錬成の悪魔 作:お父様
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翌日の朝。
灰色の幻鹿アジト、その窓際にて。
サタナキアは手元で広げられている、ある魔法新聞の一面を見つめていた。
『鋼鉄の戦姫、ダイヤモンド軍を圧倒!』
風景転写魔法。
それはその名の通り、視界に映る光景の一瞬を"保存"し、物に転写することが出来る魔法。
魔法による安定した発行速度、クオリティの高さから、こうして魔法新聞は、王族貴族関係なく、クローバー王国の民にとっての、生活必需品となっていた。
サタナキアは一枚ずつ、舐め回すようにじっくりと、魔法新聞に書かれている情報や、焼き付いている写真を楽しんでいた。
「やはりアシエ…お前は面白いな」
魔法による代物とはいえ、写真は写真。
そこから得られる情報や、背景のより細かな情報には限度は存在する。
直接目で見る。魔力を感知するといった、実体だからこそ感じられるモノや気配、それを知覚するのに制限が掛かろうとも、充分過ぎる程に、写真の中の少女は、強く輝いていた。
「知り合いなのかい?」
「あぁ、私が現世に来て、本当の意味で最初に出会った人間だよ」
「そういえば、試験会場でも一緒にいたっけ」
自分を除いて、建物の中にはサタナキア以外誰もいないからか。
ユリウスはいつも外に出る時の、あの大人の姿ではなく、彼本来の、子供の姿のまま、微笑ましそうに見守っていた。
「20…30……パッと見ただけでもかなりの数だな。これを全部下したのか」
ダイヤモンド王国の誇る、最強の一角である"八輝将"。
その正体に気づくことなく、サタナキアはただ、魔導士としての仕事を全うする為、そしてユリウスの期待を裏切らないよう、殺生をせずに追い返した。
サタナキアは、彼らに名乗ることもなかったし、向こうもまた、こちらに名を名乗ることはなかった。
キテン近くの国境での、観衆のいない場所での戦闘、それらの要素から、サタナキアの活躍は、誰にも見られることなく、そのまま闇に葬られると。
アジトに帰るまでは、そう思っていた。
ユリウスと再会し、そして数分経ってからなんと、彼の口から出てきたのは、ある会合への誘いだった。
『サナ。君も祝賀会に出てみないかい?』
その申し出は、見事にサタナキアの予想を裏切った。
あの場で、サタナキアが無意識のうちに助けていた、クローバー王国の人間たち。
彼らは、ダイヤモンドから助けてくれた…それのお礼がしたいと、騎士団本部に連絡をし、結果として、サタナキアの容姿が、魔導士内で共有されることになった。
人の悪意。それは冥府にいた時からもう、全てを知り尽くしたと、そう思っていた。
だがどうやら――人間が持つ善意。それへの知識は全くなかったらしい、サタナキアはそう感じた。
「昨日の話の続きだ」
サタナキアと向かい合うように、ユリウスは座りながら言葉を続ける。
あまり公には言えないが、そもそもダイヤモンド王国とクローバー王国は、険悪とは行かないまでも、決して良好とは言えない関係性。
ダイヤモンドからの差し金…密偵がいい例だが、そんな人間が年に、それこそ酷い時には、半年に一度のペースで捕らえるような時期さえあった。
それでも、互いに大きな争い――戦争が起こっていないのは、互いにとって、不安要素が多すぎるから。
まずダイヤモンド側からすれば、クローバー王国と唯一友好関係を築いている、ハート王国からの増援の可能性が。
クローバー側からすれば、今も尚不気味に、沈黙を貫いているスペード王国の動き。
こうして互いに、全力を出すとは行かないまでも、決して軽くない損害を負う程の戦い。それの規模が大きく、悪化しない理由がこれである。
つまり、クローバー王国も。
――決して綺麗な手段に拘っている訳ではない。
「昨日の夜、ダイヤモンドに潜んでるうちの魔導士が、新しい情報をくれてね」
――クローバー王国が送り出した密偵。
