐甲斐しく写真撮影に応じていた彼に感心した様子で、久留米は労うようにペットボトルのお茶を渡した。
「あぁ。」
この様はまさに一仕事終えたイベントの人であった。
「..清澄って結構、ああいうのに向いてるかもね。」
そして、同じく、少し離れて見ていたソフィアは彼の無給の仕事ぶりに彼の適性を見出していた。
「勘弁してくれ...」
そもそもあまり表に出るような人間では無いし、数十分の写真対応程度で変に疲れる位であったため、マジでそういうサービス業は御免であった。
「はははっ...そうよね。冗談よ。...まぁ...あんまり有名になっちゃうとだし..」
「ん?」
最後に小声でなんか言っていた気がしたが、妙な奴が近づいてきたためそれに気を取られ、聞き逃してしまった。
そして、時は今に帰着した。
「ーー・・よよい、そこの旦那ぁ。そこのお嬢さんを...わたしちゃ...くれねぇかい?」
「ちょっ..清澄っ!なんとかしてっ」
「おい、ちょ..押すなって...」
何となく気配を察知したソフィアは、瞬時に彼を盾にして、ややこしそうなイベントへの応対を押し付けた。
「あぁ...よよい、旦那ぁ、新撰組 鬼の副長とお見受け致す。一手手合わせ願い候。」
一応、新撰組の格好をしている彼に、ふっかけるというのは無茶苦茶な気がするが、それに気がついたエキストラ?の人は微修正した。
「....青鷺、ソフィアらを頼む。」
最後の一言を聞き、スイッチの入った彼はゲリライベント?のため何か起きることはないだろうが、一応、余裕で拳で何とかできそうな彼女にソフィアたちを一任した。
「合点承知の助です!」
彼女もこの空気にやられており、ノリノリで腕を鳴らしていた。
「よーして...場が整いやしたね...銭が落ちた瞬間から、始めやしょう。」
「あぁ。」
両者見合い、周囲の空気がガラッと変わり、どこからか風が吹き画面の上下縁が黒で覆われ、その場だけは本物の武士の死合を演出した。
キィィィンっ......
中心が四角に抜かれた銭が空中に鳴り響く。
「.....じりっ」
「....。」
両者見合い、腰を落とし、己が刀の柄に手を添え、精神を研ぎ澄ませる。
永遠にも思えるくらいの時がろう漏し、そこには無空が介在していた。
....ストンっ
銭が落ちる音が響くその前、落ちた衝撃がわずかに足先から響いた瞬間から、両者最速の居合が撃たれた。
「...シッ」
「....スゥ..」
「「....。」」
周りは何が起きたかわからないと言った様子で、一寸の瞬きの間に240fpsのフレームレートを過ぎ去るように、両者すれ違っていた。
「....。」
カチッ
数秒、両者ともに微動だにしなかったが、先にフォロースルーを崩したのは海道で、いつものような涼しい顔で鞘に刀を納める音が鳴った。
そして、示し合わせたかのように相手の刀は崩れ、ただ一言。
「....見事。」
バタンっ
そう言って、彼は崩れ落ちるように倒れた。
「「「うぉぉぉぉぉ!!」」」
令和では見れる事のない、真の武士と武士との死合を目の当たりにした観客たちは熱狂の渦に包まれていた。
勿論、マジの死合ではなく、そういう演出に乗っただけだったので
「・・すぃやせん...外国人観光客の方だと思って...さっきのやると喜ばれるんですよ。ははははっ」
段々とキャラが抜けていき、彼が言っている事自体は嘘ではなさそうであったが、刀を抜いた時の圧は虎野のパパ上程ではないものの、経験したことのないはずの戦国時代からそのまま出てきたような、純度高めの殺気を放っていた。
「しっかし...まさか模造刀を御されるとは...」
エキストラの方は、上身を失った刀を眺めながらどこか寂しそうにそういった。
「すまない..少し熱が入った...」
「いや、いいんですよ...これで...」
流石にやりすぎたと謝罪したが、模造刀とはいえ刀としての役割を果たした得物に手を当てながら、どこか誇らしそうにしていた。
映画村での死合を終えた彼と彼女ら一行は、その後は普通に食べ歩きやパワースポットなどを巡り、京都最終日を存分に堪能した。
そして、終わりというのはきてしまうもので、旅館に帰ってきてしまった。
「・・あぁ...あと、一週間は満喫したいなぁー」
「ふふっ」
ただ、ソフィアは京都を十二分に満喫したものの、あまりの雰囲気の良さにそう嘆いており、久留米は保護者のような目で微笑ましく彼女を眺めていた。
「...まぁ、落ち着くのは確かだな。」
