錬成の悪魔 作:お父様
(想像以上に退屈だな…)
三次試験の舞台は再び上空、魔法によって操作された大量の的を狙い撃つだけ。
魔力の単純な放出でもよし、覚えた攻撃魔法で狙い撃ちするもよし、受験生それぞれの個性が出る対処法、それを見極める試験でもあるのだが。
サタナキアが選んだのは前者だった。
「クソッ…狙いが定まらねぇ…!」
「よし当たった!次は…っ」
「あ!俺の獲物!」
最初こそ貴族、内地に近く生まれついての魔法センスの高い者から的を撃ち抜き、試験を突破していき。
後に試行錯誤しながらも、なんとか魔力放出に土壇場での魔法の会得といった風に、活路を見出す者と、試験は盛り上がりを見せる。
サタナキアはそんな彼らの様子を、ただ静かに見守っていた。
(全員的にばかり意識を向けている…これでは話し合いなどできんか…)
貴族は貴族同士、互いの家の格の自慢やコネを作るのに忙しく、自分が割って入れるような場所はない。
人間と話したい、もっと関わり合いたいというのに、これではあんまりだ。
ため息。
「魔炎魔法…」
人間が魔導書ありでようやくできるような、そんなレベルの精密な魔力操作。
概念を燃やす悪魔の炎、それをまるで粘土でもこねるかのように、暇つぶしとして、試験終了までそうやって遊んでいた。
魔力の塊、それが両手の中で綺麗な球状へと変化し、すぐに鳥や蛇といった様々な動物の姿へと成っていく。
ただの暇つぶしで行っていけないほどの高レベルな、それこそ創成魔法に匹敵する偉業ではあるが、悪魔という種族にとってはこれは初歩的なもの。
サタナキアがそうやって、試験に必死になる受験生をそっちのけで、ぽけーっとしながら遊んでいた時。
「…素晴らしいよ」
「…?お前は…」
いつの間にか後ろに立っていた男、サタナキアが振り向くと同時に、腰に手を添えられた。
サタナキアほどではないが、背中が隠れるほどには長い髪が金色に輝いており、なにより衣装の至るところに飾られた宝石が、その立場を嫌というほどに主張している。
突如触れられたことも、何より粘つくようなその視線も、サタナキアはわからない。
「君、先ほどは話を遮られたが…今はちょうどいい、我がハプシャス家に…」
「先ほどから気になってたのだが…」
貴族――ソリム・ハプシャスの言葉を遮り、サタナキアは首を傾げてそう切り出す。
権力、生まれの差、サタナキアが悪魔である故に、人間社会の構造の実体験が少ない故に起きた現状。
サタナキアは、ただ当然だろうと言わんばかりに。
「お前、誰だ?」
「………ククッ、まさか本当に知らなかったとはね」
ハプシャス家は平民、そして下民ですらその名前を知らない者はいないほどの由緒ある貴族。
そんな彼に堂々と「お前」しかも誰だと問いかけたサタナキアに対し、信じられないものを見たという空気が伝染する。
同時に、試験会場の上空から響く声。
「皆大分身体が温まってきたようだね、それじゃあ最終試験といこうか」
そう言って立ち上がったのは、再び灰色の幻鹿団長ユリウス・ノヴァクロノであり。
「最終試験は実戦形式…最初のとは違って対人戦だ」
対人戦、その言葉を聞いた途端により強い緊張が走る。
魔力量や魔法センスは生まれつき、下民は平民より下、平民は貴族や王族よりも遥かに下。
そんな残酷な実力差にどう抗うか、必然的に求められる答え、それは――
(…なんだ、結局こういう所は
互いに実力を測る視線、そして諦めと共に宿る、ほんの一握りの嗜虐の色。
同じだ、結局人間も悪魔と同じで、自分より弱い者を狙い、その力に溺れて喜びを得る。
少しの失望と楽しみを胸に、サタナキアが歩き出そうとした瞬間。
「あぁそうだ、ちなみに任意ではあるけど…チームを組むのも認めるよ?実際の魔法騎士団は仲間との連携が大事だからね」
