レプリロイドは電子狼の夢を見るか 作:きしめん陰陽師(五寸釘装備)
ワシは…、ワシはライトを超えたとっ、ワシの研究成果は正しかったと認められたかったんじゃ───────
RETNUH〉機能点検開始
RETNUH〉90%以上の機能回復を確認
RETNUH〉各パーツとの接続を確認
RETNUH〉意識の再起動を開始
「はか…せ」
「気が付いたのか!!」
目を開くと、其処にはケイン博士がいた。
「はい。
私が無事ということは、特に大きな被害は無かったと認識して宜しいですか?」
「まあ…そうなるの」
それなら問題はない。
イレギュラーハンターとして復帰して、
「博士、一言宜しいでしょうか」
「構わんよ。
何かね?」
場合によっては、私は明日を迎えず死ぬ。
「私は、──────Σウィルスに感染したイレギュラーですか?」
そうであるならば、死ななければならない。
私には、それを受け入れる覚悟はあった。
「困ったの…。
レトナ…悪いが、勝手に調べさせて貰った。
君の公開用ログに、半実態のシグマとの接触があったからの。
それに──────」
明らかにセキュリティレベルが高いブラックボックスであったから。
という意味の言葉を、幾らでも別の意味に取れる、かなり濁した形でケイン博士は付け足した。
「結論から言うと、君はΣウィルスに感染しないのじゃ。
正しくは仮に感染しても、症状を出すこと無く正常化出来る」
それは、それならば
「それはまさにドップラーが騙っていたワクチンと同じでは───────」
私の疑問を打ち切る様に、ケイン博士は首を振った。
「それは違う。
君の状況は君以外には再現し得ない。
それと、ドップラー博士がワクチンを作っていた事は嘘ではなく事実。
他ならぬ共同開発者の私が保証しよう」
私には、Σウィルスが通用しないということは、私の機構は対イレギュラーとして極めて特別な性能を発揮しているということ。
それが他のレプリロイドにも適応出来ない事が悩ましい。
「じゃが、レトナ君を検査して一部だけ分かった事から、対Σウィルスの付与効果が開発出来そうじゃ」
それが絶大な効果でなかったとしても、全てのレプリロイドにΣウィルスを傷付ける力が齎されるのなら、決して無駄にはならない。
私はそう考えた。
ケイン博士は、そこから暫く悩む仕草を見せた後に私に告げた。
「今から言う事で、決して自分を責めてはならん。
対Σウィルスプログラムは、ドップラー博士が持ち出した本来のワクチンウィルスには到底及ばぬが、確かな効果がある。
それを開発出来た経緯は────」
ケイン博士はそこで言い澱んだ。
「構いません。
どうぞ」
「ふむ。
私も覚悟は出来た。
開発が出来た理由は、レトナ君。
殆どブラックボックスである君が万が一暴走した際に、効率的に倒すという仮定で生み出したプログラムが、副次的にΣウィルスに損傷を与えたということじゃ」
…勿論、偶然に無関係なものに効果がある何かが開発される事もある。
けれども、ケイン博士が言い澱んだということは、無関係とは言い難いのだろう。
「私に自壊の必要性があれば従いますが」
「違う。そうではないっ!!