日本人の遺伝子に刻まれてるのだろうか、確かに京都の街の雰囲気というか空気感がどこか懐かしく、ホッと心が落ち着くような感覚を覚えていた。
「そうよね!なんか、気分が落ち着くというか...いいわよね...」
ソフィアは彼の言葉に呼応しながら、旅館から見える京都の街を一望できる景色に耽っていた。
「ふふっ、今度なーちゃんとも一緒に京都きましょ!」
旅行の終わりが近いことから、少し寂しそうな顔をしていた彼女に気を利かせたのか、久留米はそう言いながらソフィアを熱く抱擁していた。
「うわっ...っと...ふふっ...そうね。なーちゃんもだね。」
彼女の熱い抱擁には、もう慣れてしまったソフィアは更に久留米をあやすように頭を撫でていた。
そして、帰りの新幹線にて、十二分に京都を満喫したのは皆も同じようで、殆どの生徒が居眠りしていた。
「・・....。」
無限に近い体力を持っている彼は、心地の良い疲労感に沈んでいる彼らを一瞥し、少し寂しさを覚えていた。
「...スゥ...むにゃ..むにゃ..」
すると、右肩の方から、心地の良い圧を感じ傍目で見ると、昨日あんなことがあったにも関わらず白木が無防備に寝顔を晒していた。
「...まぁ、悪くないか。」
先までの寂しさは、白木によってものの数秒に覆された。
「ーー・・では、みなさん。お疲れ様です。まっすぐ家に帰るように。では、解散。」
牽引の先生は皆疲れているだろうと、手短に締めの挨拶を済ませ東京駅で解散となった。
「...海道くんは、なにで帰るの?」
携帯でウーバーを呼ぼうとしているところ、白木に話しかけられた。
「タクシー。白木は?」
「あー、お母さんが迎えにきてくれるんだ。海道くんも乗っていく?」
どうやら帰りの手段に迷ってると思われたらしく、気を使わせてしまった。
「..白木ってどの辺だっけ」
仮にお願いするにしても、変に遠回りして貰うわけにもいかなかったため確認した。
「目黒だよー。」
「悪いが、遠回りになっちまう。遠慮させてもらう。」
ご厚意とはいえ、そういう迷惑は申し訳ないので断ったが、しょぼんとしている白木の表情を見てしまい、一瞬で後悔した。
「そっか...あっ、じゃあまた学校でね!」
すると、ちょうど迎えが来たようで別れを挨拶をして、行ってしまった。
「あぁ。」
まぁ、俺が断ったんだけどな...
さも、苦渋の結果みたいに思っていたが、断ったのは彼自身だった。
その後も、ウーバーを待つ傍ら人生で初めて見る外交車で帰っていくソフィアと青鷺を見送り、なぜか、一緒にいかなかった久留米が残っていた。
「・・一緒にいかないのか?」
「えぇ、少し方向が違うので...」
図らずとも彼と同じ理由で残ったらしく、どこか近いものを感じた。
「そうか。久留米は俺の家と同じ方向か?」
「あー、はい。そうですね。」
彼女は左上に目を動かしつつ、前に行った彼の家の場所を想起していると、ここからの方向を思い描くと大体同じだったようだった。
「..おっ、来たか。迎えまだなら乗ってけ。」
先生らもいるにせよ、彼女を置いてくわけにはいかないため、相乗りすることにした。
「え、あ...はいっ..よろしくお願いします。」
彼の誘いが予想外だったのか、少し緊張した様子で妙にかしこまっていた。
東京のネオンに輝く街の景色の変わる変わる変化していく様を眺めていると、彼女から話し出した。
「・・旅行楽しかったですねー。」
初めは何度目かわからない京都旅行が楽しめるか、わからなかった彼女であったが、彼とソフィアと白木と青鷺たちのおかげで、今までとは違った新鮮な京都旅行で、それまでの不安が嘘のように存分に楽しめることができていた。
「あぁ、そうだな。」
実は少し心配していた彼は、その一言が聞けて安堵した。
「また、このメンバーで行きたいですね。」
「まぁ、今度は楢崎もだな。」
仕方ないことにせよ、彼女だけこの旅行にいないというのは、可哀想だった。それに、楢崎もいた方がもっと楽しかったのは事実だった。
「えぇ、そうですねっ」
「.....。」
「....。」
「....スゥ...スゥ...」
彼女が福を周囲に与えてくれるような、満面の笑みでそういった後、珍しく沈黙が続くなと思い、彼女の方を向くとこちらの肩にもたれ掛かってきた。
(...俺の周りは無防備なやつばかりだな。)
彼はそう思いつつも、日除用の帽子を彼女に被せて目隠し代わりにさせた。