その時一瞬だけ、ユリウスの視線が自分に向けられたことを、サタナキアは感じた。
サタナキアの推測が当たっていれば、あの男が使う魔法はおそらくは"あれ"であり、同時にこちらの正体も既に見破っていることにもなる。
では何故、今こうやって悪魔である自分を黙認し、含みのある視線を向けたのか――
「優秀な回復魔導士もいるから、怪我の心配はしなくていい、とにかく全力を出すことをおすすめするよ」
突如決まったチーム戦もだが、しかしそれでも組もうとする者は少なかった。
確かにメリットはある、複数人であれば、自分の魔法の弱点をカバーできる味方の存在はこれ以上ない優位性となりえるし、連携の上手さも評価される際に重要となる。
だがデメリットは?勿論負けた時のことだ。
(…さて)
彼女はどうか、そう思いアシエの方に視線を向ければ、おそらくは隣に立つハプシャス家よりも更に上の貴族、しかも三人纏めて戦いを挑んでいる。
相手は王族、しかも相手は一人と来た、勝った時は勿論のこと、負ければ恥なんて言葉では済まされない。
貴族たちは全員顔を真っ青にして、なんとか矛先を他に向けようと必死になっているようだ。
――彼女がそうするなら。
「えーっと…ハプシャス?ソリム…?だったか」
「…なんだい?」
「お前、私と戦え」
ざわっ…
その言葉が紡がれると共に、試験会場は更に動揺の波が伝染して二人を囲む形になる。
突然そんなことを言われたソリムはというと、顔を硬直させたまま息を吐いて。
「…貴族相手に、か?」
「…?あぁ、相手は誰でもいいが…」
「誰でもいい」
「まぁ近くにお前がいたからな」
「近くに、お前…」
「おっと」
ごうっ!凄まじい量の魔力が吹きだし、傍観していた受験生たちは冷や汗と共に更に距離を離す。
一方至近距離で貴族の、魔力の荒々しい気配に当てられてなお、無表情のままに。
「…?あぁそうか、三人でちーむ?を組んでもいいぞ?それの方がきっと…」
「いや、もういい」
サタナキアは一応、知識として人間社会の格差、貴族や王族といった存在の名前は知っていた。
だが、あくまでも知っているだけで実際はどのような人間なのか、そして何故人間がそのしがらみに囚われているのか、それらはまだわからなかった。
もし実際にクローバー王国の生んだ歪んだ価値観、権力の壁をその身で、目で見ることができていれば、このようなバッドコミュニケーションは取らなかっただろう。
度重なる侮辱、何より今こうして本気の怒りを見せても、顔色一つ変えないサタナキアに、ソリムは先ほどまでの興味を全て捨てて。
「おい!そこの平民!お前ら二人私のチームに入れ」
「うぇ!?」
「え、いやいやその…」
「黙れ」
不幸にも、最もソリムの近くにいた無関係の平民が巻き込まれ、拒否することもできずにいつの間にか、三対一の流れができてしまった。
いくらなんでも無茶苦茶だと、しかしあの少女の実力も見てみたい…観衆の思いはこの二つで、奇しくも両者がこの横暴を止める理由は存在しない。
大きくなった騒ぎに気づき、いつの間にかアシエもやって来て。
「ちょ、あなたたち何をして――」
そしてすぐ、忌々しいといった表情のまま、魔導書を片手に魔力を滾らせるソリム。
その背後でおどおどと、本当にこれでいいのかと困惑する平民、少年が二人。
そして肝心の、退屈そうにため息を吐きながら、ワンピースの裾を弄るサタナキアを見て。
「…あー…」
ただ哀れ。
ただただ可哀想だと、そんな表情のまま、アシエは額に手を当ててため息を吐いた。
試験会場上部で見守る騎士団長、ユリウスも同じ思いなのか。
「…それでは受験生サナ、
じっと、サタナキアを見つめ、そう話しかけた。
「平民、まずはお前がやれ」
「は、はいっ!」
試験開始、憧れの魔法騎士団に入るために重要な、そして最後の華である実践訓練。