そうではないのじゃ…。
私は…君に似たレプリロイドを一人知っている。
彼もまた、近しい特性を宿していたが、決して悪では無いのじゃ」
そちらの方が大問題だ。
私が自壊するだけで話が終わらなくなる。
もし、ケイン博士の言う事を全て肯定するとすれば、それこそ全ての前提が壊される。
Σウィルスに近しいもの…、敢えて単純化してΣウィルスと定義しよう。
ケイン博士の言う事をそのまま肯定してしまえば、Σウィルスそのものには善悪はなく、Σウィルスに感染した事でレプリロイドに元々備わっている悪が引き出されたとも言えかねない。
それは、全レプリロイドに潜在的なイレギュラー化要素があるということ。
誕生したその瞬間から、未来で悪に落ちる可能性を手にしていて、Σウィルスはそのきっかけに過ぎず、Σウィルス以外の何かによってでも、イレギュラーへと踏み外してしまう可能性を否定出来なくなる。
…これを、政府に報告すればどうなるだろうか。
博士に確認を取り、その言葉を報告しなくてはならない。
私にはそれが求められている。
「博士っ!!」
「言葉にしてはならん。
確認はせぬが、君の推測は恐らく正しい。
昔、アルファというレプリロイドがおってな…。
優しい子じゃった…。
人間であっても間違いを犯す者はいて、人間であれば更生の機会は与えられる。
……本当に、ままならぬよ」
レプリロイドは人間ではない。
完成して誕生して、人間の為に機能停止か不要になるまで動く生きた機械。
だから導き手も育てる必要もない。
ただ、人間の利益の為だけに誕生した存在。
私は答えを出してはならない。
答えを出したならば報告しなくてはならない。
けれど、一つだけ確認しなくてはならなかった。
「ケイン博士。
そのアルファのイレギュラー化した理由は、人間らしい理由でしたか?」
「………………」
私に明確に答えてはならないと、ケイン博士は理解していたのだろう。
けれど、その視線は決して否定をしていなかった。
「『有効な返答はなし』、と記録します。
ケイン博士、ありがとうございました」
「構わぬよ。
答えないでくれと頼まれれて、答える程意地悪にはなれぬからな」
私はその返答の意味は、『理解出来なかった』とログに取る事にした。
「レトナ君。
君は……己より明確に優れた存在がいて、届かぬ劣等感から悩み苦しみ怒り、己と世界を否定する様になった者をイレギュラーと呼ぶかね」
「はい。それが有害となるのであれば、イレギュラーと認定されるでしょう」
「そうか…」とケイン博士は項垂れながら呟いた。
そして、彼は彼の立場として言ってはならぬ事を言った。
「ならば、レプリロイドの性能が向上し続けたいつかの未来において、レプリロイドに何一つ届かぬ人間に生まれた者達は、イレギュラーと呼ばれるじゃろう。
…なに、老い先短い老人の戯言じゃよ」
もし発言したのがレプリロイドなら、即時処分が認められる発言だった。
これを言ったのが人類最高の頭脳であり、同時にレプリロイド技術の開発者というのは、余りにも恐ろしい事だった。
作成されて廃棄されるまでに、どれだけの成果を生んだかがレプリロイドの人生の価値であるが、それを人間にも適用してレプリロイドと競合させたとすれば、現状でも半数の人間が無価値となる。
レプリロイドであれば人間への反逆と受け取られるし、既にレプリロイドよりも生産性が低い人間や、後数年後に生まれる世代のレプリロイドには生産性で劣る能力の人間でも、自分達が負ける側にいる故に言えない。
人類の中で最高峰の人材であるケイン博士が、多くの格下の人間とレプリロイドを同等に扱っているというのは、人間であるからレプリロイドの上にいる人々にとっては、恐ろしい話だろう。
レプリロイドで言えば、「生産性が変わらないのなら貴方とメカニロイドの価値は同じで、メカニロイドよりも生産性が低いのなら、そのレプリロイドを廃してメカニロイドに差し替えた方が良い」と言われる様なものだ。
そして、自身が明確に高い価値を持ちながら、それを発言することで己が罰せられたり害される事を恐れないという事は、ケイン博士の価値に届かない者は、皆平等に無価値と捉えかねられない。
己より格下だと思っていたものが、自分と同じ権利を得る事は、全ての知的生命体にとって本能的に悍ましく感じるのは極めて自然な事であるはずなのに…。
何よりも、レプリロイドを正常として人間をイレギュラーと判断するのならば、それはまさにシグマ達イレギュラーの思考であり、それを人間であり、その中で最高の頭脳を持つケイン博士が正解として出してしまうのならば、現在のイレギュラーとイレギュラーハンターの立ち位置が完全に逆転する────。
私は、人類最高の知能であるケイン博士が、これまでに見てきた何よりも恐ろしいものに見えた気がした。
「ではな、見舞いが来ているようなので失礼するとしよう。
先程の話、エックスには未だ伝わらない様にしてくれると嬉しい」
『現状ではエックス隊長へ配慮すべきポイントが不明』という理由で、私はこれまでのログ全体に秘匿措置を掛けた。
ケイン博士が去った扉の向こうから、入れ違いで駆けてくる者がいた。
「レトナッ!! 大丈夫!?
