錬成の悪魔 作:お父様
魔法騎士団と言っても、その仕事は戦事に限らず、幅広い。
基本は貴族。そしてごく稀に、平民や下民の護衛任務として、魔導士が派遣されることがあれば。
時にはパトロールとして、不規則に王国内を彷徨うこともある。
そして、当然の話ではあるが、魔法騎士団は九つ存在し、それらの間には、民からの支持という名の、格差を決める戦いが存在する。
金のある者は、より良い腕を持った魔導士を求めているし、腕の良い魔導士が所属する団は、必然的に知名度を上げ、慕われる。
王族ヴァーミリオン家、『紅蓮の獅子王』。
王族シルヴァ家、『銀翼の大鷲』。
彼らは今この瞬間も、武勲をあげて、メキメキと実力を伸ばし続けている。
強魔地帯、そして
単純明快な。純粋な人員数…マンパワーという利点は、たとえどれだけ個の力が優れていようと、『任務』という形では力を発揮しづらい。魔導士単体ではなく、『団』としての強さ、それが彼らの力であった。
――だからこそ。
そんな、忙しい彼らにではなく、この依頼がやって来たのは。
サタナキア…『灰色の幻鹿』にとってはある意味、幸運とも呼べるものだった。
クローバー王国、国境付近。
この地にある町の名は『キテン』。
クローバー王国とは非友好的な関係にある国、『ダイヤモンド王国』のすぐ近くというのもあり、外の危険度だけなら、あの強魔地帯にも劣らない場所である。
突如として、この国境近くにわざわざ彼が足を運んだ理由は、ようやく舞い込んできた任務にある。
「…商人の救出?」
サタナキアは、隣に立つユリウスを見上げ、先ほど聞いたセリフを複唱する。
もはや見慣れた、大人の姿になったユリウスが、サタナキアの疑問に答えた。
「正確にはちょっと違うと思うけど…まぁ、大雑把に君でも分かるように言うなら、物を売ったりする人だね」
「…なるほど。つまり、私がいつもイエローアップルを買ってる、あの店の人たちも商人か」
「まぁ、そうだね」
なるほど。そう言って、合点がいったように何度も頷く。
魔法騎士団に入団し、一週間。
まだこれといった、大きな事件や任務は発生していないのもあって、とても平穏な日々だったのだろうと、ユリウスは考える。
というのも、ユリウスは実際に、そう長い間、サタナキアの普段を見ている訳ではなかった。
魔法騎士団団長。その立場故、ユリウスにはたくさんの命が、責任が圧し掛かっているし、何より最近は、少し不穏な空気が流れているのを感じていた。
ダイヤモンド王国は、クローバー王国とは非友好的な関係であり、こちらの資源を得ようと、侵略行為を仕掛けてくる事は珍しくない。
まだ魔導士新人で、依頼など全然やって来ないサタナキアとは違い、ユリウスに安息の日々はない。
自分の見ていない間に、何かサタナキアにトラブルでも起こっていないだろうか…それが唯一の気掛かりだった。
「イエローアップルというと…あの露店のお爺さんだね」
「あぁ、あそこは安く果物が買えていいぞ」
「…そっか」
…だが、どうやら心配はいらなさそうだ。
ある意味、それはユリウスの期待通りで、微笑ましいものを見るような、そんな表情を浮かべる。
――が、ユリウスは知らない。
街にも馴染み、時折道に迷った彼女を、街の住民総出で、『灰色の幻鹿』拠点まで連れて行ってあげるのが。
もはや街のお約束芸になっていることを…ユリウスはまだ知らない。
サタナキアは相変わらず、虚空を見つめ、ぽけーっとしながら、口だけを動かして。
「…要は悪い奴がいて、そいつが良い奴を攫ったんだろ?悪い奴はどうする?殺すか?」
「捕縛でお願いするよ。殺すな…とは言わないけど、それは最後の手段だね。私の時間魔法と違って、君はより精密に戦えるだろう?」
「…うーん、分かった。お前の言う通りにする」
「ありがとう」
その辺に出かけるかのような、そんな気軽さで『殺気』を滲ませるサタナキア。
ユリウスは顔色一つ変えず、それを御して、団長として命じた。
再び、サタナキアが口を開く。
「そういえば、良い奴…商人か、それはなんで捕まったんだ?撃ち落されでもしたのか?」
「いや、どうやら道中、待ち伏せしていた山賊たちに、一斉に囲まれて無力化されたらしい」
「…?道中?もしかして歩いてたのか?なんで空を飛ばないんだ?」
「空は、思っていたよりも不自由ということだよ」
そもそも、空を飛ぶ手段というのは、非常に限られているものであり。
飛行能力を持つ、魔法生物を飼い慣らすにしても、その調教に長い月日がかかるのと、何よりただ箒で飛ぶより目立つ。
箒に頼る方法も、空が飛べる便利な道具とはいえ、所詮は道具。それなりに腕が立つ魔導士の、簡易的な魔力弾にも、追い付かれる可能性だってある。
何より荷物を乗せるとなれば、更に移動速度、旋回能力に制限がかかる。これではまともに、荷物の運搬などできはしない。
必然的に、多少の危険を承知の上で、陸地を歩いて目的地に辿り着く…これが、最善の手段なのだ。
「分かった、行ってくる」
そう言って、サタナキアは
翼を生やすことなく、箒に乗ることもなく、純粋に宙へ、そのままふわりと浮かんでいた。
以前、三つの魔法を掛け合わせて作った黒翼は、周りへの被害が抑えられないという弱点があり、ユリウスから使用禁止の命令を下されていた。
そこで、サタナキアは魔法騎士団入団試験の際にも使った、純粋な
"マナスキン"や"マナゾーン"といった、匠の技術を鼻で笑う。
悪魔の生態に任せた、暴力的な魔力量のゴリ押しである。
そのまま、サタナキアは上空で一度止まり、ユリウスに向かって指を振り。
「ちゃお」
そのまま、一気に加速して、目的地に向かって飛んで行った。
「……いつまで隠し通せるかなー」
案の定、濃密な魔力の気配にどよめく周りの住民たち。
ユリウスは乾いた笑いを浮かべ、この場所を後にした。
「山賊と言っても、やはり実力の平均値はこんなものか」
サタナキアが目的地に到着して、まだ数分しか経っていない。
だが、結果は火を見るよりも明らか。
目の前には、息も絶え絶えの盗賊たちが、その身体で山を作り上げており、その様子を、先ほどまで囚われていた商人たちが、口をあんぐりと開け、呆然と見ていた。
「っ…そぉ…」
「こん…な…ことが…」
恨みの声が聞こえるが、それはあまりにも小さな、弱すぎる声であった。
盗賊たちは全員で二十名程。そして全員に満遍なく、本気の拘束魔法がかけられており、身動き一つ取ることも、
当然の話ではあるが、所詮彼らはならず者、更には有象無象に過ぎないときた。
(なんだこの拘束魔法…!?こんな…!こんな滅茶苦茶が…!?)