ユリウスだけでなく、魔法騎士団全体に、サタナキアの偉業が、知られるようになった理由こそが、その報告の内容。
――"八輝将"が一人、粘液魔法のヤーゴスが一時、戦闘不能状態に陥ったというもの。
そしてそれを引き起こしたのは、一人の魔導士であると――
「一番酷い怪我で骨折。それに他の魔導士も、裂傷こそあれ、命に別状はなかった…」
僅かに、身長の足りないユリウスは、サタナキアを見上げる形で、満足そうに笑って。
「これも、成長なのかな?」
「…どうかな」
サタナキアは、新聞を読む為に、しばらく放置していたカップを手に取って、言う。
口元に運び、温くなってしまったコーヒーの、落ちてしまった味に顔を顰めて。
「……祝賀会、か」
サタナキアは、目の前で説明を続けるユリウスを見つめ、耳を傾けて考える。
ダイヤモンド王国の作戦。今までのちょっかいとは違い、今回の彼らは、間違いなく一線を超えた悪辣なものであった。
今までのセオリー通り、もしも今回、彼らの陽動にまんまと引っかかってしまった場合。
彼らが国境付近から放とうとしていた、"圧縮型魔導大砲"の威力次第で、キテンに悲惨な破壊跡が刻まれる未来すらあった。
陽動としてやって来た、大量のダイヤモンドの魔導士も、決して有象無象と侮れない戦力で、しかもこの陽動部隊の中にも、もう一人"八輝将"が混じっていたという話も聞く。
ただの陽動に、わざわざ"八輝将"を使う筈がないだろう――その甘えを、見事に今回、ダイヤモンドに突かれてしまったのだ。
ここまでくれば分かるだろう、遠距離での狙撃、それの阻止と言ってしまえば簡単なことだが。
サタナキアは今回、かなり優秀な働きを見せている。
だからこそ、ユリウスは今回の祝賀会に、魔導士『サナ』が呼ばれる価値があるのだと、そう断言してくれているのだ。
「うむ…………」
正直、サタナキアは気乗りしない。
そもそもの話、自分がダイヤモンドの本当の狙い、そしてヤーゴスを撃破できたのは、ただ本当に運が良かっただけ。
運よく、別の仕事でキテンの近くを訪れ、そしてたまたま、魔法を発動する際の、微弱な
ダイヤモンドからすればたまった話ではないが、サタナキアはあくまでも、自分が仕事をできた理由を、偶然だと切り捨てている。
自分の実力、知恵で彼らを見つけ。
目的を暴き、退治したのなら喜んで賞賛されよう。
しかし、自分は今回。ただ運が良かっただけ。
そのような理由で、賞賛されるのは納得が行かない。
祝賀会への誘いという栄光へ、僅かに湧いた執着を切り捨てるように。
サタナキアはグビッと、温くなったコーヒーを全て飲み干してから。
「すまないが、今回は遠慮させてもらう」
「うーん…面白い魔法もたくさん見れると思うけどな」
「確かにそれは魅力的だが…」
頬杖をついて、残念そうに言うユリウスを後目に、サタナキアは朝食の準備に取り掛かる。
右手にパンを握り、左手で魔法による加熱――魔炎魔法による調理の時間。
概念すら燃やす、冥府でも滅多に見れない希少な技能を、たかがパンを焼く為だけに使う光景。
今でこそ慣れたものの、そのシュールすぎる光景に、ユリウスは最初、手を叩いて笑っていたのを思い出す。
「でも、君のお気に入りの人間、アシエ・シルヴァが来るらしいよ?」
「…………」
ピタリと、動きを止め。
サタナキアは久しく会っていない、最後に会った際の、試験会場で見たあの顔を思い出す。
沈黙。それは行くか行かないかの天秤であり。
サタナキアとしての、運で手にしただけの功績にあやかるのか?というプライドの葛藤。
そんな選択の苦渋。沈黙の時間が数十秒。
それを見たユリウスは、トドメとばかりに最後の一押しとして。
「それに王族にしか振る舞われない豪華な食事が」
「行く」
言い切るよりも前に。
サタナキアは目を輝かせて断言した。
一話の受肉する前の、冥府にいた頃のサタナキアを見返してみたら、今とテンション違い過ぎて笑っちゃうんすよね。
こいつ…人間生活エンジョイしてやがる…