それなのに、それなのに不幸にも自分は貴族の目に留まり、こうして三対一の弱い者いじめに加担している。
いくら騎士団長が認めたとはいえ、これでは他の受験生、ましてや他団長からの心象も悪い。
しかし平民の自分では、どうあがいても貴族であるソリムには、ましてやハプシャス家には逆らえない。
「…ごめんなさい」
そう謝罪を一つ零してから、魔導書を片手に魔法を放つ。
「ちょっと気絶するだけだから…!」
水創成魔法・アクアジャベリン――
「次」
槍が彼女の身体にぶつかる直前、ただ魔力を練り上げ操作するだけの初歩的なそれで、弱点属性である水魔法を消し飛ばす。
その凄まじい精度の魔力操作もそうだが、弱点の水に真正面から打ち勝った事実に、観衆たちは盛り上がりを見せた。
あまりにも荒唐無稽、しかしこれも圧倒的な魔力量、そして概念すら燃やす魔炎魔法だからこそできることであり、人間でもこれができるのはごく僅かであろう。
「……ふむ」
――君の魔法を見せてもらおうか
試験が始まる直前、ユリウスの放った言葉の意味に、サタナキアは思案に耽りながら、追撃を行おうとする前の三人を見る。
(あいつの言葉を無視してもいいが…そうすると後からどんな文句を言われるか分からん。…まさかこんな早くから戒めを破ることになるとは…)
だが、悪魔という生き物は、力をひけらかすのが本能的に好きな生き物だ。
たとえここで我慢しようと、近い未来で、どうせ本来の力を見せるぐらいならいっそ、今ここでやるのもいいだろう。
そう結論付け、サタナキアは思考を加速させる。
それは、この戦いの終わらせ方について。
相手の戦闘不能…もしくは降参させることが一番ではあるが、戦闘不能の基準がわからない。
悪魔はその膨大な魔と生命力のおかげで、欠損なんて切り傷以下の扱いだし、なにより序列が絶対なため降参の発生するような戦いなど最初から行わない。
腕を飛ばす…のも人間ならば合理的ではあるだろうが、しかしどうやら人間界では、どんなに強い回復魔法の使い手でも傷を防ぐのが関の山。
サタナキアであれば、錬成魔法によって欠損箇所そのものを複製することで、腕や脚を生やすこともできるが――
「悪いな、お前たち」
魔炎魔法も気に入っているが、久しぶりに
欠損は行わない、この瞬間に最も最適で、そしてユリウスの願望にも答えられる最善の選択。
サタナキアは悪魔としての本能、思う存分に力を振るえるという事実に歓喜し、甘い笑みを浮かべた。
サタナキアは右手を、口を隠すように動かして魔力、魔そのものを操りながら、自分の本質である錬成魔法を始めて、観衆の前で堂々と使う。
「……これでいいのだろう、騎士団長?」
聞こえているのかは分からない。
が、視線を向けて、ただ小さく呟いてから。
「借りるぞ、ザグレド」
そして――
『"動くな"』
サタナキアの口、そこに真っ黒のヒビが入ると同時に、怖気の走る冷たい魔力が拡散する。
魔法の標的は追撃を行おうとしていた二人に絞り、すぐに水で作られた槍が崩壊し、その肉体が動きを止めた。
「なっ…!」
何が起きた、何をされたかの推測を行うよりも早く、再びサタナキアの口から言葉が放たれる。
込められた魔力は、先ほど以上で――
『"弛め"』
抵抗すらできず、膝から崩れ落ちる。
『"跪け"』
身体に重しが乗せられたかのように、そして倒れ込む。
『"戒めろ"』
同時に、物質を召喚しそれが彼らの身体を縛る。
サタナキアの言葉に従い、その魔法は適した現象を引き起こす。
今回の対象になったのは大気、二人の身体の周りを漂う自然の魔そのもの、それの動きを固定し、圧力をかけることによって拘束を成功させる。
だがそんなことよりも――
「…!言霊魔法…!?」
冥府を出た上位悪魔ザグレドが司る"言霊魔法"