元とはいえ、サタナキアはかつて、冥府の頂点に立った存在。
あらゆる属性の、この世界に存在する全ての
仮にこれを喰らってしまえば、最上位はまだしも、上位悪魔は抗うことなどできず、完封される程の魔法――
「錬成分解魔法×錬成空間魔法…」
錬成魔法。
それはサタナキア元来の魔法。概念を除いた、あらゆる物質を分解し、
それに、もう一つの力を付け加える。
――錬成空間魔法。
最上位悪魔、空間魔法のベルゼブブから着想を得、サタナキアが独自にアレンジした魔法。
空間魔法の理論を『分解』に転用し、本来は物質限定の、錬成魔法が持つ分解の力を、"空間内"ならば『概念』にも触れられるように――
そしてこの場合、"空間内"は捕縛した対象の体外から体内にかけての、
――相手の
「複合魔法"獄魔掌握"。やはり便利だな、これは」
ハッキリ言って完全なオーバーキル。
ただの盗賊相手に使っていいレベルではない、悪魔の叡智が詰まった理外の魔法。
それが見事に、二十余名全ての盗賊に掛けられているというのだから、商人たちは驚愕する他ないだろう。
もはや抵抗など万が一…否、億が一にもありえない、完全な詰み。
しかし、ある意味で盗賊たちは幸運であった。
「力加減は難しいが…ユリウスに迷惑をかける訳にもいかない。…うん、これからも使っていこう」
サタナキアは出発前に、ユリウスから殺しを渋られていた。
悪魔としての本能。人を虐げ、弄ぶ邪心すら摩耗する程、永い年月を生きてきたサタナキア。
そんな彼だからこそ、意外と素直に、ユリウスの要望に沿うことができた。
拘束魔法を掛け終わり、身体をほぐし、商人たちの方に向かって振り向き。
「待たせた。怪我はないか?あったなら治すぞ」
「か、回復魔法も使えるのですね…」
「…?」
少し引いた風な気配を見せる商人。
本来なら、相手の凄まじい力量やら、得体の知れなさで畏怖の念を覚えたり、身体が震えたりするのだろうが、残念ながら、今のサタナキアにはそれを成す下地がなかった。
戦闘開始から終了まで、ぽやぽやとした気配のまま、敵をワンパンチで倒していくその姿はあまりにもシュールで、恐怖心を覚える余裕などない。
悪魔にとって、魔力量=身体能力であるため、ルチフェロに遥かに劣るサタナキアであろうと、その一撃は必殺レベルなのだが、これも彼の器用さ故。
サタナキアは腰に手を置き、ない胸を反らして。
「凄いか?」
「…………」
「私、結構凄いか?」
「……えぇ、はいそれはもう」
「…フフ、そうかそうか」
冥府にいた頃、自分を妬み、蔑む者。
もしくは好奇の、数多の視線や感情を向けられることはあったが、褒められたことはない。
悪意が当たり前の日々。そんな中、ただ自分にとっての『当たり前』を、こうして認められることなどありえなかった。
サタナキアは今、最高潮に『人間生活』を謳歌しているのだった。
「むふー」という音が聞こえそうなほど、目に見えて上機嫌になったサタナキアは、次に新しく、帰り道を作る為の魔法を――
「…………ん?」
――巨大な魔力反応。
勿論、サタナキア本来の魔力量と比べるまでもないが、人間の平均値を遥かに超えることは間違いない。
その直後に、僅かに頬を叩く突風が吹き荒れ、何かが破壊されたような、そんな轟音が響き渡る。
「…………あれも悪い奴なのか?」
――その日、数年の膠着状態を破り。
クローバー王国に、ダイヤモンド王国が攻めてきた。
"獄魔掌握"
ただの盗賊モブに使っていい技じゃない。
ダイヤモンド軍は頑張ってもろて(適当)