倒されて意識不明って聞いて私…っ!!」
エイリアには心配を掛けた様だ。
「機能点検の結果、現在に残る損傷はなし。
特に問題はない」
「もう少し、自分を大切にしなさいっ!!」
エイリアに抱き着かれた。
問題が無いのに叱られるとは、論理的にはおかしい。
けれど私はそれを問題ある異常とは認識していなかった。
私は戦闘用レプリロイド。破損リスクは必ず存在する。
だから必要なリスクとして受け入れなくてはならない。
間違いなく私は正しい。
けれども、それを言えば面倒なことになる。
それに、私が正しいということは、エイリアが誤っているということになる。
実際にそうであるし、本来誤ったエイリアが、正しい意見を受け入れるのが当然だ。
正しさを強く押し付ければエイリアは従うだろう。
彼女はそうやって、消すべきレプリロイドを処分してきた。
間接的なものも含めれば、彼女が手を下したレプリロイドは少ないとはいえない。
彼女は、それを淡々と執行してきた。
そしてその行為は誇るべき成果であり、何一つ苦悩する要素はない。
そもそも、完全な苦悩と呼べる行為が可能なレプリロイドは、一体しか認められていない……とされている。
しかし、先程の機密情報の暗号化作業中ということもあって、判断が不安定なこともあったのだろうが、私は事実を元に修正をしなかった。
私は正しい。
エイリアが間違っている。
ただ、それを突き付けるのは、『嫌』だった。
エイリアが苦しむのは『嫌』だったのだ。
正しさよりも好き嫌いを優先するとは、私は再起動直後で演算処理が不全だったのかもしれない。
私は完治した自覚はあったが、安全性確認という名目で最低でも丸一日の経過観察を求められた。
観察責任者はエイリアであり、エイリアと共になら外出も認められている。
ていの良い休暇が与えられたということは分かっている。
…尤も、ケイン博士に並ぶ天才として造られ、町一つの管理者を任せられていたドップラーが反逆し、イレギュラーハンター本部が破壊された中で、外に遊びに行くつもりはない。
それにエイリアも超高度の情報処理が可能なレプリロイドであり、故に彼女に任せられる仕事は重く、そして多い。
無駄に遊ばせる訳にはいかない。
私は休みにエイリアを付き合わせるのではなく、私がエイリアの仕事を手伝う事にした。
エイリアは「ワーカーホリックね」と言っていたがお互い様だ。
自分の精神を擦り減らしながらも仕事に忠実な彼女もまた、ワーカーホリックと呼べるのだろうから。
ネットワークナビゲーションプログラム、通称ネットナビであるサイバー・クジャッカーからの検閲を受け、私自身の機能である『トランスミッション』により、電脳世界に介入して、エイリアの監視とオペレートの下、電子上で作業を開始する。
イレギュラーハンター本部が破壊されたせいで、情報の収集だけでなく、破損データの捜索と復元もしなくてはならなかった。
嘗て明確な記録も残されていない古い時代に、天才科学者達が文明の選択を求めて競い合った事があったらしい。
現実に重きを置く物質主義か、データに重きを置く情報主義か。
結局、世界は物質主義を選択して、そのベクトルで文明は進化してきた。
もしかすると、選ばれていたかもしれない。
その様な可能性を否定して、されど否定しきれなかったとある技術者が、私に電脳世界での活動を組み込んだそうだが、その技術者が具体的に誰なのかは情報が記録されていない。
サイバー・クジャッカーも私の機能と近しいコンセプトを持つらしいが、「成果に近しいところはあるけれど、過程は別物だわ。…現在には残されていない技術だけれど、このプログラムを生み出した人は相当に優秀…いえ、鬼才ね。気になるのは、効率化出来そうな部分があるのにしていないところかしら…。いえ、違うわね。これは────」と言っていたが、結局必要となるであろう情報は無かった。