それは文字通り、言葉にした現象をそのまま顕現、物質を召喚できる異端の魔法。
彼女の魔法に気づいたユリウスは立ち上がり、その希少さと同時にサタナキアの持つ真価に気づき、声を荒げる。
そして魔炎魔法の正体に気づけなかった、観衆の人間たちでさえ、この違和感には気づく。
彼らの心境を代表して、誰かが呟いた。
「炎魔法…じゃねぇのかよあいつ…!?」
悪魔も、人間も例外なく生まれ持った属性は一つ。
四大元素の火・水・風・地…そしてこれらが重なり合うことで、この世界では無限にも等しい数の魔法が存在する。
生まれついての魔、その比率は決して変えることはできず、故に全ての生物は一つの属性の魔法しか使えない。
だが逆に言えば――
「魔の比率さえ変えられるならば、全ての魔法を再現できる…だろう」
サタナキアの右手に、小さくではあるが魔力による塊が具現化した。
火や水、そしてそれらが生み出す鋼や毒といった様々な属性、それらが絶妙な比率で混ざり合い、そして新たに生まれ落ちる。
彼女の呟き、そして今目の前で起きている現象から、その答えに行きついた者は、皆が絶句して呆然とする。
錬成魔法はあらゆる構造を変える、それは魔そのものですら例外ではなく――
「普通なら無理だ、だが私は
サタナキアの頭上に、小さな羅針盤が形成される。
その針が高速で回転すると共に、そのサイズが更に大きく、更に膨大に、そして暴力的なものにへと。
それは今日までの三か月で、サタナキアが見たことで身に着けた魔法であり。
「錬成言霊魔法×錬成羅針盤魔法…」
同時に、右手に生まれた小さな渦。
それが羅針盤にも負けない大きさへと、強大で全てを飲み込む勢いの竜巻にへと変貌する。
無力化…たったそれだけのために作り出し、そして模倣し完全会得するに至る魔法たち。
「追加で…錬成渦魔法」
「…あ、ぁ…」
上空にあるはずの青、白い雲は既に見えない。
ある者はそのスケールの大きさに、ある者はその神業じみた精密な魔力操作に。
ある者は、その錬成魔法が示す無限の可能性に。
言霊、羅針盤、渦の三つが、今。
『"散れ"…
言霊魔法による魔力、魔法の発散。
羅針盤魔法による魔力操作の妨害と、魔力の錯乱。
渦魔法による魔法の妨害と、魔力の消失。
あまりにも無慈悲で圧倒的、そんな悪魔の片鱗が、今この場を支配した。
勝者は、
「…試験終了だね」
魔力を全て散らされ、元より少なかった魔力全てを失った平民の二人は気絶。
ソリムは貴族故に魔力量も多かったからか、何とか気絶は防げたものの、魔導書を開いたまま、今も呆然と立ったまま。
あれだけの、圧倒的な力そのものを見せびらかしたのにも関わらず、行ったのは無力化。
皆が言葉を失う現状で、ユリウスだけが声を上げられた。
「素晴らしい魔法だったよ、結果を楽しみに待つといい」
「…それはどうも」
――錬成魔法、それはサタナキアが司る魔法。
人間の中にも特異な存在として、魔の性質や特徴を感知し、逆算することで自分の魔法の性質を変えることができる者もいる。
だがサタナキアの場合はそれよりも上、魔の性質どころか在り方すらも変える、常識を鼻で笑う偉業そのもの。
未だ困惑と驚愕が覚めない受験生と同じく、騎士団長もまた、同じく錬成魔法の恐ろしさに感嘆の息を漏らした。
「…サナ、か」
ユリウスは静かに、その少女の背中を見つめる。
やはりと言うべきか、これで確実に彼女の正体は特定できたし何より、今の彼女に敵意がないことにも気づけた。
勿論目的はあるのだろう、でないとわざわざ現世に顕現することなど選ばないし、ましてや受肉もしない。
「……さて、彼女はどの団を選ぶのかな」
たった一言、先ほどまでの疑惑と警戒を解いた純粋な好奇心で。
ユリウスは楽しそうに、そう笑ってみせた。
錬成魔法では重力を変化させられない(モリス戦にて)
つまりそういうことです