絶対に死にたくない転生者vs死後に魂を持っていくタイプのサキュバス 作:ぺとら
「大丈夫。私に全てを委ねて……」
甘い香りがする。
「そう、それでいいの。もっと私を感じて」
ぎゅっ、と全身を抱きしめられる。
柔らかい感触を存分に感じて、頭がぼうっとした。
俺は、何をして……
「ほら、余計なことを考えないで? 今はただ、私を感じてるだけでいいのよ」
甘ったるい囁き声が、耳元で響く。
まるで声が物理的な形を持って脳に染み込んでくるかのようだ。
それがどうしようもなく気持ちよくて、俺は全身の小刻みな震えを止めることが出来なかった。
気持ちいい。
心地良い。
暖かくて、柔らかくて、落ち着いている。
「もっと、気持ちよくなりましょう……?」
両の手で頬を押さえられて、啄むように口を合わせられる。
吐息すらもゆっくりと浸透していくようで、俺の全身を満たしていった。
「……ぁ」
「うふふ」
なんとなく伸ばした腕が、黒く細い
ひんやりとした尻尾が俺の手に触れ、掴む。
眼前の女が嬌声を漏らしたことにさえ気付かない。
「私の体を、あなたにあげるわ」
だから、もっと。
甘い声が脳に響いて、絶え間ない幸福を感じる。
びくびくと震える体の絶頂を、なぜか客観的に感じていた。
「だから、あなたを私にちょうだい?」
気持ちいい。
こんな気持ちよさが続くのなら、俺の体ぐらい、あげちゃってもいいかな、と思う。
「そうしたら、もっと気持ちイイことをしてあげる」
「……ぅ、ぁあ」
辛いことばかり考えすぎだ。
死にたくない、死にたくないと考え続けて、それなのに死の瀬戸際に自身を置き続ける自己矛盾。
いい加減、疲れてきた。本当に不老不死の力が見つかるのだろうか。そんな疑念すら脳裏に過ぎるのだ。
柔らかくて、暖かくて、気持ちいい。
ずっとこうしていられるのなら、どんなに素晴らしいことか。
「どう? 私と『契約』しない?」
「…………それも、悪く、ない」
うふふ、と女が笑った。
吐息が耳にかかって、また小さく絶頂を覚える。
俺を全身で抱きしめて離さない女は、蠱惑的な微笑みをいっぱいに讃えていた。
「じゃあ、決まりね」
「…………ああ」
「私の言葉を、繰り返して」
「……くりかえす」
「ふふ、いい子ね」
ふわふわと、意識が浮ついている。
眠い時のような、疲れた時のような。それでも、幸せだと感じる。
そうだ。これでいい。
「『私が死んだ時、私の魂を貴女に捧げます』」
「私が死んだ時、私の魂を……」
貴女に、捧げ──
──死んだ時?
「……死?」
「…………あら、どうかしたの?」
死。
死んだ時。
死ぬのか。
俺は死ぬのか?
「死んだら、どうなる」
「あなたの魂を、私が貰うのよ。そうして、あなたは永遠の快楽を手にするの」
快楽。
快楽だと?
「……嘘つけ」
「これは……魅了が切れた? そんな、どうして」
嘘を、つくな。
快楽だと?
死後の世界には何も無い。何も無いのだ。
虚無と暗闇。
俺は死んだらそこに飲み込まれるのだ。
それを、この女は、なんと言った?
