錬成の悪魔   作:お父様

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 ブラクロ…いいよね…


原作開始前
ページ0.受肉


 悪魔は、冥府で生まれる。

 冥府はとても退屈で、どこまでも単純でつまらない世界。

 悪魔は、生まれつき全ての序列が決まっている。

 決してそれは覆らず、上へ行けない者はより下の者へ力を振るう。

 悪魔は、常に向こうの世界を渇望している。

 

 

 

 

 悪魔は皆、例外なく――

 

 

 

 

「ンッンッン…やはりここにいましたか」

 

 現世から遠く離れた場所、冥府。

 そこに太陽は存在せず、あるのは虐げられる弱者の血と、悪意によって生まれる腐臭のみ。

 緑も砂もない、どこまでも無機質で、残酷で豊かさを失った世界、それが悪魔のいる世界。

 そんな冥府のある高所、そこに座る二人の悪魔は、ただ目前の景色を眺めていた。

 絶えず響き渡る弱者の絶叫と、噴水代わりに吹き出す血潮を見て、一人の悪魔はニタニタと笑いながら話しかける。

 

「あなたも物好きですねぇ…楽しむわけでもないでしょう、何故ここを選ぶのです」

「…ザグレドか」

「あちらこちら、階層を行ったり来たりで見つけるのに苦労しますよ、本当に」

「……」

 

 二対の翼。

 そして、全身を真っ黒に染め上げ、怖気の止まらない膨大な(マナ)を放つその悪魔。

 己こそを至上とし、ただ自分より下のものを嬲って楽しむ、正に悪意そのもの…悪魔とはそうだ。

 どこまでも邪悪で、人とは相容れない存在。

 だが。

 

「別に…暇だからという理由以外何も無い……同じ暇でも、ただ以前と変わらず無機質な扉を眺めるか、退屈だが代わり映えのある、このくだらん光景かなら…後者を選ぶだろう」

「ンッンッン…私としてはこちらの方がとても心地よいのですが…」

「そのうち飽きるさ、お前もあと数千年生きればな」

「……それは」

 

 ザグレドと呼ばれた悪魔は、その言葉に秘められた意味に薄く笑いながら、ただ静かに腰掛けて暇を潰す。

 強者が弱者を甚振り、その弱者が更に自分よりも下の弱者を甚振る…目の前の景色は正に負け犬の愚かなそれ、しかしその悪意がどうしようもなく愛おしい、少なくともザグレドはそう思っている。

 しかし隣に座る悪魔は例外のようで。

 

「飽きた。…くだらん、本当にくだらん」

「…ンッンッ……飽きた。ですか…あのルチフェロでさえ、怨嗟の声が愛おしく…あぁいや、あれはただ自分至上主義なだけでしたね」

「…あいつの話はやめろ」

「そうでした、あなたは彼が大嫌いでしたねぇ…サタナキア」

 

 ――飽きたのだ。

 代わり映えすると言っても、所詮は対象になる悪魔だけ。

 その行動で流れる血のことも、実力差のピラミッドも、全てが何百何千年も変化を成さない、退屈な連鎖反応。

 代わり映え…先程そう言ったがよく良く考えれば欺瞞そのものだ、結局その本質は変わらず、悪魔たちは今日も馬鹿の一つ覚えみたいに自分より下のものを傷つける。

 しかしそんなことを言う、異質で異端な悪魔のことを、サタナキアのことをザグレドは心の底から気に入っていた。

 

「サタナキア…私はそろそろ冥府の門を出るつもりです」

「…お前が?アテは…聞くだけ野暮か、どんなことをするのかだけ暇潰しに吐け」

「ンッンッン…エルフと人間の絆…とやらを利用するつもりですよ、これが中々面白そうで」

「そうか、意外と普通だったな」

「ンッンッン……まぁ後のお楽しみということで…」

 

