錬成の悪魔 作:お父様
それは、試験が始まる数分前に遡る。
試験会場にいた人間たちは自然と、その少女の姿を目で追っていた。
白い肌と白い髪、簡素な黒のワンピースも、ただ立っているだけで気品すら感じるほどのそれ。
微動だにせず、まるで植物の観察を続ける学者のように無機質で、好奇心の滲み出た視線もそうだが、その人形のように美しい容姿も。
まるで高嶺の花、自分では手の届かない存在なのだと、無意識のうちに諦めてしまうほどの異質な雰囲気。
最初こそ興味深そうに遠目で見ていた何人かの貴族も同じで、その少女が身に纏う空気に気づき、顔色を変え、何よりその後王族シルヴァ家とも関わりがあると分かってからは、下手な干渉は控えるべきだと理解して最後まで関わることは無かったのだ。
しかし、それでもやはりと言うべきか欲深い者はいるもので。
「君、少しいいかな」
少女から放たれる異質なオーラ、それに気圧されて動けない彼らは、そう言って得意げな笑みを浮かべたまま歩み寄る男に驚愕した。
胸に付けられた宝石、そして何より服の装飾として複数存在感を放つ貴族の証明である紋様。
男は舐めるように視線を向けて。
「君も魔法騎士団に入りたいのかい?」
「……あぁ」
少女は嫌な顔をする訳でも、ましてや喜ぶわけでもなく。
ただ無表情のまま、自分を見下す人間の顔を見つめる。
真っ白な肌、真っ白な髪、血のように輝く赤い瞳…――嗚呼、全てが美しい。
こてんと首を傾げるその仕草も、あらゆる要素が相乗効果を引き出している、全てが好みだ。
男は笑う。
「君、出身は?」
「……わからない、記憶がなくてな。今は
「教会…あぁなるほど」
これほどまでの逸材、観賞用にも使える素晴らしい容姿に加えて世間知らず。
自分の家がどれほどの立場にあるのかを証明する紋様、それを見ても何も反応を見せなかったことからもそれが推測でき、唾のかかる前に自分が引き抜くことが出来れば――
男の中に、歪んだ願望が生まれ出る。
「うん、気に入った……君は喜ぶべきだ、何故ならばこの私が…君を専属の雑用係にでも…」
「おい!あの女…!」
自分に向けられた声では無い。
しかし、貴族であるはずの自分へ向けたものとは違う、更に上の驚愕の声であることは確か。
男はこちらに向かってくる第三者に、最初は忌々しいという視線を、そしてすぐに驚愕と畏怖の視線に変える。
銀、そしてその出で立ち。
(…!あれは王族、シルヴァ家か!)
男は立ち去り、すぐに遠目からの観察を再開する。
視線の先では、シルヴァ家の少女に対し堂々と言葉を返す、あの白い少女の姿がある。
シルヴァの名に恥じない美しい銀と、少女が放つ雪のような白は、やはりと言うべきか美しいものだった。
「…ハプシャス家のことも知らない、しかも王族と親しげに…か」
――何かがおかしい。
いくらなんでも、この国に生まれた人間であるならば王族貴族、その細かい家系の違いはまだしも、立場の違いやその場の空気から逆算して適応するのが人間だ。
貴族の自分を知らない、いやあれはどちらかと言うと――
「"知っているだけ"…もしくは関わり方を知らない…か」
面白い。
ただ一言だけ呟いて、ソリム・
「(錬成×魔炎魔法…)禁剣レーヴァテイン」
剣を振るう、あっという間に岩石が溶ける。
サタナキアはただ黙々と、自分の目の前、そして真横を通ろうとする兵隊のみに的を絞り、剣を降って破壊活動を続けていた。
しばらくすると、サタナキアの放つ炎への対策としてだろう、先程よりも鎧を分厚くし、更にサイズを大きくした数体の兵隊がこちらに向かってくる。
ため息。
「次」
一閃。
どれほど甲冑を分厚くしようが、どれほど身軽にして避けようが、サタナキアの放つ炎からは逃れられない。
火・風・水・地の四大属性のうちの一つ、炎魔法の系統でありながら、しかしその本質は別次元のもの。
概念にすら干渉できるからこそ、"魔炎"魔法は脅威そのものなのだ。
人間は本来、生まれ持って扱える属性は一つのみ。悪魔もそれは例外ではなく、特定条件下で魂の主導権を握った際、それを媒体に人間の属性を使うこともできるが*1、サタナキアはそうではない。
だがそんな悪魔が、遥か昔とはいえ一度頂点に立つことなどできはしない、サタナキアが持つその異能は――
「おい、あの受験生何番だ?」
「あんな炎魔法初めて見た…つーか威力すげー!」
その場から動かず、ただひたすら剣を振るうその姿は、当然というべきか他の受験生の目に留まる。
魔の名を冠する属性魔法、それの意味することを知らない人間からすれば、ただ規模の違う凄まじい魔法というだけなのもあるだろう。
実際その場から一歩も動かず、周りにいる兵隊のみを的確に処理するサタナキアの姿に驚く者はいるが、受験生はその美しい姿に見惚れる者がほぼであった。
そして試験会場の上部、九人の騎士団団長も例外ではなく、とても珍しいものを見たと感嘆の息を漏らす者がほとんどで。
「あれは……」
――たった一人、それに気づいた者がいた。
額に太陽、もしくは月のような特殊な印を刻み、鹿の模様が刻まれた灰色のローブを身に纏う男こそ――灰色の幻鹿団長ユリウス・ノヴァクロノであり。
「………珍しいね、あれは魔炎魔法だ」
「…?普通の炎魔法ではないので?」
「まぁ…うん…そうだね。本当に珍しいよ、あの魔法は」
「そ…そんなに……」
ユリウスの後ろで待機していた男は、ごくりと喉を鳴らして試験会場を覗く。
ユリウスは重度の魔法オタクである、その人間の出身立場関係なしに、ただ未開の魔法を知りたい、触れてみたいという純粋な欲求で、彼は多くの魔道士に慕われるに至った。
そんな彼が「珍しい」と言い切るのだからよっぽどなのだろう、そう納得し、すぐに他の受験生たちの動きの観察に戻ったのだが。
ユリウスはただじっと、魔炎魔法の使い手のみに視線を向ける。
(さて、ある意味一番の目玉は彼女だろうね)
――彼女は何者だ?