ただ、私の電子データを解析するにあたって、電子化した状態で私の本体が破壊されたとしても、『コピーロイド』というあるかどうかも怪しい存在にインストールさせれば、本体を再構成させられる可能性があるという情報はログに残す価値はあった。
「本当に今も『コピーロイド』があるのなら、私が貰いたいものだわ」とクジャッカーは言っていたが、クジャッカーが現実世界にて活動するメリットは、物理的に隔てられたネットワークへの移動以外に何も無いのではと聞くと、「物質の身体を持つ者の傲慢な考えだわ」と気分を害していた。
役割そのものが必要十分の存在理由であるのは、
「コピーロイドをくれるか、世界を情報主義に変えてくれる人がいたら、なんだってしちゃうかも」と言っていたクジャッカーだったので、あまり口を開き過ぎるのもイレギュラー認定に繋がるので、今後ずっと寡黙になっていた方が良いと思っている。
必要なら、イレギュラーでない可能性もあっても積極的に破壊するが、能力が高い存在がイレギュラーではなく、社会にとって有益な成果を生むのならば、それに越した事もない。
私はクジャッカーを同行させて仕事をすることにした。
必要な情報を回収しながら、明確に再生不可能な情報はバグの素になる前に消去し続けた。
基本的に安全な作業ばかりであったが、作業終了直前にいた、一部破損したセキュリティプログラムについては、明確な危険性を感じた。
とはいえ破壊してしまえば、その後のセキュリティに支障が出ると判断して、攻撃を戸惑っていると、同行しているクジャッカーから、「この奥には重要なプログラムがあるの。後のセキュリティは私が再設計しておくから、ブッ壊してやりなさい」と言われたので、言葉に甘えて全力で破壊する事にした。
破損したセキュリティプログラムは、此方が接近すれば攻撃を仕掛けて来たが、その際に「ドウシテコワスノ、ドウシテコワスノ」と聞いてくる。
しかし既に壊れているから、完全に壊す。
「壊れているから、誤っているから。
だから存在してはいけない」
当初セキュリティプログラムは、自身の属性を変えて攻撃を繰り出して来た。
それだけでなく、此方の攻撃の一切を無効化するバリアを構成していた。
私の攻撃も、クジャッカーの攻撃も通用しない。
流石はセキュリティプログラムトいったところか。
「押して駄目なら、押し潰す」
鉄球を振り回して加速させ続け、解き放つ様にぶつけるとそのバリアは消えた。
暫く観察していると再びバリアは再生したが、同様の方法でもう一度バリアは破壊出来た。
成る程、一定以上の攻撃力があれば破砕可能ということか。
「言いたい事はあるか?」
「キエタクナイ。ワタシ、マチガッテナイ。
マチガッテイルノハ、セカイノホウ────」
それが『彼女』の遺言となった。
消滅していくセキュリティプログラムから、必要になるかもしれないそのデータを、可能な限り回収する。
クジャッカーには止められたが、問題がある行動で無い以上、クジャッカーが私を止める権限はない。
機能していた電子ロックキー『電磁ビット082』に介入して奥に進むと其処には何もなかった。
「別に何もなかった訳じゃないわ。…この重要プログラム『ディメンショナルコンバーター.exe』は相当に危険だから私の方で回収しておくわね」
クジャッカーは相当に嬉しそうだった。
余程重要なプログラムなのだろう。
とはいえ私には関係無い。
クジャッカーにも、そのプログラムにも興味は無いのだから。
エイリアに確認すると、もう収集すべき情報も、破壊すべきプログラムも無いということだったので、私は任務完了としてプラグアウトした。