 出し抜かれるだとか、万が一だとか、そのような考えはザグレドの中に存在しない。

 所詮悪魔の序列は実力のみ、自分より強い者は強いだけ、邪魔なだけ、どこまでも純粋に消えて欲しいだけ。

 それは悪魔の王ですら例外ではなく、実際に彼を好み慕う者など冥府には存在しない。

 だがザグレドを含み、この悪魔に対しては――

 

「あなたの事です、その気になれば…しれっと受肉して顕現できるでしょう?()()()()()()なのですから」

「…フン」

 

 悪魔は基本、冥府から自分の意志で出ることはできない。

 だからこそ悪魔は向こう側、人間のいる世界を羨み、そして渇望して退屈な冥府を生きている。

 物好きな人間がごく稀に行う悪魔を召喚する儀式、従魔の儀式によって選ばれるか、もしくは――

 

「もしくは…適当に儀式にでも割り込むつもりなのでしょう?その魔法があれば…干渉さえできるならいつでも…」

「どうかな、何百年後かは知らん…それに今はまだそこまで気を引かれんしな」

「ンッンッン…そうですねぇ、もし向こうで会えたなら…その時は」

 

 そう言い残し、ザグレドは飛び立つ。

 最上位には届かないが、彼もまた頭の回る上位悪魔、きっと想像以上に物事を上手く運ばせられるだろう。

 去っていく同胞を目で追うこともせず、サタナキアは再び視線を下に向けて、変わらない強者と弱者の図を眺めていた。

 変わらず退屈、相変わらずくだらないその絵面。

 

「…人間、か」

 

 皆は知らない、人間の価値。

 

「………」

 

 人間を弄びたい、自分の力を誇示したい。

 それら悪意こそが悪魔の全て…だが違う、その本質はその程度では無い筈なのだと。

 今日もまた、ただ静かに冥府を眺める。

 積極的に動こうとは思わない、しかし何かをしたい…だがやはり面倒臭い。

 そんな風に時間を潰し、膨らむ好奇心と怠惰の感情の間で揺れ動きながら、じっと腰掛け暇を潰す。

 

 

 

 

 次の日、甚振られていた悪魔が一人死んだ。

 

 

 

 

 更に次の日、別の悪魔が標的となり、その日のうちに死んだ。

 その次の日、また他の悪魔が死んだ。

 死んで、殺され。

 嬲り、見下し。

 

 同じことを、ただ永遠と繰り返す。

 

 そして、とうとう標的となる弱い悪魔が居なくなった。

 次の標的は――

 

 

 

 

「私以外死んだか」

 

 ――全員を殺した。

 最後に残った悪魔。この()()にはもう、サタナキア以外誰もいない。

 自分が殺した悪魔たちの心臓を齧りながら、サタナキアは退屈な瞳のまま冥府の門を見上げる。

 普段であれば、いつも"向こう側"にいきたいと騒ぎ出す悪魔たちが不愉快な笑い声を上げるのだが。

 今回は誰も声を上げない、何故なら皆死んだから、サタナキアによって全てが。

 同時に、それを邪魔できる者もいない。

 

「…ほう」

 

 冥府の門が、今まで以上に強く光り輝くのを見た。

 そこから差し込む一筋の光、それがサタナキアに向かって降りてきて、そしてその身体を包み込む。

 今までにも何度か見たことがある、これは召喚の――

 

「…人間も学ばんな」

 

 恐らくは自分も…と、悪魔の強い力を求めた人間が行う従魔の儀式。

 しかしこの光の強さ、冥府の門の反応の大きさを見るに、呼び出す予定だったのは中級悪魔だったのだろう。

 だが、この階層にサタナキア以外の悪魔はいない。

 つまり、必然的に呼び出されるのは――

 

「…つくづく運が悪いな」

 

 本来呼ばれる筈だった悪魔、それの代わりに。

 サタナキアは現世に向かって飛び立つ。

 自分ではない誰かを、しかし悪魔を呼ぶには違いないその愚か者の声に応えて。

 そしてこの瞬間、冥府から更にもう一人の悪魔が姿を消した。

 