魔炎魔法を使っているのは間違いない、ただの炎魔法とは違う色、そして溢れ出す魔の質からもそれは断言出来る。
だが何かが引っかかる、言い様のない謎の違和感、焦燥にも近い感覚がユリウスの胸で渦巻いている。
魔法のセンス?生まれつきの才能だけでは語れない何か。
疑惑。
(人間では滅多にたどり着けない"魔"属性の魔法…凄まじい才能…だと良かったんだけどね)
魔の流れ、肉体は何の異変もなく自然そのもの。
その実力の高さとは裏腹に、手足含めた肉体がそう、
あまりにも自然すぎる造形と魔の流れ、これほどの魔法を
いくら時間があったからとはいえ、魔導書を与えられて数ヶ月の子供が、これほどの大規模な魔法を覚えるならばともかく、魔法を使わない時と変わらない魔力の流れなどあるはずがない。
これほどの魔法を使っているのに、魔力総量が変わっていない?ありえない。
それが意味することはつまり。
(完全に余力を残して遊んでる、それにおそらく…というかほぼ確実に彼女は人間ではないだろう)
あまりにも膨大な魔力量であるため、並の人間レベルに制御してもこれなのだ。
確かに一見普通の人間だが、同時に人間では絶対にありえない、この規模の魔法を行使しながら一切の揺らぎなく、一定の量で放出されている魔力。
マナスキンやマナゾーンを使っているわけでもない、魔導士としては中の下である現状であるのにも関わらず、その立ち姿からは一切の弱さを感じない。
そこまで考えてから、ふとユリウスはあっと声を漏らす。
いつの間にか、兵隊の一人が試験会場の中央にたどり着いていた。
「…一次試験終了だね、全員魔法を解いて」
思考の海に溺れ、いつの間にかそれなりの時間が経っていたことに気付けなかったのだろう、とっくに試験は終わっていた。
全員が魔導書を仕舞い、それぞれが自由時間へ移行しようとした時。
一瞬、彼女がこちらへ視線を向けた。
「………!」
なるほど、確かに注目を集めるだけはある。
いつどこで知り合ったかは知らないが、その隣には本来ここにいる筈のない王族、アシエ・シルヴァもいる。
静かにこちらを見上げる少女、言葉は交わすことはできないが、その視線の意味すること、そしてより鮮明に感じる魔の質。
刹那の無意識。
だが確かにその少女の背中から、純黒の二対の翼が生えるのを見た。
自分たち以外の全てを飲み込む深淵、しかしそんな黒の世界の中で輝く目前の黒。
白、黒のとてもシンプルでわかりやすく、そして芸術品のように練り上げられた魔力、生命力。
角も、翼も、幻視したあらゆる全てがその正体を語っていた。
「…なるほど」
もし
白い髪と黒い服、だってこんなにも
改めて見る、そのいかにもな見た目とその隠された実力に苦笑を零し、ユリウスは聞く。
「君、あの受験生の名前はわかるかい?」
「え、もしやあの…」
「そう、あの魔炎魔法を使う白い子だ」
「あ、あぁはい…確か…」
それが呼ぶのは混沌か、それとも別の何かか。
既にこちらへの興味を失い、魔導書を片手に再びあくびをする少女の背中を見ながら、ユリウスはその名を聞いた。
「受験番号103。テレジア・ラプアールの運営する教会の孤児…サナです」
「…そうか」
サナ、その名を呟くように繰り返し、そして次の準備へ取り掛かる。
そして肝心の本人はというと、ちらりとユリウスの表情を、そしてその肉体をじっと見つめてから。
「…何をやってるんだ…アスタロト」
「そういえば、王族も入団試験を受けるのだな」
サタナキアはそう言って、いつの間にか隣に立っていたアシエに、そう聞いた。
僅かな自由時間も既に終わり、現在行われている二次試験である飛行訓練。
方法はなんでもあり、とにかく試験の終わるまでの間、限界まで浮き続ければそれでよし。
魔導士であれば誰でも操作できる箒も配布されてはいるが、それでも九割といったところだ。
残りの一割は、箒を使わずに飛んでいる。
「…嫌だったのよ、自分だけ楽して試験をパスするの」
「……そういうものか?まぁ力を振るいたいというのなら理解できるが…」
「極端ね。そういうんじゃないわよ」
「む、人間とは難しい」
一割の中、特に目立っていたのは二人の少女だった。
試験会場の上空、魔力操作の苦手な者から順に積み重なった実力を表すピラミッド、その頂点は異質だった。