「…………けるなよ」
「まだ酩酊状態にある……再度かけ直すしかないわね」
俺を殺す気か。
殺す気なんだな。
この女は、俺をあの闇に引きずり込もうとする死神だ。
ならば、どうする。
冷静な俺が叫んだ。
殺せ。
死を恐れる俺が叫んだ。
殺せ。
死に憤怒する俺が叫んだ。
殺せ。
殺せ。殺せ。殺すんだ。
俺を死なせようとする奴は、全員殺すんだ。
「ふざけるなよ」
「うっそ、なんで!?」
女が何か言う。頭に入らない。
甘い香りも今はただ不快だ。
心地よかった柔らさが、ひたすらに憎い。
俺は死なない。
女を強引に払い除け、立ち上がる。
冷静になった頭で女を見据える。
娼婦でもしないような、下品なボンデージ。豊満な肉体を隠しきれていない。
ピンクの髪は毒々しく、見ていて頭が痛くなる。
何より特徴的なのは、背中から生える翼と、臀部から伸びる尻尾。
悪魔だか死神なんだかよく分からないが、コイツの正体なんてどうでもいい。
慌てふためく女に向けて、俺は剣を構えた。
「ブチ殺す」
「ちょっ、ちょっと待っ!!」
女が何かを言う前に、首を叩き切った。
次いで四肢を落とし、原型が残らなくなるまで細切れにする。
何度も何度も斬りつけていると、眼前の肉塊がミンチになっていくにつれて次第に心も落ち着いてくる。
「……しくじったな」
ダンジョンだ。
ここは、ダンジョンだ。
パーティ単位で雇ったメンバーを連れ、攻略に乗り出していた。
途中までは順調だったのだ。しかし、この
恐らく、魅了系の能力を持っていた。
女がいれば結果は違ったのかもしれないが、生憎と今回は男所帯だった。
ダンジョン内で近くの部屋を探ると、元パーティメンバー達が幸せそうな顔をして死んでいる。
「……すまない」
あの女に、魂を持っていかれたのだろうか。
そして、あの闇に飲まれたのだろうか。
恐ろしかっただろうか。叫んだのだろうか。
俺には分からない。
俺は、仲間の死を見るのが嫌だ。
ドッグタグを千切り、遺品になりそうなものを持っていく。
ここは腐っても上位ダンジョン、単身で複数の男の死体を持ち出すことは簡単では無い。
「あぁ、くそ」
女──少なくとも理性的で会話が出来てしまった以上、魔物では無さそうだ。
羽の一枚でも持って帰ればギルドで検証が出来たのかもしれないが、生憎と今はもうミンチ肉だ。
「一時の感情に身を任せるとは」
我が身が情けない。
その程度では死を克服することなど夢のまた夢だ。
静かに深呼吸を一度して、俺は帰還への道を歩み始めた。
ミンチ肉がいつの間にか消えていることには、気付かなかった。
「そっ、そそそそそれは、まさかサキュバスですか!?!?」
ギルドへ報告に行くと、新人の受付嬢がそう叫んだ。
サキュバス。
ダンジョンに現れる魔物は全て頭に叩き込んでいるが、知らない名だ。
「どどどどどうすれば!! とにかく王国に報告を!! なんでダンジョンにサキュバスが!? それより先に確認!?!?」
話を聞こうと思ったが、大慌ての受付嬢はそれどころでは無さそうだ。
……それどころか、ギルド全体が上へ下への大慌てだ。
酒場の方へと顔を向けると、いつもの冒険者連中がたむろしている。
皆一様に青い顔をしている。
話を聞こうとすると、なぜか皆が顔を背ける。
いつもそうだ。こいつらは依頼をすれば同行はしてくれるが、普段何も無い時に世間話をしようとすると素っ気ない。
商家の坊ちゃんと話したくねぇ、ということか。
残念だが、仕方ない。
サキュバスとやらの話はまた今度聞くことにしよう。
そう考えてギルドを後にする。
次はどのダンジョンに行こうか。
今日のダンジョンはまだ未踏破だ。まだ何か残っている可能性は大いにある。しかし、新たにメンバーを雇わなくてはならない。
めぼしい冒険者はいるだろうか。
いなければ、探さなければならない。迅速に、だ。
効率を重視して、ギルドからそこそこの距離に取った宿に着く。
割り当てられた部屋に着き、ドアを開く。
「やっほ。さっきぶりね」
桃色の髪の、女がいた。
「死ね」
その頭を切り飛ばした。
めちゃくちゃ血が飛び散り、部屋が盛大に汚れた。
流石に出禁になるかもしれん。