 

 

 


 

 

 

 

「な…なんだこの魔力量は…!?」

 

 誰もいない、誰もこの場所を認知しない。

 クローバー王国、王都から遠く離れた辺境の地、そこでは誰も気づかない、だからこそ、男はこの場所を選んだ。

 皮肉にも、それは男ではなく悪魔にとっても都合が良く――

 

『………』

 

 悪魔との縁を紡ぐ遺物を片手に、男はただ目の前にそびえ立つ二対の翼と、三本の禍々しい角を見上げて呼吸を荒くする。

 肉食動物と目が合った、いやその程度で済むほどの圧では無い。

 ただそこにいるだけで全てを、命や運命を踏みにじる強烈な魔力、その片鱗。

 

『人間』

 

 悪魔はただ動いただけ。

 しかしそれは周りからすれば、瞬間移動をしたかのような神速。

 儀式下で力が抑えられているはずなのにも関わらず、悪魔の指が男の額にいつの間にか押し付けられた。

 ただそれだけ、魔法すら発動していない、悪魔の指の感触だけがあるはずなのに、身体の震えが止まらない。

 喉が震える、声が掠れて言葉を作れない、男はただ魔導書(グリモワール)を片手に、それを使う間もなく。

 

『錬成魔法』

 

 べしゃり。

 たった一言、そして膨大な魔力を感じたと思った瞬間、男は血すら残さずに分解され、この世から消えた。

 魔道士は死に絶え、悪魔は今も自由なまま。

 従魔の失敗が示すのは、術を発動した者の肉体が悪魔に奪われ、異形の怪物が生まれること――

 

『…この肉は駄目だ』

 

 しかし呼び出された…というより勝手にやって来た悪魔、サタナキアにとっては何の価値もない。

 背は中々だが、何よりみてくれが悪い、悪魔という人間とは違う種族であろうとも、そこには共通する美意識というものがあるからだ。

 しかしこのままでは冥府に逆戻り、しかも今の自分は契約すらもしていない、となると冥府の最下層にいる悪魔王、ルチフェロが面倒臭い接触をしてきてもおかしくは無い。

 サタナキアはため息を吐き。

 

『仕方ない、か』

 

 人間にとって魔導書は、基礎的な魔法よりも更に上、発展した高性能の魔法を発動するのに必要不可欠な道具。

 だが悪魔にとってはそうではない、ただ悪魔にとっては、"こちら側"の魔法を使うためのものであり、人間にとっての至高の域は、悪魔にとってはただの基本的なものなのだ。

 そして発動される、サタナキアの持つ魔法――

 

『錬成創成魔法・葬送(リテム)

 

 今にも消えゆく魔導書、そして男の魂そのものを媒体とし、サタナキアは再び男の肉体を創り直す。

 しかしそこに魂はなく、抜け殻であるため受肉するには丁度いい。

 更に、駄目押しとしてもう一つ。

 

『…これもだ』

 

 高密度の魔操作による空間操作、それによって部屋の片隅に転がっていた女の死体を利用する。

 合成、融合。人体の神秘と常識を踏み躙る悪魔らしいその行動によって、ここに新たな器が生まれ落ちる。

 サタナキアは、目の前の新たな器に意識を集中させ、そして重なる。

 

 ――男の身体に刻まれた儀式の痕跡、そして不純物となる魂の排除と肉体の修正。

 

 今ここに、新たなる器が生まれ落ちる。

 

「ふむ…これならいい」

 

 あの脂ぎった身体は影もなく、陶磁器のように美しい肌と、そして赤い瞳。

 中年ではなく少年…いや麗しい少女そのもので、まるで妖刀のように見た者を惑わす魅惑の力を放つそれ。

 腰まで伸びる純白の髪も含め、全てが芸術品のように…人形のように輝いていた。

 

「ザグレドは…どこにいるのやら」

 

 今ここに、新たな悪魔が生まれ落ちた。




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