結局、彼女の家についても、起きる気配はなく安心し切ったかのような顔で、すやすやと寝ていたままだった。
「・・すまんな...」
このまま起きるまで待つ訳にもいかないため、彼女をお姫様抱っこしてインターホンを鳴らした。
ピーンポーン。
「はーい。」
「く...環奈の友人の海道です。環奈が寝てしまったので、届けに上がりました。」
苗字だと誰かわからないと思い、名前で判別させ簡潔に要件を申したが、最後のは宅配便みたいだったが、あながち間違いではなかった。
「あー、あなたが海道くんね。ちょっと待っててね。」
幸いなことにこちらの事は伝わっており、仮にそうでなければ変な大男が娘を届けにきている状況で懲役は確定していた。
ガチャ
「あらあら、寝ちゃったのね。ほら、上がってください。環奈の部屋は2階に上がって右側の部屋よ。」
一瞬、彼女の姉だと思ったが、エプロンをつけているところから、おそらくは母だと暫定できたが、本当にそこくらいでしか、姉か母か見分けがつかなかった。
「ども。」
「...私はちょっと、買い物行ってくるから...そうね、二時間くらい」
あんまり長居するわけにもいかないため、手短に相槌して2階へと向かったところ、ボソリと要らぬ気遣いを呟いた。
「いや、俺すぐ帰るので」
「あら、そう?」
一応初対面の男に何言ってるんや。と食い気味にそう言うと、久留米母はどこか残念そうにしていた。
「..ここか」
2階に上がり、すぐ右にかんなの部屋という札が掛かっているドアが目に入った。
少し、環奈の体をこちらに寄せてドアを開けると、そこは意外にも質素というか、実は慎ましい彼女の内面を反映したような部屋だった。
「....。」
まじまじと見渡すのは不躾なので、早めにベッドに寝かしつけた。
「...じゃあな。」
とりあえずさよならをして、彼女から離れようとしたが、後ろ手を引かれてしまった。
「...いかないで..」
「.....。」
普段だったら、絶対に聞かないような弱々しい声を聞いてしまい、振り解くわけにもいかず、彼女が寝ているベッドの側に座り、とりあえず少し待つことにした。
「....。」
一応、タクシーの方に先に電子決済を済ませ、ここで大丈夫とアプリ上でメッセージを送っておいた。
幸い、荷物は今日の朝方に学校がまとめて郵送したため、少しの手荷物を運ぶ程度で済んでいた。
「....スゥ...スゥ...」
すやすやと寝ている彼女の寝息と、それでも着々と時を勧める時計の針の音だけが聞こえていた。
(...旅行のしおりとか丹念にまとめてくれてたしな、それに名所のガイドとかもしてくれたし、少しは労わらないとか。)
修学旅行を振り返り、彼女は京都が初めてなソフィアや白木などのためにかなり頑張ってくれていた。
「...ありがとな。」
ただ自然と久留米の頭に手が伸び、優しく彼女の頭を撫でた。
「...んぅ..へへ...。」
寝てはいるだろうが、心地よさそうに撫でる手に擦り寄っており、いつもは余裕粛々の大人な雰囲気を纏っているが、今の彼女は年相応のあどけなさが残る女の子だった。というか、喉も鳴らしており、猫みたいだった。
「...ふっ..可愛いやつだな。」
サラサラで艶やかな綺麗な髪は、撫で甲斐があり、そして可愛げ甲斐があった。
「....そろそろ、本当に買い物行くけど。あとはよろしくねー」
二人だけの世界で、心がゆっくりと解けていくような心地の良い時間を過ごしていると、見かねた久留米母がドアから気を使うようにそう囁いていた。
「っ...いや、俺はもう帰るので」
久留米の家であるから、当たり前なのだがガッツリ久留米母にその様子を見られており、やってしまったと目元を抑えながら、そう言った。
「あら、そう?」
「はい、お邪魔しました。」
彼の手の代わりに近くにあったポケモヌのぬいぐるみを挟み、静かに立ち上がって久留米母に挨拶をしてから出た。
「...ふぅ。」
彼女の家から出て、ウーバーを呼び直すのも何だったので、家まで少し歩くことにした。
「...今度、何かご馳走しないとな。」
久留米だけのお陰ではないが、前の世界では経験できなかった、気の合う友人との旅行というものを経験させてくれた彼女たちに何かご馳走することにした。
冬の訪れを乗せた冷たい風は、未だ右手に残る彼女の体温を冷めるには十分ではなかった。
ちょこっと、一間。
「え?!海道くんが私の部屋にっ?!」
「えぇ、頭撫でてたわよ。」
「うわぁぁん..何で起きてなかったのぉ..私ぃぃ!!」