飛ぶ魔法というものは珍しいが存在はする、例えば翼魔法のように味方の速度を上げ、文字通り自分に翼を生やして飛行能力を得ることがあったり。
貴族の中でも滅多に見ない空間魔法の使い手も、それを応用して宙に浮くことすらもできる。
だが、それに属さない強者――
「……視線が多い、何故かわかるか?」
「…私が言うのも違うけど…ぜっっっったい違うってわかってるけど…!あなたがおかしいだけよ!」
マナゾーン、それはマナスキンを超え、辺りの魔を掌握し、操作する極致。
あの日、一瞬ではあるがその片鱗を見せつけたアシエはこの三か月で、それを自在にできるようにまで強くなった。
宙に漂う自然の魔、その助けを借り、自分自身も魔力を練り、自在に空へ飛べるようにまで。
齢15でこれを成し遂げたのは、ハッキリ言って天才の言葉では収まらない程の偉業、実際にアシエの精密なマナゾーンを見た騎士団長は、皆が驚愕の表情を隠せていなかった。
そしてサタナキアはというと――
「…?宙に浮くにはこれが最も楽だ」
「…実力を隠したいのか見せびらかしたいのか…面倒事を避けたいのか呼びたいのかわからないわね…あなたは」
「…??」
「なんでもないわ」
単純明快、シンプルでこれ以上ないほどに合理的なこと。
サタナキアは自分の身体から漏れだす魔力、それに目を付け密度のみを操作することで宙に浮いていた。
常に物体を、ましてや複雑な構造の人体を浮かせられるほどの高密度の魔操作、魔法を使わず低燃費に、しかしどこまでも夢物語なその技術。
必然的に、皆の注目はこの二人に集まった。
「あれはシルヴァ家の…何故試験に…」
「自分の力で試験を突破したいから…らしい、しかしこれは…」
「あの年齢でマナゾーンを…凄まじいとしか言えん」
「欲しいな、あれは」
基本、王族は入団試験を受けずそれぞれの血筋に応じた騎士団への入団が決まっている。
ヴァーミリオン家ならば紅蓮の獅子王、シルヴァ家ならば銀翼の大鷲。
だがアシエ・シルヴァは両方を否定した、ただ自分の目で見たものを、掴んだものを選ぶのだと。
「もう一人…あれも言葉では表せないな、確か…」
「テレジア殿の教会に住んでいる子だ、確か名前は…」
「サナか、しかし待て…テレジアとはもしや宮廷所属の…」
「そうか、そういえば同じ炎魔法か…これも縁があったということか」
そして次に、彼らが興味を惹かれたのはあの少女。
黒のワンピースをはためかせ、まるで水の中を泳ぐかのような軽やかさで、魔法を使わず純粋な魔力操作による飛行。
前代未聞のことではあるが、実際に目の前で起きているのだから否定しようがない。
周りのことなど眼中にない…と思いきや、まるで興味津々といった感じで、他の高度を上げようと、落ちないよう必死に魔力操作に全力を出している他の受験生の様子を、静かに見つめていた。
誰よりも上空にいるため、そのワンピースからちらりと美しい足が見えているが、本人はそれを気にしていない。
「…ふむ」
これは入団試験だ。
下民や平民、貴族などの格差に目を瞑り、平等に判断しなければならない。
個人に入れ込むのはあまり良いとは言えないが…やはりそれでもこの好奇心は抑えられない。
ユリウスは、ユリウスだけはそれに気づくことができた。
「君はどう思う?」
「…?はい」
「もし、サナ君がもし私たちの団に入ったら…」
人間は生まれつき、与えられた属性は一つである。
中には特別、悪く言えば欠陥として属性を持たない無属性の人間もいるが、それは変わらない。
属性は一つ、後天的か、もしくは混血による先天的な要素が絡まない限りは、魔法の属性は一つだけ。
だが今の彼女はどうだ?先ほどの試験で見せた炎、魔炎魔法による剣には、薄っすらとだがもう一つ、
信じられないことだが、彼女の正体を推測すれば少しではあるが納得もできる。
だがそれができる存在など聞いたことがない、ないがもはやそれ以外には考えられず、ほんの一握りの恐怖と共に好奇心が湧いてくる。
――
「彼女の魔法…本当の魔法を見れたりするのかな」
最新話まで追って単行本もいくつかはあるけど、細かい表記揺れとか質問コーナーのやつはまだ把握しきれてないからもし間違ってる場所あったら許して…