絶対に死にたくない転生者vs死後に魂を持っていくタイプのサキュバス 作:ぺとら
時の神の魔導具。
不死をもたらすポーション。
その力の本質は、しかし不死をもたらすことではない。
正しくは、
服用者の魂を神の域にまで押し上げ、それをもって不死とする力。
当然の事ながら、魂はより高位に導かれる時、とてつもない負荷に耐えなければならない。
より相応しい器を持つ者が、より相応しい地位へと導かれる。このポーションの効能は、そのためにある。
そして、人間のような極めて低位な魂の持ち主が、そのような急上昇に耐えられるのだろうか?
俺は、その事に、ポーションを嚥下した直後。
「──ちょ、ちょっと待って」
焦ったようなサキュバスの声を聞きながら、ようやく理解した。
「不死のポーションって、まさか……!」
「ガフッ」
俺は血反吐を吐いた。
最初に出てきた塊が流れ落ちて、それから堰を切ったように、大量の血がぼとぼとと地面に落ちる。
血と、血と、血。それから、何かの塊。
それがぐちゃぐちゃになった内臓だと理解して、俺は運命の悪意にキレそうになった。
「う、うそ! 魂の昇華に肉体が耐え切れてない! 回復が効かない! どうして!?」
不死の力は、確かに存在する。
しかしそれは俺のような短い寿命を持つ矮小な人間のためのものではなく、龍や悪魔といった、元から限りなく長い命を持つ、神に近しい高位種族の為のものなのだ。
「初めから言えよ」
血塊と一緒にそう吐き捨て、そして倒れ込む。
サキュバスが慌てて俺を支えて、でも力の抜けた体は立てなくて、最終的にサキュバスの膝枕で横になることになった。
「治らない、治らない! なんで!? あなたを
魂だけが高みに昇り、ついていけない肉体が滅びる。
そして人間の魂は肉体という補強が無ければ自立出来ないので、誰かに拾ってもらえなければ死ぬだけ。
愉快で素敵な方程式に、思わず笑いが漏れる。
「なに笑ってるのよ!」
「…………おい、サキュバス」
不愉快だ。
死ぬのは嫌だ。絶対に嫌だ。あの暗闇に呑み込まれるのは嫌だ。
どうしてあと少しのところでこんな目に、期待させるだけさせやがって、初めから不死なんて存在しなかったのか。
怒りと恐怖が燃え上がって、気が狂いそうになる。
赤く染まり、そして次第に暗くなる視界が迫る『死期』を彷彿とさせて、許し難い屈辱にズタボロの体が反応する。
「なにかしら!? 今忙しいんだけど!」
「────俺の魂を、持っていってくれ」
死が彼方で手招きしている。
確定した末路が俺を待ち構えている。
そんなもの許せるハズがなく、しかし流れる時間は変えることが出来ず、それでも俺に根差した反骨心は諦めない。
「な、何を言って……」
「ただ死ぬのは、癪に障る。せめて死に方ぐらいは選ばせろ」
サキュバスの手を握り──するりと抜け落ちる。
おいおい、まさか骨まで溶けてるのか? 勘弁してくれよ。
それでも、手を落とすまいと握りしめたサキュバスの温かみは感じることが出来た。
かつての記憶は怖い。あの暗闇は怖い。消えるのは怖い。死ぬのが怖い。
でも、いざとなって自身を顧みると、むしろかかってこいやという気勢の方が強い。人はそれを、諦めと呼ぶのかもしれないけれど。
「お前が俺の魂を奪い、手元に置き続ける。そうすれば、俺の痕跡はお前に残る」
「で、でも……!」
そうだ!
かつての話が頭に過ぎる。
サキュバスがいれば、俺は喪失を恐れることはない!
俺は生きた! 生きて生きて生き切った! 死ねクソ世界、ざまぁみろ!
だから早くしろ、サキュバス!
狭まりつつある視界で女を見やると、かつてないほどに不安定な表情で、震えるものを隠しもしない。
最近は初めて見る表情が多いなと、あまりに場違いで呑気な感想を抱いた。
「……無理よ」
「あ"ぁ"?」
「魂の位階が上がり過ぎてる!
いっそ悲鳴のように吐き出された言葉に、そういえば確かに同族には勝てないザコサキュバスだとかなんとか自称してたなぁと思い出す。
無理、無理かぁ。
うん。それなら仕方ない。
うーん。だけど、仕方ないで済ませてしまったら死にゆく俺があまりにも報われないと、そうは思わないだろうか?
しかし、俺が死にかけなのもまた事実。
意識は朦朧としてきて闇が周囲を覆い、ぶっちゃけ自分が言葉が発せているのかよく分からない。
お先真っ暗、ご臨終秒読み。
むしろ俺まだ生きてるの? って、そんなレベル。
あぁクソ、役に立たねぇサキュバスだな。
俺はもう何も出来ないが、間違ってもこのままポックリ既定路線みたいに死ぬのは勘弁だ。
「どうにかしろ」
それだけ絞り出すのが精一杯。
次の瞬間には俺の視界は完全に闇に染まって、全身のあらゆる箇所から感覚と力が抜け落ちて、まるで目隠しバンジーでもしているかのように、全てが闇に落っこちていった。
どうにかしろ。
そう言った彼は、それきり意識を無くして黙り込んでしまった。
血塗れでグチャグチャの彼は、その魂が見える私たち悪魔にとって、まさしく死へと一直線で全力ダッシュなことは見るまでもなくて、でも私には何も分からなくて。
ようやく、ようやくだ。
訳の分からない冒険に付き合い続けて、ようやく彼の口から私に魂を捧げるという言葉を引き出すことが出来たのに。
彼の魂はまるで錘のように固く大きくなってしまい、貧弱な私の魂では動かすこともままならない。何度も頑張って頑張って、その度に何も出来なくて、自分の無力さに泣きそうになる。
「……どうしてよ」
ここまで引っ張ってきたのに、全部ムダでした、宝箱はスカです、おめでとうって?
ふざけるんじゃないわよ!
私のこと舐めてるのかしら!?
悪いけど私、この人との付き合いで精神的ブレーキが壊れてるの!
あまり怒らせると酷い目に遭うわよ!
世界中の国を滅ぼすとか!
例え世界全ての種族を敵に回そうが、神に喧嘩を売る行為になろうが、私は止まらないわ。
……いや、正直に言うと神に喧嘩を売るには魂の格がちょーーっっっとだけ足りないかなーと思わなくもないけれど。
でも私は、どうにかしろって言われたんだから!
目の前にご褒美を用意されて、見せるだけですって下げられて、我慢出来るわけないでしょ!?
是が非でもどうにかするわよ!!
「どうにか、どうにかしないと……!」
頑張って彼の魂を引き留める?
却下、動かすことも出来ないのに止めることが出来るわけがない!
誰かに協力を求める?
誰に!? 悪魔でマトモに頼れそうな奴いないわよ捻くれ者ばっかりなのに! そもそもそんな時間ない! 彼は死にかけ!
この場で私が超進化する?
無理よ!! そもそも私もさっきの戦闘で割と力を使い果たしていっぱいいっぱいなんだから!!
「ど、どうしよう、どうしたらいいの!?」
慌てている間に昇華は進む。
彼の魂がゆっくりと肉体から離れ、そのまま崩れ落ちていく。
彼が恐れていると吐き出した、『死』そのものへ。
彼が見たという、真っ暗な何処かへ。
そんなのって、あんまりだ。
「諦めないで私、きっと何かが…………!!」
カタン、下から軽い音が聞こえた。
もはや魂が抜け落ち、抜け殻みたいになった彼の亡骸。
ボロ雑巾みたいにグチャグチャになった彼が、それでも離さずに保持していた、ひとつの小さな瓶。
不死のポーション。時の神の力。その効果は?
「………………そうだ、そうよ」
閃きのように、鋭い思考が駆け巡る。
私と同位まで達した彼の魂を、今の私は引っ張れない。
止めることも誰かに協力を求めることも、まるで出来そうにない。
「でも私には、『進化』の道が残されてる」
チャプンと揺れる半分ほど残った液体は、魂を格上げする力。
彼がようやく手に入れた、彼が望みを叶えるためには必要だった力。
最後の最後で彼を裏切った、にっくき神の力の結晶。
これがあれば、彼が最後に私に託した望みを叶えられる。
「……少しだけ、待っててちょうだい」
安心して、強いひと。
あなたの魂は、決して闇の彼方を彷徨うようなことにはならないわ。
(木槌を握る)